千葉大学教育学部附属小学校第43回公開研究会④分科会編

 2010年2月5日(金)10:50~12:30の社会科分科会の模様をお伝えします。
研究紀要第43号から適宜引用させていただいております。

研究主題「実社会がみえてくる社会科学習 ―法資料を用いた単元構成の工夫―」について

         

〈研究主題〉

 「実社会がみえてくる」社会科学習とは、「社会事象を様々な観点から解釈・判断することができる社会認識を獲得し、現実の社会を見つめ直す」社会科学習のことです。法資料を用いた単元構成を工夫していくことで、研究主題に迫っていきます。

〈法資料とは〉

 社会科部では「法資料」を、身近な地域・地方公共団体・国・国家間における、きまり・計画・施策・条例・法律・憲法・条約等としています。これらの法資料を児童の発達の段階に合わせて、その都度翻訳しています。
 また、法資料そのものの理解・習得を「目的」とするのではなく、社会科の学習をより深めるための「手段」として単元に導入することを前提としています。つまり、児童の思考を揺らし深化させるための手段と考えています。

〈社会科部が考える「学びを深める授業」〉

学びを深める社会科授業とは、「法資料を用いることで、新たな疑問や驚きが児童からわいてくる授業」です。そのためには、法資料の精選や提示場面の工夫に留まらず、体験的な活動と言語活動の充実を図っていく必要があります。
体験的な活動は、そのままでは思考や概念の獲得になりません。体験的な活動と結びついた情報を基に、記録・説明・解釈・判断という言語活動を行なうことで、体験的な活動を科学的な社会認識にまで高めていくことが可能になります。又、その逆に体験的な活動が言語活動を補完することもあります。

6年2組の社会科授業について

〈授業者 三浦昌宏教諭より説明〉

 6年生は歴史単元が大好きです。が、政治や憲法の学習に入ると意欲の低下が見られる傾向にあります。「自分には、まだあまり関係がない」「複雑で難しい」「もう憲法は決まっているもの」と考える児童が多いのが現状です。つまり、身近に感じられていないのです。
そこで、まず、冬休みの課題として、「国民の祝日」について調べさせました。15の祝日すべてについて、なぜ決まっているのかも調べさせました。すると、法律にのっとっているということがわかります。
次に憲法の三大原則を学び、憲法が自分達の生活とどのように結びついているのかを実感させる授業展開をしました。基本的人権や平和主義といった言葉だけを覚える学習では、そこから考えようとしなくなります。そこで、基本的人権における「新しい人権」で進めようと考えました。最終的には、「幸福追求権」としての「プライバシーの権利」が児童にとって身近で考えやすいのではないかということになりました。
「プライバシーの権利」には、古典的プライバシー権と現代的(積極的)プライバシー権があり、今日は前者の方です。戦後、建物の構造が変わった頃からプライバシーが発生したようで、憲法にはプライバシー権が載っていません。
今日のテーマは「プライバシー権が及ぶ範囲のあり方について考えさせるにはどうすればよいか」です。「ストリートビュー」、「首相の一日」、「緊急連絡網」を扱うことで、プライバシーの権利と公共の福祉との関連を深く考えさせようとしました。人それぞれの価値観の違いから、改めて、権利の範囲を決める難しさを実感できたと思います。

〈会場からの質問・応答〉

・学びを深める授業のテーマの「言語活動」はどの部分でしょうか?先生と1対1のやり取りが多かったようですが。
→特に強く意識した言語活動は最後の場面です。「プライバシーの権利をどこまで認めればよいのか」についてもっと討論したかったのですが、時間が少し足りませんでした。これまでも裁判員裁判で量刑を決める際の思考の流れを意識して、討論の場を設定しました。公共の福祉である「相手の人権を傷つけない限りにおいて」ということを、次回の授業でより深く話し合わせたいと思います。

・子どもの社会的思考力を深める方法はどうしていますか?一般的には、「個人調べ→発表→話し合い→解決」となりますが。
→憲法学習全体が6~7時間です。そこで、その中の一部である、本日の「新しい人権」に関しては、個人調べの時間は取りませんでした。今回は敢えて1時間で終われるようなものにしました。

