2011年度千葉県弁護士会 春休みジュニアロースクール

 2012年3月24日(土)10:00~16:00、千葉市文化センター会議室において千葉県弁護士会主催の春のジュニアロースクールが開催されました。小雨模様のお天気にもかかわらず、刑事模擬裁判に20名の生徒が参加しました。
 題材は自動車運転過失致死罪で、被告人が罪を認めているため、実刑か執行猶予が付くかがポイントとなります。執行猶予が付くか否かが主題となる教材をお伝えするのは初めてなので、どんな展開になるか楽しみです。(当日配布のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈参加者〉

 中学生20名(男子7名、女子13名)が4名ずつ5つの裁判体にグループ分けされています。各グループには弁護士が3名ずつ入り、進行を助けます。
 裁判長と被告人・証人・検察官・弁護人役は、すべて弁護士がつとめます。

〈当日の進行〉

10:15  本日の「自動車運転過失致死事件」と「刑罰のルール」説明
 グループ毎に自己紹介
10:35  模擬裁判開廷
 人定質問、起訴状朗読、罪状認否、冒頭陳述(ここまで15分間)
 グループ毎に内容確認(10分間)
11:00  検察側証人尋問(10分間)
 補充質問を考え、グループ毎に発表
11:30  弁護側証人尋問(10分間)
 補充質問を考え、グループ毎に発表
12:00  昼休憩
13:00  被告人質問(15分間)
 補充質問を考え、グループ毎に発表
14:00  論告・求刑、弁論
14:20  評議
15:30  判決言い渡し(各グループ)
15:40  講評・感想

 

〈自動車運転過失致死事件のあらまし〉

 被告人は千葉市内の自動車販売会社に勤務する40歳の営業職男性です。妻と、13歳と10歳の娘がいます。過去に犯した交通違反は、駐車違反が1回ありました。
 被告人は平成24年1月6日、会社の車を運転して担当する取引先に新年の挨拶回りをしていました。午前11時に挨拶回りを終えて、会社へ戻る途中、11時25分に車中で携帯電話にメールが届きました。被告人は助手席にあった携帯電話を取って画面を見ながら進行し、前方を注視せず漫然と運転した過失により、自転車で道路を左から右へ横断していた被害者(60歳男性)に衝突してしまいました。事故発生時、車は時速60kmで走行しており、制限速度は時速50kmでした。衝突後、被告人はすぐに110番・119番通報をし、被害者は病院に救急搬送されましたが、まもなく内臓破裂による出血多量で死亡しました。
 被害者は、妻と二人で自宅で中華料理店を経営していました。当日、被害者は体調の悪かった妻の代わりに自転車でスーパーへ買い物に行き、帰宅する直前に事故にあいました。事故現場は、自宅店舗のすぐ前の片側2車線の道路です。50m北側には信号のある交差点がありますが、道路がすいていたので、被害者は自宅付近で道路を横断していました。

【この模擬裁判のポイント】
 今回の事件では、被告人は罪を認めているので、有罪無罪は明らかです。参加者は裁判官役として、刑罰の内容を決めることになります。ポイントは、1つは懲役何年か。もう1つは、執行猶予をつけるかどうかです。被告人に有利な事情、不利な事情をよく注意して聞くことが大事になります。

〈刑罰のルール〉

【自動車運転過失致死罪の法定刑】

刑が重い 刑が軽い
←------------------→
①懲役
 1月以上7年以下
 (労働の義務がある)
 ②禁固
 1月以上7年以下
 (労働の義務がない)
   ③罰金
    100万円以下
 

 

本日の模擬裁判では、考えやすいように①のみについて考えます。

【執行猶予】
①を選択した場合にも、刑の執行を猶予するということがあります。犯罪を犯して判決で刑を言い渡された者が、執行猶予期間に他の刑事事件を起こさずにすめば、その刑を受けなくてよくなるという制度です。
執行猶予をつけられるのは、以下の2つの場合です。
 ・3年以下の懲役・禁固の場合
 ・50万円以下の罰金の場合

【情状】
 刑罰の重さを決めるときに参考になる重要な事情のことです。被告人に有利な場合と、不利な場合があります。

〈検察側証人は被害者の妻〉

 主尋問では、被害者夫婦が30年間、2人で協力して中華料理店を経営していたこと、優しい夫で、もうじき孫が生まれるのを楽しみにしていたことが話されました。被害者の謝罪については、謝られても夫は帰ってこないし、被告人が自分の罪を軽くしようとしている気がするので、受け入れらないそうです。責任を取って、法律上できる限り重い刑にしてほしいそうです。
 反対尋問では、被害者はいつも今回のように道路を横断するのか尋ねられ、「いつもではないと思う。」とのことでした。被害者の妻から2回、謝罪したい旨の電話があったこと。被害者の妻が病気がちなことは知らないが、子どもが2人いることは知っていること。被告人が刑務所に入ると、家族が困るかどうかは自分には関係なく、法律に従って責任を取ってほしいことが話されました。

