広島市立基町高等学校 修学旅行進路別研修―東京大学・法務省

 2013年10月1日(火)、広島市立基町高等学校2年生の修学旅行進路別研修班の1つが、東京大学法科大学院と法務省を訪問し、研修を行いました。多くの関係者のご厚意により、東大では民法の大村敦志教授の特別講義、法務省では赤れんが棟の見学と大臣秘書官の丸山氏他の特別講義が実現しました。引率したのは、「高校教諭と労働法学者の往復書簡」でおなじみの、河村新吾教諭です。修学旅行で法教育、という実践例の1つとしてお伝えします。

〈基町高等学校のプロフィール〉

 1942年(昭和17年)広島市立中学校として開校。原爆による被災を経て、1947年、現在地に新築移転。1949年、学制改革により広島県広島基町高等学校に改称。1980年、広島市立基町高等学校と校名変更。校訓は「自主自律」。広島県庁や広島城に隣接し、緑に囲まれた美しい学習環境です。

〈進路別研修班「法学・経済」班の行程〉

9:40 東京大学にて大村敦志教授特別講義受講
10:30 東京大学構内自由散策、昼食、バスにて移動
13:00 法務省法務資料展示室見学
13:30 法務省の概要・大臣秘書官への質問・少年院の概要(~14:30)

1 大村敦志教授 特別講義

「法学を学ぶ」ということ―「民法」とは何かを通じて―
大村 敦志 教授

・はじめに
 この授業は大学ふうに、行います。大学ふうとは、極めて不親切という意味で、教科書は指定されていても使わなかったり、板書もしない、パワーポイントも使わないということです。書きとって覚えるのではなく、何が大事か、話の内容がどういう関係なのか、自分で考えてノートをとってください。
 ロースクールの目的は、裁判関係者を養成することです。ロースクールの授業の仕方は、学生をあてたりしながら行いますが、今日はクイズをします。

第1問:大学(法学部)の憲法と民法の授業時間数は ①同じ、②民法が1.5倍、③民法が2倍以上、のどれでしょうか?

 →③に挙手多数
 正解は、憲法6単位、民法16単位なので、皆さん正解です。条文数では、民法は1044条で、憲法の10倍ぐらいになります。(第2問は省略)

(1)「民法」とは何か
【一般には】
 ある辞書には、「民法とは、人の財産や身分に関する一般的な事項を規律する法」とありました。
【日本の歴史においては】
 日本初の民法(旧民法)は、1890年に公布されましたが、日本の伝統的な家制度を破壊するものとして反対が起こり、施行が見送られました。これを民法典論争といい、1898年に新たな民法が施行されました。不平等条約を撤廃するために、何とか欧米諸国から認められるようにと法律を整えたわけで、国際政治・外交と絡む問題でした。
176_灋【文字の意味からは】
民法=民+法 ですね。まず、「法」という字 は略字で、正字はサンズイ+想像上の一角獣を表す字+「去」の3つの部分に分解されます。サンズイは「水」を表し、「平らな水面=手続き的な公平さ」を意味します。一角獣は「正と邪を見分ける力をもつ=実体的な正義」、「去」は「いうことを聞かない人を強制的にさらせる力=実効的な強制力」を表しています。欧州の正義の女神も目隠しをして天秤と剣を持つ姿をしており、法に同じ意味を与えています。
「民」という字は、人の目に矢が刺さっている様子を表し、「支配されている人」を意味します。以上から、「民法」とは「支配されている人々の法」という意味になりますが、明治時代の人はこれを感じがよくないと思いました。もともと、「民法」の「民」という言葉はcivil(市民の)の翻訳でした。「市民の」という意味は、「自治権をもつ人々の」であり、civil の法は「自治権をもった人たちの、個人と個人の対等な関係を処理する法、市民が自らを規律する法」なのです。そこで、「民法」という訳語はよくなかったが、「民」は「市民」と理解しようということになりました。

(2)民法の位置づけ
【民法と他の法の関係 ①】
 またクイズです。

第3問:日本の法令集は六法と呼ばれていますが、六法とは、7~8千ある法令のうち重要な6つを指します。6つあげてみて下さい。

 正解は憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法ですね。このうち、民法(商法)・刑法は、実体法といって、何が正しくて何が正しくないかを司っています。民事訴訟法・刑事訴訟法は手続法で、裁判をどうやってするのかを司ります。そして、民法(商法)・民事訴訟法が、個人と個人の関係を処理する民事法。刑法・刑事訴訟法は、国家が犯罪者に刑罰権を行使する刑事法です。

