横浜弁護士会 法教育シンポジウム  ―報道とプライバシー 江川紹子さんと一緒に考えよう

 2015年1月31日(土)14:00~16:00、横浜弁護士会主催の法教育シンポジウム
「報道とプライバシー 江川紹子さんと一緒に考えよう」が、横浜弁護士会館で開催されました。「プライバシー権」をテーマとした横浜弁護士会主催の「法に関する作文コンクール」表彰式の後、江川紹子さんによる講演と、江川さんと横浜弁護士会会長とのクロストークが行われました。そのあらましをお伝えします。

1 第4回「法に関する作文コンクール」表彰式


 横浜弁護士会主による「法に関する作文コンクール」は2011(平成23)年度から始まり、神奈川県在住または神奈川県内にある学校に在学する中高生を対象に、法に関する作文を募集するものです。今年度は「プライバシー権」をテーマとし、中学生の部は115、高校生の部は556の作文が寄せられました。選考には弁護士会会長など5名の選考委員が当たりました。中学生の部は、最優秀賞が該当なし、優秀賞2、特別賞1。高校生の部は最優秀賞1、優秀賞2、特別賞1が選ばれました。
表彰式には、都合により欠席した高校生の代理の教諭を含めた6名が出席しました。いずれも、プライバシー権に関するテーマに真摯に取り組み、自分の意見を述べた素晴らしい作品であると表彰を受けました。
 表彰に続き、講評がありました。

〈受賞作要旨 と講評〉                   
選考委員会委員長 村松 剛 法教育委員会委員長
 今回のテーマは「プライバシー権」ですが、単にプライバシーの権利を説明するのではなく、プライバシー権と対立する利益や権利との調整を具体的に考えてもらうことをねらいとしています。その観点から選考し、様々な要素をじっくりと自分の頭で検討していく作品に高い評価がされました。各作品が素晴らしいことは表彰されたとおりなので、ここではよかった点だけでなく、中高生の皆さんにさらにこういうことを考えてもらったら伸びるかなということを考えて、コメントさせていただきます。

【中学生の部】
・優秀賞「プライバシー権」 川崎市立宮前平中学校3年
要旨:マンションに設置される防犯カメラは、犯罪への抑止効果や犯人特定の証拠として使われるなど、有用性が認められている。ただし、カメラの映像はどこかで厳重に管理され、犯罪調査や住民の利益のためのみに使用されるという前提がある。勝手に持ち出されインターネットに配信されたら防犯カメラに写された人のプライバシーはどうなるか? 個人のプライバシーを含む情報は最初から作らないということも選択の1つだが、個人情報保護をあまりにも優先すると、必要な情報を集めることができなくなる。一番重要なのは、防犯カメラの映像をしっかり管理し、必要なことのみに使うことだと思う。
講評:マンション住民のプライバシーと安心安全に生活するという2つの利益の調整を、細かく丁寧に分析検討した点が高く評価されました。さらに思考を深めるとすれば、防犯カメラを設置する必要性の大小や、マンションのどこに設置するかなどの要素によって、結論は異なっているのかどうか。マンション内での議論に参加できない訪問者に配慮する必要はあるのかどうか、などについても検討してはどうでしょうか。ヒントは、街中を歩くと私たちは見知らぬ人から顔を見られますが、この場合プライバシー侵害は問題になりません。この場合との対比で、なぜ防犯カメラはプライバシー侵害が問題になるのかを考えてみて下さい。

・優秀賞「プライバシー」 浅野中学校3年
要旨:姉と自分の学校を比較し、学校行事における写真撮影の扱いと電話連絡網の違いについて考察した。生徒のプライバシー権の侵害を恐れ、行事の写真を残すことをしないのは少しやり過ぎではないか。写真が流出しない方法を考えればよい。電話連絡網はクラス全員分載せる場合、個人情報は流出しやすいが様々なことに使うことができる。このように個人情報にはいろいろな扱い方があり、その長所と短所を探し、どの方法がいいのか見極めることが重要だと思う。
講評:自分と姉の学校を対比しながら、プライバシーとその対立利益の調整をよく考えている点が評価されました。後半の電話連絡網に関する検討をもう少し丁寧にすれば、さらに良くなると思われます。
学校のルールについて取り上げられたので、今回のテーマから少し外れますが、もう少し話を膨らませてみましょう。筆者は、今ある学校のルールを前提に、プライバシーとその対立利益の調整を検討しています。プライバシーの権利は誰のためにあるのか、その対立利益は誰のためにあるのかという点まで遡って考えることは、現在のルールで本当にいいのかどうかと考えることにつながっていくと思います。身近な学校のルールについて検討したこの作文は、ルールは必ずしも固定されたものでなく、主体的にそれに関わるみんなが作り上げていくものだという視点をもつきっかけになると思います。

