東京大学法科大学院「授業を創る」ゼミ その2

 2013年8月3日(土)10:00~17:20、東大ロースクール・大村ゼミ「サマー・スクール」が東京大学法科大学院棟(法学政治学系総合教育棟、通称ガラス棟)204教室を会場に開催されました。このサマー・スクールは、東京大学法科大学院で2013年度前期に開講された「授業を創る」ゼミ(大村敦志教授)の一環として中高生対象に行う初めての授業です。今回は、(1)契約(取引)、(2)不法行為(事故)、(3)家族(未成年・結婚)の3時限が行われました。東大理系学部では、中高生対象のサマー・スクール等がすでに行われていますが、法学部関係では初めてという意義もあります。授業の概要をお伝えします。(当日のプリントより、適宜引用させていただきます。) 
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〈プログラム〉

10:00~10:20 はじめに
    ―「民法」とは何か(大村敦志教授)
10:30~11:50 1 契約
12:00~13:00 昼休憩
13:05~14:35 2 不法行為
14:50~16:20 3 家族
16:30~17:20 懇親会

〈参加校〉

筑波大学附属駒場中学校(中3)、横浜雙葉高等学校(高1・2)、市川高等学校(高2)、土浦第一高等学校(高2) 合計45名(当日3名欠席)(参加校は、関係者の出身校という縁から案内し、応募があった学校です。)

1 はじめに―「民法」とは何か

 大村敦志 教授
(1)法とは何か―民法を中心に
 法とは「ルールの中身」であり、書かれたものの中身です。法律とは「ルールの容れ物」で、書かれたものです。法と法律は似ていますが、完全に同じではありません。書かれたものを見ただけでは、ルールの中身はわかりません。中身には、書かれていないこと(慣習や判例の積み重ね)もあります。法律から法を引き出して、当てはめることが必要です。どうやって引き出すかについては、基本の思想とテクニックがあります。
 「憲法」は、国家の構成原理、国家と個人の関係を定めるものであり、「民法」は、社会の構成原理、個人と個人の関係を定めるものです。高校までの学習では憲法が中心だと思いますが、大学以上になると民法の比重が大きくなります。民法は日常生活の法といわれます。
(2) ルールとプレイ
 スポーツは、ルールがないとプレイできませんね。ルールという制約の中で、自由にプレイすることができます。制約を十分理解して思い通りにプレイするのが、ルールとプレイの関係です。ルールを使って、より良いプレイをつくる。法のプレイヤーは、一般市民です。
 ただし、市民=中心的・一般的なプレイヤーだけではプレイは成り立ちません。プレイヤーを支える人が必要です。それが補助的・専門的なプレイヤー=法律家です。一般的なプレイヤーは、ルールの基本的な考え方を身につけていればプレイできます。小中高等学校では、一般的なプレイヤーとしての「法教育」が必要です。専門的なプレイヤーには、ルールの発見や適用能力が必要になり、法科大学院での法学教育がこれに当たります。今日の授業は、法教育を目的にしていますが、同時に専門的な教育とはどんなものか、覗いて見ることになると思います。
(3)個人相互の関係とは―今日の授業内容
 今日の3つの授業では、個人と個人のどのような関係を扱うか、紹介しましょう。1時限目は契約(売買)です。2人の人が約束をするところから始まり、金銭の問題になる関係です。2時限目は不法行為(事故)。2人の人が約束なしにある関係に入ります。これも金銭の問題です。3時限目は家族(未成年・結婚)。これは約束のあるところ(婚姻)と、ないところ(親子)があり、金銭プラスアルファの問題関係になります。

2 第1時限 契約

 この授業のねらいは、民法のルールは、中高生でも自分の頭を悩ませれば作れることを知って、身近に感じてもらうことです。まず、契約の基本についての講義の後、いったん成立した契約が例外的に無効になる場合を定めるルールを自分たちで作ってみるという、2つの部分からなります。

【第1部】契約の基本編
第1部は、ゼミ生による説明や問いかけを中心に、生徒の応答も交えて進みました。「契約はどうやって成立するか?」「契約が成立するとどうなるか?」を考えてまとめ、ゼミ生がで「売買契約の成立と効果」について作ったルールを、ルール1として提示しました。