【民法と他の法の関係 ②】
 ここまでに憲法が出てきませんでしたね。民法(商法)・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法は、19世紀のはじめにナポレオンが初めて法律の形で整えた裁判のための法、すなわち司法法です。これに対して、憲法は、19世紀近代国家において大事になった行政法を指導する法です。なお、民法(商法)のように、個人と個人の関係を規律する法を私法といいます。行政法や憲法は個人と政府の関係を規律する公法です。刑法が私法に属するか公法に属するかは、微妙なところがあります。

(3)受益者から立法者へ
 東アジアの法の伝統は、「律令」(刑法と行政法)が中核でした。「律令」中心の法は、「受益者(被支配者)にとっての法」というイメージをもたらします。「~をしないで」「~をして」という法です。しかし、「民法」(市民の法)は、「立法者にとっての法」であり、「~をしよう」「~をできるように」というのが、現代の法イメージだといえます。「法」は、他の社会規範と違い、強制力を伴うとともに実体的・手続き的正義を図るものです。

(4)「法学を学ぶ」ということ
 「法学を学ぶ」ということは、「(能動)市民」になるということです。社会のあり方・つくり方に関する知識・見識を養うという「共通教育」としての法学教育がその1つです。もう1つは、それに関する方法・技能を学ぶ「職能教育」としての法学教育があります。

〈生徒代表より感想〉

 法とは、政府だけが考えるものではなく、私たち一人ひとりが考えることが大事だとわかりました。

2 法務省講義

(1)法務省の概要
菱沼 靖明 法務省大臣官房秘書課広報室 広報第一係長

 

 法務省は、三権分立の内閣に属する行政機関の1つです。戦前は司法省といい、現在の最高裁判所が管轄する権限を持っていましたが、昭和22年になくなりました。なぜでしょう?
生徒:「新憲法施行に伴い、司法が独立したからです。」
そうですね。その後、法務省と呼ばれるようになるまでの経緯は、『法務省』というパンフレットをご覧ください。
 六法のうち、憲法はどこの省も管轄していません。他の5つの法律を法務省が管轄しています。皆さんの普段の生活では、なにげないところに法律が関わっています。それらのルールが守られるように役割を果たしているのが法務省です。その他、入国管理行政や矯正局も管轄しています。

(2)大臣秘書官との質疑応答
丸山 嘉代 大臣秘書官

 

秘書官:「私は検察官ですが、今は大臣秘書官という仕事をしています。皆さんから質問をいただいていますが、検察官はどういう仕事をしているか、知っている人は?では、警察官の仕事は?」
(声が上がらないので、河村教諭が生徒をあてました。)
生徒1:「警察官は、犯人を捕まえる仕事です。」
生徒2:「検察官は、証拠を集め、裁判に出て、事件を解決します。」
秘書官:「そうですね、キーワードが3つ入っていました。目的は、事件を解決することです。警察官も集めますが、検察官も証拠を集めてきます。法律を通じ、証拠を使って、この人が本当に犯人であることを裁判で証明すると、検察官にとっては「事件を解決する」ことになります。「検察官にとっては」と言ったのは、被害者にとっては犯人と証明されても気持ちの整理がつくとは限らないからです。検察官にできることは限られていますが、解決に向けて日々努力しています。」

生徒から質問1:「検察官になろうか、迷っています。検察官になって一番驚いたことは何ですか?やりがいは何ですか?」
秘書官:「検察官になって最初の3か月の研修が終わったあと、さいたま地検に配属になりました。そこで驚いたのは、毎日毎日、悪いことをした人と会うことです。1日に7~8人も。1日にそれだけ大量の悪いことをした人に会ったことはそれまでの人生でありませんでした。それが毎日、毎日、続いて。最初の1~2か月は、毎日帰宅すると、暗い気持ちになっていました。
 やりがいは、真実が何かわかる瞬間、本当に犯人かどうか、証拠によって腑に落ちる瞬間がくるのがやりがいです。それをちゃんと裁判官に伝えると、必ず理解してもらえる。場合によっては、被害者に喜んでもらえる。時には被告人にも、「反省の機会を与えてもらってよかった」と言ってもらえることです。
 自分の仕事に納得できない場合もあります。この人が犯人であるという証拠がどうしても見つからないときです。証拠を隠しきられてしまう。我々はその上手を行かねばならないのですが、力が及ばなくて、真実をあきらめねばならない。力及ばず、真犯人を捕まえられない無力さを感じるときです。」

