法と教育学会 設立総会・第一回学術大会 その1

 2010年9月5日(日)、法と教育学会の設立総会・第一回学術大会が明治大学リバティタワーを会場に開催されました。猛烈な残暑にもかかわらず、教育学研究者・法学研究者・教員・法曹・学生など230名を超える参加者を得る盛会でした。
 当日の資料を適宜引用させていただきながら、まず分科会の模様をお伝えします。

プログラム

10:30~11:00 設立総会
          設立準備委員会代表 青山善充 明治大学法科大学院教授
11:10~13:10 分科会
         第一分科会(幼稚園・小学校)
         第二分科会(中学校・高等学校)
         第三分科会(高等学校・大学)
13:20~14:30 理事会
14:30~15:30 基調講演「法教育からみた利益考量論」
          大村敦志 東京大学法学部教授
15:40~17:30 シンポジウム「法教育のミニマム・エッセンシャルズを問う」
         司会 
          鈴木啓文 弁護士
          橋本康弘 福井大学教育地域科学部准教授
         パネリスト
          大杉昭英 岐阜大学教育学部教授
          土井真一 京都大学公共政策大学院教授
          根本信義 筑波大学大学院人文社会科学研究科教授・弁護士
          吉田俊弘 筑波大学附属駒場中・高等学校教諭
17:30~    懇親レセプション

第一分科会より

1 研究発表:子どもの「公正」概念の発達論にもとづく立憲主義道徳学習
     ―米国キャラクター・エデュケーション教材を手がかりに―
       

中原朋生 川崎医療短期大学准教授

 幼児期から児童期の子どもの「公正」概念の発達論にもとづき開発された米国キャラクター・エデュケーション教材の単元「公正」の分析をとおして、憲法の理念を基盤に子どもの市民性育成をめざす立憲主義道徳学習について検討します。

1)問題意識
 わが国の学校教育における憲法教育、とりわけ公民教育では憲法条文や判例を対象としたいわゆる狭義の憲法教育に終始しており、憲法の背景にある基本理念・価値に関する教育を十分に展開できていないのではないか。また、教科外活動においても、憲法の基本理念・価値を踏まえた教育活動が展開できているのだろうか、という状況があります。

2)米国キャラクター・エデュケーション
 教育目標は、独立宣言や合衆国憲法に示された理念・価値を幼稚園から体系的に学ばせていき最終的に子ども達の行動規範とすることです。内容は社会的正義領域:「公正」「尊重」「責任」「市民性」「正義」といった単元により構成されます。教育方法は、「子どもを個人として尊重する(言論・表現の自由)」「子どもの発達過程を見通す」ことです。

3)デーモンによる公正概念発達論
 デーモン(W.Damon)はコールバーグ理論に影響を受け、幼児期から児童期(4歳から10歳)を対象に、子ども達がどのような基準で公正を判断しているのか調査しました。そして、自己欲求→形式的平等→個人の尊重という3水準6段階からなる「公正」概念の発達論を提起しています。日本でも追試され妥当性が検証されています。

4)立憲主義道徳学習『What Do You Stand For』の初等用単元「公正(Fairness)」
 単元構成は、導入部において「公正の定義」と「不公正な社会現実」の認知的葛藤を経験させ、学習の動機付けを図ります。展開部においては、公正概念の発達課題「平等の原則」(段階3)、「功績の評価」(段階4)、「個人の尊重」(段階5)に即した学習活動を提示し、終結部において最終的な発達課題である「状況に応じて公正の意味を問う」(段階6)を求める、長期的な活動例を提示するものです。嫉妬(ジェラシー)の扱いに特徴があります。

5)結論
 米国の子どもは8歳くらいには「個人の尊重」の段階に到達できますが、我が国の子どもは「形式的平等」の段階に留まることが多いという報告があります。今後、子どもに育成したい憲法理念・価値を明確化し、上記のような論理にもとづく日本の小学生向けの単元の開発、学校の環境構成が必要であると考えられます。

2 研究発表:小学生の発達段階を考慮した法教育

後藤直樹 弁護士

 小学生を対象とした法教育においては、大人向けの教材をわかりやすくするだけでは十分ではなく、小学生の発達段階を考慮する必要があります。小学生を対象とする法教育を実施する際に留意すべき事項について考察します。