・特別賞「「オススメ」からプライバシー権を考える」 鎌倉市立大船中学校2年
要旨:自動販売機が商品を勧めてくれるシステムはビッグデータを元にしている。ビッグデータは、プライバシーに配慮しつつ、様々な観点から情報を集積し、用途にあった情報を引き出して多くの場面で利用されている。しかし、個人を特定しない形でも、たくさんの情報を集めれば、全情報を分析した結果ある指向が示され、知らず知らずのうちに私たちがコントロールされるのではないだろうか。ビッグデータの利用はどこまでの範囲にとどまってくれるのだろう。自ら選択できる環境、そっとしておいてもらう「個」の権利もあっていいのではないか。「個」を尊重されることがプライバシー権ではないだろうか。
講評:ビッグデータは情報通信技術の発達により生じた問題で、プライバシーについての今日的課題です。この今日的問題がわかりやすく自分なりの視点で表現され、内容も素晴らしく、多くの選考委員から称賛の声が上がりました。テーマのねらいから少し外れることから、特別賞としました。ビッグデータは様々なサービスや課題の解決に大きく貢献する可能性があるとされています。この作文をきっかけに、ビッグデータのプラスの側面にも注目しながら、プライバシーの保護との調整についてさらに検討を深めてもらえればと思います。

【高校生の部】
・最優秀賞「防犯カメラへの考え方」 神奈川県立海老名高等学校1年
要旨:防犯カメラの働きの1つは、手掛かりになるものを残すこと、もう1つはルール違反に対してのブレーキがきつくなることである。防犯カメラを有効に利用するためには、プライバシーを考慮して管理することが必要である。そのために大切なことの1つは、カメラの録画を人々に知らせること。2つめは映像の管理。3つめは他の手段を考えることだと思う。
講評:防犯カメラ設置のメリットとディメリットを挙げた上で、3つの方策を具体的に考え、メリットとプライバシーとのバランスをとろうとしています。自分なりの言葉で表現されたことが高く評価されました。

・優秀賞「プライバシー権について」 神奈川県立海老名高等学校1年
要旨:繁華街での防犯カメラは、肖像権・プライバシーと犯罪捜査での重要性という2つの事柄に関わる。この2つの事柄がどう釣り合うかの判断が、プライバシーの権利の難しいところである。「インターネットで自分の名前を検索したら、5年前に人をケガさせて逮捕されたときの記事が見つかった」という事例でも、犯罪の状況や場所、時間帯、重大さによって、プライバシーが尊重されるかどうかは変わってくると思う。同時に、プライバシーを守ることは人権を守るために必要だとも感じる。
講評:防犯カメラの必要性や場所など様々な要素を具体的に挙げながら、対立利益とプライバシーとのバランスを検討している点が評価されました。インターネットとプライバシーの関係については、インターネットを介して情報発信することのもつ社会的意義にまでさかのぼれば、より深い検討ができたと考えます。

・優秀賞「身近にある権利」 神奈川県立海老名高等学校1年
要旨:学校で物がなくなった場合、先生が生徒の持ち物検査をすることはプライバシーの権利を侵害していると思う。必要な生徒だけ呼び出すなどすればいいと思う。旅行先で撮った写真に、知らない人の顔がたくさん写っていた場合、ブログで公開することは、写り方により工夫すればいい。繁華街の防犯カメラ設置は、誰かを特定して行動を観察するためではないから権利を侵していないと思う。プライバシーの権利を尊重するときは、多くのケースを考えねばならないという難しさがわかった。
講評:主催者側の用意した例をいくつか取り上げ、プライバシーとその対立利益との調整について、バランスよくかつ読みやすい文章で検討された点が評価されました。欲を言えば、疑惑のある生徒のプライバシーと、所持品検査の必要性をどう考えるか。旅行中の写真撮影の際、知らない通行人の承諾の必要性をどう考えるか、防犯カメラ設置の必要性と撮影による不利益のバランスといったことを、もう少し掘り下げて検討するといいと考えます。

