第5回大学対抗交渉コンペティションシンポジウム 

 2010年2月21日(日)13:00~17:00、東京大学本郷キャンパスの山上会館で、交渉教育支援センター主催による大学対抗交渉コンペティションシンポジウム「交渉と法教育―世代を超えた教育連携の力」 が開かれました。
 シンポジウムでは法教育との関連が話題になるということで取材してまいりましたので、その模様をお伝えします。(当日のプリントから適宜引用させていただきます。)

プログラム

第一部 大会の振り返り  13:15~14:15
第二部 交渉のセッション(交渉実演)  14:30~15:45
第三部 教育のセッション(スピーチ)  15:45~17:00

〈趣旨説明、挨拶〉

「運営委員会挨拶」

野村美明 大阪大学教授


 コンペティションの経験を活かし、上が下を、OB・OGが在学生を教え、学び合う経験を法教育にも活かせないかと考えています。社会が若い人を教え、若い人が社会から学ぶということで、世代を超えた教育連携の力というテーマに取り上げています。

「後援者挨拶」        

鈴木久和 住友商事株式会社広報部長


 住友商事では、「大切なこと、人から人へ」というテーマで、「人に伝える言葉」を大切に思っており、第1回から協力させていただいています。交渉は総合力発揮の場で、「人間的魅力」も大きな要素です。「世代を超えた教育連携の力」は素晴らしいテーマで、交渉教育が教育の連環になればいいと考えます。

                

馬橋隆紀 日弁連法務研究財団常務理事


 紛争が多くなり、団体交渉斡旋依頼が増えてきています。交渉に慣れていない方が多いのではないかと思います。ADR(裁判外紛争解決)をいかに運用するか学ばせることをしています。交渉コンペは多くの成果を出してくださっているので、弁護士も交渉技術・仲裁技術を研修しなければならないと考えています。

第一部 大会の振り返り

〈第8回大会の概要〉

                 

運営委員会 森下哲朗 上智大学法学部教授


 交渉コンペティションは日本では2002年から始まりました。背景には社会における交渉・仲裁の重要性とその更なる高まりがあります。交渉・仲裁等についての優れた能力を有する人材育成の必要から交渉教育が始まりました。交渉コンペティションは学習のインセンティブの提供、教室では得ることのできない「何か」を得る機会という役割を担っています。
 第8回大会は、2009年12月5日(土)、6日(日)、上智大学を会場に開催されました。参加校17校(第5回よりオーストラリアからも参加)より270名が参加しました。コンペは英語の部と日本語の部に分かれ、審査は1対戦を3名の審査員で審査。仲裁では仲裁人を兼ねます。3名のうち1名はOB・OGも含みます。
 参加した学生へのアンケート結果からは、「仲裁、交渉で学んだことをこれから社会人になって活かすことができます。ビジネスにおいて注意しなければならないことや、人とのコミュニケーションの取り方が少し身についたと感じます。」という感想が聞かれました。

〈審査員の視点〉

「交渉準備および交渉における「思い込み」の弊害」
        

井上 修 日本ヒューレットパッカード株式会社 取締役・執行役員


 ある特定の状況に固執してしまうと議論が噛み合わなくなります。人間は思い込みをするという認識を持って、準備をしてほしいと思います。実際の交渉の前にどれだけ沢山の情報を集めるか、そして多様な想定を前提にしたシミュレーションを行なうことが思い込みを排除します。ただし、シミュレーションに拘泥せず、相手の言うことを素直に聞くことが大切です。お客様の意見と自分達の意見がずれることがあることを認識していなければなりません。

「対話による弁論・対話による交渉―言葉をつかまえる―」
        

大澤恒夫 弁護士・桐蔭横浜大学法科大学院教授


 交渉とは「対話」の実践であり、スタートは互いにわからない相手の言うことをまず「聴く」ことから始まります。そして「気づき」、自分の考えが「変わる」とそれを「語る」、相手はそれを「聴く」という一連のプロセスを繰り返すことが対話です。対話実践のベースとなる基礎的スキルは「よく聴く」ことなのです。聴く=「言葉をつかまえる」技術、即ちアクティブリスニングの中心は、「繰り返し、言い換え、要約」であり、「文脈を理解しながら言葉をつかまえる」ことが重要です。聴くことで文脈も更新しながら、噛み合う議論をすることができます。
 そのツールとして「ホワイトボード」は書き込むことができるため、パワーポイントにはない利点があります。PCとプロジェクターも共通認識に立ちながら1つの文章を練り上げる道具です。授業では「ロールプレイ」をひとつの試みにしています。

