千葉県弁護士会松戸支部 夏休み中学生・高校生模擬裁判

 2012年7月24日(火)10:00~16:00、千葉県弁護士会松戸支部市民サービス委員会主催の夏休み中学生・高校生模擬裁判が松戸支部会館を会場に実施されました。千葉県弁護士会では、千葉本部でも8月にジュニアロースクールが予定されています。1単位会が2か所で同様の時期に生徒向けイベントを行うことは今春に続いて2回めで、松戸支部の高い意欲が感じられます。また、この取組みは高校生インターンシップ事業の一部に組み込まれており、学校教育との連携という意義もあります。模擬裁判は、窃盗未遂事件の刑事裁判でした。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈参加者〉

16名(男子9名、女子7名)
中学生・高校生は8名ずつでした。あらかじめ、男女・中学生・高校生が混合する4つのグループに分けられ、各グループに弁護士が約2名ずつアドバイザーとして加わりました。
中学生と高校生が一緒に議論をするのは珍しい取組みです。ほとんどが初対面の生徒ばかりなので、自己紹介をしても最初はみんな発言が控えめでした。昼食をグループで食べたりするうちにだんだん打ち解けることができた様子で、午後のグループでの話し合いでは、中学生も高校生同様、いきいきと自分の意見を述べていました。

【高校生インターンシップ事業とは】
高校生インターンシップ事業として参加した生徒は5名でした。高校生インターンシップ事業は、高校と受け入れ登録をした事業者が、夏休みに数日間、生徒に職場体験・就業体験をしてもらう取り組みです。高校側は、それぞれの職場体験を希望する生徒を募って、生徒のキャリアデザインを支援します。弁護士会松戸支部の今回の取組みでは、1日目に刑事模擬裁判、2日目は弁護士事務所訪問が行われるそうです。

〈傍聴者〉

A市教育委員会生涯学習関係者4名
 このイベントの広報は、東葛地区6市(松戸、柏、野田、流山、我孫子、鎌ケ谷)の広報誌を通じて行われました。それを見て関心をもったA市の生涯学習推進に関わる市民委員等の方々が、傍聴に訪れていました。A市でも市民向けの模擬裁判を計画しているそうです。

〈当日の進行のあらまし〉

 市民サービス委員会委員長が、挨拶につづけて刑事裁判手続の解説をしました。生徒は、裁判官あるいは裁判員として考え、判決を出します。10:20から弁護士が演技する刑事模擬裁判が始まりました。午前は、型通りの冒頭手続から開始し、現場見取り図映写・被告人の妻の供述調書朗読・物証(スパナ・軍手)の取調べ、検察側証人の尋問が演じられました。生徒は補充尋問をグループごとに考えて(25分間)、尋問しました。
 午後は13:05から、被告人の供述調書の朗読、前科調書の説明、被告人の勤務先の社長からの上申書朗読、事件当日の降雨記録が説明された後、被告人質問が演じられました。生徒はグループで補充質問を考えて(30分間)、質問しました。14:30から論告・弁論が行われた後、有罪・無罪を考える評議(45分間)をグループで行いました。15:30に、4つのグループがそれぞれ判決とその理由を発表した後、講評等が行われて終了しました。

【ポイント】
 刑事裁判手続の解説では、「無罪推定の原則」は取り上げませんでした。春休みの同様のイベントでは、「無罪推定の原則」を説明したためか、参加者9名が全員無罪判決を出したので、今回はあえて取り上げなかったそうです。判決はどうなるでしょうか。

〈建造物侵入、窃盗未遂事件のあらまし〉

 被告人(当時53歳)は、平成22年12月6日の午前零時頃から同2時30分ころまでの間、江戸川沿いに建っている電気会社の倉庫に、倉庫裏口ドアのガラスを割り、その施錠を解いて侵入しました。同所で保管中の電気製品在中の箱を動かすなどして金品を物色中、同日午前2時30分ころ、同倉庫警備員(当時71歳)に発見されたため、目的を遂げませんでした。
罪名および罰条: 建造物侵入、窃盗未遂  刑法第130条前段、第243条、第235条

(おもに起訴状より)

(この教材は、横浜弁護士会法教育委員会が同会のジュニアロースクールのために作成したものをもとに、松戸支部が改作したものです。)

