法教育推進協議会傍聴録(第21回)

 2010年2月15日(月)14:00~16:00、法曹会館で第21回法務省の法教育推進協議会が開かれました。
 今回は門川大作京都市長、藤原和弘大阪府教委特別顧問をお迎えしての講演が行なわれました。当日の資料を引用させていただきながらお伝えします。

 「共汗」と政策の「融合」で進める京都市の人づくり

門川大作 京都市長

〈市長の教育のモットー〉

 「落ちこぼさない、退屈させない、比べない」が大切です。そして再チャレンジできることが必要です。
 「法教育」は政策融合の可能性を感じさせる力を持っています。例えば消費者教育と環境行政を融合させたら素晴らしいのですが、実現が難しい。共通理解はできていますが、共通実践を大事にしなければなりません。

〈京都市の人づくり・京都の伝統と今日〉

(1)先人の高い志「竈金の精神 」 を今に!
 京都市は明治2年、日本最初の「地域制小学校」(番組小学校)を創設し、地域住民で運営してきた伝統があります。この先人の「公の精神」、「まちづくりは人づくりから」という志を受け継ぎ、地域の子どもを「社会の宝」として育成します。
 京都には1200年を超える悠久の歴史がありますが、それは同時に差別と偏見の歴史でもあります。しかし、地域を越えて京都市方式(ボトムアップ)による学校統合が進んでいます。市民力を発揮できるきっかけ作りが大事なのです。

注) 竈別出金(かまどべつしゅっきん):かまどのある家は全て、さらには、かまどの数に応じて、学校建設、運営の資金を出し合い賄う仕組み

(2)京都市の教育で大切にしてきたこと
①一人ひとりの子どもを徹底的に大切にします。
②「親が、地域が変わらねば子どもは変わらない。
  子どもを変えねば親・地域の信頼は得られない。」
 これを両方実践してきました。
③現地現場主義、ボトムアップとトップダウンの融合
 モデルになる事例を創造し、その成果を情報共有で全市に広めます。勝ち組負け組は絶対に作りません。

(3)市民との「共汗」・政策の「融合」で地域主権時代のモデルを築く
  縦割り・二重行政・行政主導という今日の行政の問題点を、「共汗」と「融合」で改革します。

〈今、人づくり・教育に求められているもの〉

 今日の教育の課題は、2つの乖離です。
・「学校の学び」と「家庭生活・社会生活」との乖離
・「学齢期の学び」と「社会に出てから生きていく力」の乖離
その原因は学校が宗教、経済、政治等から隔離され無菌状態になっているからではないかと考えます。知識を生きて働く知恵にするには、子どもの学びのフィールドを社会全体にすることが必要でしょう。

〈社会との接点を強める実践例〉

(1)開かれた学校づくり
①基礎となる取り組み
「知ってください」「来てください」「知恵、力を貸してください」「地域へ出かけます、地域で学びます」
②学校運営協議会(コミュニティースクール)
 京都市独自方式の学校運営協議会を市立学校園の約半数161校に設置しています。
③外部評価を含めた「学校評価システム」の全校実施

(2)しなやかな道徳教育=心のつながり
「人権教育」と「道徳教育」の合致。市民アンケート。

(3)生き方探求教育=キャリア教育
・中学2年生の「行き方探求チャレンジ体験」。
・「生き方探求館」で、小学生はスチューデントシティ、中学生はファイナンスパークを利用し、社員とお客の両方の対場の経験や、収入と支出を踏まえた生活設計の構築を通して、働くことや人の役に立つことを実感する体験活動です。
・京都こどもモノづくり事業

(4)企業と学校が連携・共汗する新しい職業教育システム
 養護学校に職業学科設置。デュアルシステムによる長期企業実習で就職率100%。

〈結びに〉

 大人の生き方を見せれば子どもが変わり、子どもが変わると大人も変わります。「自分のためだから勉強しなさい」というのではなく、「人のためだから」で勉強するようになるのです。

〈委員からの質問・応答〉

①地域の方々は具体的にどういう教育をしていらっしゃいますか?
→学校運営協議会には企画推進委員があり、20位の部会を組織してボランティアとして学校運営に参画・支援していただいています。
②親御さんからのクレームの解決法はいかがですか?
→学校問題解決の駆け込み寺のようなものを立ち上げ、処方箋を作ります。もう1つ、自立支援チームというもので、学校内の問題について教委などがチームを作って、一人の子にきちんと対応するという機構にしたいと考えています。
③部外者が学校に入ることについては、どうお考えですか?
→「街は子どもの学びの街、大人は皆先生」というコンセプトで考えています。もちろん、事前打ち合わせをきちんとするということが前提です。事前打ち合わせをして、どんどん専門家に来てもらい、後伸びする教育を目指します。
④学校の先生の負担が増えませんか?
→食育指導員制等、専門家と一緒にカリキュラムを作っています。先生だけでは大変なので、地域の人や親御さんにも協力をお願いしています。

