2014年度レポートを振り返って インタビュー 寺本誠先生

 2014年度はレポートが隔週公開になりました。そのレポートの中で、日弁連の中学校向け法教育教材づくりセミナー、高校教員による教材づくり自主プロジェクト、また、江戸川区による子ども法律ゼミが、新しくご紹介した取組みとして特徴的だったのではないかと思います。今回は中学校の先生として、3年前にもご登場いただいたお茶の水女子大学附属中学校の寺本誠先生にレポートのご感想などを伺います。

――今年度お伝えした中学校向けの取組みについて、ご感想などをお聞かせいただければと思います。
寺本先生:「5月に行われた日本弁護士連合会法教育教員セミナーには、私も参加しました。「道徳教材を使った法教育授業案づくり」を、弁護士と教員が協働作業で行うという取組みでした。このセミナーでは、弁護士と一から授業づくりできるという点が興味深かったです。たとえば、刑事模擬裁判を行う場合、どうしても法律専門家が授業づくりをリードすることになりがちですが、道徳の授業の場合、中学校教員の専門的知識も活かされ、お互いの良さを活かした授業づくりができると感じました。
 題材は「二通の手紙」という、中学校の道徳ではよく取り上げられるものでした。道徳でこの題材を扱う目的は、「法やきまりの意義に気づき、守ろうとする意欲を育てる」ことです。法やきまりはみんなの権利を守るためにあり、それをみんなが守り、義務を果たすことで社会の秩序が維持され、よりよい社会をつくることができると理解させることを目指します。元さんが最後に「晴れ晴れした顔」をしたことに着目させて、きまりを守ることの大切さに気付かせるよう展開するのが自然だと思います。
 ですが、この法教育セミナーでは、このような元さんの心情に寄り添うだけではなく、ルールを守らないことでどんな損害があるか、損害を回避するために他にはどういう行動が考えられたかなど、法的な視点からも議論がなされ、今までとは違った切り口で教材の検討がなされたと感じました。
 その一方で、道徳の授業としてはルールの遵守に向かわない可能性もあるというディメリットも出てきます。道徳では子ども自身が自分の考えを振り返ることが大事な観点で、自分だったらどうするかと考えさせる発問を設定することでさらに深められると思います。子どもが心情的に納得しないと行動に結びつかないからです。法教育の考え方のみで授業をつくると、題材によってはその部分が弱くなるかもしれません。法の理論だけではなく、道徳的・心理的側面も外せない要素であり、法教育の観点を含めて実践をするのであれば、弁護士ともっとすり合わせる必要があると思います。
 このセミナーの講演で橋本康弘先生(福井大学)が述べられたように、道徳も今後は課題解決的要素を取り入れ、答えが出ない問題について考えていくという手法が求められていくのではないかと思います。その際、目標の設定は今までと同じでよいのか、評価をどうするのか、といったことも考えていかねばならないと思います。法と道徳をつなぐ部分はこれからも大事であり、社会科の実践に活かされる面があると思います。社会科では社会的問題を扱いますが、子どもに切実性がないと深まらないという面では道徳と同じだと考えます。」

――8月の関東弁護士会連合会の法教育セミナーについてはいかがですか?
寺本先生:「私も10年ほど前から弁護士の方をお招きして刑事模擬裁判を実施しています。事前の打ち合わせの段階では、生徒の意見は一方に偏るのではないかと思っていましたが、結果はいろいろな意見が出ました。中学生は教員が思う以上に多角的・多面的に考える力があると、初めて実践した時感じたのを覚えています。
 社会科では根拠に基づいて議論をすることが求められますが、すべての場面で実践するのはなかなか難しいところもあります。刑事模擬裁判なら手続が決まっているので見通しを持って実践しやすく、また、他人の人生を感情的に決めてはいけないことも理解させやすいので、自然と子どもたちは根拠をもとにして議論することができます。たとえ複雑な題材でも教員の期待以上に面白い議論ができると思います。ただ、子どもだけの議論では着眼点がずれる危険がありますので、教員や法律専門家のサポートが欠かせないと思います。
 社会科の授業では、裁判の学習は司法制度理解の一部と位置づけられます。刑事模擬裁判を行う場合でも、社会科の目標や単元の目標の中に位置付けて実践することが必要となります。法教育と言えばまず模擬裁判、という訳ではありません。無罪の推定、罪刑法定主義、裁判を受ける権利、証拠裁判主義などの意味が理解されていなければ、いかに本物っぽく裁判を再現したとしても本末転倒になりかねません。
 関弁連のセミナーの民事模擬裁判の授業で取り上げられていた題材は、憲法の単元でも行うことができ、興味深いと思いました。「アイドルの追っかけ本の出版差し止め事件」は、基本的人権の学習に関連して、「表現の自由」の権利と新しい人権の一つとしての「プライバシーの権利」との衝突という位置づけで扱いやすいと考えます。実際の裁判が元になっており、子どもも興味を持ちやすいと思います。子どもはプライバシーを守る側に立ちたがると予想されますが、あえて出版社側に立たせて議論するというやり方は、より考えが深まる有効な方法なのではないかと思います。」

