関東弁護士会連合会 平成26年度第1回法教育セミナー

 2014年8月5日(火)12:30~17:00、関東弁護士会連合会法教育センターによる今年度第1回法教育セミナー「中学校の授業における刑事・民事模擬裁判の活用法」が千葉大学教育学部2号館を会場に開催されました。校長をはじめとする中学校教員と研究者、弁護士が中学校の授業における刑事・民事模擬裁判の活用法について、実際に体験しながら考え、検討しました。

〈プログラム〉

12:30 挨拶、参加者自己紹介
12:45 刑事裁判と民事裁判のしくみについて
12:55 刑事模擬裁判プログラムの体験と活用法
14:30 民事模擬裁判プログラムの体験と活用法
16:05 ディスカッション

〈挨拶〉

松尾紀良先生(関東弁護士会連合会法教育センター委員長)
 2013年の関東弁護士会連合会シンポジウム「さらなる法教育の普及に向けて」において、法律専門家と教育関係者が連携することと、法教育のエッセンスを明らかにすることが必要であると確認されました。それを受け、関東弁護士会連合会では法教育センターを立ち上げ、法教育委員会が法教育センターに変わりました。今日は法教育センターによる今年度第1回目の法教育セミナーとして、学校と法律専門家が現場でどのような連携ができるかについて考えたいと思います。

〈刑事裁判と民事裁判のしくみについて〉
 裁判の対象が、刑事裁判は私人と国家の関係・民事裁判は私人と私人の関係であること、手続きの違いなどが簡単に解説されました。

1 刑事模擬裁判プログラムの体験と活用法(約90分間)

(1)強盗致傷事件の模擬裁判体験
 杉浦よねさんが強盗致傷にあった事件の教材を使用し、参加者が検察側、弁護側6名ずつに分かれ、シナリオを分担して読む形で体験しました。裁判官と被告人は法教育センターの弁護士が演じました。(約25分間)

(2)論告と弁論の作成
 模擬裁判体験後、検察側・弁護側それぞれが2班ずつに分かれ、検察側は「論告」、弁護側は「弁論」を、弁護士のアドバイスを受けながらグループで話し合い、作成しました。(約35分間)
 用意されているワークシートは、論告用:「出てきた証拠(杉浦英一の証言、1万円札、被告人の供述その他の証拠)に沿って、被告人が強盗致傷の罪を犯したといえる根拠をまとめてください。」、弁論用:「出てきた証拠(同上)に沿って、被告人が強盗致傷の罪を犯したとはいえないとする証拠をまとめてください。」と書かれ、「まず、」「また、」「その他、」という言葉に続けて3つの空欄が設けられていました。これに沿って考えると、自然に論告・弁論がまとまるように工夫されていることがわかります。
 実際の話し合いでは、最初のうちこのワークシートがうまく活用されない班もあったようです。検察側のアドバイスでは、「まず有罪を証明すると、量刑はおのずと決まること。全体を一気に話し合うのは大変なので、証拠を1つ1つ検討していくこと。」が提案されていました。弁護側では、出された証拠以外のことを想像したり、冒頭陳述を証拠にしたりすることはできないことが注意されました。ポイントは、あるべきものがないこと(指紋がついていない、ホッチキスの穴が開いているお札は1枚だけ)、ないはずのものがあること(高齢かつ夜間暗い場所での目撃の信用性)、というアドバイスもありました。いくつかの証拠から一番強調したいことを考えることも必要という示唆も出ました。

【論告・弁論を作成する趣旨について】
 法教育センターによれば、グループワークで「論告」と「弁論」を作成してもらう趣旨は、提出された証拠を1つ1つ検討してほしいからとのことでした。裁判員の立場での評議をワークにすると、参加した生徒の意見が、「論告・弁論」で検察官や弁護人が述べた意見に左右されてしまい、証拠の吟味に目が向かないかもしれないことを考慮したそうです。

(3)参加者の感想発表
 各班の論告・弁論を発表した後、参加者が感想を述べました。
検察側1班:1つのことに捉われてしまい、総合的に考えるのが難しい。量刑について、被告人が反省しているのかも判断が難しい。作業に時間がかかると感じた。
検察側2班:状況を把握するのが難しい。時間がかかる。子どもにとっては、「論告」という言葉が難しいので、かみ砕かないといけないと思う。情状について、一般的なことがわからないので、他のケースがわかると感情的にならずにすむと感じた。子どもの視点になることができるワークだった。
弁護側1班:最初難しかったが、ポイントをアドバイスしてもらったので作成することができた。時間がかかる。教員一人でできるだろうかと感じた。
弁護側2班:何を話せばいいかよくわからなかったが、アドバイスを貰って、柱をこれにすると決めることができた。生徒には、裁判員としてどう関わらせるかというのが教員の視点ではないかと思う。

2 民事模擬裁判プログラムの体験と活用法(約90分間)

