2015年度日本弁護士連合会法教育教員セミナー

 2015年5月23日(土)13:00~17:00、日本弁護士連合会市民のための法教育委員会主催の法教育教員セミナーが弁護士会館会議室で開催されました。テーマは、「学校授業での法教育の実践」です。
 セミナー冒頭において,昨年に引きつづき福井大学教育地域科学部の橋本康弘教授から「法教育と道徳教育の『融合可能性』」について講演が行われました。その後、道徳の副教材を使って教員と弁護士が共同授業案を作るグループと、民事模擬調停を体験するグループに分かれてグループワークが実施されました。このレポートでは、講演と小学校授業案作成グループの取組みの模様をお伝えします。
(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:05~14:05 講演「法教育と道徳教育の『融合可能性』(2)」
14:10~16:20 グループワーク(授業案作成グループ、模擬調停グループ)
16:25~16:55 授業案報告、講評・質疑応答

1 講演「法教育と道徳教育の『融合可能性』(2)

 ―『公正・正義』『責任』に焦点を当てて―」
橋本康弘 福井大学教育地域科学部教授

 

 はじめに、「公正・正義」「責任」に焦点を当てるのはなぜかといいますと、これらは日本でもアメリカ合衆国でも法教育と道徳教育で取り上げられている価値項目といえるからです。

〈日本の道徳授業の特徴〉

日本の道徳教育の現状は、授業実践において感性・感情に訴える傾向にあり、心情主義といわれます。「友情」、「誠実」といった言葉に代表される徳目の大切さを教え込む徳目主義、子どもがどれだけ感動したかが授業の評価基準になる感動主義も特徴です。

〈「公正・正義」を法教育ではどう教えてきたのか〉
 法教育には4つの特徴があると考えますが、その特徴の1つは、法律専門家でない人が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値・原則を理解することを重視する点です。価値を教え込むのではなく、むしろ批判的に見るのが法教育といえます。「正義」という価値概念は、カリキュラム上、高校「現代社会」や道徳、「公正(公平)」は中学校社会科公民的分野や特別活動、道徳に位置付けられています。従来の道徳なら「心」に訴えるところを、知的に理解しようとする特徴があります。次に事例を紹介します。
〔1〕「結果の公正(公平)」を問う問題
 「物の配分問題」の例として、ケーキの配分で考える実践がありました。自分を含めた4人でケーキをどう分けるか、考えさせます。小学3年生では、配分的正義を学ばずに分ける場合、「等分にする」「自分に多く」「おなかがすいている人にほとんどあげる」「分けられない」など、極端な答えを含め多様な答えが出ました。配分的正義を考える上で重要な「ものさし」としての「必要性」「能力」「適格性」をふまえ、子どもが議論して決める問題であり、正解はありません。中学校社会科公民的分野の「私たちと現代社会」の授業では、「避難所で数の限られたシュークリームを分配する問題」という実践例があります。個人作業の後、班で解決策を考えますが、いくつかの条件に順位付けをして配分するという案が発表されました。
〔2〕「手続の公正」を問う問題
 手続の公正を考える上で重要なものさしは、「できる限り情報を集めて決めているのか」「情報は信頼できるのか」「有効な意見発表の場はあるのか」「手続は知らされているのか」「公平であるのか」「間違いの発見と是正はなされるのか」などです。授業化のスタートラインは、「子どもたちが考える不公平とは何か」を問う授業がいいと考えます。教材例には、スポーツを事例にした「追い風を考慮しない徒競走」などがあります。この事例を問題だとする場合・問題ではないとする場合の理由や、どうすれば問題を解決できるかを問うことが考えられます。

〈法教育で「責任」はどう捉えられてきたのか〉
 「行為責任」と「結果責任」に関する問題について、知的道具を活用し、「第三者的視点」から考えていくカリキュラムが考えられます。詳しくは、橋本康弘「市民的資質を育成する法カリキュラム―『自由社会における法』プロジェクトの場合」注1を参照ください。

〈道徳で「公正・正義」「責任」はどのように教えられてきたか〉
 道徳では、学習指導要領によれば、公正・公平な「態度」の育成や、責任を果たす「当事者としての視点」を確保することを重視しているといえます。

〈法教育と道徳教育の「融合可能性」〉
 道徳教育は「自分自身のあり方・生き方」を考える態度主義が重視されます。何が公正・正義か、責任とは何かといった視点は欠如しており、社会とのつながりの視点が薄いという課題があげられます。一方、法教育は社会のあり方について、自分と他者が社会をつくり上げていくというイメージを持つ構成主義をとります。課題は、公正に考えていくことの大切さや、正義を実現する態度の育成に距離を置いていることといえます。
 法教育と道徳教育の融合可能性を考える上では、お互いの良さを最大限利用するカリキュラム構成論が重要だと考えます。「公正・正義」のあり方を問う法教育、「公正・正義」を実現する態度の重要性を学ぶ道徳教育という良さを融合することが大事だといえます。

2 授業案作成グループワーク

 道徳の授業案を作成するグループワークは、小学校班2つ(教材:「ぶらんこ復活」)、中学高校班2つ(教材:「新しい惑星への旅」)に分かれました。ここでは、小学校第1班のグループワークの模様をお伝えします。

〈小学校道徳教材「ぶらんこ復活」を使って〉
【授業案作成プロセス】
(1)教材を使った、いわゆる一般的な道徳授業案の提示
(2)法教育の視点を踏まえた提案
(3)道徳と法教育からの提案を融合させた授業案作成