――この3年間のご自身の実践はいかがでしたか?
寺本先生:「道徳の授業では、メディエーション(調停)を導入する取組みを始めました。一般社団法人「メディエーターズ」 の協力を得て、紛争(もめごと)をどのように解消するか、体験的に学ぶプログラムを行いました。1年生から毎年1回ずつ行い、3年間かけて系統的に実践することができました。もめごとの解決と言えば、裁判所に訴えればよい、とすぐに子どもたちは考えがちですが、法的解決には修復できないわだかまりが残るといったディメリットも起こりえます。メディエーションでは、第三者として介入し、当事者の話をよく聞くことで当事者の心に元気を取り戻させ、結果、状況をより良い方向に向かわせることが期待されます。もめごとの解決には、当事者の感情に寄り添うという方法もあることに気づかせるとともに、自分が当事者でなくても無関心でいるのではなく、勇気を出して問題の中に入って行くことの大切さを理解させることができました。   
 1年生では、まずメディエーションの基本となる傾聴トレーニングを体験しながら学びました。また、架空の近所のもめごとを大人同士のロールプレイで演じてもらい、メディエーターズの方々と一緒にどうすれば解消できるか考えました。
 2年生では、より発展的な傾聴トレーニングとともに、近所のもめごとのロールプレイを行い、生徒自身がメディエーター(調停人)としてどう言葉かけをすればいいか、グループになって考えました。
 3年生では、発達段階を考えて過去2年間よりも社会的な内容をテーマに設定しました。会社と開発者の間の知的財産所有権をめぐるもめごとを描いたあるドラマの映像の一部を提示し、裁判以外の方法でどうやって解決できるか話し合いました。そして、生徒の考えた解決法をメディエーターズの方々に評価してもらうものでした。
 また、修学旅行の事前学習では、現実の社会問題におけるジレンマを考える授業を設定しました。旅行の行先がもともと岩手県でしたので、被災地を実際に訪問するプログラムを初めて取り入れました。事前学習では、震災遺構を撤去すべきか、保存すべきかという被災地でも意見が分かれるジレンマを題材に、道徳の授業として4クラス同時に行いました。これは、2012年度にお茶の水女子大附属小学校の社会科で行われた授業を参考にしたものです。後世のために震災の遺構を残すべきという気持ちと、多くの犠牲者を出した場所を間近で見たくないという住民の気持ち、遺構取り壊しのための補助金の期限が迫ることや、この問題について議論しようにも住民が各地にばらばらに散らばっていてできない等の事情を考慮し、どうしたらよいか考えるオープンエンドの授業です。
 中学校の社会科で法教育を行うことは、もっとも実施しやすい公民的分野が3年生から始まるため、1年時から積み重ねて実施していくことが時間的に厳しいものがあります。したがって私は、公民的分野だけではなく、地理・歴史的分野で法的思考を活かした授業づくりに取り組んでいます。
 歴史的分野では、1年生対象に、「平安時代の法意識を探る~伴善男はなぜ有罪となったのか~」を行いました。『伴大納言絵巻』の読取りを通し、登場人物3名のそれぞれ違った訴えを読み解くことにより、当時の訴訟や裁判に対する考え方に焦点を当てました。当時の人々の法意識を現代人の視点で解釈し、貴族中心の政治状況への認識を深めさせることをねらいとしました。
 2年生では、「元禄時代の法~赤穂事件~」を行いました。赤穂事件を題材に、当時の法制度と現代の法制度を比較することで、過去の法制度を評価するとともに現代の法制度に対する視点を培うことをねらいとしました。事件の背景や理由・結果等について、武家諸法度(公法)と喧嘩両成敗の概念(慣習法)の対立、幕藩体制下の公家と幕府の二重権力構造など、当時の法的な根拠をもとに小グループで話し合い、現代の法制度と比較しながら幕府の裁定を評価させました。
 3年生の公民的分野では、基本的人権の尊重の単元で、「ドイツ航空法違憲判決注1をめぐって」というテーマで授業を行いました。2001年の9・11テロ事件をきっかけに、ハイジャックされた航空機を撃墜できると定めたドイツの法律が、後に違憲とされた判決を題材にした授業です。撃墜の是非をめぐって議論し、国家のあり方や個人の尊厳、道徳的葛藤など、様々な観点からの意見が出ました。正しい解答がないテーマについて、時には何らかの価値判断に基づいて意思決定をしなければならないことを学ぶのも、社会科に課せられた役割のひとつだと思います。」

――その他にお気付きのことなどあればお願いします。
寺本先生:「弁護士会等による教員向けセミナーの実施はとてもありがたい試みだと思います。ただ、教員は土日や夏期休業中も部活動の指導などで参加できない状況が多々あるかと思います。実践方法を学びたいと考えている教員は多いと思いますので、法律専門家と教員がもっと気軽に協働できる機会が増えるとうれしいですね。」

 

注1:
2006年のドイツ連邦憲法裁判所の判決

 

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