中等社会科教育学会 授業実践研究部会第3回例会

 2013年8月25日(日)13:30~16:45、中等社会科教育学会授業実践研究部会の第3回例会が東洋大学白山キャンパスにて開催されました。
 内容は、模擬裁判授業実践を通し、社会参画としての法教育について考えるもので、「往復書簡」シリーズでおなじみの藤井剛先生が新しくシナリオを開発した模擬裁判授業のビデオ視聴と解説、日弁連市民のための法教育委員会前委員の村松謙弁護士と藤井先生の対談が行われました。中学・高校の社会科教育に携わる教員、大学院生、弁護士が参加し、和やかな雰囲気の中で率直な意見交換が行われました。(当日のプリントより、適宜引用させていただきます。)

1 「模擬裁判を通して考える法教育のあり方」解説より

 藤井 剛 千葉県立千葉工業高等学校 教諭
(本発表は、前任校の千葉県立千葉高等学校における実践に基づくものです。)

 

〈模擬裁判の目的〉

・司法制度改革の一環として、裁判員制度が「身近な法律・裁判」を実現するための制度であることを理解させ、その一助として裁判員裁判を模擬体験させる。
・裁判員制度への参加意識を醸成する。
・刑事裁判手続と裁判官・検察官・弁護人の役割、国民の役割を理解させる。
・法律の専門家でない市民が刑事裁判に参加しても、適切な判断ができることを理解させる。

〈指導計画の概要〉

教科:政治・経済(第2学年必修)
単元:特別授業「司法制度改革」全6時間
 事前授業4時間(過去の授業の模擬裁判DVD視聴1時間を含む)。
 模擬裁判はクラス単位で時間割変更を行い、午後2時間の連続授業とする。千葉地方検察庁特設模擬法廷に移動して実施し、終了後はそのまま下校。
模擬裁判テーマ:「覚せい剤密輸事件」(2012年度2学期実施)
準備:
① 配役決定。役以外の生徒は全員傍聴人。ただし、評議は役に関わらずクラス全員が5グループに分かれて行う。そのため、傍聴人も裁判員役と同様、被告人質問などができることとする。
② 役に当たった生徒を集め、シナリオを配布。(裁判中も読む方に注意がいってしまうことを避けるため、役以外の生徒には配布しない。)事件の概要・ストーリー・証拠などは動かせないが、質問・論告・弁論はアドリブを可とし、作戦を練らせる。
 ③弁護士による役者への事前指導。裁判実施上の注意などの後、弁護人役と検察官役に分かれ、それぞれ証拠の評価や質問・論告・弁論のアドバイス、質疑応答を行う。
 ④評議体に入るアドバイザー(千葉地検、千葉県弁護士会、ロースクール在籍の卒業生)の確保。
 ⑤教員は、「証拠検討表」(全員に配布)を用意する。(傍聴しながら、自分なりに証拠を有罪・無罪に分けてメモし、それに対する評価をメモする。)
事後指導:①アンケート実施
     ②レポート提出「自分の所属した裁判員の評決と自分の意見の相違」
評価:実技出席とレポート提出

〈模擬裁判授業事後アンケートより〉

 模擬裁判参加前と模擬裁判参加後の生徒の意識の変化をアンケートした結果(4年分、サンプル数1058名)は、「裁判員にはじめからなってもよいと思っていたし、今も変わらない」=40.7%、「はじめはなりたくなかったが、なってもよいと思うようになった」=38.1%、「はじめはなってもよいと思っていたが、今はなりたくない」=5.4%、「はじめからなりたくなかったし、今もなりたくない」=15.8%でした。
 「はじめはなりたくなかったが、なってもよいと思うようになった」と「はじめはなってもよいと思っていたが、今はなりたくない」を合わせると43.4%になり、「模擬裁判によって、裁判員に参加する気持ちは変化する」ことがわかります。「はじめからなってもよいと思っていたし、今も変わらない」と「はじめはなりたくなかったが、なってもよいと思うようになった」生徒の率(78.8%)を見ると、「裁判員制度への参加意識を醸成する」という目的はほぼ達成されたと感じられます。またアンケートの他の項目と自由記述(省略)から、「刑事裁判手続と裁判官・検察官・弁護人の役割、国民の役割を理解させる。」「法律の専門家でない市民が刑事裁判に参加しても、適切な判断ができることを理解させる。」という目的もほぼ達成されたと感じます。
 なお、「はじめはなってもよいと思っていたが、今はなりたくない」生徒(サンプル数82名)について、「刑事裁判の流れの理解」「裁判員の役割の理解」「模擬裁判に対する総合評価」を尋ねた項目では、いずれも「裁判員になってもよい」と思う生徒の理解度や総合評価と差はありませんでした。この結果から、「はじめはなってもよいと思っていたが、今はなりたくない」生徒は、「刑事裁判の流れや役割の理解」ができなかったために裁判員になりたくなくなったのではなく、別の理由があると考えられます。自由記述からその理由を分類した結果、「裁判員の責任が重い」=52.5%、「公平な判断ができるか不安」=34.8%を合わせると86.6%になりました。サンプル数が少ないので推測の域を出ないと思いますが、この生徒たちは模擬裁判を経験することによって、「裁判員の責任の重さなどを実感して、裁判員になりたくなくなった」と考えられます。

