小学校第5学年道徳「いじめ予防授業」

 2016年1月21日(木)14:35~15:20、平尾潔弁護士(第二東京弁護士会)による「いじめ予防授業」が実施されました。平尾先生は、独力でいじめ予防授業を始めて以来、100回以上の授業を実践されてきました。その授業は、教員養成の専門家から絶賛されています。この日は、第二東京弁護士会の弁護士7名が分担して1つの小学校のすべてのクラスで授業を実施する中、特に平尾先生の授業を見せていただきました。

〈授業〉

第5学年 1クラス28名(男子12名、女子16名)
14:35~15:20  場所:教室
道徳(事前、事後に同一内容のアンケート実施)
教材:なし(配布資料、ワークシート等もありません。)

〈最初の質問〉

弁護士:「今日はいじめについて勉強しようと思います。最初に皆さんに質問があります。(板書して)『いじめられる人も悪い』という考え方があります。これについて、皆さんの意見を聞きたいと思います。」
【問1】「いじめられる人も悪い」と思いますか?
○:「そう思う」という考え方
×:「そう思わない」という考え方
△:「場合による」という考え方

弁護士:「皆さん、○か×か△か、決めましたか?では手をあげて下さい。」
○→なし
×→1名
△→ほぼ全員
弁護士:「いじめられる人が悪いかどうかは場合による、という意見が多くなりました。どういう場合に『悪い』になりますか?」
男子1:「ちょっかいを出したとき。」
弁護士:「ちょっかいを先に出したら、そういう理由でいじめられたら、その人が悪いと。」
女子1:「悪口を言ったとき。」
女子2:「叩いたりしたとき。」
弁護士:「暴力ということですね。」
女子3:「やめてということを何回もしつこくやる。」
弁護士:「嫌がっていることをしつこくやる、ということですね? とりあえずこのくらいある、ということです。どれか1つでも、1回でもやったことのある人はいますか?」
→全員挙手。
弁護士:「このクラスでは、『いじめられる人も悪い』という場合にいう『悪い』ことをしたことのある人は何人いましたか? 全員でしたね。すると、いじめられたとしても、全員が『いじめられる人も悪い』に当てはまることになります。」

〈次の質問〉

弁護士:「次の質問です。『悪いことをした人は、いじめられても仕方ない』という考え方があります。これについて、皆さんの意見を聞きたいと思います。」
【問2】「悪いことをした人は、いじめられても仕方ない」という意見に賛成ですか、反対ですか?
賛成→9名
反対→19名
弁護士:「意見がちょっと分かれました。どちらが正しいか、今のところわかりませんね。少し置いておきましょう。後でもう1回考えます。」

〈弁護士が授業をしに来た理由〉

弁護士:「今日、私が授業をしに来たのはなぜか、お話しします。皆さん、学校で『いじめは絶対にいけない』と教わった人は?」
→全員挙手
弁護士:「なぜ、いじめはいけないのですか?」
女子4:「いじめられた人が自殺したり、死んじゃうことがあるから。」
女子5:「いじめられた方は絶対に心に傷が残るから。」
男子2:「学校に来なくなる。」
弁護士:「全部、正解です。私たち弁護士のところにも、そういう相談があります。お父さんやお母さんが来ることもあります。いつも思うのが、こんな苦しみを味わう子どもを減らしたいということです。なぜ絶対にいじめは許されないのかを伝えるのが、今日の授業です。」

〈本当にあった話〉

弁護士:「これからお話しするのは、本当にあったことです。Mさんという小学校6年の女の子の話です。小学校3年生くらいから、だんだんクラスの中で仲間外れにされ、6年生の時には仲間外れがひどくなっていました。席替えで隣の席になった男子に、皆がかわいそうと言ったこともありました。修学旅行の行動班を好きな者同士集まる方法で決めたら、Mさんは一人ぼっちになりました。やむなく男子の班に入ることになりました。修学旅行当日、ホテルでの自由時間に、部屋の中から鍵をかけられて締め出されてしまいました。Mさんは1人でエレベーターに乗り、最上階と1階を何度も往復して過ごしました。この後、Mさんは友達に手紙を書きました。「学校のみんなへ」という手紙には、『この学校のことが嫌になりました。キモイなどど言われ続け、それがエスカレートしていきました。』ということが書いてありました。「6年生のみんなへ」という手紙には、『みんな私のことが嫌いですか? 悲しく、辛く、もう耐えられなくなりました。』とありました。
 この手紙、ちょっと変に感じた人はいますか?」
女子6:「『~でした。』と書いてあることです。」
弁護士:「そうです。『耐えられませんでした。』と書いてあります。普通、今耐えられないなら、『耐えられません。』と書きます。実はこれは遺書なんです。この手紙の最初にはこう書いてあります。『この手紙を読んでいるということは、私が死んだということでしょう。』この手紙を書いた後、亡くなっていくんです。小6と言えば、ほとんど皆さんと同じ世代の女の子が、こうやってお手紙を書いて亡くなっていきました。」

