県立千葉高等学校 政治・経済授業「代表民主制から憲法を考える」

 「高校教諭と憲法学者の往復書簡」の実現授業の第2回をお送りします。
 2012年11月29日(木)9:30~10:20、県立千葉高等学校の2年生政治・経済で、藤井剛先生による「代表民主制から憲法を考える」授業が行われました。往復書簡2012年10月11日掲載の土井先生による返信の中で、「『民主主義』を考える」授業の2時間目の授業案として提案されていた内容に対応するものです。

〈授業〉

2年A組41名(男子27名、女子14名)
場所:第一会議室
単元:民主政治の基本原理
授業者:藤井 剛 教諭

〈導入-民主主義の定義について補足〉

先生:「前回、民主主義とは、「みんなのことはみんなで決きめること」と定義をしました。この定義の、「みんな」とは誰かということについて考えると、結構難しくなります。「国のことは国民で決める」ということなら、「国民主権原理」のことですからわかりますね。ところが、「うちの自治会のことは国民で決める」となると、どうですか? 私が住む自治会に外国籍の方がいるとしたら、ゴミの出し方とか防災訓練の日程とかを日本国籍の人だけで決めるのはおかしいですよね。国籍の条件は絶対なのでしょうか? 少し話が横道にそれますが、今年の夏、ある研修会で講師を頼まれて群馬県に行ってきました。研修会の帰りに、以前から行ってみたかった「日系ブラジル人がたくさん住む町」に行ってきました。お店の看板や呼び込みの旗には、日本語と一緒にポルトガル語が書いてありました。教えてもらったスーパーに行くとそこはもうブラジル! ブラジルの食材でいっぱい一杯でした。そのような町で何かを決める時、国籍が違う人たちにも参加してもらわなければおかしいですよね。最高裁判所も、国政選挙に参加するには日本国籍が必要だが、国政と違って身近な問題が多い地方自治体の選挙は必ずしも必要ではないと判断しましたが、このような理由によるものなのです。このように考えると、「みんな」という言葉は、もっと考えていく必要があることがわ分かります。
さて、本題に入りましょう。前回の授業で、民主主義とは「みんなのことはみんなで決める」ということは理解してもらえたと思いますが、現代では「みんなのことは代表者が決める」となっていますよね。このことを考えていきましょう。前回と同じようにグループで考えます。」

〈展開1-代表民主制をとる理由〉

先生:「さて、第1問です。現代では、なぜ代表民主制になっているのでしょうか? 数分間、班で話し合って下さい。またあてていきます。」

【問1】なぜ代表民主制になったのか?
0班:「みんなで集まることができないからです。」
先生:「そうでうね。古代ギリシャのアテネなどと違い、現代国家の多くは、国土が広くて、人数が多いからです。でも今は、テレビやネットで双方向通信などできるから、全国民は集まれなくても、全国民の意思表示を集約しようと思えばできる時代でしょう? 意思表示の集約だけではだめなのはなぜですか?」
0班:「たくさんの人間がいると議論ができないからです。」
先生:「その通りです。でももう一回聞きますが、なぜ「みんな」で議論しないのですか?」
1班:「知識のない人よりも、ある人が議論して決めた方がいいからです。」
先生:「専門知識や経験のある人に議論してもらうということですね。この考え方の背景は経済でやったように、分業という考え方です。前回学んだように、現代では分業が進んで生産力が上がり、君たちのように生産に携わらない人間も出てきたわけです。しかし、分業というのは経済的には正しいのだが、自分の役割を一生懸命果たそうとすると、社会的に困ったことがおきますよね?」
1班:「他の人がしていることに無関心になる。」
先生:「そうですね。近頃よく言われる「政治的無関心」は、ここから始まるのかもしれません。そうだとしたらどうしたらよいのでしょうか。ここから先は今日のテーマから外れてしまいますので、あとで各自考えてみて下さい。」

〈展開2-代表民主制の弱点〉

先生:「さて、代表民主制が出てくる理由はわ分かりました。では前回同様、これに反論してみましょう。代表民主制はこういう場合にはうまく働かない、ということを具体的に考えてください。」

