「小学生対象の民主主義理解教育の提案とその効果検証」研究発表会 その2
前回にひきつづき、文部科学省科学研究費補助金の「法と人間科学」公募研究班(長谷川真里代表)による研究発表会の模様をお伝えします。プログラム後半、小学6年生「配分的正義」の研究成果報告から指定討論までです。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)
4 研究成果報告 小学6年生「配分的正義」
(1)小学6年生「配分的正義」授業実践報告
梅田比奈子(横浜市教育委員会、小学校教諭)
村松 剛(横浜弁護士会所属弁護士)
6年生1クラス 30数名
2013年9月、11月、2014年2月(全3時間)
教科など:特別活動、道徳、社会
単元名:「公平、不公平って?」
授業のねらい:身近な事例を通じて、便益や負担の公平な分け方の考え方を理解する
【第1時】特別活動
目標:配分される「もの」や「こと」は、大まかに「利益」と「負担」に分けることができ、いずれも公平に配分されることが望ましいことがわかる。
① 自分の生活を振り返り、今までに自分が不公平だと思ったことや感じたことについて話し合う。
② 不公平だと感じるときに問題になっていることは、「いいもの」なのか「悪いもの」なのかを考える。
③ いつも「みんな同じ」が公平なのか、考える。
④ 「みんな同じ」でなくて「公平」とは、どういうときか考える。ワークシートの3つの例について、「何を分けることが問題になっているか?」「お母さんやお父さんは公平だと思うか?不公平だと思うか?」「そう思う理由は?」「不公平だと思った人は、どうしたらいいと思うか?」を考えて発表する。その後、それぞれの例について、先生が「必要性」「能力」「適格性」を基準に分配していることをまとめる。なお、児童の発達段階をふまえ、必要性=「必要かどうか」、能力=「できるかどうか」、適格性=「ふさわしいかどうか」という言葉に置き換えた。
ワークシート1:タナカさんのおうちでの会話のあらまし
夕ご飯前、おなかのすいた弟が1個だけあったカップめんを食べたいと言ったが、お母さんに、高校受験勉強をしている兄の夜食のために我慢するように言われてしまった。
ワークシート2:ヤマダさんのおうちでの会話のあらまし
兄はお父さんに、予約してあったクリスマスケーキを取りに行くように言われた。いつも自分ばかり行かせられる兄は不服だが、弟は小学1年生だから遠い店に行かせられないと言われた。
ワークシート3:サトウさんのおうちでの会話のあらまし
姉が庭掃除をしたお礼にメロンを貰い、4つに切り分けた。姉と妹とお母さんの3人で分けることになり、お母さんは姉が2切れ食べたらいいと言った。
⑤ 弁護士がまとめの話をする。
【第1時の実際】
子どもたちは、「みんな同じ」が公平ではないと口々に発言しました。ワークシートの例については、1では「必要」よりも心情に寄り添う理由が多いようでした。「不公平」の理由は1・2ともに感情論が多く、2では「お父さんが行けばいい」という想定外の意見も出ました。3については、不公平という意見はありませんでした。
【第2時】道徳
目標:誰に対しても差別や偏見をもつことなく公平に分配するための3つの視点により判断することの大切さを自覚し、社会正義の実現に努めようとする気持ちを育てる。
① 特別活動で学習した3つの視点を振り返る。
② 資料「バスケットボール大会の優勝商品の分配」を読み、どうやって分配するのが公平か、3つの視点をもとにまず個人で考える。次に、「能力」の視点を確認する。
③ 6つのグループに分かれ話し合う。ワークシートに記入し、理由もつけて発表する。
④ 弁護士が今日の話し合いについて、差別や偏見をもたずに公平な視点で判断することの重要性を話す。
⑤ 公平な社会をつくるために自分にできることを考えて、振返りを書き、発表する。
資料「バスケットボール大会の優勝商品の分配」のあらまし |
市内のバスケットボール大会に本校の6年1組チームと6年2組チームが出場した。1組は優勝して、賞品としてバスケットボールを5個もらった。2組は1回戦で負けてしまった。 6年1組の子どもたちは、この5個のボールをどうしようか話し合った。この大会の練習のために、体育館を3年生と4年生に1回ずつ使わせてもらった。5年生は練習試合の相手になってくれた。ボールを配るとしたら、「クラスや学年に配る」「本校は各学年2学級。特別支援学級も2学級」という条件がある。 |
【第2時の実際】
資料を読んで課題の確認をした後、子どもから質問がありました。特に予想外だったのは、「来年もまたその大会があるのか?(今の5年生はその大会に来年出るのか?)」という質問でした。これは「必要性」を判断する要素であり、前回授業の効果が表れていると考えられました。そこで、「大会は来年もある」という前提にしました。
どのグループも「できるかどうか」「ふさわしいかどうか」「必要かどうか」を基準に考えていました。「体育館を貸してくれたお礼として3・4年生に」と考えたのは6グループ中5グループあり、「お礼の平等性」「お礼をする必要性」を意識したことがわかります。判断の理由には、感情的なものもどこかに入るという特徴も見られました。
【第3時】社会
