NHKテレビ クローズアップ現代「弁護士を目指したけれど―揺れる司法制度改革」

NHKテレビ クローズアップ現代10月5日(水)放送より
 「弁護士を目指したけれど―揺れる司法制度改革」
 

厳しい就職の現状

 国民に利用しやすい司法、親しみやすい司法を目指した司法制度改革が行われて10年。法律の恩恵を広く国民に行き渡らせるため、司法試験合格者を3倍に増やし、国民の相談に応じられる法曹を目指しました。しかし今、司法試験合格者は厳しい就職難にさらされています。法律事務所への就職難が深刻化し、一般企業からも弁護士を雇いたいという声が少ないため、経験もないまま独立開業する「即独」の道を選ぶ弁護士もいます。弁護士の数が増えていくと、限られたパイを分け合う場合、割り当ては少なくなるのが当然です。

日弁連会長のコメント

 宇都宮健児日本弁護士連合会会長は、「弁護士の増員のスピードをペースダウンしてほしい」と言っています。

法科大学院も厳しい立場に

 司法制度改革の要として全国に設立された法科大学院は、司法試験合格率が2割台に低迷し、入学志願者が激減するという事態になっています。文部科学省は去年9月に新たな指針を出し、合格率が一定に届かない法科大学院への補助金を削減することに決め、学生の質の向上を促しています。法学を学んだことのない他学部卒業者や社会人出身者が多い場合、合格率は低くなる傾向があります。そのため、合格率の低い法科大学院のなかには多様な人材を育成するという路線を維持するのかどうか、岐路に立たされているところもあります。これは、司法制度改革の目指した法曹の多様性という理想が崩れることを意味しています。

明治大学法科大学院教授 鈴木修一先生のコメント

 当初は7~8割の司法試験合格率が見込まれていました。しかし法科大学院は現在74校あり、いまや毎年数千人単位で不合格者を累積し続けています。法曹になる以外、社会では法科大学院で学んだことが生かせず、適職につけない人が多くいます。この結果を見て、社会人経験者など期待される人々が受験を避けるようになります。また、入学後も学生たちは社会性を身につけ、高い倫理観を育み、自発的研究をするといったことをしなくなり、受験のみを重視する危険性も生まれます。

社会福祉の仕事経験者の例

 社会福祉の仕事をしていた背景を持つある弁護士は、アウトリーチの姿勢を重視し、従来の弁護士の仕事にとらわれない活動をしています。民事法律扶助により、多くの社会的弱者を助けてきました。地域の社会福祉担当者とのつながりも重視し、SOSをどこかでキャッチできればと言っています。法的問題だけを切り離すのでなく、生活全体を見る姿勢です。「社会的弱者がもっと早く弁護士とつながれる仕組みがあるといいと思う。」とのことです。司法制度改革でまさに求められていた弁護士像と言えます。
民事法律扶助業務
民事法律扶助業務とは、経済的に余裕がない方が法的トラブルにあった時に、無料で法律相談を行い(「法律相談援助」)、弁護士・司法書士の費用の立替えを行う(「代理援助」「書類作成援助」)業務です。(法テラスホームページより)

どういう改革が必要か

 鈴木修一先生は、司法試験をできるだけ資格試験に近づけることを提案しています。そのためには、法科大学院の入学、進学、修了を質的にコントロールする必要があると言われます。さらに、法曹三者以外の分野への就職率は現在5%以下ですが、行政や企業にも活躍できる場が求められます。法科大学院生には在学中に適切なキャリアガイダンスをすることが望まれますが、そのための修了生のデータの収集ができていない状況です。修了生の追跡調査をしっかり行うことが求められています。

番組を見て

 法科大学院修了者の司法試験合格率は、合格者数をにわかに増やせば上昇すると考えられますが、弁護士の就職難の問題もあり、それは難しいでしょう。合格者数を増やせない場合は、法科大学院が補助金の削減によって淘汰されることにより、司法試験受験者数が減ることで合格率が上昇すると考えられます。合格率が上昇すれば、法科大学院受験者の質も向上すると考えられ、今はその過渡期であるとも言えましょう。ただし、その過程で社会人経験者が法科大学院に入学しにくくなるなど、志願者の多様性が失われるおそれがあることが問題と考えられます。合格率の低下を恐れる法科大学院が社会人の入学を排除することは、あってはならないことに思えます。弁護士の就職難を見越して、社会人が法科大学院受験を自ら避けることは大変残念です。
また、法科大学院に入学した後、合格のために受験勉強一辺倒になることも問題として指摘されていました。法科大学院生が法教育活動をしたり、自主的な研究をしたりする余裕を失い、教育の質が低下するおそれがあります。番組は、志願者の質、法科大学院の教育の質に警鐘を鳴らすものと言えます。
 このことは社会人の経験や、法科大学院で社会性を身につけ、高い倫理観を育て、自主的な研究をしたことなどをどのように評価するか、という問題でもあると思います。たとえば、法科大学院生が法教育に参加したり、教材の開発をしたりしている例がありますが、その活動はどう評価されるでしょうか。法科大学院生の法教育活動はアメリカのストリート・ローの活動のように、日本でも法教育普及のための力として期待されます。合格率向上のためにその活動がしぼむようでは、法教育の普及も先行き暗くなってしまいます。経験のようなものはペーパーテストで評価するにはなじまないと思われますが、何らかの評価がされるようになれば、それが法科大学院の教育の質、入学志願者の質の向上にも結び付くのではないでしょうか。
 評価方法の問題は、小・中・高校の法教育に関しても報告されています。9月の関東弁護士会連合会定期大会シンポジウム「これからの法教育」において、法教育普及の戦略が報告されましたが、その中で、学習成果をどのような基準で評価すれば適切なのか判断できないと、授業実践がしにくいという問題が指摘されていました(関東弁護士会連合会のシンポジウムについては後日レポートする予定です)。法教育の学習は、プロセスに価値があると思われますが、評価方法を工夫することで法教育実践が普及すれば、学校教育の質が変わってゆくことにもつながると考えられます。
今後、法科大学院教育についても法教育についても、評価方法の検討を一層進めることが求められますが、特に、学生による法教育の実践を法科大学院教育の一環として位置づけ、適切に評価することが期待されると思います。

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