平成23年度 「法」に関する教育を推進するための公開授業 その2

 レポートその1に引き続き、2011年10月28日(金)東京都立田柄高等学校で行われた、東京都教育委員会「「法」に関する教育を推進するための公開授業」から、授業後の意見交換と講演の模様をお伝えします。

2 意見交換(14:20~15:40)

テーマ:「『法』に関する教育カリキュラムを活用した授業実践の効果的な進め方について」

(1)挨拶(本日の取組みについて)

相原雄三 東京都教育庁指導部主任指導主事
 社会において、国民一人ひとりが法やきまりの意義を理解し、主体的に社会の形成に参画することが求められています。子供たちには自由で公正な社会の担い手となる資質・能力の基礎を学校段階から育む必要があります。東京都は全国に先駆けた取組みとして、法曹関係者と学校関係者からなる法教育研究推進協議会を設置し、「法」に関する教育を推進してきました。平成21年度は小学校、平成22年度は中学校を会場にシンポジウムを開催し、今年度は本日、高等学校で公開授業を実施しました。これから参加者の方々で少人数に分かれてグループディスカッション、意見交換を行っていただきたいと思います。

(2)授業者より説明

〈生徒からは好評〉

佐藤康史 教諭
 『「法」に関する教育カリキュラム』のp.96の授業例では、第2時間目は模擬裁判をすることになっていますが、今回は最高裁判所制作のDVDを視聴しました。本時は第3時間目で、単元のまとめの授業でした。ワークシートに文章を書く授業では白紙が多いという経験もありましたので心配していましたが、生徒の反応は普段の授業よりよかったと思います。授業の感想欄には、「こういった授業の方がわかりやすい」「自分の意見を書く方がよい」など、たくさん書いてありました。発表してくれればいいのですが、それは恥ずかしがって言わないので、自分が代わりに読み上げてしまいました。

(3)グループで意見交換

 参加した小・中・高等学校の教員30名弱が6班に分かれ、各班に「法」に関する教育推進委員会委員1名が進行役として加わって意見交換が行われました。各班からは次のような声がありました。

〈今日の授業について感想・提案〉

・内容的に深い意見があったので、もっと生徒の意見が聞きたかった。それは司法参加に対する国民の意見でもある。先生とのやり取りもうまくできていたので、生徒同士でも討論できそうに思う。
(同様に、グループワークの場面がほしいという意見が計3つ。)
・先生が生徒の記述を読み上げることで、意見交流になっていた。
・裁判員制度が導入された意義がもう少し深く入るといいと思う。第三者的な意見だったので、新聞やロールプレイなどを取り入れて、自分のこととして考える方法もあると思う。
・自分の意見変容を自分で見て取れるようにする方法も考えられる。
・「現在の裁判員制度は必要だ・見直すべきだ」という問いは、ディベートによさそう。種類ごとに意見を板書したらいいのではないか。
・設問が難しいと思うので、もう少し具体的にする工夫がほしい。立場を変えて、自分が被告人の場合や被害者の親族である場合を考えるなど。
・今日の目標
 ① 国民の司法参加をめぐる課題について考察する。
 ② 裁判員制度の意義と課題を踏まえて、国民の司法参加の在り方について考察する。
という観点からすると、作業2が最後になるべきではないか。

〈『「法」に関する教育カリキュラム』を活用した授業実践の効果的な進め方について〉

・中学校では、地理的分野で「地域をよりよくするために何ができるか」という授業をしている。社会参加するという視点からの授業なので、法的根拠が弱いが、法的根拠部分を補強できればより発展的になるのではないかと思う。公民的分野において、条例づくりをするような授業があってもいいのではないか。
・法を身近に、生活に近付けてとらえることが大事。題材として自転車の運転や外国文化の理解のことなどもいいのではないか。「法治」とともに「徳治」がないと難しいと思う。心の面から教え、それがあるからこそ法による政治がうまくいくという側面を考えたい。
・体験的な活動が大事だと思う。専門家を呼ぶという方法もある。

3 講演(15:45~16:45)

―「法」に関する教育における授業実践の効果的な進め方―

大杉昭英 岐阜大学教育学部教授

はじめに

 自由で公正な社会では個人の尊厳が根底にあり、個人の幸福を相互に尊重するルールとして「法」があります。そして、今日の「ルールをつくって問題を処理していく」という法化社会に向かう流れは、規制緩和と国際化によりさらに加速されています。このような国際化が進むと、異なる集団と協働することが増えるため、意見の相違をお互いの合意に基づいて問題処理していく能力が求められています。そこに「対立と合意」という法教育の基盤となる考え方が立ち現われてきます。