目標:政治の学習を受け、実際の社会においても公平に分けるための3つの視点によって判断することの大切さを知り、実社会のさまざまな事象に関心をもち、公正な社会の実弁に努めようとする気持ちを育てる。
① 政治の役割の振返り。(政治の目的、議会、税金)
② 公平に分けるときの3つの視点の確認。
③ 資料を読み、何をつくったらいいか、自分の考えをワークシートに書き、人数確認。理由とともに発表する。他の人の考えを聞いて自分の考えが変わったかどうか、再び人数確認。
④ 「必要かどうか」で考えるとどれがいいか話し合い、3回目の人数確認。「たくさんの人が利用できるかどうか」「ふさわしいか」「まとめて考えると」ではどうか、全体で話し合い、最終的に人数確認。
⑤ 弁護士が今日の話し合いについて、感じたことを話す。
⑥ 今日の学習を振り返り、考えたことをまとめて発表する。
資料「青空市に何をつくるのがふさわしいか考えよう」のあらまし |
青空市は人口3,000人の小さな市。次の3つの施設のうち、新しくつくるのに一番ふさわしいのは何か?「誰もが使える公園」「全国優勝の少年・少女チームのためのサッカー場」「まちに貢献する高齢者のための福祉施設」 状況: ・青空市は65歳以上が600人、15歳未満が300人、高齢化が進んでいる。 ・青空市には、小中学生でつくるサッカーチームがあり、全国大会で優勝している。 ・青空市の高齢者は、ボランティアを積極的に行っており、県で防犯について表彰された。 ・青空市には、サッカー場はない。 ・青空市には、小さな公園が2つ、小さい高齢者福祉施設が1つある。 ・青空市の市長は、若い人たちを増やしたいと考えている。 |
【第3時の実際】
人数確認1回目:公園=6名、サッカー場=11名、福祉施設=11名
2回目:公園=9名、サッカー場=5名、福祉施設=13名
3回目:公園=2名、サッカー場=9名、福祉施設=15名ぐらい
4回目:公園=3名、サッカー場=6名、福祉施設=19名
【授業の到達点とその後の展開】
特活、道徳、社会と授業を重ねる中で「必要性」「能力」「適格性」に沿った理由が適切につけられるようになったと感じました。「カップめんの分け方」は必要性を問うたものですが、「兄が頑張っているから」という意見が散見されました。「バスケットボールの分け方」では、6年2組に配分する理由として「頑張ったから」「一緒に戦ったから」「かわいそうだから」という理由がありました。これらの理由づけは3つの視点と直接の対応関係にはなく、道徳的な観点に基づく理由と考えられます。子どもたちの意欲を育むことが学校教育の目標の1つならば、学校で学びを重ねている子どもにとって「頑張っている」ことを評価の対象としたことは極めて自然であるといえます。配分的正義を考えるうえで前述の3つの基準は唯一絶対のものではないので、これらの理由づけを否定する必要はないと考えます。ただ、一定の客観性をもつ3つの基準と、それ以外の主観性の高い理由との関係について、丁寧に整理したうえで授業に臨む必要があるように思いました。(村松弁護士)
(2)発達心理学からの考察―第2時について
外山紀子(早稲田大学人間科学学術院)
バスケットボールの配分について、「3年生と4年生は共に体育館を使わせてくれたから、どちらか一方にだけあげるというわけにはいかない」という意見がありました。これは「同じだけ犠牲を払った相手に対しては、同じだけ配分すべき」という考え方といえます。
また、「体育館を使わせてくれた」ことや「練習相手になってくれた」ことを配分の根拠とすることに疑義を示した班もありました。感謝の気落ちは「手紙や言葉で十分だ」という意見もありました。配分方法はひとまず置き、支払われた犠牲や貢献に対してボールを対価とすることの妥当性を考えるこれらの発言は、子どもたちが課題状況を客観的に捉えていたことを推測できるものでした。
班別討論では、少数意見を述べる者に対して発言の機会を与えようとしなかったり、「そんなのはもう却下された」と耳を傾けようとしなかったり、「多数決にしよう」と数で押し切ろうとしたりという行動がありました。民主的な社会をつくるための資質を養う法教育において、理解したことをどう行動に結びつけていくのか、認知的判断と行動との関係性は今後検討すべき重要な課題の1つと考えます。
(3)実験群と統制群の比較について
越中康治(宮城教育大学)
特活・道徳・社会のそれぞれの授業後、児童が質問紙の問1~3に回答した結果を集計・分析しました(問1「劇の主役」、問2「徒競走の選手」、問3「地区センターを建てる町」。質問の内容は省略させていただきます)。
量的分析の結果、実験群(授業をしたクラス)と統制群を比較して授業の効果を見出せるとはいえませんでした。授業の効果以外については、「必要性」についての言及が少ないことが示されました。選択の理由として言語化されづらい可能性が示唆されます。
自由記述による理由づけは、KJ法を参考に分類を行いました。問1は、実験群では当初から能力と適格性による理由づけが多く、回を重ねるごとに双方に言及した理由づけが増えました。問2も同様の結果でしたが、「能力と適格性に特化した理由づけがなされるようになった」と捉えるべきか否か、慎重な考察が必要になると思われます。問3では、統制群では回を重ねるごとに「能力」への言及が強まっているのに対し、実験群では「適格性」が増えているようにも見えました。サンプル数が少ないので分析は難しいものがありますが、質問項目の改善が、今後の課題と考えられます。
