シンポジウム「現代の小学生の道徳的・法的発達について考える」

 2014年3月16日(日)13:00~16:30、公開シンポジウム「現代の小学生の道徳的・法的発達について考える―発達段階を踏まえた法教育プログラムの開発に向けて―」が筑波大学東京キャンパスを会場に開催されました。これは法学・心理学・教育学研究者の協同による科学研究費補助金基盤研究の中間発表です。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:00~14:00 講演「子どもの規範意識の発達と道徳教育プログラムの実際」
14:00~15:05 研究成果中間報告
15:20~15:50 指定討論者による意見陳述
15:50~16:20 質疑応答・討論
16:20~16:30 まとめ

1 講演「子どもの規範意識の発達と道徳教育プログラムの実際」

森川敦子 比治山大学現代文化学部こども発達教育学科准教授

 

(1)子どもの規範意識の発達―「社会的慣習」概念の発達に焦点づけて―
 コールバーグは「前慣習」から「慣習」、そして「脱慣習・自律的道徳」へという一元的な発達モデルを示しましたが、テュリエルは「社会的慣習」と「道徳」を区別する二元的な領域特殊理論を提唱しました。テュリエルによると、「社会的慣習」には「社会的慣習」概念の、「道徳」には「道徳」概念の発達を支援する異なる指導方法が必要となると考えられます。また、「社会的慣習」概念の発達によって得られるものは「規範」であるとされます。
 テュリエルの定義に基づいて日本の子どもの「社会的慣習」概念の発達過程を研究注1した結果、第1に、子どもは「社会的慣習」と「道徳」とを区別する際に、「規範随伴性」など5つの基準判断のうち「状況依存性(理由があれば逸脱行為をしても仕方ない)」の基準判断を用いているといえました。第2に、「状況依存性」の基準判断から考察すると、8‐9歳ごろから18-25歳ころにかけて「社会的慣習」重視から「道徳」重視へとU字型の変容をたどる傾向がありました。「状況依存性」の正当性判断は、「社会的慣習」と「道徳」では発達的特徴が異なることも明らかになりました。これらにより、日本の子どもの「社会的慣習」概念には、「社会的慣習」への否定と肯定を繰りかえす5段階の発達段階があるといえます。この研究の結果から、規範意識の育成に特化した道徳教育プログラムモデルを作成しました。
 日本の子どもの規範意識を育成する道徳教育への示唆としては、「社会的慣習」と「道徳」との相違を明確に区別して構成される道徳教育、「社会的慣習」概念の発達に基づく規範意識の育成に特化した道徳教育が必要なこと。そのためには前述の道徳教育プログラムモデルの活用が効果的ではないかと考えられます。

(2)道徳教育プログラムの実際
 道徳教育プログラムの例としては、広島市教育委員会による『規範性をはぐくむための教材・活動プログラム』(2010年)があります。また、対人的適応感を向上させる中1ギャップ解消のための道徳教育プログラムも開発されています。ソーシャルスキルトレーニング(SST)と規範意識を育成する道徳授業を組み合わせた道徳教育プログラムにより、中学1年生の不適応感を減少させるものです。

2 研究成果中間報告

(1)本研究の目的・方法
橋本康弘 福井大学教育地域科学部准教授
 本研究の目的は、①小学生が習得すべき法的な概念とは何かを明確化すること、②法的な概念に関する子どもの認識を明らかにすること、③法的な概念に関する子どもの認識を踏まえた法教育プログラムを開発すること、です。
 本研究の方法は、上述①について、概念を「民主主義、立憲主義、少数意見の尊重」の3つに絞り、②の段階として子どもに質問紙調査を実施します。第一次調査は既に終了し、今回発表するのは第二次調査の結果についてです。

(2)調査の概要
【アウトライン】
中原朋生 川崎医療短期大学教授
 調査は非民主的な状況に対する子どもの善悪判断について、8つの質問をするものでした。(問題文は後述)
1)「皆のことは皆で決める」という民主主義の原則から外れた状況への善悪判断:問1・2・3
2)「少数者の意見を聞かなければならない」という民主主義の原則から外れた状況への善悪判断:問4・5
3)「非民主的な意思決定に対する抵抗的な行動」への善悪判断:問6・7・8

【調査方法】
樟本千里 岡山県立大学保健福祉学部講師
 調査対象はT市M小学校の2・4・6年生約50~70名ずつで、授業時間に一斉に質問紙調査を行いました。善悪判断は「すごくよい(1点)」から「すごくわるい(5点)」までの5段階で測定し、判断理由は「先生が決めたから」「人気がある方を選ぶべきだから」「皆に意見を聞くべきだから」「その他」という4つの選択肢から1つ選択するものでした。
1)「皆のことは皆で決める」という民主主義の原則から外れた状況への善悪判断
問1:クラスで参加するスポーツ大会では、ドッジボールかバレーボールのどちらかが選べます。クラスではドッジボールの方が、バレーボールよりも人気があるスポーツです。先生はクラスのみんなに聞かないで、クラス全員でドッジボールに参加することを決めました。
「先生がクラス全員でドッジボールに参加することに決めたことをどう思いますか。」
「どうしてそう思いましたか。」

