平成24年度 法教育シンポジウムin京都 ―『みんなで考える力』を育てる法教育

 2012年10月14日(日)13:00~16:30、日本司法支援センター等の主催する「法教育シンポジウムin京都」が龍谷大学アバンティ響都ホールにおいて開催されました。京都では、2010・2011(平成22・23)年度に京都法教育推進プロジェクトが実施され、2010年度には同ホールで、その意義を広報する法教育シンポジウムが開かれています。今回は、プロジェクトの成果を報告し、今後を展望するシンポジウムとなりました。 (当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

1 基調講演

 「京都法教育推進プロジェクトの成果と今後の展望」
笠井正俊 京都大学大学院法学研究科教授

 京都法教育推進プロジェクトは、自治体・大学・法曹・関係機関が参加したオール京都といえる取組みでした。そもそもの目的は、学校と地域社会の専門家との体系的・計画的な連携・協力の具体的な実践例を提示することであり、それが実現されたことが最大の意義です。「法律のひろば10月号」に京都弁護士会法教育委員会の吉田誠司先生の詳しい報告 注1があるので、ご覧いただきたいと思います。
 具体的な取組みでは、小・中・高の各段階から1校ずつが指定され、カリキュラムの一環として計画的な法教育授業が実践されたことが重要です。学校の教員と法律専門家が協働し、イベント的ではない継続的な取組みをすることにより、今後の展開への土壌ができたと思います。私自身は、嵯峨野高校で「法学ラボ」の授業を手伝わせていただきました。この高校で民事模擬裁判を実践したことは、大きな意義があると思います。刑事裁判よりも民事の方が、実際に社会に出たときに身近に起こり得ることですから、民事訴訟の解決のしくみや法的な考え方を学校で身につけておくことは、意味が大きいと考えます。
 今後の課題としては、今回、1対1の連携はかなりできましたが、3つ以上の機関相互の連携や全体的なネットワークの構築は十分とはいえませんでした。全体を見渡すコーディネーターがなかったところは反省点です。情報集約が一元的になることが必ずしもいいともいえない面がありますが、一定のネットワークを構築し、実務を担う機関が必要ではないかと思います。法教育は、小・中・高で広く実践されねばならず、主体となるのは学校の先生です。そこへ法律専門家が協力する仕組みをどうつくっていくか。京都の中で今後どういう仕組みをつくっていくかは、これからの課題です。それが、全国に法教育が普及していくことにつながるので、プロジェクトが終わった後も、さらに発展させていかねばならないと思います。

2 法教育実践報告

(1)「紫竹小学校の法教育」
三浦清孝 京都市立紫竹小学校教諭

 小学校にはもともと法教育という考え方がなかったので、積極的に法教育を進める土壌はありませんでした。最初の1年半で、自分なりに法教育を「自分たちの身の回りで起こる様々な問題について、主体的に考え、公正に判断し、行動する力を育むこと」と定義しました。多様な意見の中で、法やきまりを合意の手立てとすることと理解しました。
 実践1では、京都大学の土井真一先生のご指導のもと、6年生で「ごみ収集場所はどこにする?」という話合いを行いました。この授業の意義は、1つは、話し合い活動における理解と合意の違いを知ること、もう1つは、利害関係の対立をうやむやにしないこと、この2点の重要性に気づかされたことでした。授業の様子は、何を共通目標とするか理解し、各人の事情も理解して、利害関係を整理しました。争点をはっきりさせ、「答えをすぐに出さない」話し合いをすることで、みんなのことをみんなで決めるから納得できるのだということを理解しました。
その授業などの後に、まとめとして実践2「みんなのことをみんなで決める―あいさつのできる学校に―」を行いました。本校ではこれまでも挨拶運動をしてきましたが、成果が今一つでした。授業のねらいは、「多様な立場や考え方を調整する」「その上で方策を決定する」「決定したことをみんなで進めていく」でした。ポイントは、罰則のある厳格なルールをつくるかどうかで、メリット・デメリットの整理をし、弁護士に参加してもらってグループ討論をしたことです。実際に自分たちに関わることなので、理解と本音が交錯しました。弁護士が参加した利点は、話し合いの進行への支援(課題・論点の整理)、内容への助言(妥当性・合理性・安易さの排除)、活動への評価でした。
小学校の「法教育」は、「どのような場面や相手・難しい問題であっても、立場を相互理解し、話し合うことを整理し、自分たちで合意を生み出す経験をすること、合意をみんなで守っていく姿勢を培うことである」と学びました。