(1)出版差し止め請求事件の模擬裁判の体験
 人気アイドルグループ対出版社の『マル秘おっかけマップ』出版差し止め請求事件の教材を使用し、参加者が原告・被告に分かれて主張を述べ合いました。
①10分間:事件のあらましと訴状・答弁書を読む
②15分間:刑事模擬裁判のときと同じグループで、原告側または被告側の主張を考え
   る。
 用意されているワークシートは「準備メモ」という表題で、問が書かれていました。原告側も被告側も最初の3つの問は共通しており、次のようなものでした。

原告側 被告側
1)この本が出版されることで、誰に、どのような問題が生じますか?
2)この本が出版されることで、誰の、どのような権利が侵害されますか?
3)その権利は、憲法の保障する「基本的人権」に含まれますか?
4)この本が発売される前に出版を差し止めねばならないのはなぜですか? 4)芸能事務所側は、この本が出版されると事務所やアイドルグループのメンバーが多大な損害を被ると言っていますが、その点についてはどのように考えますか?
5)出版の差し止めがなされることによって、どんな問題が生じますか?

 

③10分間:第1回口頭弁論 各班発表
④15分間:原告側・被告側ともに再反論を考える。
 原告側は、「プライバシーの権利」と「表現の自由」に関連させ、「子どもたちなりに、芸能人ならどこまで公開してよくて、自分たちならどこまでかなどと考えさせられそう。」と話し合っていました。幸福追求権、プライバシーの権利が出版社の経済活動の自由より上だという意見が出ていました。
 被告側は、本の内容を修正することを認めるとなると、一旦、差し止め請求を認めることになるので、それは被告側が主張すべきではないこと。司法的な原則は、事後的金銭賠償であり、事前抑制は表現の自由を考慮して慎重に行われるべきで、例外的なものであることがアドバイスされていました。プライバシー権により何が制約されるのかはっきりしてくれないと、経済活動がしにくくなる影響があるとのことでした。
⑤10分間:第2回口頭弁論 各班発表
⑥15分間:各自で口頭弁論まとめワークシート記入、発表
 口頭弁論まとめの発表では、教員からいろいろな解決策が提案されました。原告側からは、一旦出版を差し止めて話し合いで折り合いをつけられる範囲で出版するなら認めるという案もありました。被告側としては、出版することによりアイドル自身や事務所、本で紹介されるショップなどにも利益があるかもしれないという主張がありました。

(2)弁護士より解説
 参加した弁護士によれば、被告側については、「出版社が明らかに倒産の危機にある」、「この程度の情報ならすでに出回っている」などという主張をすることも考えられるそうです。一方、「この情報の価値が低いというなら、出版して利益を得ようということにはならないのではないか。和解的解決ということも同様で、出版社側としては売れるような本にならなければ和解できない。一般人のプライバシーと芸能人のプライバシーの受忍限度は違うのかもしれない。」という説明もありました。さらに、法教育センターから次のような説明がありました。

塩谷崇之先生(法教育センター副委員長)
プライバシー権は、一般人か芸能人か政治家かでも違うかもしれません。「総理の一日」などは新聞に公開されています。いろいろ考えてみるといいと思います。プライバシー権は中学3年や小学6年の社会科でも憲法13条に関して出てきます。
 この教材では、被告の出版社からは経済的不利益が主張されました。原告の立場では、それは侵害されても後から金銭で補償できるのに対し、プライバシーの侵害はひとたび侵害されると後から補償することが難しいと主張するのがいいと思います。外的不利益よりも、常に監視される精神的不利益は、一度傷つけられると回復できないと主張するのが有効と思われます。
 被告の立場に立てば、「表現の自由」があり、事前に出版を差し止めるのは微妙なものがあります。「報道の自由」は「国民の知る権利」に奉仕するものです。アイドルの私生活を知らしめることが報道の自由とは言いにくいのですが、対象が政治家ならどうか、なども考えてもらえるといいと思います。出版社の経済的損失はかなりの金額ですが、他人のプライバシーをお金儲けの種にすることが保護に値するか、ということも考えてほしいと思います。教科書で学んだ「人権」を、実体験として感じてもらえればいいと思います。
 ちなみに、憲法21条2項に「検閲はこれをしてはならない。」という条文があります。出版される前に裁判所が出版を差し止めることは、検閲に当たらないかという議論もできそうです。憲法で禁止されているなら、裁判所が差し止めを命ずることも許されないということになる。でも、実際に裁判で差し止め判決をしなければならない場面があるわけで、ここをどう考えるかが問題となるわけです。この点について、1つには、憲法で禁止されている「検閲」は行政権が行うものであって、裁判所が行うものは検閲に当たらないという考え方。もう1つは、検閲は原則的には禁止だが、表現が他者の基本的人権を侵害するような場合では例外的に許される場合もあるという考え方もできると思います。
 実際、この教材のもととなった事案では、「あとで回復できないような損害」など、厳しい要件のもとに差し止めが認められています。それほど「表現の自由」に配慮がなされているということです。

