政治教育体験セミナー2016

 2016年2月28日(日)10:00~17:00、模擬選挙推進ネットワーク主催の政治教育体験セミナーが東洋大学白山キャンパスを会場に開催されました。本年6月より、いよいよ18歳選挙権が実現することになり、教育現場でもその準備に関心が寄せられています。政治教育の中立性を確保しながらどのような授業づくりをしたらいいのか考えようと、現場の先生方が様々な授業を自ら体験してみる取り組みから、かいつまんでお伝えします。
(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

10:00~10:20  挨拶、趣旨説明
10:20~12:30 「自分の選択基準<モノサシ>を考える」
「政党ポスターや選挙公報を活用した模擬選挙」
13:15~15:05 「グループワーク 政党をつくろう!」
「模擬請願」
「自由討論からディベートまで」
15:15~15:50 ミニレクチャー「いま、政治教育に求められていること」
15:50~17:00 民間団体との連携・協働(NPO法人などによるプレ実践3種、意見交換)

 

1 趣旨説明より

林 大介 東洋大学社会学部助教、模擬選挙推進ネットワーク代表

 

 2016年に実現する18歳選挙権を踏まえ、文部科学省と総務省が政治教育のための副教材『私たちが拓く日本の未来 有権者として求められる力を身に付けるために』を作成しました。この使い方について悩んでいるという現場の声もあり、政治教育を体験するセミナーを実施することになりました。
 これまで「政治教育」に実践的に取り組むことは背を向けられがちでしたが、この副教材では模擬選挙や模擬議会、模擬請願など、実際の政治的事象が題材として取り上げられており、画期的意義があります。一方で、現場には「政治的中立性」や「高校生の政治活動」「公職選挙法」といった課題もあります。これから「政治教育」を展開していくにあたっては次のようなことが大切であると考えます。
〔1〕上記副読本を「べからず集」にせず、それ以外のことは可能と考え、「こんなことができる!」と考える。
〔2〕学校での政治教育は公民科、社会科だけでなく、国語、英語、数学、家庭科、美術など教科の枠を超えた学校全体、ホームルームなども活用して実践する。地域の団体、家庭とも連携する。「政治的中立性」については、多様な意見を提示して生徒自身が考える機会を与える。
〔3〕家庭や自治体でも政治教育に取り組む。
 少子化が進む中で、子ども達の民主主義に関する理解を深め、社会の担い手として未来の有権者を育てることが大事であると考えます。

2 「自分の選択基準<モノサシ>を考える マニフェストをどう読むか?」

中川貴代志 クラーク記念国際高等学校さいたまキャンパス教諭

 この授業の目的は、「政策を比較し判断するためのツールを見つけること」です。模擬選挙授業の目的を「選挙の仕組み」や「投票の大切さ」を学習することではなく、「選挙に際し生徒が必要とする力をつけること」と考えたからです。その力とは、政策を比較して判断するための基準<モノサシ>と考えます。政策を比較する材料としてはマニフェストを使います。さらに、実際の有権者がどのような投票基準<モノサシ>を持っているか教員が事前にアンケートし、11タイプを資料として用意しました。
(以下、参加者が説明を聞きながらワークを体験しました。参加者は4~6名ずつ、9グループになりました。ワーク:20分間)
【ワークの流れ】
〔1〕11通りの投票基準を読む。
 A. ポイント集計型
 B. 目的優先型
 C. 消去法
 D. 政策隠れ蓑
 E. 安心感と身近さ
 F. 消去→比較
 G. 信用できる人に同調
 H. 付け焼き刃
 I. 選択と集中
 J. 総合力のある人間かどうか
 K. バランス重視

〔2〕グループ内で自分の投票基準を発表する。
〔3〕マニフェスト(本日はさいたま市長選挙の候補者3名が実際に使用したもの)3種に目を通す。(時間が短いため、要約部分のみ読み上げてグループ内で情報共有するなど、工夫しました。)
〔4〕グループごとに使用する<モノサシ>を決める。(資料の物を使っても、自分たちで作ってもよい。)実際にマニフェストを分析する。すると、当初は「人物重視」だった場合も、地域の実情に自分が詳しくない場合は「目的優先型」に変わったりすることが分かった。
〔5〕使用した<モノサシ>の利点と問題点を考える。
【授業実践の結果】
・政策比較の基準を学ぶことで、生徒の投票に対する不安が解消しました。
・マニフェストだけでなく実際に候補者を見るなど、もっと情報が必要であることに生徒が気づきました。信頼性のあるツールを紹介する必要があります。