【生徒の考えた補充尋問発表と応答】
裁判体1:被害者が、いつもはどういう経路を通るか。→被害者の妻:「知りません。」
店の前で横断していたことをどう思ったか。→被害者の妻:「最初はこんなところで渡るなんてと思ったけれど、普段は車が少ないので、そんなに危なくないと思ったと思います。」
裁判体2:これからの暮らし方。被害者はなぜ横断歩道を渡らなかったのか。→被害者の妻:「店が11時30分に開店するので、急いでいたのだと思います。」
裁判体3:謝罪を通して、被告人の考えを聞くことができると思わないのか。事故のとき、どこにいたか。スーパーはどこにあるか。
裁判体4:被害者の短所は。
裁判体5:店に常連客は多いか。道路はどのくらいの交通量か。→被害者の妻:「広いのでそれなりに車が通りますが、混むのは朝夕だけです。」

〈弁護側証人は被告人の妻〉

 被害者の家族への謝罪の気持ちと行動、保険金の支払い、夫のまじめで優しい人柄、私生活での運転は安全第一で、携帯電話を使うようなことはなかったことなどが話されました。夫が社会復帰したら、監督していくそうです。
 反対尋問では、妻の病気は心筋梗塞であり、働くとしても週2日ぐらいしか働けないこと。生活費は夫の収入に頼っていて、今の貯金は約100万円であることが話されました。

【情状について重要なことは?】
 情状を考えるとき、例えば「これから夫をしっかり監督します。」という場合、その内容を具体的に言えるかどうかが重要です。裁判体の補助に入っている弁護士からは質問すべきことを提案しないように気をつけ、生徒から質問が出るようにさせたいと思っています。(休憩中にお話を伺った弁護士より)

【生徒が考えた補充尋問発表と応答】
裁判体5:これから被害者家族のためにどうするか。→被告人の妻:「主人と一緒に遺族のためにできることは何かを考えていきたいと思います。」
監督するとはどのようにするのか。→被告人の妻:「もう車を運転させないようにします。」
裁判体4:被告人は普段、携帯はどこに持っているか。→被告人の妻:「基本的にカバンの中だと思います。」
被告人は普段からメールの返信を急ぐか。→被告人の妻:「急いだりしていません。」
車を使わないで仕事が可能か。→被告人の妻:「会社の人が、営業でなく事務にしてくれるそうです。」
裁判体2:奥さんは今まで入院したことはあるか。→被告人の妻:「1度入院し、手術もしました。」
被告人は携帯が手放せない生活に見えたか。→被告人の妻:「会社での様子はわかりません。家ではそうではありません。」

〈被告人質問〉

 主質問では、事故の状況などが確認されました。被告人が交差点を認識したのは約100m手前で、信号が青なことを確認し、すいていたのでそのまま通過できると思った後、メールが着信しました。メールを見るのは危険と思いつつ、つい3~4秒画面を見てしまい、今は反省しています。自転車を発見したときの距離はわかりませんが、左端に発見し、急ブレーキを踏みました。運転中に携帯を見たり、スピードをオーバーしたりすることは、家族と一緒のときはしませんが、1人のときはありました。家族には日ごろ、安全運転が大事だと言っていました。今後、妻の監督に従っていくそうです。
 反対質問では、運転中にメールを見たのは取引先からかと思ったからということ。安全なところに車を止めてから見ることができたこと。家族の信頼を裏切っていたことなどが確認されました。

【生徒の考えた補充質問発表と応答】
裁判体1:今後、車を運転するか→被告人:「しばらくは乗りません。」
  信号が赤になる前に通ろうとしたのか→被告人:「そのためにスピードを上げたということはありません。」
裁判体3:運転中に電話をしたことはあるか→被告人:「何回かあります。」
  今まで、運転中の携帯は危険だからやめようと思ったことはないのか→被告人:「ありません。」
  1人のときスピードオーバーをするのはなぜ→被告人:「車の流れの中でします。」
  しばらく運転しないとは何年間か→被告人:「不便かもしれないけれど少なくとも5~10年。」
裁判体4:普段からよく通る道か→被告人:「はい。」
  店があったことは知っていたか→被告人:「はい。」
  どう償ったらよいと考えるか→被告人:「自分の気持ちを遺族に伝え、今後も償いの日々を送りたいと思います。」
裁判体5:運転中に見るメールの発信者は→被告人:「仕事先や友人、知人です。」

