筑波大学附属駒場中学校 法学ゼミ民法授業

 2013年10月19日(土)、筑波大学附属駒場中学校3年生のテーマ学習「法と市民社会」の一環として、東京大学法科大学院大村敦志教授ゼミの有志3名による不法行為法の授業が行われました。公害訴訟を題材としたオリジナル授業で、授業後には大村教授によるミニ講義も行われました。その模様をお伝えします。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈テーマ学習「法と市民社会」とは〉

 筑波大学附属駒場中学校では、土曜日(不定期)の午前に、各種の選択制テーマ学習を開講しています。「法と市民社会」は吉田俊弘講師(大正大学)、山本智也教諭の指導の下、1年間で個人自由研究と並行し憲法、民法、刑法、労働法についての講義を行います。今年度は中学校3年生の25名が参加しています。このうちの約半数が、今年8月3日に行われた東京大学法科大学院サマースクールにも参加しました。

〈東京大学法科大学院の有志3名とは〉

 授業案をつくり、実践する3名は、今年度前期に開講された大村敦志教授の民法ゼミ「法教育への招待―研究と実践」を選択した学生の中の有志です。彼らは、同ゼミのサマースクールのための授業つくりと実践(2013年10月10日17日の法教育レポート参照)を経験しているほか、東京大学法科大学院有志による出張教室にも参加していました。この日のために、山本教諭と数回の打ち合わせ(メールなどを含む)をして授業案をつくり、大村教授の指導も受けました。1名は、同校の卒業生です。

〈授業〉

9:40~11:35 法科大学院生による授業
11:45~12:15 大村教授による講義

1 法科大学院生による授業「不法行為と公害訴訟問題」

(法科大学院生は以下、「学生」と表記します。)

生徒には、予習用に不法行為法総論のプリントが前もって配布され、読んでくることになっていました。

〈まずは不法行為総論から開始〉

学生:「資料は読んでいただけたでしょうか?サマースクールに参加した人は不法行為法を思い出してくれましたね。では、資料の民法709条を読んでください。

第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

この条文は、
 ① ある人が他人の権利または法律上保護される利益を侵害した。
 ② その侵害が故意または過失によるものであった。
 ③ 被害者に損害が生じた。
 ④ ①と③との間に因果関係がある。
という場合に、その人はその損害を賠償する責任を負うという効果が生じることを定めています。サマースクールでは、交通事故の事例でしたので④が比較的明らかでした。今回は公害訴訟の事例を取り上げ、④に焦点をあてます。」(この後、要件と効果の説明が続きましたが、省略。)

【民事裁判における証明とは】
学生:「民事裁判では、要件を満たせば法的効果が生じることになるため、要件を満たすことを証明しようと、事実を主張したり証拠を提出したりしてアピールします。証明とは、裁判所に対し、要件に当たる事実が存在していた(または存在していなかった)との心証を抱かせて、その要件事実が存在していた(いなかった)ことを認定してもらうことをいいます。裁判官にどれほどの心証を抱かせればいいのかについては、「立証の程度」のところを読んでもらいましょう。」(生徒をあてる。)
生徒1:(資料を読む)「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し注1 、(以下省略)。」
学生:「不法行為責任を追及する被害者は、請求をする以上、①~④に当たる事実があったことを証明しなければなりません。質問はありますか?」
生徒2:「1年生の地理で公害問題を学習したとき、VTRで証明責任は企業側にあるとか言っていたような気がします。」
学生:「よく覚えていますね!今から、そのことについて話します。」

〈次は公害訴訟総論より〉

 「公害」の定義は、環境基本法2条3項を紹介しました。「公害史」では、足尾鉱毒事件を紹介し、法律が整備されていなかった明治時代には、被害救済のため天皇への直訴しか方法がなかったことを説明しました。四大公害訴訟の経験から、日本は事後的金銭救済にとどまる訴訟上の救済から、事前の公害防止の方向へシフトしたとのことです。
 「公害訴訟の特殊性」は、「因果関係の立証が困難であること」が指摘されました。

