筑波大学附属駒場高等学校 公民科授業「AIと自動運転について法的に考える」その2

 2018年11月、筑波大学附属駒場高等学校第2学年の公民科にて、「AIと自動運転について法的に考える」全7時間の授業が実施されました。そのうちの第3時間目は公開研究会で発表され、当レポートでもお伝えしました。一連の授業では、自動運転事故の責任を誰がどうとるか、最終的に自分なりの提案を作成することを目指しており、どんな提案が出てくるか、興味深いところです。第4時間目以降の様子について、一部の授業を参観させていただいた法教育フォーラムレポーターの取材原稿をベースに、授業を担当された小貫篤先生に大幅にご加筆いただいたレポートをお届けします。

〈第3時間目までの内容〉
第1時:AIによる社会の変化と、それに伴う自動運転事故という社会的課題を把握する。AI研究の進展と、自動運転の概要を把握する。
第2時:自動運転技術の専門家の講義を聴き、自動運転技術の概略と想定される事故を理解する。自動運転で得られる便益、ジュネーブ条約(車両の運転者の義務などを規定)、日本の道路交通法(安全運転の義務)を知る。
第3時:自動運転事故の刑事責任を考察する。

 一連の授業では、内閣府が採用しているSAE Internationalの定義に基づいて自動運転レベルを5段階に分け、レベル2~4の場合について考えています。レベル2では、システムが縦方向および横方向両方の車両運動制御のサブタスクを限定領域において実行します。レベル3は、システムがすべての動的運転タスクを限定領域において実行し、作動継続が困難な場合は、システムの介入要求等に適切に応答します。レベル4は、システムがすべての動的運転タスクおよび作動継続が困難な場合への応答を限定領域において実行します。限定領域とは、高速道路および地方の幹線道路といった予測困難な状況が少ない領域を想定しています。
 刑法に関しては第211条(業務上過失致死傷等) と、自動車運転処罰法第5条(過失運転致死傷)、および実際の事例をもとに法的な考え方を把握しました。
【法的な考え方】
1)「過失」
 ・予見可能性:交通事故の発生が予見可能かつ、
 ・回避可能性:交通事故の回避が可能だったにもかかわらず、
 ・予見義務違反:交通事故の発生を予見せず、
 ・回避義務違反:交通事故の回避のために必要な措置をとらなかった
2)「信頼の原則」
行為者が他者の適切なふるまいを信頼できる場合には、その他者の不適切なふるまいによって法益侵害結果が生じたとしても、行為者には刑事責任は問われないとする原則。
3)「緊急避難」
自己または他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危険を避けるため、やむをえずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を軽減し、または免除することができる。
4)「許された危険」
法益侵害の危険を伴うが、社会生活上必要な行為について、その社会的有用性を根拠に、法益侵害の結果が発生した場合にも一定の範囲で許容するという考え方。
【自動運転の場合】
 事故の発生可能性を最小化したうえで生じる事故の被害を最小化する(運転)プログラムは、「許された危険」として殺人罪、傷害罪、過失運転致死罪は成立しないという意見が多い。

〈第4時間目の内容〉
11月19日(月) 場所:筑波大学附属駒場高等学校223教室
本時のテーマ:「自動運転事故の民事責任を考察する。」
授業者:小貫 篤 教諭

今回の授業では、架空の事例を検討することを通して、自動運転事故の民事上の責任を考察していきます。
【導入】

(事 例)
 日本のある地域の道路上で、日本製のレベル4の自動運転車が、対向車線から侵入してきた修学旅行中のバスと衝突。バス乗員であった高校生と運転手の41名が、死亡または重軽傷となった。一方、自動運転車の乗員1名は軽傷だった。レベル4の自動運転車は、急ハンドルを切ってバスとの衝突を十分に回避することが可能であった。マスコミは、亡き高校生の両親が悲しみと怒りをあらわにする映像をこぞって報道した。もっとも、急ハンドルを右に切っていれば、右は海につながる崖であったため、自動運転車の乗員の命は確実に失われていた。
 批判の高まりを受けて自動車メーカーや国は、事故原因の解析に着手。しかし、自動運転車は、搭載されたAIが完全に運行を管理していたため、なぜ自動運転車が多数の高校生を死亡させる選択をしたのかの理由を解明できなかった。自動運転車への非難は高まる一方であった。遺族たちは、損害賠償をメーカーに求めて、地方裁判所に訴えを提訴。裁判開始前に、事故を引き起こした車両のAIを担当していた被告メーカーの田中氏に対する証言録取が、原告側弁護士の鈴木氏によって要求された。しかし、メーカーは、「田中氏がすでに退社しているし、田中氏がメーカー在職時に知った情報は守秘義務の対象である」として証言録取に応じなかった。
 開始手続きだけで長期間経過したこの事件は、ほとぼりが冷めた4年後の12月22日に示談となった。しかし、12月29日、元重役の田中氏が、テレビ番組のワイドショーに登場。AI開発時の秘密を暴露した。つまり、「この話は守秘義務の対象であるが、正義のために開示する。自動運転車のAIは、常に乗員の命を最優先にするようプログラムされていた。衝突相手のバスの乗客が、40名程度であること、衝突すれば多数の死傷者がでることは車両間通信でAIは理解していたはずだ。それでも相手を見殺しにした。そのような反社会的かもしれない選択のAIであっても、その複雑性ゆえに事後の解析で乗員優先のしくみがわからないこともメーカーにはわかっていた。だからこそ、意図的に他車の多大な犠牲のもとでも自車を常に最優先させるプログラムにしたのである。もし自車の乗員を犠牲にするようなプログラムをした場合、売れなくなるからである。私は社内で、このような究極の選択問題は、きちんと社会に開示したうえで、最終的には購入時に買主が選択できるようなマーケティングを主張した。命にかかわる決定を、会社が隠れて勝手に決めてしまうことに反対だった。結局は会社に疎まれて退職においこまれた」と述べたのである。
 マスコミの反応は、メーカーに批判的だった。自車を優先すべきか、バスを優先すべきかについては確かに倫理的に議論がわかれる。しかし、「議論がわかれるプログラム選択を、AIの複雑さゆえに隠せる事実を悪用し、売上げを伸ばすために短絡的に、自車優先を秘密裏に選択した会社の行動」と激しく非難されることとなった。翌年、被告メーカーの売り上げは対前年度比60%減となった。