【問2】代表民主制はよいシステムなのか?
2班:「民族対立があったときは、対立の根が深くうまく働かない。」
先生:「いまの答えは2つの例が考えられます。一国の中で民族対立が深刻な場合、多数決では問題は解決しないですね。冷戦終結後におきたユーゴ内戦は典型的な例です。もう1一つは、大多数の民族が少数派の民族を迫害するということもあります。かつてのアメリカの黒人差別などです。2班はどちらを考えましたか?」
2班:「後者です。」
先生:「なるほど、他には?」
9班:「代表を選出する区域の分割の仕方によって、代表が変わる場合があると思います。給食の好みでA地区に給食でカレーライス派が多く、B地区にはオムライス派が多いとき、A地区のカレー派が調整してB地区に移れば、B地区もカレー派が多数になります。」
先生:「人口移動や選挙区割りの変更により多数が変わるのですね。
少し話がそれますが、以前、アメリカのゲリーという州知事が自党に有利なように選挙区割りを変えてしまったことがありました。その選挙区の形がギリシャ神話にでてくるトカゲのサラマンダーに似ていたので、自分たちに有利に選挙区割りを変えることを「ゲリマンダー」と呼んでいます。さて、もうちょっと単純な回答はありませんか?」
6班:「選出された議員と市民の意思が完全に一致しているわけではないから、場合によっては市民の意思が反映しない場合がでてきます。」
先生:「その答えが出ないと困ります。そのとお通り、民意と代表者の意思にズレがあることです。私が主権者として一票を行使する時、自分の考えに一番近い候補者に投票しますが、その候補者と私は違う人間ですからすべての考えが一致しているわけではありません。ですから、民意と代表者の意思にはズレがあるはずです。ズレの原因は他にありますか?」
6班:「その選挙区の有権者全員の意思が、そもそも一致しているはずがない。」
先生:「その通りですね。このようなズレは、近頃よく見ることができます。原発の再稼働などはその典型かな? ここで1一つ確認ですが、「民意」とは何か、についてはこの授業では考えないことにしましょう。民意は「世論」なのか? 「世論」は、たとえば新聞の「世論調査」と一致するか、など考えると難しい問題になってしまうからです。」

〈展開3-代表民主制の意義〉

先生:「さて、代表民主制では、代表者と民意のズレが課題であることがわ分かりました。国民主権原理のもとでは、これはよくない現象なのでしょうね。では次の質問です。これがよくないことだとしたら、代表者は常に民意に沿うべきなのでしょうか? 数分間、また話し合ってください。」

【問3】代表は民意を忠実に反映すべきか?
5班:「国民は自分の利益を追求するから、民意を全部反映しようとすると、国としては経済の方針などがバラバラとなって、統一した経済政策などがとれなくなってしまうかもしれません。」
先生:「政治は、百年先のことを考えないといけませんからね。政治の定義は、教科書にあるように「人々の利害や意見を調整し、統合をもたらす働き」です。しかし調整や統合をする時、将来を見据えることが必要で、よりよい社会をつくるという視点がないといけないはずです。その意味で、百年後の日本を語れるのが政治家だと思っています。そして、そのあるべき将来のために民意を説得するのも政治家の仕事だとしたら、政治家、つまり(代表者)と民意とのズレはあってもよくなるということでしょうね。きっとこのことは直感的に理解できるのではないかな? ちょうどいま、「政党をつくろう」の授業をしていますしね。各党とも、政策を考えるとき時、民意だけを考えるのだけではなく、将来の日本を考えているのではないかな? 他には?」
8班:「世論調査で解散支持が多数でも、与党が無視したりすることがあります。また、民意を反映することが悪にも善にもなる場合があり、結論が出ませんでした。」
先生:「民意とは何かと考えると、難しい問題になることは先ほど話しましたね。」
4班:「専門知識や経験のない人の意見を、それらをもつ人が反映する必要はないと思います。」
先生:「なるほど、問1に戻りましたね。代表には専門的な知識や経験を求めているのですから、それは当然ですね。また少しそれますが、市民革命を経たヨーロッパでも始めは制限選挙でした。戦前の日本もそうでしたね。その最大の理由は、教養と財産があって、世の中のことがわ分かる人が政治をやるべきだという考えです。このような政治を名望家政治といいます。しかし普通教育が広まり、誰もが教育を受けられるようになると、それに伴ともなって選挙権が拡大して、最終的に誰もが一定の年齢に達たっすると選挙権をも持つ普通選挙になっていくのです。さて問1では、「議論」というキーワードがありましたね。そこから何か出てこないかな?」
7班:「議論をしたら当然意見が変わってもいいではないですか。」
先生:「そうですよね。意見を変えないならば、すぐ採決に入ればいいのですものね。議会で議論などする必要はなくなります。そのような組織を「議会」というのかね?」
3班:「「誰の、いつの民意か」わ分からないのではないですか?選挙の時の民意しかわ分かりませんよね。」
先生:「それもあります。民意は動くので、捕まえることそのものが難しいのではないか? 現在、マニフェスト選挙が行われていますが、マニフェストへの支持が高くて政権を取った政党が、いざマニフェストを実行してみると不人気で、民意が離れていくことはありますからね。
 さてここで、代表と民意のズレはあってはならないか、をまとめてみましょう。実は憲法は、代表と民意とのズレを認めているのです。憲法第43条を見てください。「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」この規定から、両院の議員は「全国民」の代表として行動するよう求められていることがわ分かります。たと例えば、私がある選挙区から、「みなさんの代弁者として国会に送って下さい」と立候補して当選したとします。当然、有権者は私をこの選挙区の代表、代弁者と思っているのですが、私は一歩国会に足を踏み入れたら、選挙区の代表として振る舞うのではなく、全国民の代表として行動しなさいと憲法は要求しているのです。つまり、一定の範囲で、代表と民意とのズレを認めているということです。」