【検察側冒頭陳述要旨より】
・被告人の身上経歴
 被告人は、石川県で生まれ育ち、中学卒業後、茶問屋社長専属運転手として働いていましたが、平成2年ごろから現在に至るまで、松戸市内の電工会社で電気設備工として働いています。妻とは昭和62年頃に結婚し、現在妻と2人で暮らしています。被告人には、昭和61年、他人の家に侵入し、現金を盗み、懲役1年執行猶予3年に処せられた前科があります。
・犯行状況等
 ドアのガラスを割る時に、軍手をはめており、スパナを使って割りました。倉庫内にいるところを警備員に発見され、逃走しましたが、転んだところを通行人に取り押さえられました。その後駆けつけた警察官に逮捕されましたが、警察官が来るまでの間、「許してください。」と言って何度も謝っていました。
・犯行動機
 事件の前夜、妻からデジタルビデオカメラが欲しいとねだられました。しかし、当時、被告人には消費者金融から約500万円の借金があり、その支払いに苦労していました。そこで、デジタルビデオカメラを手に入れようと、倉庫に侵入したのです。

【弁護人冒頭陳述要旨より】
・倉庫内の商品を盗もうと倉庫に立ち入って、物色行為をしたという点は認めません。
・事件の経緯
 被告人は12月5日の午後10時半から11時ころ、妻の言葉に腹を立て、外に出て気を紛らわせるために散歩に出かけました。江戸川へ行くと急に強い雨が降ってきて、すっかり濡れて寒くなったので、休める場所を探してちょうど本件倉庫をみつけました。中に入って休もうとしたところ、ドアに鍵がかかっていたので、もっていたスパナでドアの上部のガラスを割り、手を入れて鍵を開けました。倉庫の中で休んでいると、鍵がガチャガチャいう音が聞こえ、あわてて逃げようとしましたが、ちゃんと靴を履いていなかったので2度も転んでしまい、捕まりました。

【争点】
・建造物侵入については争いがありません。 
・金品を盗むつもりがあったかどうか。
・盗むために段ボール箱を動かすなどの物色行為をしたか。

【被告人の妻の供述調書より】

 夫は、自分の父親の会社の従業員でしたが、大変まじめな性格で仕事ができるので父親に気に入られていました。しかし、昭和61年の暮れに2人の結婚を反対され、夫は解雇されてしまいました。昭和62年の春に2人で千葉へ駆け落ちし、子どもに恵まれなかったので、自分はお茶の師範をしたり、テニスクラブに通ったりしていました。小遣いが足りなくなると、実家からいくらでももらえました。父母が亡くなった後は、茶会に必要な道具は夫がいつも用意してくれました。夫が500万円も借金をしていること、月給が手取り35万円だったこと、この10年間の残業時間がいつもトップだったことは知りませんでした。12月5日は、夫はいつも通り夜10時ころ帰宅し、着替えもしないで夕食を食べだしました。テレビを見ながら仲良く食事をしていたのですが、急に黙り込んだと思ったら、11時ころ、「ちょっと出てくる」と言って外出してしまいました。コートを着忘れていました。2~3か月に1回くらい、今回と同じように夜ふらっと外出することがあり、一晩戻ってこないことも何度もありました。河原で自殺しようとしていたおじいさんの話を一晩中聞いていたそうです。優しい人だと思いました。家の電化製品はみんな新しいです。5日の夜、自分はコマーシャルを見て、夫にデジタルビデオカメラが欲しいなと言いました。

〈電気会社倉庫の警備員は意外な証言!〉

 警備員は夕方5時に昼間の警備員と交替します。倉庫のかたわらの守衛室に待機し、一晩に3回、午後9時、午前0時と3時に倉庫の定時の見回りをします。この日は午前0時の見回りのときは異常がなく、次に午前2時30分ころ倉庫の表口のドアの鍵を開けて懐中電灯で照らすと、正面奥の方に動く人影が見えました。奥の方を懐中電灯で照らすとすぐに、長椅子が置いてあるほう(表のドアから見て左横)から男が私の左肩にぶつかってきて、表のドアから逃げ出しました。男は外へ出るとすぐ転びましたが、起き上がって走り出し、正門を出たところでまた転んだところを新聞配達員に取り押さえられました。
 倉庫の中は、裏口のドアのガラスが割られ、中の荷物も崩されていました。崩されていた辺りには、液晶テレビ、DVDプレイヤー、デジタルビデオカメラなどが置いてあったと思うと警備員は言いました。
 弁護人の反対尋問で、警備員は午後9時に夕食を守衛室で1人でとった際、酒を飲んだことを述べました。

【補充尋問に悩む生徒達】
 4つの班全てで、お酒のことをもっと聞いてみる方向になりました。お酒をどのくらい飲むと、どうなるか、ということが生徒にとっては謎です。弁護士は、「酔っても少しなら記憶があるけれど、べろべろだとわからなくなる。お酒に強いかどうかは、個人差がある。」とアドバイス。「盗むつもりがあったか、を判断するには何を聞けばいいか考えよう。」というアドバイスもありました。倉庫の中はどのくらい明るかったのか、窓の数や月明かりの明るさも尋ねることになりました。
 補充尋問の結果、警備員は缶ビールと缶酎ハイ(各350ml)を1本ずつ飲み、午前0時の見回りをしなかったことを述べました。警備員が、あっさり自分の怠慢を告白したので、みんな驚きました。倉庫の中には300個くらい商品の段ボール箱があったそうですが、動かされていたのはどのくらいかはよくわからないという答弁でした。警備員は倉庫の照明をつけず、窓はドアにしかついていないので、月明かりでは中は暗いということでした。