※本事例は、平野晋「AIネットワーク時代の製造物責任法」福田雅樹・林秀弥・成原慧編著『AIがつなげる社会 AIネットワーク時代の法・政策』(弘文堂,2017年)で示されている事例をもとにしています。

先生:「この問題は、トロッコ問題の自動運転版といえますね。まずは、倫理的に聞いてみたいと思います。この場合、自動運転車は右にハンドルを切るべきだったのでしょうか。それとも事例のように何もしないでよかったのでしょうか。右にハンドルを切れば乗員1名が死亡、何もしなければバスに乗っていた41名が死亡します」
生徒:「何もするべきではないと思います。乗員の命が最優先です。なぜなら、そのように設計しないと自動車会社としては売れないし、乗員の命を最優先しない車なんて誰も買いません」(多数が同じ意見)
先生:「興味深いですね。このような倫理的な問題が絡む自動運転のトロッコ問題についてはマサチューセッツ工科大学が世界規模の意識調査をしていますので、それも参考に見ると面白いと思います。今日は政経の授業なので、法的な観点から検討していきます」
先生:「この事例の場合、誰に賠償責任があると思いますか」
生徒:「まず運転手でしょ。またはバス会社」
先生:「それは前提として、自動運転車の乗員、あるいはメーカー、AI開発メーカーなどに民事上の責任を負わせることはできるでしょうか、ということを聞いています」
生徒:自動運転車の乗員に民事上の責任を負わせる 8名
   自動運転車のメーカーに民事上の責任を負わせる 17名
   誰にも責任を負わせることはできない 9名
   その他 6名
先生:このような問題を法的に考えるときに参照すべき条文が、「不法行為」について規定する民法709条です。

【展開1 不法行為責任ではどうなるか?】
【法的な考え方】
1)「不法行為」
 民法709条:故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

先生:「前回学習したように、予見できたかどうか(予見可能性)が最初の問題になります。次に、回避できたかどうか(回避可能性)が問題になります。予見できたにもかかわらず回避しなかった(回避義務違反)場合、過失があると考えられます。過失がなければ責任がないという民法の大原則を何というんでしたか。」
生徒:「過失責任の原則」
先生:「その通りですね。では、乗員やメーカーに不法行為責任はあるでしょうか。」
生徒:「予見はできたし、回避できた。だから過失はある。でも、誰に責任をとらせるかは難しい」
   「自動車会社でしょ。そのような車を市場に出したんだから」
   「車を買うときの契約書に責任は車を買った人がとると書いてあったら、車を持っている人。この場合は、乗員になる」
   「AIをプログラムした会社」
   「そもそも過失はないでしょ。自分の命を優先しただけだし」
先生:「予見でき、回避しなかったと考えた場合、回避義務違反で過失があることになります。一方で、被害発生は避けられないわけですから、自分の命を優先することが過失とはいえないのではないかという考え方もあります。不法行為として、取り扱うことができるのかまだわからないというのが現時点で言えることになります」

【展開2 自賠責ではどうなるか?】
【法的な考え方】
2)「自動車損害賠償責任」
 自動車損害賠償法第3条:自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命または身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。