1 授業を参観して

 授業のねらいは「国民の司法参加の在り方を考える」ことで、考えて書くことが多い授業でした。最初8割の生徒が今の裁判員制度にあまり参加したくないということでしたが、今日の授業のワークシートを見たところでは、半々ぐらいになったようです。世の中には、「専門家だけに任せた方がいいもの」と「素人が入った方がいいもの」がありますね。そこをうまく授業に取り入れるといいと思います。もめごとの当事者になるのは嫌、もめごとに関わるのも嫌ですが、「社会の形成の主体となる」ということは、「私たちの社会の問題は私たちが解決する」ことだから、裁判に参加すると考えればよいのではないでしょうか。

2 法教育が扱う主な学習

 『「法」に関する教育カリキュラム』のp.36~39(「法」に関する教育における「学習の視点」から見た主な指導内容の系統)をご覧ください。①「ルールを学ぶ」ことについては、ルールがつくられる意義・必然性の理解、ルールをつくる体験、ルールを評価してつくりかえる体験が重要です。② ルールに基づいて身のまわりのトラブル解決の方法を学ぶ ③ 民法・刑法・憲法の基本的な考え方についての学習 ④(法に基づいて)法的紛争の解決と法を学ぶ、の4領域があります。
①と②は、体験的に学習するもの。③と④は、概念を用いた「法についての学習」です。さらに、①②と③④に関して「第三者の立場から紛争を公正に判断すること」も学びます。このように、①②の体験をもとにして③④の概念化へと進む構造です。つまり、p.36・37をしっかり学ぶことで、p.38・39が身に付くのです。

3 学校で行う法教育の体系図(前掲p.36~39参照)

 「生活科」は、法についての原体験する最も重要な学習だと思います。「きまりをつくって遊ぶ方が楽しい」という体験は、主体的に社会を形成するときに大事な経験となります。同様に、「体育科」の体験も重要です。小学校3~4年生ぐらいの時が重要ですが、たとえば15分で好きなようにフットサルをさせると、児童の間でずるいなどともめたりすることが起きます。そこでルールをつくらせ、ルールの意味を説明します。このとき、状況に応じてルールをつくりかえる体験を得ることになります。こうした経験を踏まえ、「社会科・公民科」「家庭科」「道徳」「特別活動」といった様々な場面で法教育が展開できます。また、「総合的な学習の時間」については各学校に任されていますが、神奈川県ではシティズンシップ教育に熱心で、高校3年生が7クラス同時進行で模擬裁判授業をしていた例もあります。 

4 授業論から見た法教育実践の視点(評価の視点)

・具体性があるか
  小学校→中学校→高等学校と進むにつれ、授業に具体性が乏しくなりがちです。高等学校でも具体性があった方がわかりやすいでしょう。
・専門性があるか
  概念化された理論を使っているかということです。
・成長させているか
  子どもがどう変容するか。教育であれば、成長論を含んでいなければなりません。

5 諸外国の事例

 アメリカでは、「クマのプーさん」で配分の公正を扱ったり、中学校では「フルートの事例」で対立と合意を学んだりしています。イギリスはシティズンシップ教育として学んでいます。“Making your own class rules”といったものがあります。

おわりに

 法教育をうまく進めるためのキーワードは、「コラボレーション」です。たとえば中学校の家庭科と社会科が協働して、買い物と契約のことを学ぶ授業例がありました。法曹界との連携も大事です。実際に紛争における賠償といったときの判断の相場感は、法曹の専門家に聞きたいと思います。教科でも授業者でも、それぞれ比較優位の部分を生かしながらコラボレーションすることが重要です。

取材を終えて

 生徒がワークシートに自分の考えを記入する作業を喜んでいたということは素晴らしい発見でした。講義を聞いて板書を書き写す授業とは明らかに違う効果があるように思います。
 レポーターは今回、『「法」に関する教育カリキュラム』の作成に関わった先生と同じグループに入れていただきましたので、この授業のねらいを改めて聞く機会がありました。この授業は個人の意見の変容よりも、一歩引いた立場から客観的に裁判員制度というものを考えることに重点を置いているそうです。最後は、「制度を見直して、もっとよりよい制度を考える」というところまで目指したかったということでした。
 大杉先生の講演からは、法教育の授業についてすぐに役に立つような示唆がたくさんありました。「素人が入った方がいいもの」にはどんなものがあるか考えさせるのは面白いでしょう。評価の視点やコラボレーションなど、これからの実践で深まっていくことが期待されると思いました。

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