〈被告人の答弁にも矛盾点が〉

 被告人は事件の夜、散歩に出た理由について、「お嬢様育ちの妻に不自由な思いをさせたくないから、給料で足りない分を借金していた。借金はいつの間にか500万円にもなり、数日前から今月の返済のことで悩んでいたのに、デジタルビデオカメラをねだられて腹が立ったから。」と述べました。「倉庫の中では、目が慣れるまで手探りで歩いていたので、どこかにぶつかった気がする。段ボールはそのとき崩れたのではないか。長椅子を見つけたので、横になり、2時間くらい寝てしまったと思う。」ということでした。
 反対質問のときに、「倉庫に入ってすぐに月明りで中の荷物が見えて、箱の字から電気屋の倉庫だとわかった。」と述べたにもかかわらず、倉庫のドアガラスを破るときは、「雨がザーザーぶりだった。」と言いました。

【生徒を揺さぶるアドバイスのいろいろ】
 アドバイザーの弁護士は、次のような点を生徒に考えてもらっていました。
・被告人は信用できますか?
・盗もうと思っていたならおかしいこと、休もうと思っていたならおかしいことはないですか?
・倉庫の奥にいたなら、裏口の方が近いのに、なぜ裏口から逃げないのかな?

【するどい補充質問に、被告人は苦しい答弁】
 倉庫に入ったときにザーザーぶりで、中は月明かりで見えた、という矛盾を突かれた被告人は、「ザーザーぶりだったけれど、雲の切れ間から月明かりが出たと思う。」と答えました。生徒の質問は、「建造物侵入は犯罪とわかっているのに、なぜ帰宅しなかったのか?」「奥さんに贅沢はやめてと言えないのか?」「素直に、表口から入れてくれるよう頼もうと思わなかったのか?」と、良識ある問いかけで、被告人の答えは歯切れが悪くなりがちでした。

〈判決は圧倒的に無罪〉

D班:無罪
 証人の証言は、酔っていたので信用できない。スパナと軍手は仕事柄身につけていることはありうる。午前0時に侵入したなら、盗んで逃げたはずだし、午前2時半に侵入したならそれまでに計画を練れたはず。腹を立てていたので、妻の言葉は盗む動機にならない。
C班:無罪 建造物侵入については、懲役6月、執行猶予1年。
 2時間半も倉庫の中にいることは、窃盗目的なら不自然。警備員は飲酒していたので、信用できない。段ボールが崩れていたのは、ぶつかったから。
B班:無罪
 警備員が見たという人影が倉庫奥なら、犯人は裏口から逃げた方が早い。左からぶつかったなら、長椅子にいた可能性が高い。警備員は酒に酔っており、信用できない。動機については、金に困っていたのはわかるが、妻にイラついていたので、盗むと思えない。盗むなら、靴を脱がないし、倉庫に長い時間滞在しないので、盗む目的だったと思えない。
A班:無罪 建造物侵入については執行猶予をつける。
 警備員は酔っていたので、信用性に欠ける。荷物が崩れていたのは被告人のせいだという証拠はない。ガラスを割ったのは、仕方なかったから。靴を脱いだのは、盗む目的がないから。

〈講評より〉

・市民サービス委員長
 判決が割れるのではないかと思っていましたが、お酒を飲んでいた警備員は信用されませんでした。最初は皆さん慣れていないので、質問のときに意見を言ってしまっていましたが、だんだん良くなりました。「段ボールがどういうふうに散らばっていたか?」など、良い質問でした。9時の見回りのときはどうだったかを確認したのもよかったです。

〈取材を終えて〉

 学校で模擬裁判をする際、殺人事件を教材にするのはためらわれるという声もあります。今回のような窃盗未遂事件なら、取り組みやすいかもしれません。証人が飲酒していない設定にしたらどうかなど、いろいろカスタマイズすることも考えられそうです。
 このジュニアロースクールは、中学生と高校生の交流という意義もありましたし、他の市の生涯学習企画の参考にもなるなど、高校生インターンシップのほかにもさまざまな意義のある取組みだったと思います。教材面では、他県の弁護士会との協力がありました。今後の法教育の、生涯学習への広がりに期待したいと思いました。

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