・特別賞「差別と区別」 横浜清風高等学校2年
要旨:色覚検査はかつて小学4年生の必須項目だったが、検査方法がプライバシーを尊重していないという理由で任意項目になった。そのため、自分が色覚異常であることを知らずに成長し、職業選択の際に困る人が多くいる。職業には色覚による制限があるからだ。この制限は差別ではなく区別である。また、黒板の赤チョークが見えにくいなどで困る人もいる。差別と区別は違うのだから、プライバシーの守られた方法で検査が復活することを望む。
講評:色覚検査をテーマに、行き過ぎたプライバシーの保護はかえって人の幸福に反するのではないかと問題提起しています。プライバシー権は、他人の人権や利益と対立するときに問題になります。この作文では、色覚異常という自分の情報を知ることは自分の利益であり、そのことを他人に知られたくないというプライバシーも自分の利益です。いずれも自分の利益なので、衝突する関係ではありませんが、ユニークな視点から自分の言葉で明確に論旨を展開していることが高く評価され、特別賞とされました。プライバシーが守られる方法で検査をする方向に論旨が進んでいますが、その際はプライバシーを守るための手間や費用の点で調整が課題になると思われます。

【まとめ】
 皆さんに考えていただいた問題は、一義的に答えが定まっているものではありません。定まっていない答えを自分自身で定めていく、皆で話し合って定めていく、という力を持つことが大人になることではないかと思います。そのためには多くの情報を集めることが必要になります。個人のプライバシーは当然に大切ですが、情報提供者の表現の自由を尊重することも必要になります。このあと江川さんの講演とクロストークから、ヒントが頂けるのではないかと楽しみにしています。

2 講演「江川紹子さんと一緒に考えよう 報道とプライバシー」


ジャーナリスト 江川紹子さん

【民主主義と表現の自由】
 私はジャーナリストをしていますので、報道や表現の自由について考える機会がしばしばあります。報道や表現の自由は、民主主義を考える最も基本的権利の1つと言われ、私もそう思います。アメリカ第3代大統領トマス・ジェファーソンがその理念を表す言葉をこう言っています。「新聞のない政府か、政府のない新聞、どちらかを選ばねばならないなら、間違いなく政府のない新聞を選ぶ。」それほど報道は大事と言われました。この時代はシンプルに報道の自由を一番大事と語れましたが、その後、いろいろな価値観・権利があり、常に報道や表現の自由が万能といえるかどうか、難しくなりました。人の尊厳・宗教的価値観・ヘイトスピーチ・わいせつ表現・児童ポルノなどと言論の自由の対立が、非常に難しい問題になります。
イスラム国の事件も報道すればするほど、テロ組織の宣伝に利用されている気がします。フランスでも風刺画をめぐり大きな事件がありました。宗教的権威を表現・言論の自由で批判しているつもりが、フランスへ移民した一般のイスラム教徒を傷つけることになる。メディアは国民とともに政府を監視するものなのに、一般の人を傷つけることになっています。

【報道とプライバシー】
プライバシーについても似たような構図があります。作文にありましたように、学校の催しの写真も規制されるのは、やり過ぎではないかと感じます。電話連絡網に住所がまったくない例もありました。メディアも気を遣わねばならない状況ですが、どこまで気を遣わねばならないかということと思います。
 いろいろな事件の取材をしていますが、一番の関心は真相について、なぜ事件が起きたか、同じようなことを起こさないためにはどうしたらいいか、ということです。そのためには、事件を起こした人がどういう人か知りたいし、伝えたいと思います。しかし、関係者にとっては、事件が起きただけでもショックなのに、マスコミが来ると恐怖を感じるでしょう。今はジャーナリストだけでなく、ネットで関心をもって調べたがる人もいます。プライバシーを暴かれて、それまで住んでいた家に住み続けられなくなることもあります。真相究明とそれらが混然一体となって関係者に押し寄せます。真相究明とプライバシーは、しばしば対立することになるのです。

【今後の課題】
 心配なことは、プライバシーや個人情報が非常に重視されるようになり、役所の規制にどんどん慣れてしまう。規制してくれると助かるという発想になってしまうことです。たとえば、裁判の予定はかつて1週間分が広報されていました。ところがプライバシーを理由に公表しないでと言う人が出てきて、やめてしまいました。また、裁判は公開が原則であり、よほどのことがなければ非公開になりませんでした。今はプライバシーがあるからとたくさんの人が遮蔽を要求するようになり、簡単に遮蔽をするようになりました。オウム事件の死刑囚の例でも、いったいパブリックの場がこんなに遮蔽されていていいのかと思います。興味本位でさらし者にするブロガーなどがいるので、とりあえず出さないことにするということが、公開の場であるべき裁判で起きています。本来オープンであるべきものがクローズドになることが常態化し、一番大事な権利が、規制つきの権利であることになったらどうなるのか? どう調整するか、私たち自身の頭が考えねばならないと思います。
 権利を守ることは大切なことです。プライバシーとの調整を1人ひとりがやっていかねばなりません。皆さんが発信する言論の自由は大事です。他の問題との調整を皆さん自身が考えねばならない時代だと思います。作文を書いてくれた皆さんは、迷ったと書いていましたが、迷うことは考えることなので、大事です。

