法と教育学会 第4回学術大会 その1

 2013年9月1日(日)、法と教育学会第4回学術大会が武蔵野大学有明キャンパスを会場に開催されました。テーマは「法教育と道徳教育の対話」で、猛烈な残暑にもかかわらず280名を超える参加がありました。課題研究発表に加え、自由研究発表の分科会は回を重ねるごとに増えて今回は7つになりました。ポスターセッションも初めて行われ、昼休憩の時間に関心を集めていました。
 午前の分科会から、小中学校に関するいくつかの発表の模様をお伝えします。(当日の資料より、適宜引用させていただきます。)

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〈午前のプログラム〉

10:10~11:50 分科会
12:00~12:30 会員総会
12:30~13:50 昼休憩
        ポスターセッション
                               (文中敬称略)

〈第4分科会より〉

発表1 「身近にある『法やきまり』に対する小学生の解釈
    ―社会科3年「店ではたらく人とわたしたちのくらし」の実践を通して―」
 三浦昌宏(千葉大学教育学部附属小学校)

 「安くて、新鮮で、安全な」食料品等を提供するためにさまざまな工夫がされているスーパーマーケット。学校の近くの店にもある「法やきまり」を、子どもたちはどのように捉え解釈していったのか、考察します。
 実践は2013年6月。学校近くのスーパーを見学し、調査学習をした後、「売れ残った食品はどうしているのか?」という疑問が子どもたちから出てきました。子どもの意識は、「もったいない」というものでした。その興味に基づいて、「食料品の売れ残りはどうしているのか」につき、消費期限と賞味期限の学習をグラフを使って行いました。「食品リサイクル法」により、肥料や家畜の餌などにされることを説明すると、子どもはほっとして、「法は必要だ」「法があってよかった」と受け取りました。それが、子どもたちの「法との出会い」になりました。
 次に子どもの関心は「保存性のある食品」に移っていきました。「保存性のある食品について、消費者はどんなことに気をつけて買っているだろうか?」につき、家族などに実態調査をした後、「自分はどんなことに気をつけて買うか?」を教室で実践してみました(この授業を詳しく紹介しているレポートはこちら(リンクを貼る))。すると、「少しでも長持ちするものを選ぶ」という結果になり、食品鮮度ルール(3分の1ルール)へつながりました。このルールにより返品や処分される食品の金額を学習した子どもの感想は、また「もったいない!」というものでした。少しでも長持ちするものを買いたいお客さんの願いから生まれたルールではあるものの、「おかしい」と感じ、「ルールをどのように変えたらいいか」を考えました。その結果、賞味期限が1年間ある食品の販売期限を残り2か月まで延ばすのがいいということにクラスの意見が決まりました。(現行3分の1ルールでは、販売期限が残り4か月になると返品や処分の対象となる。)
 「販売期限残り2か月を切った後はどうするか?」について話し合うと、子どもから「試食用にする」という案が出てきて、盛り上がりました。教師も予想していなかった案でしたが、「試食にまわる食品に偏りが出るかもしれない」という声も出ました。その後、「安くして売る」という案に落ち着きました。
 さて、社会科で初めて「法やきまり」と向き合った子どもたちの認識は、①生活していく上で「法やきまり」は必要だと思うか?という問いについて、「とてもそう思う」「少しそう思う」を合わせるとクラス全員(2つのクラス、調査人数79人)でした。②「法やきまり」は守るべきものか?という問いについても同様の結果でした。①・②の理由として子どもから出てきたのは、「法やきまり」がない生活を想定しての理由、「法やきまり」がある現状をふまえての理由などでした。
 特記すべきは、③「法やきまり」は変えられないものか?という問いに対して、一方のクラスでは「とてもそう思う」「少しそう思う」:「あまり思わない」「ほとんど思わない」=2:1となりましたが、他方のクラスでは「あまり思わない」が2名だけで、大多数が「法やきまり」は変えられないと思うという結果になったことです
。これは、前者のクラスには法の改善点まで児童の意識を導きじっくりと考える時間をとったこと、後者のクラスには法の改善点まで児童の意識を導けなかったことが理由として考えられます。

発表2 「教師と弁護士が協力して作る法教育授業
    ―小学校第6学年社会科『わたしたちのくらしと日本国憲法』―」
 窪 直樹(練馬区立大泉第六小学校)、塩川泰子(第二東京弁護士会)