ゼミ生1:「契約はどうやって成立するでしょうか?売買契約は、『このパソコンを1万円で売りましょう。』『このパソコンを1万円で買いましょう。』といった、売り手と買い手の意思表示によって成立します。私たちは個々の契約を、自由に結ぶことができます。売買だけでなく、賃貸借やお金のやり取りのない使用貸借という契約もあります。契約の成立には契約書はいりません。なのに、なぜ書く場合があるのでしょうか?」
男子1:「後になって、どういう契約をしたかわかるようにするためです。 」
ゼミ生1:「いい答えです。意思表示は目に見えないから、揉めたときのために意思表示を証拠として残すのが契約書です。契約の成立には必須ではないことを、押さえておいてください。」
 「契約が成立すると、契約は当事者双方を拘束します。一方が守らなかった場合、他の当事者は国家機関に強制執行をしてもらうことができます。強制執行って、イメージできますか?裁判所に訴えて認めてもらえると、執行官の人が例のパソコンを実際に取ってきてくれるのです。次のルールは私が作りました。」

ルール1(売買契約の成立と効果)
第1項 売買契約は「売ります」「買います」という2つの意思表示によって成立する。私たちは自由に契約をすることができる。
第2項 売買契約が成立すると、当事者双方は拘束される。具体的には、当事者の一方が契約を守らなかった場合、他の当事者は国家機関に強制執行をしてもらうことができる。ただし、無効な契約には当事者は拘束されない。


ゼミ生1:「契約は簡単に成立するけれど、成立すると大きな拘束力を受けることがわかりました。次に、こんなときにまで拘束されるのか? という場合について考えます。ちょっと先取りして、契約のルールに但し書きをつけて、『ただし、無効な契約には当事者は拘束されない。』とします。」

【第2部】事例検討編
 第2部では、事例をもとに、成立した売買契約が有効か無効かをグループで考えました。無効とすべき場合には、ルール1にならって、自分たちの言葉でそのルールを条文の形に作成しました。代表的な条文例(ゼミ生作成)を紹介します。
ルール2(勘違いで結んだ契約)
契約は、重要な部分に勘違いがあったときは、無効とする。
ルール3(真意でない意思を冗談で表示して結んだ契約)
契約は、表意者が冗談でしたときであっても、そのために無効とならない。
ルール4
ただし、表意者が冗談で言っていることに相手方が気づいていたときは、その契約は無効とする。
さらに、だまされて意思表示をした場合と、強迫されて意思表示をした場合についても、グループでルールを考えました。
ルール5(だまされて意思表示した場合=詐欺)
だまされて結んだ契約は無効とする。
ただし、事情を知らない第三者が購入した場合は、有効とする。(1班作成)
 このただし書きは、だまして物を買い取った人が事情を知らない人(第三者)にその物を売った場合を想定しています。この場合については、無効とする班も複数あり、難しいようでした。さらに、事情を知っている第三者が購入した場合についても、有効とする班と無効とする班がありました。
ゼミ生2:「詐欺を知らなかった第三者は保護されます。その理由は、だまされた人にも不注意があったので、だまされた人より何も知らない第三者のほうを保護しようと考えるのです。」
ルール6(強制的に意思表示させられた場合=強迫)
 脅されて結んだ契約は無効とする。            (4班、5班作成)
 この例も、事情を知らない第三者・知っている第三者が購入した場合についても考えました。時間不足で、結論に達しなかった班が多かったようでした。
ゼミ生2:「脅された人は、不注意がないのに、かわいそうですよね。事情を知らない第三者よりも保護する必要性が高いと考えます。」

3 第2時限 不法行為

 この授業のねらいは、不法行為制度が当事者間の公平を図るものであることを理解してもらうことです。まず、複雑な事例を読んでもらい、その問題を解くために簡単な小問を解いていきながら不法行為制度の考え方を学びます。そして、最初の複雑な事例問題の解決にグループでチャレンジします。

【テーマ】「もし高校生の枝瀬君が天才サッカー少年のタカヒロ君を自転車でひいたら」
(画面の都合上、事例については省略させていただきます。)