(2)「京都御池中学校における法教育の実践について」
上畑直久、福田博天 京都市立京都御池中学校教諭

 本校では、主に中学3年生の社会科において、京都弁護士会のご協力のもと実践授業を行いました。授業の目標は、「社会生活における法の役割について理解し、人と人との対立をどう解消し合意につなげるのか、社会においてどこまでの効率を求め公正を保つのかなど、社会に生きる様々な人の立場をふまえながら、社会と法の関係について考えることができる。」でした。内容は、平成22年度は労働問題、消費生活、23年度はそれに加えて裁判員制度です。
 昨年の「あなたが裁判員に選ばれたら」という授業は、裁判に国民が参加する意義を考えるものです。最初に、「なぜ裁判員制度が導入されたのだろうか?」という課題を設定した上で、裁判のしくみ・考え方を学習しました。次に、放火事件を題材とした裁判員裁判のロールプレイを行い、簡単な模擬評議を体験しました。最後に、自分が裁判員に選ばれた場合の姿勢を尋ねます。弁護士とともに生徒の反応を前もって予想し、「やりたくない」で終わらせないために、国民主権が制度の念頭にあることを打ち合わせました。みんなが裁判に関わることの意義を学習できたと思います。今年度の取組みとしては、「裁判員に必要な心構えとは」という授業を、11月に行われる近畿中学校社会科教育研究大会京都大会で公開する予定です。

(3)「法学ラボ」の取組み
松宮研二 京都府立嵯峨野高等学校教諭

 本校は、1学年が普通科3クラス、京都こすもす科という発展的な学習をする科5クラスから成ります。この京都こすもす科のうち、文系の1年生3クラス120名が「アカデミック・ラボ」という「総合的な学習」に位置付けられる選択制科目を受講します。「法学ラボ」は、「アカデミック・ラボ」の選択科目の1つで、平成22年度から設置され、毎年20数名が参加しています。京都大学の笠井正俊先生と京都弁護士会との連携体制をとっており、週1時間(50分)で1年間を通して実施します。
  「法学ラボ」の特徴は、私法分野教育に重点を置いたことです。1学期は大村敦志先生の『父と娘の法入門』 の輪読、2学期は民事模擬裁判の取組み、3学期にレポート作成と発表を行いました。模擬裁判の題材は、笠井先生の原案による「英会話教材事件」(未成年者の契約の取消し)、「自転車事故事件」(歩道上走行の過失責任)で、4つのグループに分かれ、2つの事件の原告・被告を分担しました。6回にわたる弁護士の指導のもと、主張・反論・再反論と評議を経て判決を出しました。1年目は、感覚的な議論に流れがちで、論理的なやり取りが十分にできなかったことを反省し、2年目は「整理シート」を導入して、「事実→法令→主張」という「法的三段論法」の流れを徹底しました。
 大学・弁護士会との連携により、地歴専門で、法学に素人である自分)でも法教育に取り組むことができました。限られた授業時間でも、ねらいを「法的三段論法」の実践に絞ることで模擬裁判に取り組めました。「法学ラボ」のこれからの展開として、財産法、家族法などの不法行為以外の領域に題材を広げること、「条文への適用」から「比較考量」などへ思考を深めさせること、証拠調べを含む本格的な模擬裁判に取り組むことを考えています。来年度から新設する科目「現代社会研究」(2年生、週2時間)では、法学・政治学・経済学を扱う中で、「法学ラボ」の取組みを発展させてゆく計画です。

