筑波大学附属駒場高等学校「憲法を読む」ゼミ

 2012年6月30日(土)10:30~12:25、筑波大学附属駒場高等学校の2年生ゼミ「憲法を読む」にお邪魔しました。このゼミは2年生の選択授業の1つで、吉田俊弘教諭が指導。この日は塩川泰子弁護士が講師となり、「尊属殺重罰規定違憲判決」についてのゼミが行われました。「尊属殺重罰規定違憲判決」について生徒の活発な意見交換が行われ、休憩なし・予定時間を超える充実したひとときとなりました。

〈テーマなど〉

6月30日(土)10:30~12:00(予定) 場所:教室
「憲法を読む」ゼミ第2時
テーマ:尊属殺重罰規定違憲判決
参加者:2年生23名(本校は男子校)
講師:塩川泰子 弁護士(第二東京弁護士会法教育委員会所属)、吉田俊弘 教諭
 塩川弁護士は、東京大学法科大学院在籍時に(法教育)出張教室の活動に参加されており、本校へはその当時から数え、3回目の来校になります。

〈前時の内容〉

 この日はゼミの開講初日にあたり、「尊属殺重罰規定違憲判決」の授業は2コマ目になります。1コマ目は直前まで吉田教諭の指導のもと、「憲法と人権保障のしくみを図解する」という授業を実施していました。黒板には、「憲法と人権保障のしくみ」の図が3通り、生徒の描いたままになっています。

〈導入は「憲法と人権保障のしくみ」の図の講評など(約20分)〉

003弁護士:「真ん中の図は面白いですね。(歓声) 書いた人、説明してください。」
生徒1:「しくみ全体を家づくりと考えます。家の土台となる1本1本の柱が憲法で、それを肉付けする壁や屋根が法律。そのほころび修繕を依頼するのは住人である国民で、大工さんが国会議員。修繕案を作るのは、大工の上司・工事長にあたる内閣。修繕が基準を満たしているか判断する役人が裁判所にあたるとします。」
弁護士:「とてもいいと思います。教科書の説明だと、三権分立の均衡がとれているかを理解しづらいものがありますが、大工さんと工事長の関係など、小学生にもわかるぐらい理解しやすいと思います。」

〈尊属殺重罰規定違憲判決の意義について(約15分)〉

弁護士:「この判決には特徴が3つあります。1つめは、違憲判決だという点。そもそも,憲法が問題になる訴訟は非常に稀で、尊属殺重罰規定違憲判決の事案はそれだけ珍しい、究極的事案であることを念頭に置いてください。そして,この判決は違憲判決でした。2つめは、今回問題になったのは「平等原則違反」ということです。人種・信条・性別・社会的身分など、その人の努力では変えられないものを理由に差別してはいけないという、憲法の中でも重要なものです。3つめは、違憲判決が出された後、法律が削除されたことです。そんなこと、当たり前と思った人は?」
→挙手多数。
弁護士:「当たり前ではないと思う人、なぜですか?」
生徒2:「削除ではなく、修正するのかと思いました。」
弁護士:「ということは,違憲判決に併せて法律も変えるべきという意見ですね。」
生徒3:「この事案が例外なだけで、原則は変わらないかもと思ったからです。」
弁護士:「なるほど。1ポイントです!(歓声)法律自体が違憲として削除されたのはなぜか。ヒントは先ほどの図です。」
生徒4:「なら、違憲審査権で。」
弁護士:「また1ポイント!三権分立でいうと、裁判所から国会に対する歯止めが違憲審査権ですね。一方で,三権分立は抑制と均衡の関係にある以上,裁判所が上に立つのでもいけないわけです。なので、裁判所は裁判所で違憲審査権を行使できますが、違憲判断を受けた後、法律を変えるかどうかは、別途、立法府の判断もあるわけです。(中略)「法と人権」、「民主主義と人権」についてはおわかりのように、法は憲法が保障している人権を侵すものであってはならない。他方で、国会を支える民意が法をつくる。民意は国民1人1人が構成しているはずです。」