 小学校教師と弁護士がどのような意識で授業づくりに臨み、実際の授業はどう展開したか、児童はどう反応したかを紹介し、その成果と課題から、法教育が広く普及するための教師と法律専門家の連携協力について検討します。
(1)授業づくりの段階
① 教師と弁護士の意識
【小学校教師の意識】
 社会科第6学年で学習する政治の働きと日本国憲法の基本的な考え方について、学習指導要領解説には憲法と「日常生活との結び付き」などを取り上げるよう示唆されています。子どもが憲法を自分の日常生活と結びつけて考えたり、日常生活の中から憲法について考えたりするためには、どのような学習活動を行えばよいのか? こうした疑問を解決するため、弁護士に教科書の該当ページを示し、「ここにあるような内容を教えたいが、そのために適切な事例はないか、どんな活動ができそうか」を問いかけました。
【弁護士の意識】
 弁護士側にとって学校のニーズを的確にとらえることは意外と難しいのですが、多種多様なニーズや漠然としたイメージにも対応できるよう、会としても教材作成を進めています。最初の段階では、授業の主題はニーズ次第で柔軟に対応しようと考えています。
② 第1回ミーティング
学校に弁護士が訪れ、双方が行いたいと考えていることについて意見を共有し、授業内容の決定、教科書の該当ページについての検討などを行いました。第6学年の3クラスが同時進行で同じ授業を行うため、同学年を担当する教師3名と弁護士も3名が出席しました。
このミーティングで、標記単元のうち、主に国民の権利と義務について扱う1時間について協力して授業を行うことに決定しました。各クラスで授業を主に進めるT1を弁護士が、進行の補佐や補助発問・板書などを主に務めるT2を担任教師が分担することにしました。
社会科の授業とは別に、総合的な学習の時間で行う「職業」についての学習の一環として、「法律家の仕事」について弁護士が話をする形の授業も行うことにしました。この授業を社会科の授業の前の時間に3クラス合同で行うことにし、弁護士の仕事内容の紹介と児童からの質疑応答の形で進めることになりました。その結果、社会科の時間にはゲストティーチャーの自己紹介等も不要で、スムーズに進めることができました。
③ 授業の具体化をメールでやり取り
 ミーティングを受け、塩川弁護士は教科書に出てくる人権のイメージがわかりやすいよう、各人権が問題となる場面について10分程度のストーリーを複数考え、授業時間中に消化可能なものを教師に提案しました。あえて人権が衝突する場面も盛り込み、人権が他者にも保障されており、他者の人権をも尊重しようというメッセージを込めました。その中から、窪教諭が学習のねらいや児童の実態に照らして適切なものを選びました。
 教科書の単元タイトル「国民の権利および義務」と授業内容の整合性に配慮するため、授業のまとめでは、社会が成り立つため最小限の義務も規定していることに触れることにしました。
 この段階で授業の流れ・伝えるべきことの大枠が固まってきました。1つは、人権が保障されていないとどうなってしまうかを児童に想像させ、憲法が人権を保障していることの重要性。もう1つは、人権は国民に等しく保障されており、人権相互が衝突する場合、バランスをとっていくことが大事であることです。
 弁護士は、授業の大まかな流れや、児童にとって何がわかりにくいか、どんな点を強調すべきか等をメールで教師と連絡し合いました。弁護士間では、それを共有するために、次の教師とのミーティングまでに、複数回ミーティングをしました。
④ 第2回ミーティング
 何にどのくらい時間がかかりそうか、児童からどのような反応が期待されるか、などを弁護士側から聞きました。
⑤ 指導案・板書計画の作成
 窪教諭が、これまでの打ち合わせの内容をもとに指導案・板書計画を作成しました。これは、複数の担任教師間と弁護士間で授業案の共通理解をするために、不可欠でした。
(2)実際の授業での弁護士・教師の役割
 実際の授業では、担任教諭T2が弁護士T1を紹介し、内容に入りました。授業は、弁護士が子どもたちに質問し、子どもたちが答えるというやり取りや、弁護士が資料を提示して、子どもが考えて発表するという活動が中心でした。教師は、授業内容を板書にまとめつつ、必要に応じて説明を加えたり、子どもの発表を促したりしました。
(3)児童の反応
 授業の最後に書いた児童の振り返りでは、国民の権利・義務について知るとともに、日常生活や歴史の学習と結び付けて考えたり、さらに知りたいことができたりするなど、学習の幅を広げている様子でした。
(4)成果と課題
 法教育の実践を重ねてきた報告者にとっても、今回の授業は、教科書を利用し教師と弁護士が授業のイメージを共有して授業をした初の試みでした。このような、教科書に応じた授業をスタンダードとなる授業とすれば、それを各学校やクラスの実情に応じて手直しすることで、法教育が実践しやすくなるでしょう。スタンダード授業が整備されれば、教師と弁護士の意識すり合わせの時間を大幅に減らし、授業づくりの負担を減らすことができるからです。
 今回の授業をブラッシュアップするとともに、「いつ」「どの教科等で」に応じたスタンダード授業が整備されること、それに携わる担い手を増やすことが必要だと考えます。