3 パネルディスカッション

「法教育の普及に向けて」

【パネリスト】
北澤 豪 サッカー元日本代表、公益財団法人日本サッカー協会理事
三浦清孝 京都市立紫竹小学校教諭
上畑直久 京都市立京都御池中学校教諭
金井健作 京都弁護士会法教育委員会副委員長、弁護士
中川深雪 内閣官房内閣参事官
【コーディネーター(司会)】
丸山嘉代 法務省大臣官房付
             (肩書きは当時。以下、敬称略)

〈法教育との関わりなど〉

北澤:「子どもの頃から法教育を学べていたら、サッカー選手としてさらにいいプレーができたかと思いました。法教育を普及することは、スポーツにとっても重要なことだと思います。」
金井:「京都弁護士会の法教育委員は37名おり,その副委員長を務めています。高校生模擬裁判選手権の支援弁護士として協力したことがきっかけとなり、法教育に関わるようになりました。このプロジェクトでは主に京都御池中学校で先生方と協働しています。」
中川:「本プロジェクト立ち上げ当時、法務省の司法法制部におりまして、このプロジェクトを企画した1人です。」

〈実践報告について〉

北澤:「今日の報告を聞き、揉めごとを協議しながら解決するたくましさを身につけられ、良いと思いました。挨拶をするのは当たり前ではないかと感じましたが、難しかったですか?」
三浦:「当たり前のことができないとき、子ども達からいろいろな考え方を一回出させてみようとしたら、法教育になりました。」
司会:「どのようなことに苦労しましたか?」
三浦:「小学校の土壌として、『きまりを守ることが大事』とか、『仲よく』という『対立をなかったことにする風土』がありました。法教育は対立を顕在化させることになるので、違和感をなくしていくのに1年半かかりました。時間がかかりましたが、揉めごとの解決をするにあたって、子ども同士お互いを正しく見つめ合うことができたと思います。」
上畑:「中学では、自分たちの問題解決能力を直視することができるよう目指していました。特に新学習指導要領で示された公民的分野における『対立と合意』『効率と公正』の概念は、法教育やそれ以外の学習にも有効でした。たとえば、体育祭の『全員リレー』という種目で勝つためにはどうすればいいか、子どもたちはバトンの受け渡し場所を変えて効率よく走る方法を考えていました。しかし『足の速い人が少しでも長い距離を走るようにすればいいのでは?』と聞くと、子どもたちは、『それは違う、それぞれの活躍する場を尊重すべきだ』と答えていました。効率と公正の価値が育ってきているのだなと感じました。」
司会:「プロは効率優先でしょうか?」
北澤:「結果を求めるとそうなります。競技者としては大切な考え方ですが、みんながプロになれる訳ではないですから、育成に当たっては公正の考え方も大事だと思います。その年代で学ばねばならないことは学んでほしいし、時間をかけねばならないと思います。」

〈「対立と合意」〉について〉

司会:「小・中・高校に共通しているのは『対立と合意』でした。対立から合意へのプロセスを子ども達に感じてもらうことが大事であると感じました。なぜ、小学校から学ぶことが重要なのでしょうか?」
三浦:「子ども自身が『対立』というものを知らないといけないと思います。それにより、たとえば『ブランコは順番に乗る』という価値を納得するために、1人ひとりの意見をしっかり聞いて、論点整理をする、複雑なことを紐解き、話し合いができるといった力を身につけることができます。それを可能にするのが法教育です。」
上畑:「中学校では発達段階が上がり、意見の違いがあることは理解しています。」
司会:「どういう事例を使うか、悩まれたようですね?」
三浦:「題材が子どもに直接的過ぎると、自分の利益に敏感になり、強い子になびいたりします。判断基準の基が必要であり、まず架空の事例で練習する必要があると思います。たとえば、リレーの走者を決めるときに、足が速いけれどやる気のない者、足は遅いけれどやる気がある者、速くてやる気もあるけれど仕事にルーズな者の3人のうち、誰が走るかといった事例です。安易になんでもすぐに『ジャンケンで決めよう』ということにならないことが必要です。」
上畑:「中学校では、自分が将来直面する課題として、アルバイトや裁判員制度が自分の立場に置き換えて考えられるかなと思いました。将来役に立つことにつながる題材を心がけました。」
司会:「練習して実践につなげることは、スポーツにもあると思いますが?」
北澤:「成功例を感じさせることは大事だと思います。声の大きい子になびくことは、サッカーの練習でもありますが、話し合いの教育ではどうしますか?」
三浦:「法教育以前に、まず道徳で考えてからすべきではないでしょうか。」
北澤:「順番が大事だと思います。育成年代では、実力だけ重視すると個人主義になるおそれがあり、全体としての成果ということが大事です。」
金井:「弁護士は、対立と合意のプロセスを普段から仕事にしているので、それを伝えて体感してもらう助けになれると思います。」
中川:「刑事裁判そのものが対立と合意なので、模擬裁判も大きな意味があると思います。将来、裁判員として裁判に参加しようという態度を育む意義もあります。」
司会:「同じ法律家でも結論が違うことを理解してもらうことも、意義があることかと思います。」