3 ディスカッション

〈教員からプログラムを通しての感想〉
【教材の目的と時間数などの課題】
・刑事模擬裁判教材は内容が大変難しいと感じました。時間数の制約の中では、知識をもった先生でないと授業に取り入れるのは難しいと思います。裁判員制度の学習で、弁護士に出向いてもらって話を聞く場合は生徒もスムーズに理解できるので、そういう機会をもつのがいいと思います。
・今回の刑事模擬裁判の教材は、裁判手続を理解するという目的で作られているわけではないので、裁判手続の単元だけでは取り入れることはできないと思います。長期的スパンで子どもに文章を書かせ、思考の手続をとらせることは考えねばなりませんが、公立中学校ではこの内容は難しいと思います。単元の目標の中に落とし込まれている方が、授業として扱いやすいです。
・50分授業の指導案で、2コマ程度なら比較的扱いやすくなると思います。扱える単元や教材の目的を明確にしてほしいです。
【身近に感じるメリット】
・民事模擬裁判教材は、教科書にプライバシーの権利のエピソードがあるので、実際にシナリオを読むことを通し、より身近に感じられるという点で有効だと思います。情報整理の過程としても、効果があると感じました。裁判員の役割は、感情移入という点では身近に感じることができません。片方の立場に立つなら、必死に考えられることが体験できてわかりました。子どもを全員弁護人にし、教員一人が検察官役になったら、子どもが一生懸命考えるということになるかもしれないと思いました。法律専門家が参加していなくても子どもに考えるヒントを与えられるよう、解説を入れてもらえるといいと思います。

〈研究者と弁護士から〉
【本企画の趣旨】
 裁判員裁判の評議の模擬授業では、裁判員として検察官と弁護人の意見を聞き、イメージに流されて判断をしてしまうということがあると思います。「無罪推定の原則」を聞いてしまうと、結論が無罪に流されるといったことが起こりえます。今日の取組みでは、事実認定のために理論を組み立てていく能力を育むことを、法教育の1つのねらいとしました。まだ工夫の余地があるのではないかと思います。模擬裁判の活用の仕方の1つとして、子どもの理解度などに合わせ、扱い方を工夫してもらえたらと思います。教員の方々には弁護士と意見交換をお願いしたいと考えます。塩谷崇之先生(法教育センター副委員長)

【研究者から】
・学習指導要領では、司法の単元で、裁判員裁判だけを扱うという内容とはなっていないはずです。刑事裁判や民事裁判に触れてから裁判員裁判を学習するのが本来の姿なのですが、現場が裁判員裁判中心に傾くのは若干問題だと思います。学習指導要領には、これだけは押さえてほしいという大切な考え方が示されているので、着目しながら指導していただけるといいと思います。法律専門家には、何を国民に伝えたいかを明らかにしてもらい、教員と法律専門家が意見を交換し合ってほしいと思います。現場で法教育が始まってまだ8年ぐらいなので、忍耐強く取り組んでいただければと思います。江口勇治先生(筑波大学)

・大学では90分間で法教育授業をしていますが、内容をだいぶ絞り込みます。どこを絞ればいいかを考えさせられます。学校の教材についても、作成する側から単元などを限定した方がいいのか、現場の教員に情報を与えて絞ってもらうのがいいのか、悩んでいます。三浦朋子先生(亜細亜大学)

【参加した弁護士から】
・法教育はまだ成熟していないのに、絞込みだけするのはどうなのかとも思います。今日の思考過程を教員がたどり、弁護士がヒントを与え、持ち帰ってもらって現場でどうやって実践するか検討するといった作業を通し、法教育が成長していくのではないでしょうか。

〈質疑応答〉
Q:「授業時間の確保についていかがですか?」
→A:「学校現場は大変です。法教育に何を望むのか? 知識理解、言語活動、リーガルマインド、いろいろ言われています。今の状況を見据えた教材を提供することが大事だと思います。50分の授業の中の20分か30分で使えるもの。内容をあまり絞ってしまうと意味がないので、事前課題として与え、生徒の意見をもちよって聞き合い、もう一度考えるような教材を作ってもらうと、教えやすいのではないかと思います。反転授業ですね。ワークシートなどもパターンを示してもらうなどすると、取り組みやすいと思います。卒業式近くの余裕のある時期なら、今回ぐらいの長さでもいいかもしれません。」               (中学校校長)

〈取材を終えて〉
 今回の刑事模擬裁判プログラムでは、事実認定のために理論を組み立てる能力の育成を目的としていました。民事模擬裁判プログラムの方は、表現の自由とプライバシー権という基本的人権を身近に感じることをねらいの1つとしていました。それぞれについて、体験後の検討では教員と研究者、弁護士が率直に意見を交換し合い、有意義な議論になったと思います。その成果の1つとして、教員側から「反転授業」といわれる方法の提案があったことが挙げられると思います。これは50分授業に収まるように、事前課題を生徒に与えておき、授業時間中にはその課題に沿って話し合いをする授業法です。こうした新しい授業方法の検討が、一層進んでいくのではないかと期待されます。学校現場と法律専門家の連携した取組みが積み重なっていくことの意義は大きいとあらためて感じました。

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