藤原和博 大阪府知事特別顧問のお話

〈前杉並区立和田中学校校長の経験から〉

 「学校を開く」、地域との連携ということは言われますが、その具体的手法は誰も明らかにしていませんでした。自分は大人の生涯学習と子どもの学習を週一回、一緒にすることにしました。ディベートをし、正解はないという授業でした。やってきたことは結果的に門川京都市長と同じでした。
  今、大阪府では府独自の「志(こころざし)科」を設けています。

〈法教育を普及するためには何が必要か〉
 世の中で何かが問題になると、その処方箋として○○教育ができます。そしてパンフレット→学校流通網で配布→イベントというパターンになりますが、それほど効果はありません。ではどうすればいいかというと、教科書改訂が必要です。法教育では中学3年生の公民の中身を変えることです。教師用指導書にも書かれることが大事です。そして大学の教職課程の若者達にも教えられねばなりません。
 教科書の中身はどうするべきでしょうか。今の教科書は憲法、人権が最初に来ます。三審制・民事刑事・三権分立といった教科書の文章は、子どもには実感としてわかりません。小中学校3万校の中で、模擬裁判をしているのは1割以下でしょう。なぜ少年法から教えないのか不思議です。とりわけ中学生にとって、身近なところから教えるべきです。

〈「少年法を考える」模擬授業実演〉

 ここで「少年法を考える」授業を実際にお見せします。これは中学校の[よのなか]科で実際に行なわれたもので、今から配布するプリントはよのなかnetというホームページから一般の方もダウンロードできます。
まず、事件の概要を読みます。(プリントより適宜引用させていただきます。)

イギリス・バルガー事件(1993年2月)
当時10歳の2人の少年が、学校をずる休みしてショッピングセンターで万引きしていた。そこで彼らは、母親に連れられ来店していた当時2歳11か月の男児バルガーちゃんと出会った。彼らは、母親から離れて遊んでいたバルガーちゃんを連れ出して、立ち入り禁止の引込み線でこの幼児を石や金具で何十回と殴っていじめぬいた末に殺してしまい、線路の上に死体を放置したという実際の事件。

 [よのなか]科では、生徒に検察官・弁護人両方の立場を書かせてからディベートさせます。今日ここにいらっしゃる方も全員、隣の方と検察側・弁護側に分かれて1分間話し合ってください。
 その後、模擬裁判に仕立てます。成果主義でなく修正主義で、人の意見を聞いて自分の意見を変えていいことにします。(7年前に公立中学で実施した授業VTR「少年事件の模擬法廷」を数分間上映。)

〈なぜこのような授業が広まらないか〉

①「地域に向かって学校を開く」という意味を真に理解していない校長が多いこと
 校長になるのは事務を専らにしたり、生活指導に手腕を発揮した教頭が多く、小中学校3万人の校長の中で「学校を開く」ことができるのは1~3割ぐらいでしょう。この変化の激しい世界に対応するには複雑なマネジメントが必要とされ、(学校の)外の世界の人を入れたネットワーク型学校経営を理解していなければなりません。
②教職課程でブレインストーミング、ディベート、ロールプレイ、プレゼンなどの授業技術をきちんと学ばせていないこと
 これらは基本的思考力を高める技術で、成熟社会では取り入れていますが、日本では遅れています。

〈委員からの質問・応答〉

①校長の理解という問題をどう解決したらいいでしょうか?
→中学校1万人の校長人事は、今は学閥と年功で縛られています。このうち3,000~4,000人ぐらいを公募にしたらいいと思います。民間からは年収が下がるので応募しないでしょうから、平の教員から公募すればいい。平に戻りたければ戻れる、教員OBからもなれるという柔軟なシステムで。優れた校長なら60歳で辞める必要もないし、ビジネスマンOBでもいい。自分の築いてきたネットワークを地元へつなぎ替えてほしいです。
②教職課程で授業技術を学ばせていないということについて、教育の先生のご意見をいただけますか?
→(磯山准教授回答)おそらく教員養成の学部の規模によって制約があるということも考えられます。私の所属する静岡大学では、ディベートやロールプレイなど、教職課程では主流で取り込まれています。
③授業技術と教科書との関連はいかがですか?
→教科書に取り入れてくれるよう強く働きかけています。以前、平田オリザ氏のワークショップ型を取り入れた表現技術の教科書がありましたが、全然売れませんでした。先生にとって難し過ぎたのです。感情論でなく理性に訴えていきたいと考えます。法教育は理性の運用技術を教えることでしょう。

事務局より

・法務省の法教育授業講師派遣は1月中旬にできたばかりで、本日[2010/2/15]時点でまだ申し込みがありませんので、宣伝をよろしくお願いします。ホームページから申し込めます。
・平成22年度に法教育論文懸賞コンクールを法教育推進協議会・日本司法支援センター(法テラス)・社団法人商事法務研究会と共に行いたいと考えています。ご協力よろしくお願いします。

取材を終えて

門川氏、藤原氏ともに実際の政策に基づいたお話で、興味深い講演でした。座長の大村教授も「教育の活力を維持するためにはどういうことが必要かということについて、多くを教えられました。」と締めくくっておられました。

 2010年4月に開催された第22回法教育推進協議会の報告に続く。

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