【不法行為とは】(プリントより)
 加害者がある行為をして、被害者の権利を侵害し、損害を発生させること。この場合、加害者が被害者に損害を賠償する義務を負う。
「賠償」=被害者の受けた損害を補うために、お金を払うこと
・どうして賠償するのか?→当事者間の公平を図るため。
・契約との違い=当事者間の意思の合致はないが、権利や義務が発生し、拘束力が生まれる。
・過失責任主義=加害者は、被害者の権利を侵害して損害を発生させた場合
でも、過失がなかった場合は、賠償する義務を負わない。
「過失」=するべきことをしなかったこと
「損害」=財産的損害(物・金銭について生じた損害。積極損害と消極損害
がある。)、非財産的損害(それ以外の損害。精神的苦痛など)
・過失相殺=加害者だけでなく被害者にも過失がある場合、過失の割合に応じて、被害者にも損害額を分担させるべきとする。

【事例について、導入部分での応答から】
ゼミ生3:「あなたがタカヒロ君だったら枝瀬君にどんなことを求めますか? パッと思いつくことは?」
男子2:「慰謝料。」(中略)「その事故がなければ払わずにすんだお金。」
男子3:「お金では測れないので、目には目をで。」(笑)
 ゼミ生3は、ここでは生徒の回答に応答せず、次の解説者ゼミ生4へつなぎました。ゼミ生4は、「“目には目を”みたいのは暴力的でよろしくないので、お金で払おうということになります。」と解説していました。

〔後日の大村教授のコメント〕
 実は、ここはいなしてはいけないところでした。「目には目を」が持っていた画期的な意義(過大な報復をしてはいけない)を説明することを通じて、損害賠償という制度の社会的な役割や意味(自力救済の禁止や金銭賠償主義、補償と制裁の関係など)を考えることができるからです。もちろん、ゼミ生の描くシナリオからすれば、「目には目を」発言はノイズでしょう。しかし、むしろ、このような問いをこそ想定すべきであったのです。

4 家族

 この授業のねらいは、今の自分と法律・将来の自分と法律との関わりを知り、法律と社会とのつながりを知ることを通し、「私」「法」「社会」の関係を考えてもらうことです。授業は2部からなり、第1部では未成年の行為能力についてクイズ、第2部では結婚についてディスカッションをします。

【第1部】今の私と法
 「一人でできる、できないで分けてみよう!」として4つの問いが出され、挙手で賛否を問うた後、解説がありました。未成年者の行動も法律で規制され、みんなが法律と関わっていることを実感してもらいました。

【第2部】未来の私と法
(1)導入
ゼミ生5:「結婚というとどんなイメージですか? ぜひ聞きたい。手が上がらないので、ゼミ生4君。」
ゼミ生4:「愛し合う二人のゴールでもありスタートでもあると思います。」(拍手)
男子4:「えー。スタートでもあり。」(笑)
女子1:「ただ好き同士ではやっていけない。生活の価値観とか、合っていないといけなそうと思います。」

(2)ディスカッション・パート前半―「事実婚と法律婚、あなただったらどっち?」
男子5:「事実婚。(どよめき)ただし条件があって、普通に20~30代で結婚し子どもをもつことも考えるなら、法律婚がいい。40代とかになって、子どももなーとなったら、事実婚でもいいと思います。」
男子6:「法律婚。結婚は責任を伴う。子どもができちゃった場合も、事実婚は無責任だと思います。」
男子7:「法律婚。夫婦間で姓が異なると嫌じゃないですか。」
ゼミ生5:「立派な意見です。」
女子2:「法律婚。子どもが非嫡出子のなるのがかわいそうだからです。」
ゼミ生5:「かわいそうというのは?法律の効果だけでなく、言い方がかわいそうという考え方もあります。」
女子2:「そう言われてしまうのが、かわいそう。」
女子3:「法律婚。子どもの姓が親と違うとかわいそうだから。」
男子8:「法律婚。父親と子どもの関係の認められにくさから、法律婚に1票入れたいと思います。」
ゼミ生6:「事実婚。女性の立場から、結婚しても働きたいので姓が変わるのは嫌です。」

(3)ディスカッション・パート後半―グループ・ディスカッション
1.「法律婚で、夫婦の名字はどうするべきか? 子どものことも考えて」
2.「事実婚の配偶者に相続権を与えるべきか?」
3.「非嫡出子の相続分をどうするべきか? 今の制度でいいか、変えるべきか」

7班の様子
 1について、別姓がよい=5名、同姓がよい=1名(子どもがかわいそうだから)1人だけ皆と違う意見の生徒に対し、ファシリテーターのうち1人が応援にまわり、「ロースクール生の日頃の勉強も、Aさんを守るかBさんを守るかについて、自分の意見にかからず、どちらの立場からも考えるということをしている。それが議論を深めることになる。」という話をしていました。もう1人のファシリテーターは別姓派に味方していた様子です。

