2013年 第二東京弁護士会ジュニアロースクール

 2013年8月6日(火)、第二東京弁護士会によるジュニアロースクールが弁護士会館10階会議室を会場に開催されました。
 午前の部(10:30~12:20)は民事模擬調停、午後の部は刑事模擬裁判が行われました。レポーターは、午前の部“「バイオリンが壊れちゃった!」~もめ事を話し合いで解決しよう”にお邪魔しました。
 この教材は、お茶の水女子大学附属中学校の寺本誠教諭とともに同弁護士会法教育委員会が開発したものです。(同中学校での授業実践については2010年12月16日公開の法教育レポートをご覧下さい。)
 今年のジュニアロースクールには、約200名の希望者の中から抽選で選ばれた中高生約50名が参加しました。お茶大附属中学校3年生での実践に比べ、様々な学校・学年の生徒の話し合いの結果は、どうなったでしょうか?(当日のプリントから適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

10:30 開会挨拶
10:35 授業内容、進行の説明
10:37 弁護士による寸劇「バイオリンが壊れちゃった!」
10:47 移動(4つの役割ごとに4部屋に分かれる)
10:50 役割ごとに、何をするか説明
11:00 聴き取り1回目
11:12 仲裁人会議
11:15 聴き取り2回目
11:33 仲裁人会議
    休憩5分
11:45 四者相席での仲裁の進め方説明
11:50 四者相席での仲裁
12:00 結果発表、講評

〈学習のねらい〉

① 法的思考力を活用して、紛争状況を解決するための、望ましい紛争解決のあり方を考える。
② ロールプレイを通して、法的な技能を用いながら、第三者(仲裁者)をまじえた紛争解決の方法を学ぶ。

〈「バイオリンが壊れちゃった!」事例概要〉

 ある日の放課後、文化祭のコンサートで演奏するため、3人グループがバイオリンの練習をしていました。途中で練習場所を移動することになり、モモコさんはあおいさんに「3人の譜面台や楽譜を持ってね。代わりに私があおいさんのバイオリンを持ってあげる。」と言いました。あおいさんは少し迷いましたが、その通りにしました。モモコさんは、またすぐもとの場所に戻るからと思い、ケースに入れずに右手に自分のバイオリンを、左手にあおいさんのを持ちました。部屋から廊下へ出るとき、少し後ろを振り返っていたモモコさんは、廊下の左側から走ってきた黒田さんとぶつかり、左手からあおいさんのバイオリンがはじけ飛んで壊れてしまいました。172-5_019-2
 この中学校では、壊れたり盗まれたりすると困るので、あまりに高価なものは持ってきてはいけないことになっていました。ところがあおいさんのバイオリンは120万円で購入したものでした。あおいさんは練習用の安いバイオリンも持っているのですが、コンサートには良いほうで演奏したいので、練習のときから学校の先生にも内緒で120万円のものを持ってきてしまったのです。保険はかけていないので、修理にも60万円くらいかかるそうです。また、黒田さんはバレーボール部の練習中、部員の一人が怪我をしたので、あわてて保健室に先生を呼びに行くところでした。
 あおいさんは、修理をしてもバイオリンは完全には元に戻らないので、同等のバイオリン(120万円)を弁償してもらいたいと考えています。

〈進行方法〉

【事前準備】
 あらかじめ、生徒は約8名ずつ6班に分かれて四角いテーブルに着席しています。生徒には、仲裁人・あおい・モモコ・黒田の4つの役割(各班とも約2名ずつ)のうちどれかが割り振られています。どの班も、四角いテーブルの各辺が、それぞれ仲裁人役・あおい役・モモコ役・黒田役の席として指定されています。仲裁人役には、なるべく学年の高い生徒がなるように割り振られました。