1)新しい指導要領と法教育
 法とは、意見や利害の対立を公正に調整し、社会の安定をはかるものです。法には知識、技能、法意識という3つの面があります。知識は、身近な具体例を通して、利害の対立を公正に調整するしくみやはたらきを知ることです。技能には、問題の分析力・議論する能力・問題解決能力・自尊感情と共感する力などがあります。法意識では、「公正さ」の意識を育むことを一つの柱としてはどうかと考えます。

2)公正をめざす問題解決プログラム 
 法教育の技能の発達を目的とします。その骨格は以下のようになっています。
①論理力と議論力→三角ロジック
②問題解決力→目的手段思考
③公正さ→(私、私とあなた(私たち)、私たちをこえて)視点の拡大
 具体的な問題を与えて、話し合いで解決策を考えただけでは、法教育の授業とはいえません。1)の能力・資質を育成するために、モラルジレンマのプログラムを活用し、認知的葛藤の経験から発達を促します。
 まず問題の分析は、具体的な人物や具体的な利害の対立を設定した例を使います。原因と結果の因果性を理解してもらい、解決策を考えます。困ったことを解消したい(目的)、そのために何をすればよいか(手段)という、目的と手段の関連性も理解してもらいます。そして、その解決策が納得してもらえるか、他の人ならどうか、といった公正さの確認をします。さらに、その問題に関連するきまり、ルール、法を確認します。

3)議論のしかたの技法
 小学生に問題解決について議論させる場合、一定のパターンを使う方法があります。中学年向けのものは「主張-根拠パターン」で、「私は~だと考えます。その根拠は~だからです。」というものです。高学年向けには「三角ロジック」があります。主張を裏付けるものとしてデータと理由付けの2つを使います。データは事実、実際に起こったことです。理由付けは「ふつう、このような場合にはこうなる」「多くの場合、こうなる」という、一般的なものが入ります。
 例えば、「私がさっき外を見たら消防車がサイレンを鳴らしながら走っていたのを見た。」(データ)「消防車がサイレンを鳴らしながら走るのは、ふつう火事の現場に行くときだ。」(理由付け)「どこかで火事があったはずだ。」(主張)となります。

第二分科会より

実践研究発表:「法的な見方・考え方を身につける授業づくりをめざして」

古家正暢 東京学芸大学附属国際中等教育学校教諭

 
 教育学部の学生とともに、中高生を対象とした「法教育」の授業作りに挑戦しました。
1)私の考える「法教育」に対する基本姿勢
・単に「法やルールを守らなければいけません」というような授業をしない。
・物事の決定に際しては、内容はもちろん、その決定に至る手続きが重要であり、少数意見を発表できる場を設けることが大切であることを伝える機会とする。
・「司法の厳罰化」を後押しするような授業は創造しない。

2)「法教育」学習指導案作成にあたって学生に確認した事項
・1単位時間(50分)の単発授業とする。
・今回は模擬裁判は取り入れない。
・「法」に対する知識を注入するだけでは「法教育」の意義はない。
・リアリティーのある事例(そのため学生には4月~6月の3ヶ月間、新聞スクラップを課した)のもと、授業の中核には「話し合い活動」を置く。
・社会科という教科の枠にとらわれることなく、広く学級活動や総合学習で取り上げることができる授業。

3)実践例
 教育学部の学生が作成した①~④の授業を6月に中等教育学校3年生を対象に行い、9月には私(古家)がクラスをかえて行ないました。
①「法は誰のためにあるのか」
 労働者派遣法の改正問題について考えました。「派遣村」の実態を写真からとらえ、「派遣切り」の実態を経営者・従業員双方の立場に立って考えました。

②「私達は無意識のうちに罪を犯していないか」
 自分達の身近な『日常生活編』と『インターネット編』に関するアンケート調査に回答してもらいます。その結果、「急な雨のときの傘の無断借用」といった日常生活編に比べ、「音楽や画像を無料でダウンロードする」等のインターネット編の罪を犯している人が多いことを確認します。その原因はなぜか、討論します。発売前の漫画の違法投稿問題からは、著作権とは何かを考えます。

③「そもそもルールを決める方法自体が問題ではないのか」
 サッカーでは、オリンピックがほぼ予選参加国数に比例した出場国となるのに比べ、W杯出場国は欧州と南米のチームが多くなることをグラフから読み取ります。決め方を決めることの大切さを確認し、夏の甲子園野球大会の現状も取り上げます。さらに、「幻のゴール」シーンについてのビデオ判定から、「決められたことは絶対なのか?」についてグループ討論。参議院選挙における一票の格差からは、「もっとも正しいと思われる選抜方法とは?」についてグループ討論を行ないました。