5 指定討論
(1)吉岡昌紀(清泉女子大学)
5年生「集団決定」の枠組みを表にすると次のようになります。
個人の事柄の決定 | 集団の事柄の決定 | |||
人権制限 なしの内容 |
(設問なし) | ○ 劇の内容/文集 |
||
人権制限 ありの内容 |
個人の好みに干渉する決定 | × シャツ/ 昼休み |
全員の好みに干渉する決定 | × (シャツ) |
個人のためを慮った決定 | × マスク/ 手洗い |
特定人の不利益をもたらす決定 | × お菓子/ 嫌な役 |
○は集団で決定してよい、×は決定してはいけないことを示します。結果は、「手洗い」に関しては実験群の授業直後テストのみが×で、それ以外のテストでは統制群も含めて○でした。テスト結果はおおむね民主主義の考え方とよく一致しているといえ、実験群の直後テストにおいて、より高い一致が見られました。
しかし、このことによって民主主義の原則をおおむね理解している、また本研究の効果が見られたと解釈してよいかは別です。子どもは、決定方法の適切性によってではなく決定の結果によって判断している可能性も考えられるからです。限定されたパターナリスティックな制約は、もともとその概念に決定結果を含んでいます。このカテゴリの決定は、決定結果に注目して判断しているとすれば、決定結果の重大性によって受け入れやすさが変わるはずです。個人の事柄と受け止めるか・集団の事柄であると受け止めるか、常識的な社会的慣習と受け止めるかなどでも判断が変わることが考えられます。
民主主義理解教育は、民主主義的な決定方法自体が重要であることを理解することが大事な目標となります。結果への注目とは基本的に独立していること、パターナリスティックな事柄については社会的慣習に関する規範意識と独立して決定方法に注目できるかどうかが、指導のポイントになるように思われます。
6年生授業について全体のまとめとしては、法教育は道徳教育に欠けている社会科学的視点の学習機会をもたらすといえます。ある価値観をどのように具体化するか、価値観を現実の中でどのように生かすかを考える機会をもたらします。児童の思考には、道徳的な要因(「よさ」への志向)が見られます。法的知識・技能、態度・意欲によって実現しようとする状態を意識して授業や教材を作成すると、子どもたちの思考がより適切に働くのではないかと考えます。
(2)桑原敏典(岡山大学)
授業の効果をどう検証するかに取り組んでいる興味深い研究でした。今回の授業は、話し合いの経験により子どもがどう変容するかを検証することが目的でした。しかし、同じような考えをもった子ども同士の話し合い授業の効果は難しいのではないかと感じました。経験上、半年~1年くらい授業を継続して、変化していくものではないかと考えられます。授業で目指すものと検証可能なものとの差をどう埋めるか、難しいと感じます。
法教育は、既にもっている見方・考え方を修正し成長させるものだと考えます。社会科教育の考え方は、発達だけでは修正しえないもの、例えば事象のもつ多様性への視点などを意図的計画的に育成するものです。法教育としての社会科授業の構成例としては、①既有の見方・考え方では説明できないものの提示、②仮説の設定、③仮説の修正、④仮説の検証、⑤新たな見方・考え方の習得、というものが考えられます。
〈取材を終えて〉
短時間に密度の濃い発表が行われました。授業を担当した教諭からは、「子どもの感想から効果があったと感じてきましたが、今回の検証法で違う視点を与えられたと思います。」という感想が述べられました。授業直後テストでは効果が表れていても、1か月後のテストでは法教育授業を受けていなかったクラスと同じ結果になるという現象をどう考えるか、興味深く思いました。教育は半年~1年というような、もう少し長いスパンで見る必要があることを指定討論者の先生が提案されましたが、さらに研究が深まることを期待したいと思います。参加された現場の先生からは、「さらなる法教育実践の普及のためには、このような教育効果を検証する研究が広まるといいのではないか。」という感想が聞かれました。
アーカイブ
- 2019年12月 (1)
- 2019年11月 (1)
- 2019年10月 (1)
- 2019年5月 (1)
- 2019年4月 (2)
- 2019年3月 (1)
- 2019年2月 (2)
- 2019年1月 (1)
- 2018年12月 (1)
- 2018年10月 (2)
- 2018年9月 (2)
- 2018年8月 (1)
カテゴリータイトル
- インタビュー (16)
- はじめに (1)
- 取材日記 (325)
- 報道から (5)
- 対談 「法学教育」をひらく (17)
- 対談 法学部教育から見る法教育 (5)
- 年度まとめ (10)
- 往復書簡 (10)
- 河村先生から荒木先生へ (5)
- 荒木先生から河村先生へ (5)
- 教科書を見るシリーズ (21)
- 法教育素材シリーズ (7)