「小学生対象の民主主義理解教育の提案とその効果検証」研究発表会 その1

 2014年3月2日(日)13:30~16:40、「小学生対象の民主主義理解教育の提案とその効果検証」研究発表会が清泉女子大学を会場に開かれました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金の「法と人間科学」公募研究班によるもので、小学校教諭・弁護士・発達心理学者・社会科教育学者という多彩な関係者が協働した取組みです。レポートその1では、研究概要から小学5年生の研究成果報告までをお伝えします。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:30~13:40 研究概要
13:40~14:00 講演「法教育の現状と課題」
14:00~14:50 研究成果報告 小学5年生「集団決定」
15:00~15:50 同 小学6年生「配分的正義」
15:50~16:40 指定討論

1 研究概要

長谷川真里(代表、横浜市立大学)
 本研究の目的は、これまで教育学、法学、心理学において蓄積されてきた知見を融合して法教育の実践プログラムを提案し、その効果を検証することと、実効性のある教案や子どもの実態把握のためのツールを公開することで、法教育実践の議論の拡大を目指すことです。
 研究方法は、授業前にプリテスト、授業直後ポストテスト、1か月後ポストテストを行うというテスト実施パラダイムを用いました。小学生は同学年が2クラスに分かれ、実験群(法教育を行うクラス)と統制群(同時期に法教育を行わないクラス)の群間比較をすることを通して、授業実践の効果を検証しました。横浜市内の小学校において、5年生は2013年2月に授業を受けました。この学年が2013年4月、6年生になり、クラス替えによって法教育授業を受けた子どもと受けなかった子どもが混合され、同年9月、11月、2014年2月の3回授業を受けました。授業指導者はすべて、同一の担任と弁護士でした。

2 講演「法教育の現状と課題」

橋本康弘(福井大学)
【日本における法教育(研究)の到達点】
 民間における法教育(研究)においては、アメリカの法教育を研究することが源流だったといえます。アメリカ研究の意義は、のちの「開発研究」の土台作りとなったことです。官製研究においては、民間研究を担った関係者が加わった、いわば「法務省版研究」が展開されました。「法務省版研究」のポイントは、法務省版法教育研究の考え方の確立と、新学習指導要領に対応した授業開発研究などであるといえます。また、文部科学省における学習指導要領改訂に向けた中央教育審議会での議論は「文部科学省版研究」といえ、そのポイントは「法務省版研究」の考え方を参考にしたカリキュラム編成研究(最も基礎的な価値概念「対立と合意、効率と公正」「幸福・正義・公正」の習得・活用)でした。中学校公民的分野、高等学校「現代社会」のどちらにおいても「公正」の概念が取り入れられたことは、法教育の研究成果が大きく反映していると考えられます。
【法教育(研究)の課題】
 民間研究の成果は授業・教材の開発研究が盛んになったことですが、その課題としては、教材・授業プランが児童・生徒にどのような変容をもたらすのか、授業の目的を達成しているのか、その検証過程が弱いこと、また、内容に偏りがあることといえます。子どもの法に関する認識の変容を明らかにし、それに基づいて法教育授業の開発を行うことにより、子どもの実態に合った授業・カリキュラム編成が可能になると考えます注1

3 研究成果報告 小学5年生「集団決定」

(1)小学5年生「集団決定」授業実践報告
梅田比奈子(横浜市教育委員会、小学校教諭)
村松 剛(横浜弁護士会所属弁護士)

5年生1クラス 30数名
2013年2月 
特別活動  (1コマ50分、全2時間)
授業のねらい:身近な事例を通じて、立憲民主主義の考え方を伝える
 ・集団に関する事柄は集団の構成員が決定する(民主主義)
 ・集団に関する事柄でも多数決で決めてはいけないことがある(基本的人権)

【第1時】
① みんなで決める方法にはどんな方法があるのか、発表する。
② ①で出された「多数決」と「話し合い」につき、それぞれの良さと課題について、個人→5~6名のグループ(合計6グループ)→全体で話し合い、発表する。
③ 次の8つの課題について、クラス全体で決めていいことかどうかを考える。個人でワークシートに理由とともに記入する。

  A クラスのまとまりをよくするために、毎日全員黄色のシャツを着ること
  B お菓子が足りなくてもらえない人を1人決めること
  C おなかを壊さないように食事の前に絶対に手を洗うこと
  D 昼休みの一人ひとりの過ごし方
  E 学習発表会で発表する劇の内容
  F みんなが嫌がる係をやる人
  G 学級文集のタイトル
  H 風邪をひくといけないので、絶対一日中マスクを付けていること

(「個人に関すること」:A、D 「特定個人の不利益に関すること」:B、F
「パターナリスティックな制約に関すること」:C、H 「集団に関すること」:E、G)

【第2時】
① 前時に考えたワークシートをもとに、クラス全体で決めていいことかどうかをグループで話し合い、理由とともに発表する。
② みんなで決めていいこと・いけないことの違いを話し合う。
③ 弁護士から話を聞く。
④ みんなで決めるときに大切に考えなければいけないことについて、考えたことを書き、発表する。