質問2:「いつ頃から検察官になろうと思ったのですか?」
秘書官:「検察官は法律家の1つで、法律家になりたいと思ったのは中学2年生のときです。映画を見て、弁護士になりたいと思いました。それはアメリカ映画で、ポール・ニューマン演じる弁護士が民事裁判を担当する映画です。負け筋の事件なのに、陪審員に「Justice is in our heart.」と語りかけてその心に訴える弁護士の姿に、「言葉の力はすごいな。」と感じました。誰もの中にある正義感を揺り動かして、カッコイイと思いました。司法試験を5回受験してようやく合格し、司法研修所へ行きました。そこには裁判官・弁護士・検察官の先生がいます。そのときの検察官の先生が、無口だけれど生徒へのLOVEにあふれていました。検察官になったら、こういう素晴らしい人格になれるのかと思って、検察官を志望することに決めました。」

質問3:「今は何の仕事をされているのですか?」
秘書官:「法務大臣の秘書官です。検察官は、各地の検察庁で検事として捜査や裁判を担当します。法務省は、検察官としての経験を生かして、法律をつくる仕事をしています。未来に向かっての政策をつくるという仕事です。大臣秘書官は、文字どおり大臣のカバンを持って、大臣の後ろをついて歩く仕事です。大臣は省全体を束ねることと、国会で答弁をします。私は、大臣に聞かれたことに答えたり、アシスタントをしたりします。」

質問4:「大阪の検察官の証拠改ざん事件をどう思いましたか?」
秘書官:「あの検事は証拠をいじってしまいました。私にとってもショックなことでした。証拠をいじるのは、絶対にやってはいけないことです。犯人でない人が犯人になってしまうかもしれない。証拠は見つかったままの状態で、その人が犯人かどうかを考えねばなりません。1つの救いは、悪いことをした検察官がいることを、仲間の検察官がみつけて明らかにした結果、その検察官が逮捕され、裁判によって、有罪になったことです。検察の中に自浄能力があるうちは、見どころがある。この組織に価値があると思います。」

教諭から質問1:「被疑者が検察官にほだされて本当のことを話すほど、重い刑罰を科さねばならないことをどう思いますか?ジレンマはありますか?」
秘書官:「刑罰の側面でいえば、余罪を喋れば喋るほど刑罰が重くなるということはありえます。しかし、その人の人生にとっては、いいことと思いたいと考えます。ここで全部話し、後の人生をやり直そうと思うとき、違う光が当たると思います。人生という観点から見るときマイナスとはならない、役に立つと思うのです。アメリカなどでは、「喋ったから刑罰を軽くする」という考え方があります。日本では、「刑罰はその人の人生の立ち直りのためにある」という考え方が大きいと思います。」

質問2:「刑事裁判において、公判前整理手続きなど、裁判員制度が始まる以前との違いはありますか?」
秘書官:「裁判員裁判になって、「言葉」と「使う証拠」が以前と変わりました。皆さんにわかる言葉を使うことが大きく変わった点だと感じます。プロの言葉をいかに普通の言葉に訳すか、毎日やっています。裁判員はオールマイティなので、分からないと思うことがあったらプロに何を聞いてもいいのですよ。」

(3)少年院の概要
白井 健二 法務省大臣官房秘書課広報室長

 

 法務省の仕事の1つ、少年院について紹介します。平成23年の1年間に家庭裁判所が処理した少年人員は約13万件です。そのうち、少年鑑別所 に入るのは1万3千人くらい。少年院に入るのは3500人くらいで、全体の約3%です。ほとんどの少年は、少年院に来ると変わります。再入する少年は25%ぐらいで、もっと減らさないといけませんが、2回目、3回目でよくなる少年もいます。少年の可塑性を念頭に置き、内面と環境を整えることにより、少年自身が変わっていきます。「国親(くにおや)思想」という保護主義に基づいて、少年関係の法律ができています。少年院は少年版の刑務所ではなく、法務省の教育施設であることを理解してください。
 全国52の施設では、少しずつ法教育も始まっています。九州では、「ドラえもん」のジャイアンを例え話にした法の授業の実践や、大阪の浪速少年院では、模擬裁判員裁判の実践例などがあります。少年院には、「善悪の判断がよくわからない」という少年が結構います。「考える軸がわからない」というのです。法を学ぶということは、考える軸を見つけることに役立つと思います。

〈取材を終えて〉

 東大の講義では、「法学を学ぶということ」の意義が2つ示されていました。社会のあり方・つくり方に関する知識・見識を養うという「共通教育」としての意義と、方法・技能を学ぶ「職能教育」の意義でした。法務省では、最後に、「法を学ぶことが、何が正しいか考える際の軸をみつけることに役立つ」というお話がありました。高校生たちは、自分で考えることの重要性を改めて感想で述べています。秘書官のお話は、生徒の感想通り、経験に裏付けられた迫力をもち、日本の司法システムの考え方に対する信頼を感じさせるものだったと思います。修学旅行が実り多いものになったことと思いました。

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