2013年度レポートを振り返って インタビュー 加納隆徳先生

 2013年度法教育レポートの特別企画では、「往復書簡シリーズ」第2弾として荒木尚志教授と河村新吾先生による「高校教諭と労働法学者の往復書簡」をお届けした他、新しく大村敦志教授と法学者の対談シリーズ「法学教育を拓く」が始まりました。今年度を振り返るインタビューでは、東京学芸大学附属高等学校の加納隆徳先生にご感想とご自身の取組みについて伺います。

――特別企画「往復書簡シリーズ」第2弾「高校教諭と労働法学者の往復書簡」について、ご感想をお聞かせください。

〈いろいろな視点がメリット〉
1407030101加納先生:「教員がつくった指導案に法学者がアドバイスしてくれることが新鮮でした。指導案は、教員にとって一番授業をイメージしやすい道具なので、往復書簡のアイデアは面白いと思います。就職活動は生徒にとって身近であり、往復書簡には見落としがちな視点がたくさん指摘されていました。
 従来の労働法の教育は、法の教育ではなく経済の教育だったと思います。用語を教えることに特化しがちで、用語の中にあるフィロソフィーを無視しがちでした。「~法は、~な法律」で終わってしまっていました。往復書簡には、その先にある哲学や長期・短期の視点がありました。教科書に取り上げられている労働法は、典型的な労働者像を念頭に、典型的労働者の視点だけから考えていると思います。しかし現実社会には、自営業者や裁量労働制の専門職、非正規労働者などいろいろな働く人がおり、それらの人々の視点を含めて考えることが必要だと思います。社会の大きな流れとして「優勝劣敗」の考え方があり、今の高校生もそうなりがちと感じます。労働法を典型的労働者の視点だけで考えていいのかという悩みは、将来社会に出る生徒には一番身近なはずなのに、生徒の視点から外れている。労働法で考えさせる往復書簡を読んで、悩みの根本と法律は案外近いということを感じました。
 このように生徒に寄り添った往復書簡の授業が他の学校でも実践され、学校や地域の実情に沿うようにカスタマイズされた指導案が積み重なると、役に立つのではないかと思います。そういう指導案が教材倉庫に入っているといいと思います。」

〈法教育の授業づくりについて〉
加納先生:「往復書簡を読み、「法を通じて考える」ことは社会科教育の本質だと思いました。「社会を変えたいから、こういう方法があるということを考える」のが社会科だと思っています。法教育がつまらないという印象がある場合は、法教育を「法律を教えること」と勘違いするからだと思います。何が社会の問題なのかを考え、社会の問題からこの往復書簡のような授業をつくればいいのではないかと思います。ただし、法学部出身でない一般の先生には、法学や経済は難しいかもしれないとも感じます。荒木先生は往復書簡の中で、「何が正解かわからないけれど、一緒に考えてみましょう。」と書いています。そのように議論のつくり方を考えることが大事だと思います。
 たとえば、教育実習生のつくった「現代社会」の授業で、「お祈りメール」を導入に、就職活動の不安感からどういう労働法制が考えられるか議論するものがありました。就職活動は生徒に身近な題材で、切実感がありました。このように社会科教員は、適切なネタを1つもらうだけで授業がつくれると思います。」

――大村敦志教授と法学者の対談シリーズ「法学教育を拓く」は、法学入門教育と法教育の関連を考えるシリーズといえますが、これについてのご感想はいかがですか?

〈高校の勉強と大学の法学のつながり〉
加納先生:「私も、大学法学部の新入生のとき法律の学習に苦戦したことを、高校教育に活かせるかもしれないと思っていました。また、公民科以外の勉強と法学とのつながりを、法学者がつなげてくれるのが助かります。この対談に登場する先生方は、新しいものを創ろうという発想をしていると思います。
 法教育とは、社会問題にかかわる議論をするための道筋をつけることだと考えられます。法を議論するためには近現代についての素養が必要ですが、今の子どもたちには、近現代についての基本的素養が不足しているという指摘に共感を覚えますし、今の高校教育に対する提案であるとも感じました。また、大学で入門を教えるときに、この先生方のように高校教育とつなげる意識をもってもらえることはありがたいと思います。」