〈いじめてはいけない1つ目の理由―人権について〉

弁護士:「今日は晴れていますね。お日様がみんなに同じように降り注いできます。当たり前のことなので、皆さんはどこからお日様を浴びようと考えたことはないでしょう? それと同じように、すべての人にあって、当たり前のように思っているものがあります。それは人権というものです。人権とは、「幸せに生きる」ということです。誰でも幸せに生きていいんです。勉強ができるから、とかいう理由でなく、誰でも幸せに生きていい。
 この女の子は幸せでしたか? この子の人権はボロボロにされていました。ズタズタにされていました。それは何が原因かというと、いじめです。皆さん、いじめはいけないと言ってくれました。その人の幸せに生きる力を奪って、人権を壊してしまうからというのが、いじめてはいけない最初の理由です。
 でも、人が死ぬほどのひどいいじめって、自分たちに関係ないよねと思う人もいるかもしれません。(黒板にコップの絵を描いて)コップに水が少したまります。嫌なことがあると、だんだんたまっていきます。コップのふちすれすれまで水が来たら、あふれさせるにはどのくらいの水がいりますか? 一滴の水であふれますね。ちょっとした悪口でもあふれさせるのに十分なのです。
 以前、いじめ予防の授業をした別の学校で、小学6年生のクラスに授業の感想を話してくださいと言ったら、手を挙げた男子がいました。その子は小4の時、『お前いらない、あっちへ行け。』と言われたそうです。授業で『いじめられた側は悪くない』と聞き、嬉しかった、と言って泣いていました。4年生の時の悪口が、2年間もその子を傷つけていた、ということです。今はLINEとかメールとかあるので、ボタンを押すだけで悪口が言えます。他人の悪い噂をするときは、昔は内緒話をしなければいけませんでした。今はボタン1つでLINEができます。便利な世の中になったから、ボタン1つで、何年間も忘れられないような悪口を言ってしまうかもしれません。ここまでが、いじめてはいけない1つ目の理由です。」

〈いじめてはいけない2つめの理由―良心について〉

弁護士:「2つめの理由は、いじめる側の心の話です。実は、私も昔、いじめをしたことがあります。高校生の時、部活動の終わりに仲間が駅まで歩いて帰ります。指相撲が流行ったことがあって、みんな二人一組になってやりました。その中で、A君だけいじめられていて、参加しませんでした。仲間の10人ぐらいが、A君と話してはいけないというルールを作っていました。あるとき、A君が僕の手をひょっと握ってきました。指相撲をやろうというわけです。声は出さずに、すっと手を握ったのです。その時、僕はやりませんでした。なぜでしょう?」
女子7:「口をきいてはいけないから。」
弁護士:「そうです。口をきくと、どうなりますか?」
みんな口々に:「自分が仲間外れにされる。」
弁護士:「そうです。それが心配で、できませんでした。すると、A君は黙ったまま、すっと手を放しました。その手が離れていく感じが、すごく寂しそうでした。今でもその感じが残っていて、30年前のことなのに忘れられません。今となっては、もう謝ることもできません。
 人はみんな、人に親切にしようとか、大事にしようという心を持っています。良心といいます。いじめをすると、後になってからそれがチクチクします。大人になってから、心が痛むことがある。何十年か経って、自分に子どもが生まれたりした後にも、心がチクチク痛む。それは辛いことです。皆さんの大人になってからの人生で、胸が痛んだり苦しんだりしないでほしい。だからいじめないでください、というお願いです。」

〈最後の質問〉

弁護士:「さて、2番目の質問『悪いことをした人は、いじめられても仕方ない』という考え方に戻り、もう1回質問します。この考え方に賛成の人は、今どのくらいいますか?
→挙手0
 反対は?
→全員挙手
 全員になりました。『いじめられる人は悪い』だからといって、『悪いことをした人はいじめられても仕方ない』とは言えないことになりました。これ、すぐ忘れてしまうんです。でも、『いじめられる人は悪い』と『悪いことをした人はいじめられても仕方ない』をつなげることはバツ。皆が気づいてくれたから。今日の大事なことはこれです。『いじめられても仕方のない子はいない』。いいですか?」
全員:「はい。」

