2011年度全国公民科・社会科教育研究会授業研究委員会研究発表会 その1

「サービス・ラーニングを考える
~シティズンシップを育てるために~」その1

 

 
 2012年3月27日(火)13:00~17:00、全国公民科・社会科教育研究会授業研究委員会研究発表会が、横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校を会場に開催されました。
 「サービス・ラーニング」は、地域社会の課題解決を目ざした社会参加活動を通し、シティズンシップ(公民的資質)を発達させることをねらいとした教育活動です。レポートその1では、新学習指導要領の趣旨にもかなう「サービス・ラーニング」について、講演の模様をお伝えします。(当日のプリントから適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:20~14:50 講演「サービス・ラーニングの理念と実際」
唐木清志先生(筑波大学)
15:00~16:00 発表①「神奈川県立上鶴間高等学校ソーシャルアントレプレナーシップ教育について」
慶応大学藤沢キャンパス飯盛ゼミ学生
16:00~17:00 発表②「サービス・ラーニングの実践について」
松本一彦先生(神奈川県立横須賀高等学校定時制)

 

1 講演「サービス・ラーニングの理念と実際」

唐木清志 筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授 

 

〈サービス・ラーニングの定義など〉

 1967年にアメリカの大学で「サービス・ラーニング」という言葉が使われたのが始まりで、1990年にNational and Community Service Actという法律ができてから盛んに実践されるようになりました。コミュニティのニーズに対応しその解決を目ざすべく、注意深く組織されたサービスへの参加活動を通し、学習する教育方法です。「市民的責任を育てること」を援助するものですが、特定の内容をもつものではないので、いろいろなものに導入することが可能です。背景には、アメリカの個人主義化傾向があります。このままではアメリカがバラバラになるという危機意識から、1990年代にアメリカの原点を取り戻そうという機運が高まり、アメリカ民主主義の根本は「サービス・ラーニング」の辺りにあるのではないかと盛んになりました。
 「サービス・ラーニング」の性格は次のようなものです。
① 社会問題解決学習として成立する。
② すべての年齢層を対象とする。(初等教育~一般市民・シニア)
③ シティズンシップ教育の性格を有する。
④ 学問的なカリキュラム(一般向けにはコミュニティ・サービス・プログラム)に教育的要素として統合され、それを高めるものでなければならない。
⑤ 振り返りを大切にする。(サービスとラーニングの間の・は、振り返りを意味する。)振り返りには、教室外のサービスと教室内のラーニングの連続性を担保する、重要な役割がある。

〈サービス・ラーニングと新学習指導要領〉

 従来の教育は「習得」ばかり重視されがちで、「探究」や「参加」が不足していました。新学習指導要領では社会参画できる市民を育てることが重要であり、「社会参加」という方法が再評価されます。「活用」ということにも二段階が考えられます。教室で習得した知識・技能を実際に活用する段階と、現場での経験を知識・技能を習得する意欲につなげる段階です。サービス・ラーニングによって現代社会の課題と格闘する中で、社会的事象に対する客観的で公正な見方・考え方が実感をともなって理解されます。社会との関わりを実感し、自らの生き方を問い続ける社会科教育となるでしょう。
 アメリカのラトガース大学でサービス・ラーニングを体験した学生は、「授業を通して市民であることを自覚することができた。活動的役割を担い、身のまわりのことに気付くようになった。」という感想を話しています。このような学生を育てることがサービス・ラーニングの生命線です。

〈現代日本の若者〉

 2008年に実施された中学生に対するアンケート調査(財団法人日本青少年研究所)によれば、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない。」と思う生徒は、日本・アメリカ・中国・韓国の中で日本が最も少なく、「社会のことはとても複雑で、私が関与したくない。」と思う生徒が最も多くなっているなど、日本の若者は社会への関心が薄くなっています。その一方、ボランティア活動への関心は高く、ボランティア活動が個人的満足にからめ捕られているおそれがあります。ボランティア活動は社会的役割を果たしているという認識が欠如していると言えましょう。
 社会と個人の関係性を考えさせるシティズンシップ教育には、法教育をはじめ、金融経済教育・多文化教育・環境教育などさまざまなものがありますが、サービス・ラーニングはすべてのシティズンシップ教育に導入可能な方法です。サービス・ラーニングにより、若者の社会への関心を高め、社会参加意識を涵養することができるでしょう。

〈米国におけるサービス・ラーニングの具体例〉

 リサイクルプロジェクトを組織すること。
 学校や近隣で清掃美化キャンペーンを組織すること。
 近隣のエネルギー検査を手伝うこと(電気のメーターを調べる)。
 選挙登録キャンペーンに参加すること。
 政党や立候補者のためにボランティア活動を行うこと(日本では不可能です)。
 オーラルヒストリーを収集すること。
 地域の社会問題に関して世論調査を実施すること、など。

〈サービス・ラーニングの4要素〉

(1)準備
①・学校内に教員のチームを結成する。
 ・学校にある「宝」の発掘
    すでに行っている保育実習、老人福祉施設訪問などの教育活動をピックアップ
   (特別活動、行事、部活動、教員の個人的な取り組みを含む)
 ・地域連携に基づくサービス・サイトの発掘
 ・生徒の実態把握 
    個人的成長、学問的知識・技能、社会的成長について、もっている能力と伸ばしたい能力を実態把握する必要
② カリキュラム統合の度合いについて
 学校で学んだ知識・技能をどう活かすかということにサービス・ラーニングがつながる(カリキュラム統合)度合について、低いものから高いものへと活動例を提示すると、次のようになります。