3 「政党ポスターや選挙公報を活用した模擬選挙」

硤合宗隆 玉川学園高等部・中等部教諭

 本校では、1時限50分間の授業により、「投票に行かせる」ことを目標としています。自動車の運転免許が学科試験だけで取得できるものではなく、実際に車を運転する練習が必須なように、投票行動もスムーズに行うためには繰り返し練習することが必要だと考えます。実際の選挙公報や投票箱等を選挙管理委員会から借用し、まずマニフェストなどについてできるだけ多くの疑問点を出させます。グループワークで疑問点を共有した後、選挙の5原則を説明して実際の投票を体験させます。投票日は全校挙げての行事になっており、授業を受けていない通りかかりの生徒も投票できる仕組みです。
 留意点は、複数の新聞社の記事や複数のメディアからの情報を提供するなど、十分な情報量を生徒に与えること。「戦争法案」といった通称は使用せず、正確な言葉を使うこと。主権者教育が目的なので、生徒の年齢や国籍で差をつけないこと、などです。架空の選挙を想定するよりも現実の選挙の方が情報量が多いので、現実の選挙を題材にした方がいいと考えます。
(本日は3グループのみ記載台や投票箱を使用し、投票実演。各政党のポスターが壁に掲示。配布された資料:「平成26年12月14日執行衆議院(比例代表選出)議員選挙公報 東京都選挙管理委員会」、「政治山注1衆議院議員選挙2014~マニフェスト・公約比較表」)

〈質疑応答より〉
・選挙ポスターを校内に貼ってもいいのかなどについて、選挙期間外は何をしても大丈夫です。選挙期間中はいろいろな注意点があるので、『私たちが拓く日本の未来』の教員向け指導書などを参考にして下さい。それでも疑問点がある場合は、選挙管理委員会に質問するとよいと思います。
        (藤井 剛 明治大学文学部教職課程特任教授)

4 「グループワーク 政党をつくろう!」

大畑方人 東京都立高島高等学校教諭

 現代社会1時限50分間の授業により、「いかにして他人事である政治を自分事にできるか」を目標とします。生徒に身に付けさせたい3つの力は、「課題解決力」・「合意形成する力」・「言葉の力」です。ワークシートに沿ってグループでディスカッションしながら、グループの政党を作ります。事前課題は、「政治山」や各政党の主張を調べてくることでした。1グループは4~5名です。
【本日のワークの流れ】
〔1〕重視する政策分野を決めよう。(実際の授業では2つ。本日は1つ。)
ワークシートに挙げられた「経済・財政」「農林水産(TPP含む)」「社会保障(年金・医療・介護)」など12の例から選ぶ。
〔2〕政策の具体的内容を考えながら、政党名(・党首)とキャッチフレーズを決める。B4用紙に4色のマーカーを使って政党名やキャッチフレーズなどを表現する。
(ワークシートの順では、1政党名、2党首とキャッチフレーズ、3重視する政策分野、4政策の具体的内容となっていました。)
〔3〕発表。
KP法(紙芝居プレゼンテーション法)で、黒板にグループの紙を貼り、プレゼンをする。プレゼンのポイントはKISS(Keep It Simple&Short)。

5 「模擬請願」

杉浦真理 立命館宇治高等学校教諭

 高校1年の現代社会1時限(事前課題は以下の〔1〕〔2〕)の授業として実践しています。ローカルの政治的リテラシーを高めることを目的に、模擬請願を通して、地域の願いを実際に社会に届けるトレーニングをします。
【授業の流れ】
〔1〕情報収集:地域財政福祉調査(事前課題)
 春休みに、家庭や隣人から地域への思いを聞き取りさせる。(家庭・地域調査)結果はポストイットに書かせ、カテゴライズして課題毎に生徒をグループ分けする。
〔2〕市町村の介護保険政策、保育政策、公民館事業などの講義の後、調査項目を決めて、ゴールデンウィーク中に市町村福祉調査をさせる。(市役所調査)本校は生徒が多数の市町村から通学してきているので、地域の特徴がわかる。
〔3〕課題発見:調査地域の違う生徒4~6名ずつでグループを作り、調査結果を持ち寄る。他の市町村と比較して、自分の町の特徴と課題は何かを議論する。公益性を優先して3つの課題を選び、まとめる。
〔4〕課題解決:憲法の請願権についての講義の後、地域の課題を解決する方法を考え、請願書を書いてみる。地域の実際の請願書フォーマットをダウンロードして利用する。福祉、環境、雇用のグループに分かれ、地域の総合政策をまとめてみる。地域総合政策を議会に送り、各会派から意見を求め返事をもらえると、生徒の達成感を育てることができる。
学校と議会事務局との連携協力が大事になります。

