2011年度全国公民科・社会科教育研究会授業研究委員会研究発表会 その2

「サービス・ラーニングを考える
~シティズンシップを育てるために~」その2

 

 ひきつづき、2012年3月27日(火)に行われた研究発表会から、高校現場での実践研究の発表をお伝えします。

2 「神奈川県立上鶴間高等学校ソーシャルアントレプレナーシップ教育について」

   磯谷美帆、河野佑佳 慶応大学藤沢キャンパス飯盛(いさがい)義徳研究室・VITA+

〈ソーシャルアントレプレナーシップ教育導入の経緯〉

 本校には2年前に民間出身校長が赴任し、校長の提案でアントレプレナーシップ教育を取り入れることになりました。校長が民間時代に、慶應義塾大学のアントレプレナーシップ教育を受けている学生と、地球環境カードゲームを開発したことがきっかけになっています。学校の都合上、起業家育成よりも社会起業に重点を置いて取り組むことになりました。
 慶應義塾大学飯盛研究室では、2005年に5名の学生によってVITA+(ビータプラス)が発足しました。若い世代のアントレプレナーシップ育成を、生きる力の育成と捉え、「ジュニアケースメソッド」という授業手法を開発・実践する集団です。「ジュニアケースメソッド」は、実際に起こった出来事を物語風に書いたケース教材をもとに、何が問題なのか、じぶんだったらどうするのかと、主人公の疑似体験をし、ディスカッションをする授業です。
 上鶴間高校では、2011年2月から1、2年生を対象に3回実施しています。
                   (国語科 道野浩一教諭より)

〈ジュニアケースメソッドの方法〉

 ケース教材にはまちづくりシーンを用います。事前にケース教材を配布して読んできてもらい、授業当日はケースリーダー役の大学生がアイスブレイクから始めます。
1)読解の個人差をなくすためにケースのおさらいをします。
2)次に、クラス全体でケースの切り口を共通理解するためのクラスディスカッショをします。
3)その後、グループディスカッションをし、まとめ作業をします。
4)グループ毎にまとめを発表します。
発言する勇気、自分と異なる意見への寛容、相手に意見を言うことを認める礼節の3点を心がけにしています。

〈上鶴間高校におけるソーシャルアントレプレナーシップ教育の授業目標〉

① 問題発見能力、問題解決能力の育成(①~③は全体授業にて)
② プレゼンテーション能力の育成
③ コミュニケーション能力の育成
④ 社会や地域でリーダーシップをとれる人材の育成(選択授業にて)

〈体験授業例〉

① 「カモメになったペンギン」
 氷山崩壊の危機に直面し、コロニーを守るために立ち上がったペンギンたちの物語をもとに、自分の思いを周りの人に伝えるためにはどうしたらいいのかを考えます。
② 「佐賀市の商店街―新しい商店街づくりへの挑戦―」
 来客数減少の問題を解決するため取り組みを行っている佐賀市の商店街を舞台にしたケースもとに、商店街の役割、課題、今後のあり方について考えます。
③ 「20年目をむかえるTシャツアート展のこれから」
 2月にクラス毎に1回2時間の授業実施に向けて、10月頃から学生と学校の先生方が毎月1回ミーティングを行い、実施方法・目標等を話し合いました。当日のまとめには模造紙ではなく、使いまわし可能なビニールを使用することにしました。生徒からは、コミュニケーションを取る力、自分で物事を解決する力をつけることができることを評価する感想が聞かれました。

〈課題と今後の計画〉

 考えが行き詰ったときどうするか、プレゼンにもう少し力を入れること、自分から発言できるようにすること、などが課題です。
 今後、1年生全クラスを対象に1回の体験授業、2・3年生の選択授業向けには環境や地域社会をテーマにした授業を計画しています。