低い統合度 高い統合度

部活動

ボランティア
活動の必修化

イベント参加

学校設定科目

教科

教科統合

学校全体

 

(2)サービス
① サービスの分類
・直接的サービス(環境美化など)、間接的サービス(募金など)、市民行動(知らせる活動、解決する活動)
・慈善としてのサービス(福祉施設訪問など)、変革としてのサービス(行政のしないことをする)
・地域社会におけるサービス、国際社会におけるサービス
・個人によるサービス、集団によるサービス

② サービスのサイクル

地域調査(問題を洗い出す)

問題を1つに絞り込む

問題解決のために実施されている公共政策の評価

アクションプランの作成(自分にできることを計画する)

活動を振り返って評価する

地域調査へ

 

 このサイクルについて、生徒にどこまでさせるかがサービス・ラーニングの質を決めることになります。アクションプランには、アメリカの例では、評価指標を作ったり予算案を立てたりすることも含みます。

(3)振り返り
 どれだけ活動を振り返ることができるかにより、体験の価値が決まります。
① 振り返りにおける4つの“C”
Continuous(継続性):振り返りは活動のさまざまな局面で継続的にされる必要
Connected(関連性):地域の経験を教室の学習と関連付けて振り返る
Challenging(挑戦性):自らの考え方に疑問をもち、再検討する
Contextualized(文脈依存性):ケースにあった振り返りの方法を選択する

② 振り返りの4つの技法
読む:新聞記事、本、他の生徒のレポートなど
書く:個人で日記、集団で日記、ポートフォリオ、レポートなど
なす:芸術的な作品を制作、オーラルヒストリー作成、シミュレーション実施など
話す;2人で話す、集団で話す、公的な場で発表するなど

(4)発表会
 学習の成果を様々な人に伝え、評価を得ることで、次の学習が生み出されます。発表の方法は、演劇、口頭での発表、ポスターセッション、新聞の作成と配布などです。

〈実践事例―筑波大学の場合〉

 社会認識教育論(2時間×10週)で、交通事故を地域の社会的課題として取り上げ、交通ハザードマップの作成に取り組みました。大学と警察へのハザードマップの提出という成果を得て、若者に社会のために役立っているという意識が育っています。
 サービス・ラーニングの役割は、若者の役割を変化させることです。若者を、資源の使用者から資源そのものへ。消極的な傍観者から活動的な学習者へ。サービスの消費者から提供者へ。援助を必要とする人から援助者へ。受容者から提供者へ。役に立たないという感覚に支配された人から社会変革のリーダーへ、という変化をさせます。

〈今後の課題〉

・学校設定科目(自由選択科目)における実施が最も可能性が高いこと。
・単なるボランティア活動ではなく、学問的な知識・技能との関連性、振り返りがあること。
・したがって、教科(公民科)にサービス・ラーニングを導入することが最も望ましいこと。
・教育改革の流れに乗り、提案していくことで現場に受け入れやすくなること。

〈フロアからの質疑応答より〉

Q:「4か国の中学生のアンケート調査について、日本固有の注意点はありますか?」
 →A:「アメリカには受験がないので、生徒の自由度が高いことは認識すべきでしょう。キリスト教国はボランティアに対する考え方も違います。」

Q:「まちづくり授業を実践したことがありますが、活動から始めてもいいのですか、知識からがいいですか?」
 →A:「参加からでもいいです。なぜそこから始めようと考えるかが大事です。生徒の意欲を高める必要があるかなど、ねらいによります。」

Q:「本校では新年度から高校3年生が30時間、社会貢献活動必修化になりますので、アドバイスをお願いします。時間がない中で、有益にしたいと思っています。」
 →A:「一歩間違うと、参加という名の動員になってしまいます。時間が限られるなら、きっかけとして取り入れる方法もあります。振り返りが大事なので、30時間のうち、1時間だけサービスをして、それ以外は調査と発表にあててもいいです。無理をしないことが大切です。」

ここまでの取材を終えて

 従来の教育は習得が重視されがちで、参加が欠けているというお話は、法教育にも当てはまりそうだと感じます。法教育の3つの理念として、福井大学の橋本先生が「法の原則を知ること」「法的なものの見方・考え方を身につけること」「法的なものに参加すること」を挙げておられますが、「法的なものに参加する」事例というと模擬選挙の授業が思い浮かぶ程度です。
 今後、「法的なものに参加する」授業の開発が期待されますが、たんなるボランティア活動の押しつけにならずに、法的な知識やものの考え方と結び付けなければならないことがわかりました。そのためには、生徒の実態把握が必要なこと。地域社会のニーズに沿わなければならないこと。振り返りが重要なことなど、様々な要素があります。地域貢献活動が必修の学校もあるようですが、サービス・ラーニングという素晴らしい方法により、生徒の社会的な有効感が高まり、法的なものの見方・考え方も身につくような授業が開発されるとよいと思いました。

レポートその2では、研究発表①、②についてお伝えします。〉

ページトップへ