【授業の到達点とその後の展開】
 第2時のグループ討論の結論は、すべてのグループが同じで、「みんなで決めていい」のはC、E、Gになりました。CとFについては、子どもたちは大いに悩みました。Cはパターナリスティックな制約に関するものですが、パターナリスティックな制約が許されるとされる「人格的自律そのものを回復不可能なほど永続的に侵害する」とはいえないため、回答としては否定されるべきです。しかし、子どもたちの発達段階からは現実にはそのような制約が多い生活環境であることも理解されます。
 授業では、小学5年生の発達段階を考慮し、「特定の個人が不利益を受ける事柄(自由や平等が害される事柄)について多数決による決定は認められない」という判断基準を習得することを目標としました。現実の社会では諸要素を考慮しながら判断するので、今回の授業で民主主義と立憲主義の考え方を完全に習得できるというわけではありません。子どもたちが授業で習得した判断基準を利用し、日々の問題について多数決で決めていいのかを考える訓練を通じ、立憲民主主義の思考が深まっていくことを期待します。
(村松弁護士)
 
(2)発達心理学からの考察
外山紀子(早稲田大学人間科学学術院)

【パターナリスティックな制約課題について】
 C(手洗い)とH(マスク)はどちらもパターナリスティックな制約課題ですが、Cだけが「みんなで決めていい」ことになりました。先生が、なぜ手洗いだけみんなで決めていいのか理由を問うたところ、「まわりに迷惑をかけるから」という意見が示されました。
 また、Cについては、みんなで決めていい理由としてもいけない理由としても「常識」が挙げられました。「常識的なことはわざわざ決める必要がない」「常識がないのは普通のことではないから、普通でないことはわざわざ決めなくていい」ということになりました。常識の扱いに関する議論は、簡単ではないといえます。
【全体討論の結論】
 クラスで決めてもいいことは、「クラス全体に関わること」「常識ではないこと」「他者の迷惑になること」。クラスで決めてはいけないことは、「少数者の不利益になること」「個人に関わること」「他者の迷惑にならないこと」であることが確認されました。
【内容と形式への注目度について】
 かつてのピアジェの枠組みでは、小学5年生は具体的操作段階(論理的判断ができるようになるものの、内容依存的であり、課題の内容と形式を切り離して考えることがまだ不十分な時期)から、形式的操作段階(課題内容に縛られず、抽象化させて論理的判断ができるようになる時期)へと移行する時期に当たります。こうした思考の特性は今回の授業にも見られました。たとえば、手洗いについて「手を洗うことはそれほど大変ではないから」決めてもよいという意見がでましたが、内容に縛られたものといえます。授業では、児童の論理的判断のステップアップのために、形式に注目するよう課題間の類似性を問いました。

(3)実験群と統制群の比較
長谷川真里(横浜市立大学 国際総合科学部)

【予想】
 先行研究によれば、典型的な「個人の問題」「集団の問題」と想定されるものについては、授業前から子どもは大人と同じ判断を示し、授業による効果は見られないかもしれないと予想されました。授業による子どもの変化として期待されたのは、第1に理由付けが「内容に依拠した判断」から、「個人の問題か集団の問題か」という「形式面に注目した判断」に変わることでした。第2には、手洗いのような自己管理にかかわる問題において、個人の問題と認識する傾向が高まることでした。そこで、授業により、判断および理由付けにどのような変化が生まれるか、実験群と統制群を比較しました。
【結果と考察】
 実験群と統制群の3回ずつのテスト得点を比較した結果、「個人に関すること」と「特定個人の不利益に関すること」は集団決定を認めない判断、「集団に関すること」は集団決定を認める判断となり、クラスと時期による大きな差は見られませんでした。「パターナリスティックな事柄」については、「マスク」は集団決定を認めない判断でしたが、「手洗い」はクラスと時期による判断の差が見られ、実験群だけ授業直後のテストで集団決定を認めない判断が増えました。
 理由付けは「内容」「個人に関すること」「集団に関すること」「その他」に分類しました。全体的には「内容」の言及が多くなりました。授業群では、「個人」「特定個人の不利益」「パターナリスティック」において、「個人に関すること」という理由付けが授業後に増え、「集団」において「集団に関すること」という理由付けが増えました。理由付けの分析は、現時点では限界がありますが、限定的ながら授業の効果が見られたことを示唆する結果となりました。

〈ここまでの取材を終えて〉

 授業の効果をプリテスト、直後テスト、1か月後テストで検証しようという研究で、大変興味深いものだと思います。分析は難しそうでしたが、授業によって理由付けに抽象性へのステップアップがうかがわれたということでした。

報告その2では、小学年6年生「配分的正義」の授業実践からお伝えします。〉

 

注1:
主な参考文献として、橋本康弘「『法教育』の現状と課題―官と民の取組に着目してー」『総合法律支援論叢』第2号 日本司法支援センター(2013年)

 

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