〈尊属殺重罰規定とは(約15分)〉

 昭和48年に違憲判決が出され、平成7年に削除された尊属殺重罰規定では、尊属(祖父母・両親・おじおばなど)を殺害した場合、刑罰は死刑か無期懲役しかなく、心神耗弱減軽や酌量減軽によりどんなに減軽されても、執行猶予はつきませんでした。       (当日のプリントより)

弁護士:「尊属を害することは、他の人を害することより悪いと思いますか?」
→挙手少数。弁護士:「なぜですか?」
生徒5:「厳密な意味ではないけれど、世話をしてもらったことを考えると、感情的に、(他の人を害するのとは)ちょっと違うかなと思います。」
生徒6:「親を殺した方が更生するのにかかる時間が長いかなと思います。他人を殺すより躊躇する度合いが高そうだから、それをするのは判断能力に問題があると思います。」
弁護士:「実際、立法の趣旨もそうなっています。自然な気持ちを社会も尊重しないといけないということで。尊属傷害という規定もありました。逆に思う人は?」
生徒7:「犯行に至った理由によると思います。理由が重ければ、道義的責任は軽い場合もあるから、一概により悪いこととは言えない。」
生徒8:「この規定ができた理由は、儒教の影響もあって、昔からの『親を敬いなさい』みたいなのからだと思います。その思想は、今は形骸化していると思うから、今の時代からすると他の殺人と同じと捉えられると思います。」
弁護士:「形骸化とは、必要なくなっているのか、失われているのか、どちらですか?」
生徒8:「失われている。親に敬語を使わないし。今の親からして使っていません。」
弁護士:「失われているものを守ろうとは思いませんか?」
生徒8:「ニーズがあるのか。今のトレンドとして、親は上でなく、親と子は同等という感じがします。」(やや騒然)
弁護士:「もう失われているのに、無理してバランスをとるのは無駄ということですね。では、尊属殺重罰規定があるのは悪いと思う人?」
→挙手多数。(歓声)→弁護士:「では、事件について見ていきます。」

〈「悲しき尊属殺事件」概要(約7分)〉

 A子さんは父親を押し倒し、左手で上体を押さえ、首にひもを巻きつけて絞め殺しました。
A子さんに何があったのでしょう?A子さんは、14歳の時に父親にレイプされ、その後10年、夫婦同様の生活を強いられて5人の子を産むことになりました。29歳になって、職場で知り合った男性と恋におち、結婚を考えるようになりました。父親に打ち明けると、「おまえらが幸せになれないようにしてやる。一生苦しめてやる。今から相手の家に行って話をつけてくる、ぶっ殺してやる。」などと言われました。怖くなって翌日早朝逃げ出しましたが、見つかって家に連れ戻されました。その後、職場に行くことも許されず、監視され、脅され続け、性交も迫られ安眠できない状態が10日ほど続いたある日。「男と出ていくなら出ていけ、どこまでも追ってゆくからな。3人の子どもくらいは始末してやるから、おめえはどこまでも呪い殺してやる。」と言われ、A子さんは、「この人がいる限り、この人との忌まわしい関係を断つことも、世間並みの結婚をすることもできない。もう、殺すしかない。」と思ったのでした。
 (プリントを塩川弁護士が読み上げました。)