〈展開4とまとめ-代表民主制の弱点を補うには〉

先生:「代表と民意のズレを憲法が認めていると話しましたが、納得していない顔が多いようですね。確認ですが、民意とズレなさいといっているのではありませんよ。全国民の代表として行動せよといっているのです。このことから、自分の選挙区へ「利益誘導」をしてはいけないことがわ分かります。
 では次の問です。まだみんなが納得していないように、やはり民意とのズレはない方がよいのです。そのため、代表と民意のズレを少なくしようと憲法はいろいろなシステムを用意しています。全部中学校で習っているものです。各班で探して下さい。」

【問4】代表の意思と民意とのズレのバランスをとる憲法上のシステムは?
6班:「議員の任期が設定されていること、衆議院の優越が認められていること、解散があることなどです。」
先生:「任期と解散があって、衆参で違う選挙制度があることですね。任期が違うから交互に選挙があって、直近の民意がわ分かりやすいというのですね。あるいは、衆議院が内閣に対して「内閣は民意とかけ離れている」と内閣不信任案を可決すると、内閣が「衆議院の方が民意とかけ離れている」として、衆議院を解散して民意を酌もうとすることですね。そして衆院の方が任期も短く解散もあって民意を反映しやすいから、参院に優越することになります。しかし、衆参両院の選挙システムが似てきてしまったために、現状では課題もありますね。」
9班:「違憲立法審査権、法の支配です。」
先生:「そうです。議会が民意とかけ離れた法律を作ったらいけませんし、法律の正当化が求められていますね。まだありますよ。」
9班:「請願ができる。」
先生:「請願など、直接民主制的な規定があります。請願以外にあるかな?」
0班:「リコールなどがあります。」
先生:「直接民主制的規定として、地方議会の議員や首長に対するリコール、条例の改廃制定に関するイニシアチブなどがありますね。いまのは地方自治レベルですが、国政レベルでは?」
0班:「憲法改正の国民投票があります。」
先生:「そのとお通り、憲法という最高法規を改正するには主権者の同意が必要なのです。国政レベルでは他に、最高裁判所裁判官に対する国民審査、これは違憲立法審査権をも持つ最高裁判所に対する国民の支持が必要だというの考えから存在すあるのでしょうね。また、ある一定地域を対象とする地方自治特別法には、その地域の住民投票での同意が必要です。前の時間に話した「千葉県民、男は全員坊主、女は全員三つ編み」などといった法律ができることを阻止しようとしているのでしょうね。」
2班:「権力分立が定められている。」
先生:「ある権力が民意とかけ離れて独走することを防ぐためですね。チェック・アンド・バランスはそのために規定されているのです。
 まだ出てくるでしょうが、時間になりましたので、ここで今日の授業をまとめてみましょう。現代国家は、代表民主制にならざるをえ得ません。しかし代表民主制には、民意とのズレという大きな課題があります。その課題を克服するため、あるいは引き起こさないために、さまざまなシステムが憲法に盛り込まれているのです。具体的には、国民主権、権力分立、法の支配、直接民主制的規定などです。これらは、「民主主義の基本原理」として、教科書の最初の方に列挙されているものばかりです。
 前回の授業で、民主主義を考えていくと憲法に人権規定が必要であることがわ分かりました。今日の授業では、やはり代表民主制には課題があるのでうまく運用するために、民主主義を守るためのしくみをあらかじめ憲法に規定しておく必要があることが理解できたと思います。ですから、現代の憲法にはすべて、統治機構と人権規定が必要であり、規定されているのです。」

〈取材を終えて〉

 「代表民主制がうまく働かない場合」についての生徒の意見では、往復書簡に示されていない意見が出てきて、興味深く思いました。生徒が示した給食カレー派とオムライス派という事例は、身近でわかりやすく、小学生に説明するのにも使えそうです。それを受けた先生が、「ゲリマンダー」の話ということを紹介して、授業の面白さが増したように感じました。
この授業の時期は、ちょうど衆議院選挙活動の期間となり、さまざま様々な情報が社会をにぎわせていました。さらに、この民主主義の授業と並行して政治・経済の授業で「政党をつくろう」という課題が課科されているため、生徒は自主学習を長時間行っています。授業と課外課題の同時並行により、政治や政党の主張への関心が高まっていると感じました。生徒が1つずつの問いを考えるために配分されている時間は短いのですが、どの問いについても複数の意見が発表され、代表民主制と憲法についての理解が深まる授業になっていたと思います。

 

注:
一連の法教育の授業と並行して、「政党をつくろう」という政策論争の授業を行っています。生徒が、「大きな政府」「小さな政府」「防衛力増強」「防衛力現状維持・縮小」の4つのカテゴリーの政党に分かれ、資料等を調べて、各党でマニフェストを作成し、他党と公開討論を行い、外部から招いたジャッジと聴衆の生徒から評価を受け、勝敗を決める授業です。政策の立案と、政治が対立と合意の上に成り立っていることなどを学んでいます。

 

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