〈想定外!弁護人も補充質問〉

弁護人:「スピードオーバーや運転中の携帯使用のことは言わなければわからないのに、なぜ自分に不利になることを全部言うつもりになったのですか?」
被告人:「正直に言うことが正義であり、反省の気持ちも込めました。」
弁護人:「それで立ち直ろうという気持ちですね?」
被告人:「はい。」
弁護人:「遺族のこれからの生活は大事なことです。どのくらい保障されるか聞いていませんか?」
被告人:「被害者が生きていたら稼げたであろうお金と慰謝料が払われると聞いています。」

〈論告・求刑〉

2012032401 ほんの少しの注意で防げた事故であり、犯行内容は悪質で、結果は非常に重大です。検察官は公益の代表者として被告人の汲むべき点も考慮しても、執行猶予では犯した罪に対して軽過ぎ、バランスを取らねばなりませんとして、懲役3年が求刑されました。

 

 

〈弁論〉

2012032402 刑罰は責任の重さに応じたものであり、感情のまま報復のために下すものではありません。様々な事情を総合して、理性に基いて下すものです。被告人の良い情状は、「事故における自分の責任を認め、深く反省している。遺族に謝罪をしようと努力した。事故後すぐ救護措置を取った。これまで1回の駐車違反を除き交通違反をしたことがない。まじめに働き生活していた。保険に入り、賠償ができる。」と、たくさんあります。さらに、妻が監督することを約束し、会社も引き続き雇うことを約束。社長もこの法廷に来ています。刑務所に入ったときに残される家族の生活といった事情を考慮すれば、執行猶予付き判決で、社会内で立ち直るチャンスをあげることが大事です。

〈評議・判決〉

 各裁判体では、ここまでの裁判劇を見て、自分の考える刑の内容と理由を1人ずつ言います。他の人の意見を聞いて、自分の意見を変えていいので、どのグループもどんどん意見が変わりました。
裁判体1:被害者が怪我だけだろうと亡くなろうと、悪いことは悪いから、結果で差をつけるのはおかしいとされていました。→懲役3年執行猶予5年
裁判体2:弁論の理由をほぼ認めた形→懲役3年執行猶予5年
裁判体3:最初は執行猶予でしたが、被害者死亡を重く見る方へ全員が変わりました。防げた事故であり、会社や友人からの信頼があるなら、再雇用の道もあるし、遺族の心情も汲みました。→懲役2年
裁判体4:結論が分かれたので、両方発表しました。①原因が悪質で結果は重大。被告人に妻子がいることは関係なく、保険は会社が入っていたから。→懲役2年 ②働けば遺族にもお金を渡せるし、刑務所に入ったからといって更生できるとは限らない。執行猶予期間は考える期間だと思うから。→懲役2年5月。執行猶予4年
裁判体5:まじめな人なら、厳しい刑にしても社会復帰できるという論理に、弁護士が感心していました。全員実刑を選びましたが、長さが分かれました。①車関係の仕事なのに、小さな違反があるので法律の意識が低いから。→懲役3年 ②被害者も横断するのをやめなかったから。→懲役1年6月

〈講評では打ち明け話も〉

検察官役:「皆さん、理由をしっかり考えました。裁判体1・2は被告人の家族の生活を重視し、3~5は悪いことの責任をとる立場だと思います。両方の立場を考えることに成功したと思います。仮に10人を殺人していたら、妻が病気でも執行猶予は考えられません。悪そうな人だからではなく、したことの重大さを刑にすることを忘れないでください。」
弁護人役:「被告人が普段から運転中携帯を見ていたというのは、この場で初めて知り、なぜこんな不利なことを言い出したのか、理由を考えました。裁判では、このように予想外の証拠が出てくることもありますが、その場でよく考えることが大事です。弁護人は用意した質問を半分残していましたが、皆さんが全部出してくれたのでよかったと思います。」
被告人役:「実刑と執行猶予が半々で、いい判断をしてもらえたと思います。自分の意見を出し、相手の考えを理解した上で、考えて、最終的な結論を出すことを学んでいただけたらよかったと思います。」

取材を終えて

 閉会の挨拶では、今回は量刑が問われる初めての取り組みなので、法教育委員会でもどういう結論になるかわからない中でのスタートだったそうです。考え方としては、「事実」→「わざとしたことかうっかりによることか」→「個別の事情」という段階で評価していくそうですが、見方によって評価も変わるというお話でした。
 模擬裁判の題材として、殺人事件は中学生にとって身近とは言えませんし、教員からは学校で取り上げることに躊躇する声もあります。自動車運転過失致死傷罪は実際に発生する件数も多く、身近にあってはならないことですが、切実感があると思います。携帯電話の使用についてはより身近であり、中学生から厳しい意見も聞かれました。執行猶予を考えることで、当事者双方の人生や家族の生活にまで思いを深めることもできました。学校での模擬裁判に応用しやすい教材ではないかと思われ、広く実践されることを期待したいと思います。

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