〈第5分科会より〉

発表3 「道徳教材を用いた法教育授業(小学校の場合)
   ―道徳教育と法教育の融合の試み(1)―」
野坂佳生(金沢大学法科大学院・福井弁護士会)、白木一郎(鯖江市神明小学校)
端 将一郎(福井弁護士会)
14012303 道徳教材を用いて法教育的な視点から授業を構成する場合の、従来の道徳授業との異同を明らかにし、道徳教育に対する法教育からの貢献可能性を考えます。
【問題意識】
 現在の道徳授業では心情理解が重視されています。その理由は、いかなる価値体系にもコミットせずに価値を扱おうとするために、心情(情緒)に訴えるしかなくなるからではないかと考えられます。道徳教育も法教育も「価値」を扱うので、個人道徳的価値ではなく公共道徳的価値の学習においては、法教育から道徳教育へ一定の貢献ができるのではないか?道徳教育では「心情理解」や「制度理解」にとどまらず、制度と価値の関係、価値と価値体系の関係を問うべきではないか?という問題意識から出発しました。

【小学校 道徳授業実践事例】
第5学年 8:35~10:15(第1、2校時)
主題名:「言われたことは必ず守らないといけないの」
  4-(1)公徳心、規則の尊重、遵法、権利・義務
資料名:「星野君の二るい打」(東京書籍)
【あらすじ】(配付レジュメより)
 選手権大会出場がかかった大事な少年野球の試合。同点のまま迎えた最終回の裏の攻撃で、先頭打者がヒットで1塁に出る。そこで監督は次打者の星野君にバントを命じる。星野君はもともと弱いバッターではなかったが、この日は不調でもあった。名誉挽回と張り切っていただけに、監督の指示には不服であったがバントするつもりで打席に入る。しかし、打ちたいという気持ちが強くなり、しかも投げ込まれた球は得意なコース。思わずバットを振り、2塁打を放ち、この試合の「英雄」となる。
 翌日の練習前、監督は選手を集めて「監督と選手が相談してチームの規則を決めてきたこと」「チームの作戦に従うことを快く賛成してくれたこと」などの話をする。そして、監督は約束を破った星野君については「チームのきそくをみだした者をそのままにしておくわけにはいかない。」と言う。

 資料を読んで話し合いをします。(教師と弁護士の協働授業)
・法教育の視点からの発問
「なぜ、星野君は監督の言うことを聞かなくてはならないのでしょう。」
 (監督の指示に従う理由を考える。)
「あなたは監督がチームの作戦を決めることに賛成しますか。」
 (メリットとデメリットを考える。)
「どんな監督なら指示に従いますか。」
(権威者に求められる資格を考える。→公平さ、判断能力)
「星野君の行動は正しかったのでしょうか。理由も考えましょう。」
 (規則の意義を考え、決めたことは進んで守ろうとしているか、まとめる。)
・弁護士の話:実社会における権威者(国会議員、校長先生)の責務
・児童の反応
1時間目:「自分なら打つか?バントするか?」をテーマにした話し合いでは、監督の指示に従わないで「打つ」を選択した児童が29名中16名でした。意外でしたが、自分で考えて行動することはよいことだと思う児童が多いと想像できます。
2時間目:監督がチームの作戦を決めることのデメリットを強く主張する児童がいましたが、「それじゃ、監督はいらないの?」という補助質問により、監督が決めることのメリットを考えさせることができました。ふさわしい監督像を考え、資料中の監督については、「ふさわしい」と意見が一致しました。その結果、「星野君は間違っていた」と、最初とは考えが変わった児童が16名中11名になりました。最初から「間違っていた」とした児童の意見は変わりませんでした。

発表4 「道徳教材を用いた法教育授業(中学校の場合)
   ―道徳教育と法教育の融合の試み(2)―」
 橋本康弘(福井大学)、森川禎彦(福井市明道中学校)、井上 毅(福井弁護士会)