6班の様子
 2について、生徒3名が次々と「法律婚をすればいい」、「金目当てに事実婚をされても困る」、「すぐ離婚するかもしれない事実婚夫婦に与えるべきではない」と否定意見を述べました。ファシリテーターは、「それでも与えるべきという意見の人はいますか?」と、違う意見を促していましたが、出ませんでした。
 3について、
ゼミ生2:「仮に今、お父さんが死んで、よくわからないやつにお金をもっていかれるとしたら、自分としてはどうですか?」
6班女子:「お父さんが悪いのであって、子どもには罪はない。」
6班男子:「嫡出子と同じ相続にしたければ、父が遺言状を残したらいいのでは?」

【ディスカッション結果】
1.〔選択的夫婦別姓にすべき〕
理由:個人が尊重される、利用しやすい、親から与えられた名字を守ることができる、離婚して子供の姓が変わるくらいなら、最初から別姓でいい〔姓を統一すべき〕
理由:家族意識、婚姻の実感、子どもがかわいそう、周りの人にわかりやすい、職場では旧姓を使えばいい
2.〔事実婚の配偶者に相続権を与えるべきでない〕
理由:結婚に対する責任の見返りが相続権、事実婚は判定が難しい(嘘をつくかも)、相続権がほしいなら法律婚をすればいい、愛人に与えるのは嫌だ、覚悟のないやつに相続権は与えられない
〔事実婚の配偶者に相続権を与えるべき〕
理由:相続人が事実婚関係だけだったらいい、事実婚の配偶者にも扶養・協力義務があるのだから与えるべき、配偶者の生活を保護する必要
3.〔非嫡出子の相続分は同じにすべき〕
理由:法の下の平等に反する、親の事情であって、生まれてきた子に罪はない
 〔差があってもいい〕
理由:見知らぬ愛人の子に持っていかれるのは困る、遺言を書けばいい、愛人を作られた正妻の恨み
 〔夫婦生活の実態で判断すべき〕

5. 懇親会

授業終了後、お菓子を食べながらの懇親会がありました。途中で失礼しましたが、最後の挨拶で大村教授は、「今日1日の授業を通じて、法の世界では、(1)事実(知っていたか知らなかったか)や価値判断(どちらを保護すべきか)によって答えは変わり、正解は一つに決まっているわけではないこと、(2)どう区分するか(法律婚と事実婚を同じと見るか、違うと見るか)が大事なこと、がわかったのではないか、と思います」と述べたそうです。

〈取材を終えて〉

 ロースクール生による今回の授業は、中学校や高校の学習指導要領に縛られず、ロースクール生自身が面白いと思う発想で創られました。生徒の皆さんは、学校の勉強ではなかなか触れられない法の世界を覗いて、関心を深めた様子でした。
 「契約」の授業では、「契約書がなくても契約は成立する」ことを最初にきちんと押さえておいたので、スムーズにその後の例外的な契約について考えるパートへつながったと思います。
 昼食は、ゼミ生が生徒に付き添って学生食堂で共にし、みんな打ち解けたのでしょうか、午後の「不法行為」の授業では、生徒から「目には目を。」という発言が飛び出しました。大村教授によれば、この発言は不法行為制度の考え方の根本に迫るきっかけになりうるものということでした。生徒の素晴らしい応答が、来年度以降の授業づくりに生かされることを期待します。
 「家族」の第2部結婚のパートでは、導入部分で、ゼミ生の意見に会場全体から拍手が沸きました。それが、その後の意見の言いやすさへつながったように感じられました。結婚という、若い人にはちょっと気恥ずかしいテーマについて、堂々と意見を述べることは素晴らしいという意識が共有された印象を受けました。ゼミ生の期待以上に、生徒たちが意見を言ってくれて、グループ・ディスカッションの議論も活発でした。1・2限は、解説が多かったのに比べ、この授業は生徒と一緒に考えていく時間が多く取れて、盛り上がりました。
どの授業でも、ゼミ生はグループ・ディスカッションの際の進行役が上手だと思いました。日頃の勉強の成果だと思います。これからも、ロースクール生が中高生に授業をする取組みが発展していくことを期待します。

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