〈あなたならA子さんにどういう判決を下すか?―論点整理(約15分)〉

弁護士:「ショックな事案ですが、あなたなら、どういう判決にしますか?」
生徒9:「判決以前に、A子はなぜこの状態を放っておいたのかと思います。」
弁護士:「冷静な見方をしていますね。10日の間に用を足しに家の外に出てはいたようです。」
生徒10:「そもそもレイプって犯罪だし。」
弁護士:「それはそうです。しかし、世の中、全ての犯罪が逮捕されるとは限らないということ、みなさんも気付いているでしょう。14歳の段階では、1人で逃げ出せたか?子どもを産んでからは、1人で逃げられる状況だったか、考えてください。」
生徒11:「酌量減軽とは?」
弁護士:「どうにも仕方なかったという事情があるということです。心神耗弱は、正常な判断をすることが著しく困難な状態です。」
生徒12:「判決とは、有罪か無罪かということですか?」
弁護士:「そうですね。無罪もあり得るかもしれませんね。 無罪の人?」→生徒12のみ挙手。
弁護士:「裁判では、弁護士は無罪を主張しました。」
生徒13:「過剰防衛。」→弁護士:「お、援護がきましたよ。」
生徒12:「正当防衛。」
弁護士:「はい、弁護お願いします。」
生徒12:「レイプされているから、殺しても正当ではないか。その最中でなくても、されている。長期的に暴力が続いている。それがあれば、殺されても仕方がない。」(ガヤガヤ)
弁護士:「正当防衛を否定の人は?」
生徒14:「殺すほどのことか。(無罪では)バランスが取れないから。」
弁護士:「レイプに対し殴り返して、相手が倒れ、打ち所が悪くて死んだら?」
生徒14:「それなら殺意がない。」
生徒12:「あ、正当防衛ヤバいか。」
弁護士:「最中ではないことについて、どう思うかですが。」
生徒15:「正当防衛がどのぐらいのスパンで見たときに言えるのかわからないので。」
弁護士:「法律的にいうと、急迫不正の侵害の場合だけです。ただ、ずっと続いているわけです。子どももいるので、ずっと一連の侵害と言えないか。その瞬間も権利侵害が続いていたと。」
006生徒16:「正当防衛援護します。レイプのほうが殺人より罪が重いとか、同等ともいえると思います。レイプって拷問でしょう。すぐ殺すより辛い点、同じ。この場合、人生をめちゃくちゃにされているし、精神的肉体的に相当ダメージを受けているから、殺害に値しないといえない。」
弁護士:「いいですね、だいぶいろいろなポイントが出てきました。では。4~5人で1班になって、話し合って結論を出してください。7分で。」
(班は5つできました。この時点で、予定では残り15分でした。)

〈判決は3通り発表―素晴らしい考えが!(約25分)〉

 判決は、執行猶予は無理→2つの班、執行猶予つく→1つの班、無罪→2つの班でした。
弁護士:「時間がないので、正当防衛についてコメントします。弁護士は当然無罪を主張しました。正当防衛もその根拠になります。均衡という面でも、先ほどコメントしてくれたように、均衡を欠いているとはいえないという主張もあるでしょう。また、殺害したときにレイプされていたわけではないとしても、精神的にはこれほど続いているので、その瞬間も不正の侵害が存在していたと主張することもできるでしょう。このような極限的状況なら、侵害が続いているとも考えられますが、正当防衛の要件の1つはリアルタイムの侵害なので、ちょっと難しかった。裁判所では、正当防衛の主張は通りませんでした。では、執行猶予つきの班、どうやって執行猶予をつけましたか?」
生徒17:「2つの視点があります。1つは、これが尊属殺でない殺人だったとしても執行猶予がつくと思うこと。もう1つは、この父親は尊属に値しないと考えて、規定の例外に当たると考えます。法律は生物学的意味だけで尊属と言っていると思いますが、この父親は社会的に、憲法で定められている保護者の義務を果たしていない。この法律が違憲かどうか判断するまでもなく、この規定を使う必要がないと考えます。憲法に照らして、尊属についての生物学的な意味の法律規定を変えた方がいいと思います。」
弁護士:「この考えが出てくるとは思っていなかったので、素晴らしいです!執行猶予は無理とする班は?」
生徒18:「(この時点の)現行法では仕方ない。法律は抑止力でしょう。この事件は、無差別殺人や強盗殺人でないから、公共性が高い事件ではない。一審だから違憲判決は無理だけれど、心は法の下の平等に違反する違憲だと思います。」
弁護士:「結論としては、執行猶予をつけたいわけですね。もう1班は?」
生徒19:「殺す以外の方法があったので、正当防衛は認めない。父親から被害を受けているので、減軽はありうる。この法律をつくった人は、このケースもあることを考えて刑を3年6月以上とつくったと考え、3年6月にしました。現代なら、執行猶予をつけてもいと思います。」
弁護士:「この時はしかたないと。そうだとしたら、違憲判決はなかったわけで、現在もこの法律のままだったかもしれませんよ。この法律が現在もあったとしたら、どうですか?」
生徒19:「法律を自らの手で変えられない以上、法律には従う。地裁だと仕方ないけど、違憲審査まで行ったら、変えてもらえばいい。」
弁護士:「ということは、違憲審査をすると違憲だという判断ですか?確かに、違憲審査権は最高裁にあると習ったと思いますし、地裁が違憲判断をして法律を適用しなかったら控訴される可能性が高いと思いますが、違憲だという自信があれば、地裁でも違憲判断することはありますよ。」
生徒20(生徒19と同じチームの生徒):「尊属殺は、他の殺人罪に比べて厳しくしか罰せないようにしている。しかし、他の殺人罪の場合にも重く罰すべき場合とそうでない場合があると思うし、尊属殺でもそれは同じで、その判断は裁判所に任せればいいから、この規定は不要。」
弁護士:「このチームでは、先ほど、現代ならという発言があったけれども、当時であれば合憲で、現代だと違憲ということなのでしょうか?」
生徒19:「そうです。」
弁護士:「これで意見は出尽くしましたか?正当防衛という意見。この法律を使わないことにより、執行猶予をつけるという意見。違憲審査権を使い、法律が違憲として執行猶予をつけるという意見。かわいそうだけれど、違憲とまでは言えないから執行猶予をつけないという意見、ですね。」