〈事例演習α〉
 「2013年現在の架空のA県B市において、沿岸部の極めて多数の住民に手足のしびれ、運動失調、聴力障害、平衡機能障害、言語障害などの症状が発生している」という事例を読んで、4つの問について考える演習でした。問について考える前に、「水俣病はいまでは特異性疾患に指定されている」ことが説明されました。「特異性疾患」とは、「その原因物質によらなければ、その症状が出ない病気」を指します。「症状が水俣病だと言えるならば、原因物質はメチル水銀である」ということになります。
 事例αで、判明している事実は上記の症状の他に、次の6点です。
 ア:B市に接するD湾で水揚げされた魚及び貝にメチル水銀が含まれていたこと
 イ:症状の発生した住民は日常的にD湾で水揚げされた魚及び貝を食していたこと
 ウ:沿岸部には大手企業の化学工場Cがあり、Cでは操業の過程で副産物としてメチル水銀が生成されていたこと
 エ:Cはこのメチル水銀を含む排水を地下のタンクで管理していたこと
 オ:CがD湾に排出していた廃水中にはメチル水銀が含まれていなかったこと
 カ:D湾の中でもCが接する海中のメチル水銀濃度が特に高かったこと

学生:「問1、皆さんが被害者なら、どのような請求をしたいと思いますか?」
生徒3:「工場の操業を止めてほしい。」
生徒4:「損害賠償金を払ってほしい。」
(続けて、損害の内訳について、いくつか確認しました。)
学生:「問2、その請求が認容されるためには、どのような要件を満たす必要がありますか?」
(不法行為の要件①~③を復習しました。)
学生:「問3、要件を満たすために、どんな事実を主張しますか?要件事実は、事実から出てきます。不法行為の要件の①~③にあたる事実を、グループで考えてください。6分ぐらいでまとめてください。」
(その場で生徒を5グループに区切って、自由に話し合ってもらいました。6分後。)
学生:「①を言うために、どんな事実を見つけましたか?」
生徒5:「Cがタンクの管理不足でメチル水銀を垂れ流したことを言います。」
学生:「いいですね。一番ここが難しいと思いますが、「垂れ流したに違いない」と主張します。次に、②過失要件はどうですか?」
生徒6:「メチル水銀が海に漏れ出さないように管理する責任を怠ったこと。」
学生:「そのとおりです。③、損害は何ですか?」
生徒7:「住民は病気になっちゃった。」
学生:「しびれなどの症状ですね。④、①と③の因果関係はどうですか?」
生徒8:「Cがメチル水銀を漏れ出させたから、住民が健康被害を受けた。」
学生:「④は難しいと思ってほしいです。具体的に原因から結果が出たことをどう説明するかが、問題です。ここで、新潟水俣病判決の説明注2をします。」
(学生は「門前理論」の説明に力を入れる予定でしたが、生徒がもう知っているというので、簡単に済ませました。)

【門前理論】
学生:「被害疾患の特性と原因物質について(脚注2のⅰ)は、「自分達は水俣病である」といえれば、水俣病は特異性疾患なので、原因はメチル水銀になります。汚染経路について(ⅱ)は、Cの面する海にメチル水銀が含まれ、そこの魚介を食べている被害者に水俣病が出ていること。そこまでいえば、Cの門前まで追求がきたことになります。そこから先は企業が自己の工場が汚染源になりえないことを証明しなければならないというのがVTRの話だったと思います。」