・「ストリートビュー、首相の一日、緊急連絡網」は同列に扱っていいのでしょうか。マトリックスにして考えることも必要かと思いますが。
→ストリートビューは個人のプライバシー権、首相の一日は公人のプライバシー権、緊急連絡網は過剰なプライバシーの保護の例として提示しました。

共同研究者、講師の先生から

〈戸田善治 千葉大学准教授より〉

 附属小では、実社会の中での法の扱いということで研究を進めています。「自分と違う考えの人にどのように説明するか」、「自分と違う考えの人の意見をどのように聞いて解釈していくのか」ということが言語活動において重要です。特に後者が大事ですが、話し合いのために「法」を使うのが有効なときがあります。
 また、実社会をみていくときに「法」が有効であるともいえます。法を通して社会の変化がわかるので。プライバシー権を扱う授業は言語活動に適していたと考えます。法を目的化(内容を重視)するのでなく、実社会をみていくための手段として研究を進めているのが特徴です。

〈田中健夫 千葉大学教授より〉

 「書くこと」=言語活動が当たり前のこととして日常化しているので、今日の授業は言語活動を取り入れていると思います。単なる発表ではなく、弁論という言語活動が今回は重視されていると考えます。

〈竹内裕一 千葉大学教授より〉

 法資料は「水戸黄門の印籠」ではないと戒めてきました。「法」を考えるときはその不十分さも理解していくことが大切です。

〈講師 臼井忠雄 筑波大学附属小学校教諭より〉

 児童の社会科嫌いをなくすため、楽しい授業、楽しい中にも内容のある授業をと研究を進めています。新学習指導要領で、3年生は地域の社会生活上の法やきまりを扱うことになり、具体例で身近に感じることができると思います。6年生は裁判を扱うこととありますので、今日は基本的人権が出てきました。模擬裁判をやっている学校もありますが、ただやればいいというのではなく、もっと身近なものにしていくにはどうすればいいかを考えた構成が必要です。例えば、私は「人」から入ったため、バッジなどを取り上げたことがあります。
 昨年末に「法と教育学会」設立準備総会で取り上げられていましたが、教員が法曹へ歩み寄っていく重要性を感じました。
 今日の6年生の授業は千葉大附属小の法教育研究7年間の集大成といえます。教材がよかったです。憲法第13条とプライバシー権との関係を取り上げることで、人権を具体的なものに着目させて考えさせました。「法」は人を守るためにあること。「法」は完成品ではなく社会の実情に合わせて変えていくものであること=「民意を反映させる」ことに気づいていくのが法教育です。結論は今日はまだ分かれていていいと思います。
 言語活動については、思考力・判断力・表現力で、「書く」ことを大切にしています。個人的には関心・意欲が一番大事であると思っています。

取材を終えて

 6年2組の社会科授業について、授業者の先生は言語活動で最も力を入れたのは最後の部分とおっしゃっていましたが、児童とのやり取りすべてが立派な言語活動だと感じました。児童の意見をたびたび挙手で確認し、意見を言った児童には必ず理由を聞いています。授業編を見ていただければお分かりのように、先生と1人の児童とのやり取りが「→」で結ばれているものが多いのです。さらに意見を言った児童の延べ人数の多さも際立っています。60分授業だったということもありますが、授業編での紹介は省略している部分もありますので、実数はさらに増えます。
この授業の方法は、ある法科大学院の民法の授業の進め方とそっくりでした。小学6年生に法科大学院と同じ形式の授業をしているということは、日常的に法教育の基礎となる言語活動をさせていることになりましょう。共同研究者の田中教授はその点をおっしゃっていると思います。

 さらに内容的にも、「ストリートビュー・首相の一日・緊急連絡網」を例にすることで、プライバシーの権利を保護するとはどういうことか、身近に考えさせていました。保護されているか、いないかは人によって考え方が違うことが実感としてわかる取り組みでした。グループ討論や調べ学習の発表がなくても、先生対児童のやり取りが多かった1時間で、法教育ができるということを証明するような授業だったと感じます。千葉大附属小が、地域の公立学校のために実践しやすい授業を提案しようという熱意の表れた取り組みです。

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