〈いじめを見ている人について〉

弁護士:「別の話をします。これは何でしょう?(絵を描いていくとドラえもんになる)ドラえもんにいじめが出てきますね。(黒板に人間関係図を描く)このまるの中に入るのは誰ですか?(みんな、口々に答える。)ジャイアンがのび太をいじめて、スネ夫も加わります。ここで、見ているだけの人がいますね。」
口々に:「しずかちゃん。」
弁護士:「マンガの中ではドラえもんが出てきてのび太を助けてくれます。でも現実の世界にはドラえもんはいません。誰がどうすればいいですか? いじめに関係する人は? のび太、ジャイアン、スネ夫ですね。しずかちゃんは?」
→挙手で、しずかちゃんがいじめに関係するという意見と、関係しないという意見に分かれる。
弁護士:「しずかちゃんがいじめに関係するという意見の理由は、なぜですか?」
女子8:「いじめられている人を助けないといけないのに、助けようとしないでじっと見ているだけだから。」
女子9:「見ている人は、相手の気持ちを気付かせないといけないから。」
弁護士:「見ている人は何ができますか? 今、助けるという意見が出ました。他に?」
男子3:「止める。」
女子10:「先生に伝える。」(ガヤガヤ)
弁護士:「先生に伝える、が出ました。これ、大事です。なぜですか? ジャイアン、スネ夫は自分から先生に言いに行きますか? 『自分はのび太をいじめています。』って、言いに行けませんね。のび太はどうですか?」
→「行ける」という意見もありました。
弁護士:「行けない、という人は? そう、先生に言ったことが相手に知られてしまい、ますますいじめがひどくなるときがあるからです。しずかちゃんはどうですか?」
全員:「言えます。」
弁護士:「なぜ?」
→口々に理由を話す。
弁護士:「先生が黙っていれば、この人が喋ったのはわかりませんね。しずかちゃんにいじめが来ることはないよね。安全なんです、安心して先生に言える。担任の先生、そうですね? 卑怯なんてことは何もないですよ、この立場は。」

〈1人ではないよと伝える〉

弁護士:「それから、『1人ではないよ』と伝えることができるのはしずかちゃんです。もし、先ほどのMさんが修学旅行に行ったとき、部屋の中から飛び出してきて『一緒に遊ぼう』と言ってくれる人が1人でもいたら、死ななかったかもしれないと思いませんか? あの時1人いればよかったのに。A君も、僕があの時、指相撲をしてあげれば、独りぼっちじゃないと思って勇気100倍だと思ったと思います。それこそ、こういう時にLINEを使うんです。皆の前では、仲良くするのは心配かもしれない。でも、1人じゃないよと伝えるのは、ものすごく大きな力を持っていることなんです。
 ある人が、机にマジックで落書きをされました。周りの人は黙って見ています。その時、1人の男子がやってきて、机を持ち上げて教室を出ていきました。落書きされた子もついて行きました。男の子は図工室に入って2人になったところで扉を閉め、落書きをやすりで削り始めました。しばらく黙って削った後でぽつりと、『つまんないことに負けるんじゃないよ。』といってくれたそうです。それは大人になってからも、ありがたかった、嬉しかったと思うそうです。
 いじめを止めに入らなくても、まず、『1人ではないよ』と伝えてください。いじめられている子はその一言でとても救われると思います。」

〈取材を終えて〉

 平尾先生はおっとりした口調の丁寧な言葉づかいで、冒頭から質問を始められました。「いじめる人も悪い」かどうかは身近な問題で、子どもたちはすぐに授業に引き込まれた印象でした。45分の間、静まり返ったり、要所要所では質問にすぐに回答したり、ドラえもんの絵にはほっとしたような声が湧いたり、子どもたちが集中して授業を受けていたことがとてもよくわかりました。
 「なぜいじめは許されないのか」について、いじめられる側の立場といじめる側の立場からの理由が迫力ある事例をもとにわかりやすく説明されていました。さらに、いじめを見たらどうすればいいか、具体的な行動まで子どもたちから引き出していました。いじめが許されない法的根拠=人権や良心の話と、道徳授業に求められる具体的行動についての示唆を兼ね備えています。平尾弁護士は100回以上授業をしても、すべて違う授業になるとおっしゃっていました。子どもの学年やクラスの反応に応じて臨機応変に対応し、子どもの心をつかむ授業を創られていることがわかります。

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