〈今後の対応について〉

 模擬裁判の目的の1つは、模擬裁判を経験することにより裁判員への心理的ハードルを下げ、将来裁判員候補になったときも辞退することがないようにすることです。しかし、以上のように模擬裁判には逆の効果もあることがわかりました。「責任の重さ」「公平な判断への不安」をどのように取り除くかが課題と考えられます。
 考えられる対応の第1は、「裁判はチームで行うこと」を、模擬裁判前後の授業で徹底することです。最高裁判所ホームページの、「他の裁判員や裁判官とともに」「真剣に議論した結果であれば、妥当な結論に至ることができるはずです。」という文章などを参考に、生徒に十分理解させることです。
 第2に、もし万が一「誤った判断」を下した場合でも、三審制などで「間違いの修正」が保障されていることを理解させることです。
 第3に、難しい判断をわかりやすく行うために「専門家のアドバイスがあること」を徹底することです。模擬裁判の評議体に入る専門家を利用することで、生徒の「責任の重さ」を軽減することができます。ただし、専門家のアドバイスは「諸刃の剣」にもなりうることに注意が必要です。もし裁判員に選ばれて、専門家である裁判官の意見をまねるだけの裁判員であったなら、市民感覚を導入しようとする裁判員制度の根幹が揺るぎます。その点についての微妙なさじ加減も、模擬裁判前後の課題と考えます。
 なお、2012年度に開発した「覚せい剤密輸事件」の模擬裁判では、物証が少なく証言と心証に頼る、判断に迷うケースであり、「有罪」「無罪」がイーブンになるよう配慮しました。前年までは法務省作成の強盗致傷事件をもとにした模擬裁判で、「はじめはなってもよいと思っていたが、今はなりたくない」生徒は多くても10数人程度でした。ところが、2012年度はそう思う生徒が倍増してしまいました。これは、そう思う理由として「公平な判断ができるか不安」が3倍に増えていることから、シナリオが原因であったと考えています。
このような場合は、「物証が少ない難しい事件では、判断に迷うのは当然であること」、「実際の裁判員裁判は、このような事件ばかりではないこと」も、上記と合わせて理解させるようにするとよいと思います。
 最後に、評議にはスキルの蓄積が必要です。討論スキル、資料活用能力、意思決定能力、合意形成能力などを、ディベートや政党づくりなどの授業を通して高め、最後に模擬裁判でそれらの能力の集大成をめざすような、年間カリキュラムの研究が必要ではないかと考えます。

2 村松謙弁護士と藤井剛教諭の対談

〈横浜弁護士会の法教育授業について〉

村松弁護士:「横浜弁護士会の法教育委員、日弁連の法教育委員を務めていました。横浜弁護士会の出前授業には、刑事模擬裁判の他、学校の先生と一緒につくるオリジナル授業もあります。模擬裁判授業は4時間のセットで、事前授業2時間+模擬裁判1時間+評議1時間となっています。
173_002-1 オリジナル授業では、中学生向けなら「対立と合意」「効率と公正」をテーマにしたものがあります。代表的な授業は、「カラオケボックスのルールづくり」で、実践を積み重ねています。ルールをただつくるだけでなく、「ルールを評価しよう」という内容も含みます。ルールの明確性・公平性・人権の考えなど、「ルールはこういう性質をもっていなければならない」ということを弁護士が講義します。小学生向けには「ドロケイのルールづくり」が面白いと思います。小学1年生から6年生まで混合でドロケイという遊びをすると、1年生にはハンデをつけてあげないといけません。実際に作ったルールで遊んでから、もう1回教室に戻り、ルールはどうだったか検討しました。実際に遊んでみるので、子どもたちも面白かったようです。」

