法教育インタビューシリーズ(5)福井大学准教授 橋本康弘先生

 2012年1月17日(火)、福井大学教育地域科学部准教授の橋本康弘先生にお話を伺いました。橋本先生は1990年代に法教育の研究を始められ、法教育ネットワークや法務省法教育研究会の活動を経て、法教育研究と普及に活躍されています。法教育研究会の立ち上げ方、「法的なものの見方・考え方とは」などについて、興味深いお話をお伝えします。

橋本先生のプロフィール

07 広島市出身。大学院在学中から、アメリカの法教育研究を始めました。広島県で約6年間高等学校教員を勤めるかたわら、法教育研究を続けました。
 1994年に京都教育大学で行われた社会科教育学会合同大会では、偶然、江口勇治先生(筑波大学)と同じアメリカの法教育をテーマに発表を行いました。それが日本の法教育研究の事実上のスタートラインだったと言えます。その後、江口先生、鈴木啓文弁護士らとともに法教育ネットワークに参加して一緒に研究をしました。
 2002年、兵庫教育大学に移り、その翌年、法務省が立ち上げた法教育研究会の委員になりました。法教育研究会では、法教育教材の開発に携わり、
『はじめての法教育』法教育研究会著(ぎょうせい、2005年)にまとめられています。
 2004年、福井大学に赴任し、福井法教育研究会を立ち上げることになります。たまたま、日本弁護士連合会「市民のための法教育委員会」委員の野坂佳生弁護士が福井県におられたので、法教育研究会という形で学校の先生方や教育委員会の協力も得て、協働研究する体制をつくり、今日に至っています。

法教育研究会の立ち上げの例

 まず、人集めがポイントです。野坂弁護士は、いじめや不登校の問題に関して学校現場や福井県教育委員会と連携をもっておられました。私は福井県の小中学校の先生を知らないのですが、社会科教育研究を通して高校の先生に知人がおり、法教育をしようと誘いました。この高校の先生のつてで、高校部会として5~6名の先生が集まりました。小学校については、福井大学附属小学校の先生、兵庫教育大学に勤務していた頃に在学していた院生で石川県の小学校の先生が参加してくれました。中学校は教育委員会の指導主事の先生が参加されました。学校現場の教員、教育委員会、弁護士と大学の4つの要素が揃ったことが重要です。現場の先生の横のつながり、教育委員会との縦のつながりがあると進めやすいので、社会科教育研究会などで中核を担うような先生、キーになる先生に入ってもらうといいと思います。
 人が揃ったら、まず教材を作ろうということになりました。小中学校は、月1回ペースで一緒に作るようお願いしました。法教育教材としては、従来の憲法教育だけでは不十分であり、プラスアルファが求められます。「法的なものの見方・考え方」を身につけられるように教材を工夫しました。高校については、歴史系の先生が多かったので、弁護士が加わらない別組織になりました。小中学校とは教材の課題を分けて考えることにし、歴史教材を使った法教育教材を作ることになりました。作った教材は雑誌に1年間連載したり、冊子にまとめたりすることを目標にしていました。
目標を達成した後は、それをどうやって広げていくかが課題です。教材は日弁連の夏季教員向けセミナーで発表し、成果を還元しました。学校現場では、社会科の授業だけでは限度があるので、道徳や特別活動の時間を活用することが望まれます。学級委員を決めたり、学級のあり方を話し合う特別活動は、ルールを考える格好の機会と考えられますので、うまく活用して法教育が広く普及することを期待しています。
 福井県弁護士会のジュニアロースクールにも、福井法教育研究会が協力しています。数年前まで、夏休みのジュニアロースクールの際に、午前は弁護士のみによる指導、午後は学校の先生が指導し、弁護士がコメントするという形をとっていました。教材も法教育研究会が作成したものを使用しました。
 ここ数年、福井県の高校が8月の高校生模擬裁判選手権に参加するようになってから、夏休みは教員・弁護士ともに負担が大きいので、ジュニアロースクールは冬休みに行うことになっています。

法的なものの見方・考え方とは

 法教育の3つの理念は、
「法の原則を知ること」
「法的なものの見方・考え方を身につけること」
「法的なものに参加すること」です。

「法的なものの見方・考え方を身につける」とは、ひとことで言えば「公正にものごとを判断するときのものさしを身につける」ことです。「ルールをつくるプロセスと、ルールの評価の観点を身につける」ことともそれに該当すると言えるでしょう。
 ルールづくりの授業などでは、結論の妥当性・合理性を説明できれば、結論そのものは多種多様で構わないという、「プロセス重視」で進められることがあります。一方で、授業を通して何を学んだのか、できたルールの評価を重視する考え方もあります。「ルールの評価の観点」が「ものさし」であり、ものさしを身につける「プロセス」も「ものさしそのもの」も両方重要なのです。
 『はじめての法教育』(p.48~49、p.63~68)には、「ルールをつくるに当たっての条件」と「ルール評価の視点」として解説されていますので、参考になると思います。「ルールをつくるに当たっての条件」には、「ルールの必要性」、「ルールづくりの合意形成の方法」、「ルール評価の視点」の3点が挙げられています。「ルール評価の視点」は、次の4つです。

① 目的の合理性と手段の相当性
 ルールの目的は合理的で、手段は目的を実現するために適切ですか。

② ルールの明確性
 そのルールはいろいろな解釈ができませんか。

③ 平等性
 立場が変わってもその決定は受け入れられますか。

④ 手続きの公平性
 ルールをつくる過程にみんなが参加し、問題はありませんか。
「公正にものごとを判断するときのものさし」が身についていれば、そのものさしで判断した答えは自由でいい、多様な結論が出ていいのです。もちろん、その答えの妥当性は議論されなければなりませんが。

弁護士との連携の課題

 弁護士との連携がなかなか進まないことについては、心理的なハードルが2つあると思います。1つはお金がかかるイメージ。もう1つは、法学部出身以外の先生にとっては、法は難しいイメージがあり、難しいことを言われると授業がつくれないのではないかと思ってしまうことです。法教育研究会に参加してくれれば、弁護士も現場の先生も打ち解けてやれるのですが、参加するまでの心理的バリアが高い壁です。それをいかにクリアできるかが課題です。

現在の取組みと今後について

 福井に来て8年になり、法教育研究会の活動はここ1~2年は停滞期と言えます。学校の先生は異動が負担になり、足が遠のくことがあります。新学習指導要領が順次実施されるのに合わせ、県内での研修は増えています。2月~3月には、法テラスが法教育普及に向けたシンポジウムを福井、山梨、香川で開催しますが、そこでも新学習指導要領の話をすることになっています。
 大学での研究においては、これまで法教育と金融経済教育、政治教育をバラバラにやっていましたが、「対立と合意」「効率と公正」という、政治・経済と法の関わりが注目されている今日、3つの関連性を考えていくことが必要ではないかと考えています。法学や経済学との交流を築きたいと思っています。

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