3 クロストーク「江川紹子さんvs 小野 毅 横浜弁護士会会長」

 江川さんが事件の真相を知りたいと思うことは、「権利・義務の問題ではなく、知りたいと思う動機、『なぜ知りたいか』ということに関係すると思います。知ることで社会が得られることがあるかどうかで評価されるべきだと思います。」とのことでした。報道が事件の加害関係者への圧力になるという問題は、報道が常に抱えている問題と言われるそうです。代表取材などの方法です少しずつ改善されているそうですが、江川さんは規制が行き過ぎることも危惧されています。現場ごとにジャーナリストが考えねばならないことと思うと言われました。加害者家族の保護は、倫理の問題かとも思われるそうです。
 また、メディアの良くないところは、本当に知らせたいことを取材するには時間をかける必要があるのに、裁判の頃にはしぼんでしまうようなところだと言われていました。
 小野会長は、「報道の立場では、知る権利があるからという理由で質問をすることがありますが、誰の知る権利なのか、どういうことを知るのか、という単純なことから検討を始めなければならないと思います。」と言われました。江川さんが「知る権利」について、目的と関係すると言われたのに対し、会長は、「個人間のことではなく、権力・一定の力を持っているところに対して言うことではないかと感じます。」と言われました。少年事件の報道については、実名などでなく、何歳の子どもというレベルでいいのではないか、もっと突っ込むことは「知る権利」なのかと疑問を呈されました。現代は、プライバシーを守ろうとしても難しい状況にあると感じるとのことです。どんどん情報が流れる仕組みがあり、プライバシーの守り方を考える必要に言及されました。江川さんもそれに同感を示され、「皆さん方が自分の情報を守ることを考えないといけない。自分で考える力をつけるしかないと思います。」とのことでした。

4 会場の中高生から質疑・応答

質問1:「(前科などを)忘れられる権利は、ケースバイケースで認められるでしょうか?」
江川さん:「人間はしばしば愚かなことをするので、就職などを考慮し、取消しが容易にできることは大事なことと思います。一方で、昔の事件は検索しても出てこないことがあります。画一的に消していいのかということは考えねばならない課題だと思います。(中略)必要性があるときには調べられ、その代わり役所が責任を負うのではなく、書いた側が責任を負えばいいと思います。」
小野会長:「弁護士は、自己情報のコントロール権を重視する立場です。事件の情報を保管する場所は(ネット上ではなく)他にあります。アクセスをどの範囲で認めるかということになります。」

質問2:「ネットの良さは、見たいものだけ選んで見られることだと思う。興味本位で探して見る自分には、見るだけでも罪がありますか?」
江川さん:「知りたいことに罪はないと思いますが、書く側に罪がある場合、転送したりすると罪になります。見たいものだけ見ることは、現実とは違うことも覚えていてほしいと思います。ネットで気持ちのいい情報だけ取ると、世の中の情報とずれたり、偏った見方になったりする恐れがあります。」
小野会長:「ネットの情報は裏付けを取って、初めて事実といえます。ジャーナリストは、一方の話だけでなく他からも聞いて、間違いないと思うことを書くのです。」

〈取材を終えて〉

 中高生の法に関する作文コンクールを取材したのは初めてですが、プライバシー権について様々な具体例が検討されており、大変興味深く感じました。弁護士会による講評も充実しており、学校の授業指導や生活場面でも活用できるのではないかと思いました。
今後もテーマを変えて続けられるので、多くの作品が寄せられるといいと思います。
 ジャーナリストの江川紹子さんはオウム事件などの取材で豊富な実績をおもちです。取材をする際の目的、難しさなどを率直に語ってくださいました。「知る権利」について、「それって知る権利なの?」と何度か疑問を呈される場面がありましたが、小野会長が言われたように、「誰の、どういうことを知る権利なのか?ということから始めないと。」ということが大事なように感じました。自分の頭で考える大切さが伝わったシンポジウムでした。

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