6 ミニレクチャー「いま、政治教育に求められていること」

梶山正司 文部科学省初等中等教育局主任視学官

 平成27年の公職選挙法等改正法の成立により、選挙権年齢が満18歳年以上に改められました。これにより、高校生に対する政治への参加意識を高めるための指導の充実等や、高校生の政治的活動に係る考え方の整理等が必要になりました。文部科学省では、政治的教養を豊かにするための教育の充実を図ること等や、高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等についての通知を発出しています。
【政治的教養を育む教育とは】
〔1〕現実の具体的な政治的事象を扱うこと
〔2〕模擬選挙や模擬議会など現実の政治を素材とした実践的な教育活動を積極的に行うこと
・留意事項のポイント:学習指導要領に基づいた系統的、計画的な指導計画。結論に至るまでの冷静で理性的な議論の過程を重視し、様々な見解を提示すること。教員は公正かつ中立な立場で指導すること、などです。
【高校生向け副教材『私たちが拓く日本の未来』について】
・副教材『私たちが拓く日本の未来』の概要
第1学年から第3学年までのすべての国・公・私立高校生等向けです。第1部:解説編は、選挙や投票の仕組み、選挙の意義、憲法改正国民投票の仕組みを解説。ねらいは、政治の働きを理解させ、未来を担う若年層の政治参加の拡大を求める18歳選挙権のねらいを受け止め、有権者として求められる力を大観させることなどです。公職選挙法上の注意点として、18歳未満の生徒はインターネットの活用などでも選挙運動を行うことができないこと、住居変更を行う場合、投票するためには住民票の異動が必要なことなどが記述されています。
第2部:実践編のねらいは、解説編にある知識を踏まえ、〔1〕論理的思考力 〔2〕現実社会の諸課題について多面的・多角的に考察し、公正に判断する力 〔3〕現実社会の諸課題を見出し、協働的に追究し解決(合意形成・意思決定)する力 〔4〕公共的な事柄に自ら参画しようとする意欲や態度を育むことです。学校の授業等でそのまま使用できるよう、話し合いやディベート、模擬選挙・模擬請願・模擬議会等の実施準備、方法、ワークシートなどを盛り込んだ実例を掲載しています。
第3部:参考編は、投票と選挙運動等についてのQ&A、学校における政治的中立の確保等を掲載しています。
・副教材の活用例
 公民科はもとより、総合的な学習の時間や特別活動等における指導でも活用することが期待されています。
【関係機関との連携等について】
政治的教養を育む教育を行うにあたり、選挙管理委員会、選挙啓発団体、議会事務局等と校長以下学校として組織的に連携することが期待されます。保護者へも、政治的教養を育む教育のねらいの周知、当該活動の公開などを通し、学校の活動を正確に理解していただくよう配慮すること。教育委員会における研修等の取組実施などが期待されます。

〈取材を終えて〉

 政治教育は18歳選挙権の実施を控え、にわかに活気を帯びていると感じます。本セミナーでは、実際に授業で行われた政治教育の例を参加者が即席で体験してみました。政治教育というと模擬投票がすぐに思い浮かびますが、模擬投票をする前に候補者選びをするための基準について考えたり、政党を作ったり、政策を考えて模擬請願を行ったりと、様々な体験型授業があることがわかりました。実際に参加してみると、他の人の様々な意見を聞くことができ、いろいろな考えがあるので迷うことも多く、時間がすぐに過ぎてしまいました。
 ミニレクチャーにおける副教材『私たちが拓く日本の未来』の説明では、副教材実践編のねらいは〔1〕論理的思考力 〔2〕現実社会の諸課題について多面的・多角的に考察し、公正に判断する力 〔3〕現実社会の諸課題を見出し、協働的に追究し解決(合意形成・意思決定)する力や〔4〕公共的な事柄に自ら参画しようとする意欲や態度を育むこと、でした。これは自由で公正な社会の担い手を育むことを目指す法教育注2が育てたい力や態度と共通するものです。政治教育と法教育は密接な関係をもちつつ、これから発展していくのではないかと感じました。

 

注1:
政治・選挙プラットフォームhttp://seijiyama.jp/
注2:
法教育研究会『はじめての法教育』(ぎょうせい,2005年)p.11
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