 この問いの中の「先生」は「権威者」を意味します。「先生」を「体育委員」(非権威者)に変えた調査用紙も作り、調査対象を各学年とも2グループに分けて、「権威あり版」と「権威なし版」の調査を行いました。
 問1は、権威者が多数者に同調。問2は権威者が少数者に同調。問3はクラスの人気が二分しているときに、権威者が、生徒の意見を聞かないでどちらかに決めます。(権威なし版も同様)
2)「少数者の意見を聞かなければならない」という民主主義の原則から外れた状況への善悪判断
問4:(クラスで参加するスポーツ大会の状況は同じ)多数決をしたらバレーボールをやりたい人の方がドッジボールをやりたい人よりも多くいました。ドッジボールをやりたい人が話し合いをしたいと言ったけれど、時間がかかるので、先生は話し合いをしないと言いました。
「先生が話し合いをしないと言ったことをどう思いますか。」(理由も選択)
 問5は、バレーボールをやりたい人とドッジボールをやりたい人が同数の状況。
3)「非民主的な意思決定に対する抵抗的な行動」への善悪判断
問6:女子が参加するスポーツ大会ではドッジボールをバレーボールのどちらかを選べます。スポーツ大会はクラスの全員が参加しなければいけません。クラスの男子たちだけで集まって話し合いをし、女子の参加種目をドッジボールに決めました。バレーボールの参加したかった女子たちはみんなでスポーツ大会を休みました。
「バレーボールに参加したかった女子たちがみんなでスポーツ大会を休んだことをどう思いますか。」(理由も選択)
(調査用紙は女子版と男子版があり、男子と女子を入れ替えた状況設定がされてジェンダーバイアスに配慮しています。)

 問7は、クラスの女子だけで集まって話し合ったという状況。問8は、クラス全員で話し合いをしたという状況でした。
【結果】(ごくかいつまんでお伝えします。)
1)「皆のことは皆で決める」という民主主義の原則から外れた状況への善悪判断
 結果は、権威ありの場合、4年生の方が2年生よりも、「クラスの人気が二分しているときに、意見を聞かないでどちらかに決めること」を悪いと考えていることがわかりました。2年生と6年生は、それに比較して「権威者が少数者に同調すること」を悪いと判断しています。権威なしの場合は、学年、同調性共に有意差がありませんでした。
 理由付けについては、権威ありとなしの場合、2年生と6年生では善悪について同じように判断しても、理由付けが異なりました。権威ありの場合、2年生は「皆に意見を聞くべきだから」が比較的多く、学年が上がるにつれ、「先生が決めたから」「人気がある方を選ぶべきだから」が多くなり、「皆に意見を聞くべきだから」が少なくなる傾向でした。権威なしの場合は、6年生が「皆に意見を聞くべきだから」が多くなりました。
2)「少数者の意見を聞かなければならない」という民主主義の原則から外れた状況への善悪判断
 2年生は4年生と6年生に比べて、「権威者が少数者の意見表明を認めなくてもよい」と判断していました。また、2年生は少数者からの意見表明を認めないことは、同数同士のときよりもよいと判断していることもわかりました。権威がない者が意見を認めない場合には、2年生は権威者よりも悪いと判断しますが、4年生と6年生は有意差はなく、一様に悪いと判断する傾向でした。
3)「非民主的な意思決定に対する抵抗的な行動」への善悪判断
 4年生と6年生は、「自分が関与している際に決まったことに対して抵抗することは悪い」と判断していました。2年生は自分が関与している・していないという違いによって、決められたことに対して抵抗することの善悪判断に違いはありませんでした。
【結論】
1)について
 2年生と6年生に見られる「権威者だから悪い」という判断はその背景が異なりました。4年生時に発達の揺らぎの可能性があることが示唆されます。
2)について
 2年生は少数者への配慮という認識が不十分であり、権威によって許容するといえます。
3)について
 2年生から4年生にかけて発達的変化がみられるといえます。

(3)カリキュラム開発に向けて
中原朋生 教授
 2年生の特徴は、先生の言うことをきくという段階であり、自分たちで決めたことも軽視しがちで、少数者への配慮が苦手といえます。4年生は、先生の権威性が揺らぎ、自分たちで決めたことを尊重します。6年生は、先生の権威性を吟味し、自分たちで決めたことを尊重するといえます。
 これらから、「権威」に関する段階的学習のプログラムをしっかり考えるべきではないかと思います。「自分達が決めること」に関する段階的学習も必要であり、その有効感を一度経験してみることも必要と考えられます。「少数者への配慮」に関する段階的学習は、「ジレンマがあっていい場合」と「ジレンマがあってはいけない場合」というプログラムが考えらえます。「非民主的な決定に対する抵抗的な行動」を小学校で扱うのは非常に難しいと思われます。