〈法教育の普及について〉
1407030102加納先生:「労働法と民法の関係性や、クーリングオフと民法の契約の関係は、一般の人には見えづらいと思います。どうしたら一般の人にも見えやすくなるか。法が嫌いな人にも説得力をもって伝えるためのツールが必要ではないかと感じます。それがあれば、法教育がもっと広まるのではないかと思います。
 法学の先生が一般の人にどう話すか、ということも大事だと思います。専門のことを易しく話してくれるといいと思います。法教育は狭く考えないで、広くとらえていいのではないかという気がしています。
青木先生が対談の中で、法律は遠いものと感じていたのが身近に感じる瞬間について、「抽象的な概念が自分の中で血肉になるとき」という表現をしておられますが、まさに法教育を言葉にしてもらったという気持ちでした。テストにできなくてもいい。途中までのプロセスなどが大切だと思います。青木先生の立法政策論も面白かったですね。法律を知る・使うという段階で止まっているのではなく、法律を変えていく・つくるまで射程に入れるといいのかな、と思います。
この対談は法学者同士ですが、法学者と現場の教員が一緒にこういう話をする場があるといいな、と思います。法と教育学会がその場なのかもしれませんが、もう少し雑談的に、気軽に話せる研究会のようなものがあるといいと思います。私は高校「現代社会」の教科書執筆に関わっているのですが、その関係者の会合では法学者と現場の教員が何でも自由に話せて、貴重な機会となっています。
 現場の教員は、教科書を見たときにここで何をすれば(法教育として)いいのか、イメージが湧きにくいのではないかと思います。今、目の前にいる生徒たちから考えれば、どう授業をつくるかアイデアが浮かぶと思います。」

――加納先生ご自身のお取組みについてお話しいただけますか?

〈岐阜県立可児工業高等学校当時の取組み〉
加納先生:「今から10年ほど前、前任校の可児工業高校で工業高校の生徒が楽しく考えることができる授業づくりを目指し、学校設定科目『法と社会』をつくりました注1。当時の可児工業高校では授業担当者の裁量に任せられているところが多く、学校設定科目を計画し、授業をすることはとても楽しい経験になりました。週2コマで憲法と刑法を内容に、何を教科書にするかも自分で決めました。当時、法律の話を高校でつくるのは新しい取組みでした。たとえば「人権を考える」単元では、第1時に「鉄腕アトムからロボットは権利の主体になり得るかを考える」という授業をし、第2時にアメリカ独立宣言や独立後の社会から「黒人の人権について学ぶ」へつなげました。評価方法は、プリントへの意見記載とレポート提出でした。」

〈東京学芸大学附属高校における知的財産権に関する情報科と現代社会の連携授業〉
加納先生:「2012年度の「法と教育学会第3回学術大会」において、東京学芸大学附属高等学校の情報科と公民科「現代社会」の連携授業について発表しましたが、2013年11月にも同様の授業を実施しました。1年次に情報科で学んだ知的財産権に関する振り返りを、2年生の「現代社会」で行いました注2。1年次に学校紹介CMを自分たちで作った体験により、著作権を利用するだけでなく、著作権を自分たちも持っているので自分事として考えることができ、多様な視点から授業をつくることができました。生徒は社会の多様な目を意識しながら、いろいろな人とうまくルールづくりをしなければいけないことを理解したと思います。」

〈リスク社会と防災に関する教科間連携〉
加納先生:「本校は平成24年度より文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール指定を受けており、生徒は科学的知見に基づく政治・経済活動の評価・判断力の獲得などを目指しています。社会には「科学に問うことはできるが、科学によってのみでは答えることのできない問題」群があり、トランスサイエンスと呼ばれます注3。東日本大震災を経た今日、公民科で学習する際に災害対策という観点において、地学の知識を用いることにより話し合い活動の質を深めることを考えました。授業は、2013年4月に2年生現代社会「現代の市場と企業の働き」単元で「リスク社会と防災を考える」をテーマに授業実践しました。
 具体的な教科間連携としては、地震の頻度や津波災害の規模などについて、地学教員から説明してもらいました。生徒は防潮堤を計画する行政側と様々な立場の市民側に分かれてロールプレイをし、財政問題に関わる行政の役割について考えを深めます。行政側と市民側が討論する際、科学的なデータを用いて意思決定させることが、公正な話し合いの基礎になり、「幸福・正義・公正」につながると考えました。授業後の生徒の感想からは、行政役の生徒が「多様な意見を調整する原理に苦労した」と述べています。幸福を調整する原理としての正義や公正という概念を用いて話し合いを行うことにより、合意形成に向けた話し合いの内容を深めることができたと思います。」

〈「反転授業」に関心〉
加納先生:「法教育はディスカッションであるともいえると思います。法的な見方・考え方を養う方向で、話し合いの質を高めようとするものです。それに関し、「反転授業」という教授方法は面白いと思っています。どんな教科でもいいのですが、動画を見てディスカッションをするのです。インターネット上で誰でも見られるところに動画を置いておき、授業ではディスカッションだけ行います。予備校の授業のようになる危険がありますが、本校ではこれからより良い形の反転授業を取り組もうと考えています。」

 

注1:
2004年度教育課程研究集会地歴・公民部会実践発表資料

注2:
日本教育新聞2014年2月10日の企画特集で紹介。

注3:
中等社会科教育学会第31回大会シンポジウム「中等社会科(地理歴史科・公民科)授業で『討論』をどう成立させるか」における発表資料「トランスサイエンス的学習を通じた合意形成能力育成の授業実践―教科間連携を通じて育成する対話力―」

 

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