〈京都法教育プロジェクトの意義〉

中川:「法教育の様々な取組状況を集約したとき、地方では横の連絡が少ないことがわかりました。一度関係機関が集まり、総合的に情報発信してはどうかと考えました。京都は、古い街並み保存の条例など、京都市長をはじめとしてみんなでよい街をつくる意識が高く、法教育への推進力を感じたからです。」
金井:「学校の先生と弁護士が協働で授業をつくるのは初めてで、楽しかったですが、打ち合わせには時間がかかりました。」
三浦:「小学校の担任は、クラスに対立のないことを重視しますが、対立を前面に出したうえで合意までもっていく力が教師についたと思います。これまでと180度違う考え方をもつことができました。子どもも、親も、そういう見方ができるようになったと思います。弁護士が参加する効果もわかりましたが、これから他校では、弁護士を迎える環境をつくることが難しいのではないかと思います。」
上畑:「教科の学習内容をつくるにあたり、効果のある取組みでした。対立解消の訓練は、小学校から中学校へ続けて取り組まねばならないと思います。教師だけで授業を担当することができるように、専門家と連携を続けていただきたいと思います。」

〈今後の課題〉

金井:「弁護士の人的資源の問題は多少あると思います。継続してとなると、限界はあるので、先生が1人でできるような教材を作ってバックアップする形をとれるようになるのがいいというのが1つ。もう1つは、社会科研究会や、知識が必要とされるときに、ちょっと呼んでもらうという関係が作れるといいのかと思います。」

〈もしも法教育宣伝本部長なら?〉

司会:「あなたが法教育の宣伝本部長ならという想定で、標語をフリップに書いていただきました。見せてください。」
中川:「『みんなのルール、みんなで作ろうや』ルールをみんなでつくることが、最終的に目標にしていることかと思います。」
金井:「『世知辛くもある世の中で、ともに豊かに生きる教育』。」
上畑:「『一人一人を生かす、みんなで生かす法教育』。」
三浦:「『とにかくやってみよう、法教育のススメ。答えをすぐに出さない授業に挑戦だ』続けて話し合いをすることが大事です。」
北澤:「『ライフスキル』。」
司会:「島根県の高校の武藤立樹先生が、『大人が変われば子どもが変わる、子どもが変われば未来が変わる』ということを言われていました。法教育は未来を変える力を秘めています。」

取材を終えて

 配布された資料によれば、紫竹小学校では、道徳や生活科、学級活動、総合的な学習の時間に2年生から6年生までさまざまな取組みをしたとのことです。自分たちの生活に身近過ぎる教材の場合、強い子になびくといった悩みがありましたが、架空の事例でまず価値基準を身につけたり、道徳で考えてから法教育で扱うべきという指摘は、大変参考になる報告だと思いました。中学校の先生からは、対立解消の訓練は小学校から続けて取り組まねばならないという感想があり、小中学校の連続性を考えるうえでも意味深い取組みだったことを実感します。実り多い報告とパネルディスカッションでした。

 

注1:
吉田誠司「京都法教育推進プロジェクトの成果と今後の課題」法律のひろば10月号(2012年)

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