【差し止めとは】
学生:「最後に問4、Cの操業差し止めは認められるか考えましょう。なぜ工場を止めてほしいのですか?」
生徒3:「止めないと、もっと水俣病が広範囲に広がるから。」
学生:「広がっても損害賠償すればいいのではないですか?Cが賠償金を払い続けると、どうなりますか?」
生徒3:「被害が続きます。」
学生:「そうですね。工場の操業を差し止めて、(横への広がりではなく)将来の損害を事前に防ぎたいのです。709条で差し止めができると思いますか?」
生徒9:「できないと思います。書いていないので。」
学生:「そのとおりです。差し止め請求は「人格権の侵害」を根拠に認めるとする考え方が有力です。差し止めがいかなる範囲で認められるかについては、損害賠償が認められる場合より狭くなります。差し止めは、事業活動を直接に制約する効果をもつので、差し止めを広く認めると加害者の行為の自由に対する制限をもたらすことになるからです。プリントの「受忍限度論」注3を見てください。差し止めでは、侵害行為のもつ公共性の内容と程度を考慮するので、一私企業の工場Cの操業は相対的に公共性が小さい、他方、住民の損害は大きいと考え、差し止めが認められます。」

〈最後に事例演習β〉

 βは、非特異性疾患の事例でした。αと異なり新規物質が問題となっているため、発病の因果関係の証明が必要な点について、再びグループで考えてもらいました。この事例は「リーガル・ハイ」というテレビドラマを下敷きにしており、かなりの生徒がその番組を見ていることがわかりました。生徒から、住民の発病の割合(疾病率)の違いを根拠にする「疫学的証明」注4の考え方が出てきて、学生から疫学的因果関係の説明がされました。
学生:「疫学的因果関係の説明は、関連や相関を見ているのであって、因果関係を直接みているのではないことに留意しなければならないとされています。自然科学的に因果関係が明らかであるといえなくても、裁判官は発病の因果関係を認定できる(企業を犠牲に被害者救済)のか。自然科学上100%間違いなくその物質が本件被害者との関係において有毒であることを証明しなければならない(被害者を犠牲に企業を保護)のか。公害問題解決のためにどちらがふさわしいか、考えてみて下さい。」

2 大村敦志教授による講義

 最初に、法学を学ぶということについて、法律適用の技術を身に付けることと、学生によって出された最後の問のような社会のあり方を考えること(バランスをとるという視点)という2つの観点が説明されました。大学で勉強することの意味は、単に技術を使えるだけでなく、広い視野を持ち批判的な観点に立てるようになることにあるという言葉につづき、学生による授業の考え方全体を批判的に見てみることになりました。

【損害賠償規定の特徴】
教授:「公害問題は、まず問題があり、あとから法律ができて救済されるということでした。なぜこんなことができるのでしょうか?」
生徒1:「法律として文章になっているものに加え、その解釈の内容により法律の内容が変わるからです。」
教授:「いいことを言いました。解釈で法律の使い方が変われば、対応できる。そういうことができるのはなぜですか、ロースクール生? 709条に即して。」
学生1:「質問が難しい。何を聞かれているのかわかりません。」
教授:「これが刑事事件だとどうなるでしょうね?」
学生2:「罪刑法定主義があるので、あまり緩やかな解釈はできない。」
教授:「刑法では罪刑法定主義でないと困りますが、損害賠償を求める民法では、考え方が変わったりする。それがどうして可能なのですか? 709条は、どんな規定ですか?」
学生3:「不法行為一般規定です。」
教授:「これ一つで損害賠償規定を賄っているので、非常に緩やかにザックリ書いてあります。解釈の幅が広い規定なのです。これをまず最初に言っておきたい。世の中は変わっていきます。損害賠償の民事裁判では、かつては許されたことも今の段階で判断されるということです。民事裁判で709条が使われることは非常に多いのです。」