〈模擬裁判授業について〉

村松弁護士:「模擬裁判にはいろいろなタイプがあります。生徒たちが検察側弁護側の立場に立って、攻撃防御方法を考えるタイプ、米国や日弁連で行っている高校生模擬裁判選手権がそれです。「評議型」は藤井先生が行っている模擬裁判授業のタイプで、その中にはさらに「有罪無罪型」と「量刑型」があります。
 「事実認定」という言葉にはなじみがないかと思いますが、評議型の模擬裁判の授業は、事実認定をするもの、という認識が大切です。たいていの裁判は事実認定をするものであり、証拠をもとに事実を推理していくものです。法解釈が問題になるような裁判は、特殊な場合だけです。神様の視点に立たない我々は過去に起こったことを直接、正確に知ることができません。ですから「正解がない」ことが模擬裁判の面白味の決定的なものであることを、今日おわかりいただければと思います。
 「立証責任」について説明しますと、「ある事実の有無について、どれだけ考えてもわからない」という状態を「真偽不明」といいます。その場合でも、裁判所は必ずどちらかの結論を出さねばならない、そのための道具立てを立証責任といいます。ある事実があるかどうかわからないとき、その事実が要件となっている法律効果が発生せず不利益を負う立場の人に立証責任があります。刑事事件では検察官に立証責任があります。民事事件の模擬裁判が難しいのは、立証責任が原告に来たり被告に来たりするからかもしれません。たとえば借金の返済の問題で、被告が返したと言い、原告が返してもらっていないと言う場合がそうです。」
 「無罪推定の原則」を最初に高校生に言うと、どうしても無罪に流れる傾向があります。授業が盛り上がらないのは寂しいので、私が模擬裁判の授業をするときは、最初に言わないことにしています。」
藤井教諭:「千葉高校の模擬裁判では、「推定無罪の原則」を最初に教えますが、2012年度の授業では、「総合的に見よう」ということも最初に教えました。白か黒かわからないグレーにも、濃いめのグレーと薄めのグレーがあるので、総合的に見ることが大事ということを教えないといけないと思います。」
村松弁護士:「横浜弁護士会の出前授業では、事実認定について事前に2時間講義しました。証拠の見方を少しだけでも知ってほしいと思いました。模擬裁判の真骨頂は「多面的な見方」と「公正な判断の仕方」を養うことだと思います。
 「被告人の人権」については、裁判の前の捜査の段階に関わることなので、模擬裁判で扱うのは難しいと思います。できれば、高校生向けの授業には捜査の問題点や冤罪の怖さについても、少し入れてもらえたらと思います。藤井先生は、模擬裁判に量刑は入れないのですか?」
藤井教諭:「入れません。矯正を教えないで量刑を考えていいのか、という議論もあります。高校には、時間的にそこまでカバーできないという事情があります。」
村松弁護士:「量刑判断をするには、被告人が刑務所内でどういう扱いを受けるか知ることが必要ということですね。法務省や法テラスにお願いすれば、刑務所についての情報提供をしてくれるのではないかと思います。実際の裁判員裁判では量刑判断をする場合が多いので、そういう企画があってもいいのではないかと思います。」

3 フロアから質疑応答

質問:「『はじめは裁判員になってもよいと思っていたが、今はなりたくない』という生徒へのフォローはどうしていますか?」
藤井教諭:「悩みの種ですが、〈今後の対応について〉のところをご覧ください。」
村松弁護士:「裁判員になりたくないと考える人は健全だと思います。まじめだからやりたくないのであり、いい加減な人なら、適当な判断の割にいいバイトと思うかもしれません。「なりたくない」という感想をもってもいいと思います。もう一つは、制度なので、何としても前向きにさせるということは無理があり、やむをえない面があると思います。」

質問:「シナリオの違いで生徒の反応は変化しますか?」
藤井教諭:「強盗致傷の場合は、指紋にこだわりがあったりしましたが、覚せい剤密輸の場合は議論があちこちへ行かず、1つに収束していきました。」

質問:「準備にどのくらい時間を割かれましたか?」
藤井教諭:「シナリオ作りに約50時間ですが、そんなに負担ではありませんでした。」(笑)「とにかくシナリオが全てです。シナリオとフォーマットが決まると、あとは手直しだけなので、毎年実践を重ねるごとに負担は減ります。自分の学校に合ったシナリオを見つければ大丈夫だと思います。一番大変なのは授業変更でした。8クラス分の2時間連続授業を考えるために、3日ぐらいかかりました。」

質問:「自分は弁護士ですが、シナリオ作りに学校の先生にも参加してほしいと思います。前後のフォローが十分で、かつ教員の手間が少なくて済むよう、なるべく効率的な方法を知りたいと思います。」
藤井教諭:「同じ学校で5年くらい続けると、イベント的でなくなり、よくなると思います。」
村松弁護士:「シナリオ自体は弁護士会にかなり蓄積があるので、前後のフォローを整え、毎年弁護士会を呼んでいただけるといいと思います。」

取材を終えて

 発表では、「覚せい剤密輸事件」の内容も解説されたのですが、それについては別の機会に譲ることにさせていただき、今回は模擬裁判前後の準備とアンケート分析、課題などについてお伝えしました。
 村松弁護士からは、模擬裁判のいくつかのポイントについて解説がありました。模擬裁判は「事実認定」をするもので「正解はない」という認識が大切であること、民事裁判を模擬裁判授業で扱うのはなぜ難しいかなど、模擬裁判授業づくりの参考になるのではないかと思います。
 「模擬裁判を経験する前は裁判員になってもよいと思っていたが、今は思わない」に変わる生徒は少ないながら存在し、藤井先生はそのような生徒への対応も考えておられました。「裁判はチームで行うものであること」などを理解させることが必要との言葉を心強く思いました。
 フロアからは、教員の負担を少なくする方法を模索する声がありました。藤井先生が、法と教育学会第4回学会学術大会(2013年9月)で関連の発表をされるとのことでした。

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