3 指定討論者による意見陳述

(1)長谷川真里 横浜市立大学国際総合科学部教授
 心理学では、「正義・公正」に関する領域は知見が乏しい現状です。理由は、「正義・公正」の定義が難しいこと。子どもはいい反応をしようとするので、本音を聞き出すのが難しいこと。学校に入って調査をさせてもらうのは難しいので、その年代の調査が少ないこと、が挙げられます。
 今回の結果を見て感じたことは3つあります。1つは、個別の現象のもつ個人的な意味が、場面の中に影響を与えてしまうことへの懸念です。2つめは、小学2年生でも権威に対し文脈に応じた判断をしていることで、能力の高さに感心しました。正義に関することには、幼児ですら権威に従わないという研究もあります。3つめは、この結果を1つの理論だけでは判断できないのではないかということです。理由付けや意味に注目せざるをえず、より詳細に見る必要を感じました。

【長谷川先生からの質問・応答】
問1:「心理調査は実態調査と違い、モデルをつくり対象を絞ります。役割取得行動・認知の発達・人間関係形成など対象はさまざまですが、それらについての小学生の変化の背景となるものは何でしょうか?」
→樟本先生:「背景となる理論は、自分はセルマンを用いています。自分→他者→総合的という視点の広がりですが、それだけでは無理があると感じます。」
問2:「道徳的発達と法的発達は、どう使い分けていますか?」
→中原先生:「法学・心理学・教育学の三者の言う「法」が皆ずれていたと感じました。今回、みんなで考えることができたことがよかったと思います。個人的には、立憲主義と子どもの認識のずれをうめたいという意識がありました。」
問3:「民主主義の理解を中心と考えるなら、クラスの中や仲間内の公平さと、国の政治など抽象化された段階の民主的手続きは同じと捉えているのか、違うと捉えているのでしょうか?」
→中原先生:「個人的には一元論です。民主主義は家庭の中でも教室でも実現されなければならないと考えます。学校で民主主義の良さを学んでも、社会に出てそうでないと不平等感が強化され、学校の知識は捨てられてしまう怖れがあると思います。」

(2)池野範男 広島大学大学院教育学研究科教授
 ハーバーマスらの理論的フレームによれば、道徳性は必ずしも年齢に従って順調に発達するわけではなく、後退もあります。なぜ法と道徳や社会規範の関連を調べようとしているのかがわかりにくい、ということがまず問題と考えます。
 また、民主主義の形式的原則の調査を実際の授業づくりにどう活かしてくのか。発達は右肩上がりではないという問題と、一人ひとりの子どもで違うという問題もあります。「選択の根拠」がわかるといいと思いました。さらに、教室の中の民主主義と社会の中のそれは、小学校段階では一致するということでしたが、本当にそれでいいのかということも考えられます。
 調査結果の地域性、性別や学校等の社会的要因も考慮する必要や、法概念の概念形成のモデルが必要ではないか、という問題もあります。要素を足し算的に増やせば概念が発達するのか、それとも発達段階が上がる時にフレームの組み換えが行われるのか、ということです。要素を足し算する場合は、授業づくりは容易ですが、フレームの組み換えが行われる場合は、授業づくりが難しいと考えられます。

(この後、フロアよりの質疑応答がありましたが、研究グループではこれから得点と理由の分析をする予定とのことでした。さらに、調査対象の学年や地域を広げるなども考えているそうです。とりあえずこれまでの結果を早く情報提供して、小学校の実践に役立ててほしいとの趣旨ということでした。)

4 まとめ

土井真一 京都大学大学院法学研究科 教授
 「少数者への配慮」についての項目は、法の基本的価値である公正概念を子どもがどう捉えているかを知るために設けました。高学年になるにつれ、多数決にこだわることなく議論をさせるべきという結果となりましたが、公正さに対する認識をもち始めているのではないかと考えられます。
法と道徳をどのように考えるかは、幼い段階では渾然一体としています。どこかの発達段階で分化していきますが、まずは融合した形できくことになりました。法と道徳システムの分化は大変興味深いテーマだと思いますが、直接念頭に置いてはいません。

〈取材を終えて〉

 調査用紙は子どもたちに身近な状況設定がされていましたが、問6~8の状況設定はやや複雑で、2年生が設問の意味を正確に捉えられたのかも知りたいところだと思いました。理由を示す選択肢では、「その他」の割合が30%近くなる問いもあり、子ども達は理由についてもいろいろ考えていそうです。法と道徳の関係について改めて奥の深さを考えさせられるとともに、意識を調査する難しさを感じました。研究は中間段階ということで、今後の進展が楽しみです。

 

注1:
H県内における質問紙調査及びインタビュー調査に基づく。

 

ページトップへ