【中学校 道徳授業実践事例】
第3学年 13:35~14:25(第5校時)
主題名:4-(1)遵法、権利義務、社会の秩序と規律
資料名:「二通の手紙」(『明日をひらく』東京書籍より)
【あらすじ】(配付レジュメより)
 ある日、元さん(動物園の入園係)が入園終了時間が過ぎたので入り口を閉めようとしていると、いつもの幼い姉弟があらわれた。今にも泣き出さんばかりの姉の手にはしっかりと入場料が握りしめられ、今日は弟の誕生日なのでどうしても入園したいと元さんにお願いした。しかし、小学生以下の子どもは保護者同伴でないと入園できないきまりになっている。そんなきまりは当然理解している元さんであったが、何か事情があるのだろうという同情心から特別に姉弟の入園を許可し、事件が起きる。
 動物園の閉門時刻が過ぎたにもかかわらず、姉弟の姿が見あたらず、園内職員をあげて姉弟の捜索が行われた。うっすらとあたりが暮れかかった頃、園内の雑木林の中の小さな池で遊んでいたところを無事発見された。
 この事件から数日後、元さん宛に一通の手紙が届いた。その手紙は、姉弟の母親からのものであり、子どもたちの心を察して入園させてくれた元さんの気持ちへの感謝の手紙であった。ところが、その後動物園側から元さんにもう一通の手紙が渡される。それは、元さんの解雇処分の通知書であった。今回の事件が問題になっていた。
 二通の手紙を並べ、はればれとした顔で元さんは職場を去っていった。

・学習活動
① 資料を読み、元さんが姉弟を入園させるかどうか悩んだ理由を考え、ワークシートに記入する。
② 規則に反して姉弟を入園させた元さんの判断に賛成か反対か、討論する。
③ 動物園の規則が存在する理由を考える。
④ 弁護士の話を聞き、社会におけるきまり一般の必要性とそのメリット・デメリットについて考える。例外的な扱いをする場合や、きまりを改めることが必要な場合の話も聞く。
⑤ ワークシートに規則やきまりについて考えたことを書く。
・生徒の反応
 最初、元さんが姉弟を入園させた行動に「賛成」の生徒は24名中13名でした。元さんの優しさを共感的に理解した生徒が多いためと考えられますが、「特別でもよい」「少しぐらい」という理由も多く、理由があればそれに応じて例外的な扱いをすることも許容されるという意見がありました。一方、元さんの判断に「反対」の理由としては、「不公平」「責任」「不平等」などが挙がりました。
 ③、④と活動を進めた後、最終的な意見として「賛成」が「反対」に変わった生徒は13名中9名でした。最初から「反対」の生徒の意見は変わりませんでした。
・本実践の意義
 道徳の授業ならば、「元さんが最後に晴ればれとした顔」だったのはなぜか、という心情理解で終わるところですが、本実践では法の論理性の理解にまで至った生徒が多くみられたことが意義といえます。

【本研究の意義】
 心情理解だけでなく、法の論理性(法の価値体系)を組み込んだ道徳授業開発になりました。その結果、現在の道徳授業をより社会科に近づけることを可能にすると考えます。道徳への法教育の貢献可能性を示すことができたといえます。ワークシートを分析した結果では、児童・生徒の理解は心情理解だけでなく、法の論理性の理解にまで行きついたものが多く、指導案のねらいが実現できるものとなっていました。

【質疑応答より】
・小学校の道徳授業について、教師から補足
 2時間目の授業では、児童は「権威者にしたがうのは当たり前」と思っていると予想していましたが、実際は逆で、監督の存在のメリットを考えさせることに時間がかかってしまいました。
・中学校の教材の内容について
 元さんが動物園を解雇されるという終結について、授業では、このような事情を理由に解雇するのは無理があることを弁護士が解説したとのことです。
・福井県教育委員会担当者から
 道徳はすべての教科で扱う可能性のあるものなので、すべての教員が法教育の視点を自分の教科に取り入れるチャンスでもあります。道徳と法教育を融合することで、子どもたちに法教育の視点を教える機会が広がるという意義があると考えます。

〈ここまでの取材を終えて〉

 ご紹介した4つの授業実践は、どれも教科書や既存の道徳資料を教材とした、通常のカリキュラムに組み込まれた法教育授業です。このような授業が開発され、広報されていけば、法教育が普及しやすくなるのではないかと思います。窪先生が発表の中で言われているように、「スタンダード授業」をもとに、それを実情に応じて手直しして使う方法が、教員と法律専門家双方の負担を減らし、取り組みやすいものになると考えられます。今回のレポートでは、詳しい指導内容はお伝えしませんでしたが、別の機会にご紹介できればと思います。
 「道徳教材を用いた法教育授業」の発表では、心情理解にとどまらない法的な観点からの授業づくりが、道徳教育をより豊かなものにする可能性が示されました。子どもたちの中には、授業を通して法の論理を理解し、心情的な共感から論理的な思考へと態度を変えた人がいました。道徳教育と法教育の融合の研究が、一層発展していくことを期待したいと思います。

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