【批判的な見方とは】
教授:「学生から、709条の2つめの「よって」が因果関係を表すと説明されたけれど、本当にここでいいですか?注5問2の①「被告である企業が原告である被害住民の権利を侵害した」は、問3の①「Cがタンクの管理不足でメチル水銀を垂れ流した(に違いない)」と重なりますか?(中略)水銀を垂れ流しただけでは、本当に利益を侵害したとはいえませんね。こういうふうに、疑ってかかる必要があります。ロースクール生、弁明してください。」
学生3:「メチル水銀を漏出させたことと住民の健康被害に因果関係が必要です。」
教授:「そうですね。①の中にも因果関係の問題がある。709条に戻ると、問題になりそうな「よって」は条文上2か所あります。条文の言葉と、具体的何かと何かの間の因果関係には、ちょっとズレが生ずることがあります。このズレは何から来るか、考える必要があります。交通事故は「車にはねられて怪我をしたことは明らかなことが多いので」、①~④のように考えてもズレがあまり問題にならないですが、公害問題は「工場の有害物質が原因で私の体が悪くなった」のかどうかがわかりません。①の中に因果関係が入ってくる。因果関係とは何をさしているか、何が何の原因か。与えられた説明にどこか引っかかるところはないか、「だから」のところの論理が飛んでいないか、見定めてほしい。基本的なレベルでも法律適用のレベルでも、批判的に見てほしいと思います。
 大学で教えられていることは、正しいとは限りません。本当にそうか、という視点を常に持ってください。技術的に見て、社会的に見て、いいかどうか常に考えてほしいと思います。」

〈授業後、山本教諭のコメント〉

 参加した生徒たちは、中学1年時に地理の授業で公害問題を学んでおり、実際に起きた訴訟の概要についてもある程度知っていました。既知の事項が新たな観点と結びついてより深く理解できるということは、生徒にとって大きな知的満足感があるものです。生徒たちはとても意欲的に取り組んでいたと思います。
一般に、公害を社会問題として授業で扱う際、差し止め請求に関して、被侵害利益の性質・内容にばかり注目しがちではないでしょうか。今回の授業は、侵害行為のもつ公共性の内容と程度まで総合的に考慮させた点がよかったと思います。その観点は、新聞などを教材にしてもなかなか伝わりません。学生による発問は、社会問題に対して多様な観点があることを生徒に気付かせるものでした。
大村教授による講義は、学生の授業によって生徒が「わかったつもり」になったことに揺さぶりをかけ、いっそう根本的な理解に導くものだったと思います。ふだん高校での授業は1人で行うわけですが、「教える」「揺さぶる」の1人2役を意識してやってみたいと考えました。

〈取材を終えて〉

 公害問題を不法行為法の観点から考える授業でした。民事裁判の証明責任、証明の程度、「門前理論」という証明責任の転換、差し止め請求、「受忍限度論」、「疫学的証明」など、中学校の授業時間ではなかなか深く扱えない事柄が取り上げられ、密度の濃い内容でした。大村教授は、その授業をさらに批判的に見るという実践を教室で行い、法科大学院ではこのように授業が行われるというところを中学生に見せてくれました。民法を学ぶということを、学びの内容と学び方の両面から実感させてくれる授業だったと思います。

 


注1:
最高裁判所の裁判の基準。「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)と続きます。

注2:
昭和46年9月29日の新潟地方裁判所の判決。因果関係論で問題になる点は、通常の場合ⅰ)被害疾患の特性とその原因物質、ⅱ)原因物質が被害者に到達する経路(汚染経路)、ⅲ)加害企業における原因物質の排出であると考えられます。化学公害事件においては、ⅰ)・ⅱ)については、その状況証拠の積み重ねにより、関係諸科学との関連においても矛盾なく説明ができれば、法的因果関係の面ではその証明があったものと解すべきとされました。ⅰ)・ⅱ)の立証がされて、汚染源の追求がいわば企業の門前にまで到達した場合、ⅲ)については、むしろ企業側において、自己の工場が汚染源になりえない所以を証明しなければならないとされ、これが「門前理論」といわれます。

注3:
差し止め請求においては、加害者の違法性につき「被害者が社会生活上一般的に受忍すべき程度」を超えた場合に限り認められるとします。

注4:
医学上の統計手法。裁判上は、汚染原因物質と疑われる物質にさらされた集団と、そうでない集団における罹患率を比較し、その比較値が相当程度高ければその物質が原因物質であると認定する、との判断手法として用いられます。

注5:
民法709条:「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

 

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