法と教育学会 設立総会・第一回学術大会 その3

 2010年9月5日(日)に開催された「法と教育学会」第一回学術大会から、前回までにお伝えした以外の分科会の模様をお伝えします。

第一分科会(幼稚園・小学校)

「小学校第6学年社会科で行う法教育」  ~国民の司法参加を取り上げた実践~

練馬区立大泉第六小学校教諭 窪 直樹

 小学生に法教育で何を伝えるかについては、「身近なところに法やきまりは存在する」、「法やきまりを使って物事を考えることができる」ということが大切かと思う。新学習指導要領上では社会科のほか、道徳、生活科、特別活動でも法教育が位置づけられているが、「法やきまり」を主題として学習する時間は各学年とも年間1~2時間程度で、多くはない。明確な位置づけがないと実践されにくいので、第6学年の社会科政治単元での「裁判員制度」の学習は重要である。そこで、どういった学習が展開できるかみていくことにする。

 「わたしたちのくらしと政治のはたらき」の指導計画では、全12時数を当てている。第1時は、事業仕分けのニュースやみんなも受けた学力調査を話題にしながら、「練馬区では、わたしたちの税金はどのようなことに使われているか」学習問題をつかむ。2時限目以降は問題に対する予想を話し合い、区のホームページやパンフレットで調べる計画を立て、調べて表現するという実践をした。第6時では、区と比べて「国にはどのような仕組みがあるのか」について調べて表現し、国会・内閣の働きはわかったが、裁判所は区にないことに気づいた。そこで第8時から「裁判員制度」について調べた。本当に考えさせるためには数時間かけて「調べる・家で聞く」ことが必要と考える。
 第8・9時では「裁判員制度スタート」に新聞広告を見てどんな制度か予想し、資料を使って調べる。調べた事実をワークシートにまとめる。ワークシートには、①どんな人が・どのように選ばれるか ②どんな事件を ③どんな仕事をするかの3点につき、予想・調べた事実・事実から疑問に思ったことと考えたことを記入する。第10時では各自が調べたことを発表して共有し、第11次に裁判員制度が始まった理由を資料を読んで考えた。さらに裁判員制度についての新聞投書も読んで、自分の考えをもつ。
 授業前のアンケートと第11時のワークシート「裁判員制度とどうかかわっていくか」の項目に記述された内容を比較すると、「参加したい」と肯定的にとらえる児童が増えたことがうかがえ、記述も詳しく述べることができるようになっている。

 最後に、小学校での法教育実践に向けてのアイデアとして、「裁判形式の討論」を提案する。背景に法的な問題の論点を含む事例を取り上げ、2つ(以上)の立場から討論する。自分の意見を主張する根拠となることを探すことが必要になる。間に、判定役のグループ(裁判官役)を置き、お互いの主張をよく聞いて、根拠を示して判断を下す。法律の専門家には、事例を選ぶ際の法律的な監修と、討論を見守って法的視点からのアドバイスをし、討論終了後に討論の様子に法的な視点からの価値付けをするという役割をお願いしたい。

 

第二分科会(中学校・高等校)

アメリカにみる法廷での法教育

ジャパンタイムズ編集局報道部記者 神谷説子

 発表者は裁判員裁判をとおし、司法が市民の身近になることを期待している。そのさい模擬裁判をツールとして用いることでこの効果が促進されると考え、ペンシルバニア州フィラデルフィア市で行われた法廷での模擬裁判を紹介している。アメリカでは大勢の法律家が積極的に学校教育に参加し、様々な実践を展開しているが、模擬裁判はその実践の中でも最も指示されているもののひとつである。また模擬裁判を通して学ぶことのできるものとして、裁判の流れやかかわる人々の役割、情報を批判的に分析しまとめる力、論理的な思考力、表現力などがあげられている。それらを学ぶ模擬裁判の例として、連邦最高裁による教育プログラムである“Open Doors to Federal Courts Program”と各国の代表校が集まって対戦する全米模擬裁判大会の二つが紹介されている。このうち“Open Doors to Federal Courts Program”は過去の連邦最高裁判例に沿った内容の架空の事件を扱うことで、裁判のしくみや陪審員の役割と、必修の判例を学習できるものである。全米模擬裁判大会は法や司法制度の理解を深めたり、批判的思考、読解力などの力を向上させたりすることだけでなく、法律家との交流等も目的としている。