【サポート弁護士の基本的姿勢】
・各班と4つの役割には、それぞれサポートする弁護士がつきます。各班担当の弁護士は、聴き取り・仲裁案作成に同席しますが、基本的には生徒の自主性に任せるようにします。お茶大附属中学校の実践では、授業の最後に弁護士からの解説として、まずバイオリンの賠償について、修理代60万円とするのか、新品120万円と考えるかの説明がありました。今回のジュニアロースクールでも、その点を含め事前の予備知識説明はなく、生徒が自主的に考えることが尊重されています。
・あおい・モモコ・黒田の資力は問題としない方針です。(「お金が払えない。」として支払いを拒むと、議論の余地がなくなるため。)
・「他の生徒や先生も悪い。」(事例概要では省略した脇役がいます。)などという意見が出た場合には、バイオリンが壊れたことと関係があるかどうか考えさせ、軌道修正します。

【仲裁人の役割】
・1回目の聴き取りは3分ずつ。(移動時間として1分間ずつの余裕あり。)
 あおい→モモコ→黒田の順
・聴き取りシートの記入
 当事者の言い分を、その理由を含めてよく聞く。疑問に思ったことは質問する。
・当事者から聞き取った内容を他の当事者に伝える際には、何を・どこまで・どのように伝えるかを意識する。
・仲裁人会議(1回目)では、どんな解決策がありうるか、大まかに考えてみる。「どのような解決を図ることが公平か」がポイント。(3分間)
・2回目の聴き取りは5分ずつ。(移動時間1分。)
 合意に向けて、当事者への説得もしてみる。
・仲裁人会議(2回目)では、仲裁案作成。(7分間)
 当事者の歩み寄りを促すために必要であれば、よいと思われる解決方法を提案する。
・四者相席での仲裁では、調停案を提示。各当事者に受諾か否かを聞き、しない人がいた場合、修正案を話し合う。

【あおい、モモコ、黒田の役割】
・まず当事者の立場から、どのような要求をしていくか、同じ役柄全員で考える。
・各当事者用のワークシートは、たとえばあおいさんのものには、「モモコさんに対して言いたいこと」「黒田さんに対して言いたいこと」「希望する解決策」「第1回面談後」「第2回面談後」という項目があり、記入していく。
・1回目の聴き取り後は、聴き取りで聞いてきた他の当事者の言い分の感想を話し合い。
・2回目の聴き取り後、感想とともに、紛争の解決のためにどこまでなら妥協できるか、どのような仲裁案なら受け入れられるかを、各班の2人組で考えておく。

〈各役柄の様子〉

 あおい役は、
 「モモコの申し出を断るのはその後の人間関係を考えるとためらわれたこと」
 「モモコが不注意なこと」
 「黒田が走ったのは危険なこと」を主張していました。

 モモコ役は、あおいに対し、
 「高価なバイオリン持参は校則違反なこと」
 「高価だと言わなかったこと」
 「ケースに入れてほしいと言ってほしかったこと」
 「モモコに持たせないでほしかったこと」
 「わがままだ」
 「保険をかけてほしいこと」
 「校則はこのような事態を予想して作られているのだから、違反してはいけないこと」

 黒田に対しては、
 「全速力で走る必要がないこと」
 「前を見ていてほしいこと」
 「走ったら被害が出ることは予想できるのだから、責任はある」
 「走っても走らなくてもケガが治るわけではないから、走るべきでない」など、たくさん主張していました。
 黒田役は、「自分に責任はないからお金は払わない」と強硬に主張する班が多かったようです。

 仲裁人役は、最初は黒田の強硬姿勢にどう対応するか悩んでいたようですが、黒田にも責任がある方向に落ち着きそうでした。あおいの責任の重さを主張する仲裁人もいれば、モモコが相当悪かったという意見の仲裁人もおり、同じ班の仲裁人同士で意見が割れる場面も見られました。