第二部 交渉のセッション

〈交渉実演―第8回大会問題を用いて〉

大阪大学、同志社大学、立命館大学、中央大学、東北大学、上智大学から国際商取引のゼミなどを担当する教員の先生方6名が、3名ずつレッド社とブルー社に分かれ、模擬交渉を実演しました。レッド社はテーマパーク運営会社で、ネゴネゴ国にネゴ・パークを開設しています。日本にもネゴ・パークを設ける企画をブルー社に任せることに前向きですが、当初は日本の他の企業に経営を委ねることも検討する可能性がありました。このレッド社とブルー社が、両者間の一つのトラブルの解決と、日本における新しいネゴ・パーク開設について契約を締結できるかという2つの問題を交渉しました。

〈コメントと議論〉

 普段学生に「準備は充分にするように」と注意している先生方が、今日は30分の準備時間しかなかったので、データが効果的に活用できなかったり、社内の打ち合わせとして「ロードマップ」を書いておけず、どこで降りるかわからないでドキドキしたという感想が聞かれました。
 会場の参観者を審査員に見立て、どちらが優位だったか挙手してもらうという判定で、会場はリラックスした雰囲気になりました。コメントもいろいろ出ました。

・交渉のやり取りを聞いているだけで大体内容がわかるのは、実演者たちの「アクティブリスニング」ができているからですね。
・説得のためだけの数字の準備は創造的ではありません。ダイナミックスのための準備も必要です。
・税金上の問題があります。トラブルを新しい事業でのロイヤルティーなどで調整する方向のほうがよかったと思います。
→回答:学生には税法上の問題はわからないという条件でしています。

第三部 教育のセッション

〈ゲストスピーチ〉

「法教育と交渉教育」    

大村敦志 東京大学大学院法学政治学研究科教授


 教えられている者が同時に教える側に立つという点では、東京大学のロースクールでも出張教室や中・高生向けの本を作るゼミで教育の循環がつくられています。他人に教えることで、教えられたことの理解が深まるという意味があります。
 法教育はまだ方法も内容も確立していませんが、「交渉教育は同質の内容が伝達されている」、「法教育では異質の知識や技能が伝達されている」点が相違点と考えます。法教育では今の中・高生と大学院生の学んだことが違っているのです。交渉教育では、交渉を実際に経験し組み立てを考えることが方法論であると見受けました。法教育には模擬裁判がありますが、手続きをなぞるだけになるおそれもあり、形式にこだわらずに議論に関わる工夫がされていいと考えます。
 法の存在理由を考えることや、どのような価値を考慮に入れてルールを作るべきかという取り組みが多いですが、実体的価値以外の側面に関心をおくことも必要で交渉の意味もそこにあります。裁判による紛争処理と、裁判外での紛争処理の異同を考えることが重要です。この点は従来の法教育で希薄だったことであり、交渉教育がその参考になるかと思います。司法教育と市民教育をつないでくれるのが交渉教育というイメージです。

〈質問・応答〉

・「生ける法」は人間関係性の構築にありますが、法教育の核も生ける法なら、法教育と交渉教育の関係はいかがですか?
→回答:交渉教育は広い意味の法教育に役立つというふうにうかがいました。私としては交渉教育が大学教育以外でどう役立つかと考えます。
・法教育を教育する目的は?
→回答:法律家はチームで仕事をすることも多いので、外部に向かってチームの力を結集するしくみを教育に組み込むことが重要です。クライアントが何を理解できないかを理解するにも、いい方法でしょう。交渉力を身につけることも法教育として大事です。

来年度の大会テーマ

環境に関するビジネス

取材を終えて

 ビジネスの交渉実演は初めて見る者にとって難しそうでしたが、アクティブリスニングなど勉強になりました。交渉は対席調停や模擬調停などの取り組みに通じるものがあるようですが、ビジネスの交渉は、根底に私企業の利潤追求を目的としていることが暗黙の了解としてあると感じます。その上での交渉技術の訓練が、交渉教育の中心のように思いました。小・中・高生を対象とする法教育は、より広い正義と公正な社会を目指していると思います。両者の共通点と相違点を認識して学び合うとよいのではないでしょうか。

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