先生:「不法行為責任を問う場合は、被害者が、加害者の過失を証明しなければなりません。『過失なければ責任なし』ですからね。しかし、この法律では、加害者の側が以下の3点を証明するようになりました。3点とは、「運行供用者と運転者に過失がなかったこと」、「被害者または運転者以外の第三者に、故意または過失があったこと」、「自動車に構造上の欠陥または障害がなかったこと」です。立証する責任の主体が変化していることに注目です。なお、運行供用者とは、車の運行の支配権と、運行の利益を得るもののことです。」
先生:「では3点を具体的に検討していきましょう。「過失」についてはどうでしょうか。」
生徒:「さすがにこの状況で運転者の過失はないでしょ。」
   「突っ込んできたのはバスのほうだから、バスに過失がある」
先生:「この場合は、整備点検、ソフトウェアをアップデートしているかが論点となります。」
生徒:「特に記述はないし、問題なし。」
先生:「では、欠陥についてはどうでしょうか。」
生徒:「欠陥がない、ということを証明するのはすごく難しい。」
   「悪魔の証明じゃん」
   「欠陥の定義はなんですか?」
先生:「そうですね。欠陥については、次の製造物責任の欠陥を参考にしましょう」

【展開3 製造物責任ではどうなるか?】
【法的な考え方】
3)「製造物責任」
欠陥があり、これによって被害が発生した場合、被害者が製造業者の過失を証明できなくても損害賠償責任を認める考え方。
・「欠陥」とは、次の3つ。
 「製造上の欠陥」。いわゆる不良品。
 「設計上の欠陥」。安くて使いやすい安全装置を、競合製品が採用し損ねた。
 「指示・警告上の欠陥」。一見して気が付かない危険が製品にある場合、警告やマニュアルがない。

先生:「今回の事例の場合は、どうでしょうか。欠陥はあったでしょうか」
生徒:「製造上の欠陥はない。メーカーの意図通り、乗員保護を最優先させているから」
先生:「では、設計上の欠陥は?」
生徒:「戦闘機みたいに乗員の座席を飛ばすというのはどう?」
生徒:「全部の車にそれを付けるのはコストがかかりすぎでしょ。安くて使いやすいという条件にはあてはまらない」
先生:「では、指示・警告上の欠陥は?」
生徒:「プログラムを知らされていなかったわけだから該当するのでは」
先生:「これが該当する可能性がありますね。これを根拠に損害賠償請求ができるかもしれません」
生徒:「あとは、この会社のイメージが下がって売れなくなるっていう社会的制裁がある」
先生:「そうですね。自動運転車の社会的受容性が下がるという問題がありますね。そうなると自動運転技術の開発スピードが遅くなるかもしれませんね。

【まとめ 誰がどのように民事上の責任を負うのか?】
先生:「ここまで考えてきて、自動運転事故が起きた時、誰に、どのように民事上の責任を取らせればよいのでしょうか。考えてみてください」
生徒:「乗員に責任を取らせるわけにはいかないから、AI開発会社でしょ」
生徒:「車を買うときに契約して、購入者が責任をとるようにしておく」
生徒:「自動車会社やAIメーカーが責任をとるのはお門違い。自動運転車を持っている人が責任を取るべき」
生徒:「レベル4以降は、規制して市場に出さないほうがよい。責任問題が複雑すぎる」
生徒:「人間が運転する車と自動運転車が混在する状況があると、このような問題が発生するから、一気に自動運転車のみにするようにできないか」
生徒:「メーカーが積み立てておいて、そこから賠償金を支払うような仕組みを作るべき」
先生:「現在考えられている案としては、次のようなものがあります。
 ・案1 運行供用者は自賠責保険・自動車保険、自動車メーカーも保険などによる賠償責任を負う。
 ・案2 運行供用者責任は維持し、メーカーに自賠責保険料としてあらかじめ一定の負担を課す。
 ・案3 新たに「システム供用者」概念を設け、メーカーに無過失責任を負わせる。
この中でも、案1が有力です。また、保険会社が自動運転を保険で補償するという動きも出てきています。今後も注目ですね。」

〈第5時・6時間目の内容〉
11月22日(木) 場所:コンピュータスペース(各自にPC1台)
本時のテーマ:「自動運転事故に関する政策提案書をつくる」
 自分であれば自動運転事故の責任を一次的に誰に、どのようにとらせるか構想する。各自、Wordで作成し、提出。A4判で片面1枚以上。
・レベル2~4までの各段階で構想する。
・民事上、刑事上で分けて記述する。
・政府のロードマップ「官民ITS構想 ロードマップ2018」を参考にする。
・自動車運転技術を発展させることは前提とする。
・社会的便益、コスト、社会的受容性を検討する。
・現行法や条約を調査する。必要であれば改正の検討をしてもよい。
・2020~30年と想定される、自動運転車と従来の自動車が混在する過渡期に事故が起こりやすいことを踏まえて検討する。
・これまでのプリント、配布資料(自動運転の保険に関する特集記事)等を参考にする。

〈第7時間目の内容〉

本時のテーマ:「提案書の説明と講評」
 各クラス4名の提案発表者による説明の後、法律専門家による講評を聞く。

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