〈結果発表〉

1班:調停成立
   分担 あおい=47.5万円、モモコ=42.5万円、黒田=30万円
   理由は、あおいとモモコの責任が黒田より多いと考えるから。元の調停案では、あおい50万円とモモコ40万円だったが、あおいとモモコの納得を得るために修正した。
2班:調停成立
   分担 あおい=47万円、モモコ=26万円、黒田=47万円
   元の調停案は50万円、50万円、20万円だったが、歩み寄った。
3班:不成立(案は、あおいから順に、70万円、25万円、25万円)
4班:不成立(案は、あおいから順に、50万円、40万円、30万円)
5班:不成立(案は、練習用バイオリンの値段について、あおいが50%プラス120万円の物が買いたいなら不足分全額、モモコ30%、黒田20%)
   モモコと黒田は、練習用のバイオリンしか弁償できないと主張。
6班:不成立(案は、修理代60万円について、あおいから順に35万円、20万円、5万円)
   黒田は運動部なので、音楽のことは知らないだろうと責任を軽くした。

〈講師より解説〉

講師:「各当事者のもつ弱みが譲歩のポイントであり、仲裁者としては説得するポイントになります。全体として、120万円の新品か、修理代60万円か、それとも練習用のバイオリンの値段をベースに考えるか、ということがあります。事故が起こったとき、新品を買い直すのが公平でしょうか?使ったものというのは、いらなくなったゲームソフトや漫画本を売りたい時などに経験したことがあるかもしれませんが、新品よりずっと買い取り価格が下がりますね。
 5班は、練習用のバイオリンをベースに考えたということで、ユニークな調停案でした。
 今日は、話し合いで解決に至った班が少なかったですが、話し合いは大切だということをわかっていただけたらと思います。話し合うのが面倒だから裁判にと考える人もいるかもしれませんが、話し合い解決で納得したら、自発的に賠償金を払うことになります。当事者の気持ちもおさまり、本当の解決になるのです。」

〈取材を終えて〉

 冒頭にもご紹介したように、今回は、このジュニアロースクールの実践と過去のお茶の水女子大学附属中学校における授業実践とを比較するという興味をもって取材しました。ジュニアロースクールでは、参加希望者多数で抽選倍率が約4倍だったため、知り合い同士も運がよくないと一緒に参加できないという状況で、様々な中学校の1~3年生が参加しました。主催者にはお茶大附属中学校での実践に参加した弁護士も含まれており、進行方法も同じでした。調停結果を見ると、今回は調停成立が2つの班、不成立が4つの班でした。お茶大附属中学校でも、取材した授業の6つの班のうち、成立は3つの班、不成立が同数でした(法教育レポート「お茶の水女子大学附属中学校 「紛争状況の解決」学習」〔2010年12月16日掲載〕参照)ので、どちらの実践も結果そのものには大きな差がなかったように感じました。
 しかし、賠償のベースとなる金額について、ジュニアロースクールでは、120万円をベースに考えた班が4つ、修理代60万円で考えた班と練習用バイオリンの値段で考えた班が1つずつでした。一方、お茶大附属中学校では、120万円をベースに考えたのは1班だけで、60万円が3つの班、あおい以外の人に合計50万円のみとあおい以外の人は0円とするのが1班ずつでした。ジュニアロースクールでは、あおいの主張の強さが際立ったということでしょうか。
 あおいの主張が重みをもっていた様子は、話し合いの過程にも表れていました。かなりの数の班で、あおいの責任の重さよりもモモコの責任を重大に感じ、黒田はさほど大きな責任がないように感じている傾向があるように思われました。
 このように、2つの実践を比べると、調停の成立・不成立という結果に関しては大差がないように見えても、その内容にはかなり開きがあるように思えます。法的な考え方を身に付けるという観点から考えると、この教材で実践をする場合、賠償のベースになる金額についての考え方、それぞれの当事者の責任についての考え方、公平とはどういうことかについて、事後にもう少し考えてもらう時間がとれると、学習のねらいがより実現できるのではないかと感じました。

ページトップへ