④「One for Allでいいの?―みんなのために自分は我慢しなければならないの―」
 One for All,All for Oneという言葉はスポーツで使われることもあります。この言葉の印象から、グループ討論で多数意見に従うことについて考えます。バスケットボールのポジションの希望といった身近なことから、「口蹄疫特別措置法」について考えました。

4)授業実践を振り返って
①生徒は「派遣村」の行列の様子に一様に驚きをもって接し、経営者と従業員の立場によって、意見が大きく異なりました。「法は誰のためにあるか」という問いにも、真正面から応えようと努めていました。

②ネット犯罪が多い理由を考えるまではよかったのですが、なぜ著作権侵害で困るかがわかりにくいようです。著作権侵害の説明に追われる形になり、話し合いが盛り上がりませんでした。

③高校野球は各都道府県1校という原則だからしかたないなど、決まったことを素直に受け入れる姿勢が際立ちました。「しかたない」は思考停止につながると考えられ、何か方法はないかと思いますが、難しいテーマでした。

④多数決で決めるときの少数派だったとき、どのような場合なら自分の意見を押し通してもわがままと言われないか、話し合いが最も盛り上がったテーマです。「ハーバード白熱教室みたいで楽しかった。」という感想も聞かれました。宮崎の口蹄疫問題は、まさに猛威の最中だったので殺処分はしかたなかったという意見が大勢を占め、例としてふさわしくなかったようです。

第二分科会会場からの質問・応答

Q.渥美先生は実定法をきちんと学習する方向性、古家先生は法的なものの見方・考え方の育成ですが、それぞれの方向性を強めていかれるのですか?

古家先生A.授業をしてみると、個々の法についての自分の認識が少ないことを痛感しました。ロースクール生のような授業はできないので、「見方・考え方」で突き進みましたが、生徒の質問に答えきれないことがわかり、(法についての知識の)必要性を感じます。

渥美先生A.古家先生と同感です。50分授業で20分:30分とか、どちらともいえません。車の両輪と位置づけて、バランスよく指導したいと思います。

Q.現場の先生の負担が大きな課題かと思いますが、物理なら最先端の研究成果ではなく中高生ならここまでというズレを許容しています。法教育もそうではないか、お聞かせ下さい。

古家先生A.もっと早く大学の先生や弁護士会の知り合いの先生にお聞きすればよかったと思っています。人的なつながりが大事です。相手にとってはご迷惑でしょうが。

渥美先生A.自分の高校の生徒は「正しさ」が無条件にあると感じているらしく、「思考を始めなければいけなくなること」に怖さがあるのではないかと感じます。社会科は(物理と違い)途中までではなく、彼らが社会をつくるのですから、オープンエンドの授業で「考えるで終わる」のがいいと思います。正解はない、ということで。

Q.大事なのは内容より方法だと思っています。50分で4人一組の討論は、どのぐらいの時間をとっていますか?テーマにより、短すぎたりしませんか?

古家先生A.テーマによって違います。著作権は5分でも長過ぎ、One for Allでは5分を10分に変更し、最終的に20分で満足しました。問題は「問い」の方で、答えが明白だと話し合いになりません。One for Allは教える内容をあまり入れ込んでいなかったのがよかったです。他の教科でも話合い活動を取り入れる努力をしているのも、意見が出てくる理由です。

Q.「法は誰のためにあるのか」に関連して、「弱者になってしまったらどうしたらいいか」という考え方は扱ったことがありますか?

古家先生A.学芸大付属校に来る前、24年間公立校に勤務しましたが、家庭環境の差の大きさを感じます。ですから、よけい弱者のことを考える、目を向ける、ボランティア活動をしっかりしようなどのしかけをしています。

ここまでの取材から

 分科会は質問が時間をオーバーするほど、熱心に行なわれました。第二分科会は満席に近く、中学・高校の先生方の関心の高さがうかがわれます。授業の提案も学問的実証や実践を踏まえた具体的なもので、非常に参考になるのではないかと感じました。

 今回ご紹介した以外の分科会発表については、「法と教育学会 設立総会・第一回学術大会 その3」として、後日掲載予定です。
 次回は、午後に行われた基調講演とシンポジウムの様子をお伝えいたします。

ページトップへ