3 「サービス・ラーニングの実践について」

          松本一彦 神奈川県立横須賀高等学校定時制 総括教諭

〈事例VTR〉

① 東京都立市谷商業高等学校
 地域住民向けパソコン・マルチメディア講習会4日間を高校生が主催
② 群馬県立藤岡北高等学校 キッズエコプロジェクト部
 幼稚園に出かけて環境教育を実施
③ 栃木県立栃木工業高等学校 福祉機器製作部
 老人福祉施設で車いす修理
・「学校での学びを活かしたボランティア活動を行い、ボランティア活動から学ぶ」というサービス・ラーニングのために文部科学省が作成したVTRです。
・実践した生徒からは、「教えることで自分も勉強になった。」「感謝される喜び。」「あがり症が治った。」「自分にできることがあるとわかり、自信ができた。」という感想が聞かれました。

〈日本のサービス・ラーニングの状況と課題〉

 サービス・ラーニングは、福祉施設体験、小中学生との交流、地域イベントへの協力参加、学校行事への招聘など一定程度実施されています。課題としては、指導や評価が任意であり、数値化・標準化されていないことです。サービス・ラーニング実施のためにぜひ必要なことを次にあげます。
① 社会(地域)の状況や課題・ニーズの調査、把握
② ニーズへの対応(企画・実践・報告・提言等)
【ワークシートの例】

「活動事例:学校行事として、近隣周辺の清掃活動を行う。」

活動を必要とする根拠
(社会ニーズ) 
活動に利用または必要な
知識・技術
活動の目標及び
達成度や成果
活動から生まれた
社会への意見・感想・提言

 

このワークシートを模造紙に書いて、教室に1週間貼っておきます。生徒はポストイットに書いたことを、模造紙の空欄に自由に貼りつけていきます。教員が全部お膳立てするのでなく、できるだけ生徒に企画立案させます。
③ 多様な教科・科目のスキル利用
④ 取り組み全般に対する各種観点による評価と指導
⑤ 学校の役割についての認識と理念
 健全な市民育成(地域社会を担う人材)、学力の育成(社会をフィールドとする総合的な知識や技術等の学力の応用)

〈サービス・ラーニング普及への課題と普及策〉

 普及を阻む課題には、プログラムを作成・指導・評価できる教員が少ないこと、認知度が低いこと、活動の評価をすることに対するマイナスイメージが根強いこと、実践的活動を通した学力の定義・育成の捉え方の違いがあります。
 普及策としては、実践による教育効果の証明、優れた指導・評価事例による標準化(ベストプラクティス・スタンダード)、大学進学や就職等への評価の取り入れがあると思います。AO入試などに評価が取り入れられることで、ゆっくりと浸透しつつあると言えます。

〈実践紹介〉

① 神奈川県事業におけるパイロット実践
 2001年の県イベント「ロボフェスタ」へ学生ボランティア参加と学習・評価の連結
② 高等学校におけるサービス・ラーニングの拠点設置(サービス・ラーニングセンター)と各種プログラムの実施・研究
 「ユース国際ボランティアフォーラム(YouFo)」では、神奈川県内の高校生が学校の枠を超えて集まり、国際貢献活動の企画・運営を行っています。「高校生公益活動リーダー塾」は、YouFo参加高校を中心に、次世代公益活動リーダー養成を行う2泊3日の学習の場です。

取材を終えて

 上鶴間高校のソーシャルアントレプレナーシップ教育は、従来の起業家育成というイメージとは印象が違うようでした。テキストを読んで話し合いをすることで、社会起業を疑似体験する取り組みです。上鶴間高校が、シティズンシップを養うという授業目標をしっかりともっており、その方法としてソーシャルアントレプレナー教育を導入していることが重要だと思います。授業が2時間でできるという点から、取り入れやすいと思いました。大学生がリーダーをつとめる点は、法科大学院生などの法教育の取り組みにとっても参考になると思います。高校生に授業をすることで、大学生自身が得ることが多いようです。
 松本先生の報告からは、日本の学校でサービス・ラーニングをするための具体的な方法が示唆されていました。単なるボランティア活動の押しつけにならないためには、生徒の自発的な企画・立案を促すことが重要です。例示されたワークシートは、1週間でポストイットが一杯になったそうで、効果的な技法のようです。神奈川県には高校生の活動拠点「ユース国際ボランティアフォーラム」が県立高校の中にあり、いつでもアクセスできる環境が、サービス・ラーニングの普及に役立っていると思います。そのような活動の中から、法的なものに参加する取り組みが開発されることも期待されます。

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