〈まとめ―実際の裁判所の判断(約10分)〉

弁護士:「今日は、正当防衛案でも盛り上がったので、どういう理由で違憲なのかというところまでは話せませんでしたが、この規定が違憲かどうかについて、他の殺人とここまで差が大きく厳しい規定は違憲とするのと、尊属かどうかで差を設けるのは違憲であるとするという、2通りの考え方があります。実際この裁判では、「ここまで厳しい規定は違憲」という判断でした。この裁判での判断からすると、もう少し刑の差が小さければ、違憲ではないものとして尊属殺重罰規定は今でも残っていたかもしれません。正当防衛案は、実際の裁判では採用されませんでしたが、これほどの究極的な事案であれば、柔軟に発想したらどうかという姿勢はすばらしいと思います。ナイスファイト、ありがとう。それから,「この親は尊属に値しないから」というふうにして、憲法判断はしないけれども妥当だと思う結論にもっていくという手法は、この裁判では出ませんでしたが、他の事案では使われています。ちなみに、この件は地裁でも違憲と言われました。高裁で逆転し、最高裁がまた逆転しました。このように、さまざまな意見がありうるところですが、最後は結論を出さねばならない。みなさんが社会に出て、いろんな問題に直面することがあると思います。そして、結論を出さなければいけない瞬間に直面することもあるかと思いますが、今日のような、判断の過程を大事にしてください。」
教諭:「この三権分立の図の意味が、この授業で実感をもってわかってもらえればいいと思います。」
弁護士:「すごく柔軟な意見が出て、私自身勉強になりました。柔軟な判断を大事にしてください。」

〈次の時間以降について〉

25名の生徒は、夏休みを利用して、自身の研究テーマについて、調査・研究を行います。2学期から3学期にかけて土曜日を利用して、生徒の発表学習を中心に行っていきます。教育、生活保障、医療、自然保護、表現の自由、人身の自由、刑事手続などのテーマのほか、憲法改正、憲法の価値や思想的基盤など、憲法の基本原理を極めていきたいという生徒も少なくありません。

〈取材を終えて〉

 どういう判決にするか生徒同士の議論に入る前に、論点を整理するところに時間をかけていました。その分、まとめの時間がなくなったと塩川弁護士が感想を述べておられましたが、事案を「そもそも」というところから柔軟に検討し、違憲審査権についての理解が深まる、とても意義深い時間だったと思いました。
 授業後に吉田教諭も、「原点から考えていこうということができていました。立法の趣旨まで出て、面白かったですね。」と言われていました。塩川弁護士は、「憲法判断回避のルールが出たのは、予想外で、本当にすごいと思いました。自分たちが判断権者だったら、という感覚が備わっており、それが大きいと思います。」ということでした。吉田教諭は、「生徒が枠をいったん離れたらどうなるか、われわれも考えないといけないと思います。」と、指導する側のポイントを指摘されていました。
 両先生のコメントに、大事な点が言い尽くされていると感じました。ロースクール在学時に法教育出張教室を担った塩川先生が、弁護士になってからもその活動を続けておられることは、法教育の普及にとって意義あることだと思います。その意義はこれからの先生のご活躍により、一層深まっていくのではないでしょうか。

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