高等学校における法教育の展開  -東京都高等学校法教育研究会の議論を手がかりとして-

東京都立小岩高等学校教諭 渥美利文

 本発表は法教育が特定領域の法に関する教育と誤解されているのではないかという問題点から出発し、高等学校の法教育が想定する「法」の内容領域の全体像を明らかにするということを目的としている。その目的を達成するために、全体像を考える上で必要な、高校における法教育カリキュラムの構想について言及している。高校段階の法教育が、法曹養成ではない一般市民を対象とした法教育の「出口」であるとし、どこまでの内容を取り扱うべきかということについて述べている。その全体構想の例として、2単位程度の新科目「市民生活と法」の設置について構想する。この科目は法とは何かというところから始まり、市民として生活するために必要な刑事訴訟法・刑法、私法、労働法、社会保障法などについて学ぶ。個々の具体的な内容についても述べられているが、内容の精選が本科目を構想するうえでの課題であるといえる。それ以外にも、法学研究者との連携・協力が限定的である、生徒が効果的に「法的な見方・考え方」を学ぶためのカリキュラムの全体像を明らかにすべきであるといった課題があげられている。

〔取材・執筆:東昌孝(筑波大学大学院)〕

 

第三分科会(高等学校・大学)

「ぶどう園の労働者」を考える

広島市立基町高等学校教諭 河村新吾

 本発表は、旧約聖書「ぶどう園の労働者」を教材とした授業実践報告である。
 授業は、正規の授業と総合的な学習の時間で行われ、教材を教えるのではなく、教材を通して教えるということに配慮して構成されている。
 授業のねらいは、3点ある。1点目は、網羅的に教えるのではなく、労働法の構造に気付かせること。2点目は、問題解決能力を養うこと。3点目は、費用・便益分析に終始せず、社会認識を高め、市民・国際人を育てること。
 授業の構成は、二段階ある。第一に、使用者による「1日=1ディナリオン」の約束の正当性を、労働者の立場、使用者の立場から議論を行う。その際、どのような正義に収斂されていくのかを大切にした。第二に、ルールづくりを行う。1回目は、似た考えのグループによる話し合いで、2回目は、役割ごとに再度グループづくり、話し合いを行った。2回目は、異なる考えのメンバーのため、より白熱した話し合いとなった。
 本授業を含めた法教育の授業は、生徒が参加という手段を通して自治を学ぶことができ、最終的には生きる力の育成をめざしているものである。

シェークスピアで模擬裁判-カナダにおける「法と文学」- 

学習院大学法学部教授 山下純司

 本発表のねらいは、日本の大学の法学研究ではなく、カナダのユニークな授業研究を紹介し、日本の法教育への示唆とすることである。カナダの授業研究は、ケベック州モントリオールにあるマギル大学で行われている実践で、法学部と文学部によるジョイント授業である「シェークスピア・ムートコート・プロジェクト」である。ムートコートとは、弁論の巧みさを競う模擬裁判のことで、原告と被告の2チーム(通常2~3名)に分かれて、議論の優劣を競うゲームである。
 このプロジェクトでは、シェークスピアの作品を法律に見立てて裁判を行う。法律とシェークスピアの関連は、①権威あるテクストを設定する。②テクストの文言を解釈する。③テクストから規範(ルール)を導く。以上の3点が挙げられる。
 「シェークスピア・ムートコート・プロジェクト」を通した法教育への示唆として以下の3点があげられる。1点目は、法律論とは、特定の作法にのっとった紛争解決のための議論であること。2点目は、国語教育へも活かすことが可能であること。3点目は、「法」教育+法「教育」で、テクスト解釈の柔軟性、論理的な議論の作法を学ぶことができることである。

〔取材・執筆:中泉祐美(筑波大学附属中学校)、横山彩子(筑波大学大学院)〕
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