(1)教材を使った、いわゆる一般的な道徳授業案の提示
 小学校1班には、道徳教材「ぶらんこ復活」(3・4年生向け)の作成者が参加していましたので、作成者自身が教師役、弁護士が生徒役になり、模擬授業が披露されました。

【「ぶらんこ復活」のあらまし】
 恵さんの学校では、ぶらんこでケガをする人が多く、先月から使用禁止になってしまいました。またぶらんこで遊びたい恵さんは、思い切って校長先生にぶらんこ復活をお願いしてみました。
 校長先生はぶらんこの周りに柵を作りましたが、まだ心配です。「ぶらんこを復活させるには、けががないように使うためのルールが必要です。みんなも一緒に考えてくれませんか。」といって、児童会の代表委員にも考えてもらうことにしました。
 代表委員は話し合いをし、きまり(省略)を3つ決めました。今では、みんなきまりを守り、楽しく安全にぶらんこで遊んでいます。

〔1〕まず、恵さんが校長先生にお願いしたところまでを読み、心に残ったところはどこか、尋ねる。ポイントは、主人公の気持ちになること。恵さんはどういう気持ちかを確認する。
〔2〕次に、校長先生の気持ちはどうか、考える。何とかして恵さんにまたぶらんこ遊びをさせてあげたいが、けがはさせたくないと思っていることが大事。
〔3〕どんなルールを作ったのか、確認する。徳目「ルールを守る」へ帰着するように運ぶ。

【模擬授業の様子】
 教材を読んで、まず心に残ったことを尋ねられると、弁護士はけがの原因について関心が向く様子でした。作成者の先生からは、疑問点ではなく、感動したことを挙げてほしいと指摘されました。

(2)法教育の視点を踏まえた提案より
 このプロセスでは、弁護士から様々な視点が提示され、教員と率直な議論が展開されました。
【法教育としての授業づくりについて】
弁護士1:「ぶらんこが使用禁止になった事故の原因を確認することが、まず必要と考えます。恵さんの遊びたい気持ちに共感するところは、弁護士は抜かしてしまうかもしれません。使用禁止になった経緯を理解できた上で、校長先生が柵を設けたことを理解し、けがをしないという目的を実現するためにはどんな方法があるか考える、という授業をつくります。」
弁護士2:「目的を確認することが大事ですね。ケガの内容や原因の把握は、ルール作りのきっかけになりますが、道徳的発想ではありません。」
弁護士3:「ぶらんこを使用禁止にしたのは校長の権限ですね?復活にルールが必要ということが子どもから出てくるのが、法教育のめざすところだと思います。」
作成者:「その通りです。恵さんが校長先生にお願いしてみたところで一旦止めて、「どうしたらいいか?」と、子どもに問いかけるのがいいと考えます。」
弁護士1:「校長先生に考えてほしいという子どももいるかもしれません。」
弁護士4:「なぜ校長先生と子どもが一緒に考えるのか?という問いは、高学年向けにいいかもしれないと思います。」
弁護士5:「子どもが決めたルールだから自分たちが守る、ということになるのですか?」
教材作成者(以降、作成者):「ルールとなると子どもは「守るもの」と思います。絶対的なもので、変えようと思いません。」

【校長先生に直訴する子どもはわがまま?】
弁護士5:「校長先生に直訴する子どもが実際にいたら、友だちからわがままな子、変わった子と受け取られることはありませんか?わがままな心情ということで。」
作成者:「(続きを読むと)校長先生も恵さんに同調しているので、わがままとは受け取られないと思います。」

【評価方法について】
弁護士7:「最終的にどう評価するのですか?」
作成者:「教材は、『楽しく安全にぶらんこで遊んでいます。』で終わっています。最後に、「学校や学級で、みんなが楽しく安全に生活するためには、どのようなきまりが必要でしょうか。」と書いてあるように、自分たちの生活を考える方を力点にしたいと考えました。」

【ルールの検証について】
弁護士1:「できたルールが役に立っているか検証しようという発想が必要だと思います。目的と手段の相当性、明確性、平等性、手続の公正さに着目したいですね。それを学んでもらいたいし、授業で点検するところまで行ってほしいと思います。」
作成者:「今まで、道徳は1時間単位の授業が多かったので、そこまで行くのは難しかったのですが、今後、複数時間かける授業が可能になればできるでしょう。みんなの生活で改善できるところはないですか?と問いかけたいと思います。学校の中には細かいルールがたくさんあるので、それについて話し合わせることも考えられます。いろいろ問題が出るかもしれませんが。」

【「特別活動」の意義について】
作成者:「道徳と特別活動の違いは、道徳は心情を主とするのですが、特別活動は「現場で実際にどうするか?」を主とすることです。解決策を考えます。特別活動で「給食にグラタンを出してほしい」という問題を考えた事例がありますが、弁護士に面白いと言われました。校長にお願いする案だけでなく、給食の仕組みや、低学年の子どもにとっては危なくないかどうかまで、子どもたちは考えました。道徳では、そこまでできませんが、特別活動で扱うと身近な生活から広がりができます。子どもにとって、生活は切実な問題ですから。」

【ルールに不足があった場合は?】
弁護士8:「きまりを作るとき、どこまで拾い上げるか、ルールに書ききれなかったことはどうなのか、ということは法教育で出てくると思います。」
作成者:「それは道徳でもいいと思います。『早い者勝ち』などということも出てくると思います。」
弁護士5:「成文化していないルールがありますよね。」
弁護士9:「ルールは運用してみると、不足なことや変えた方がいいことが出てきます。それが先ほど言われたルールの検証の必要性ということと思います。」

(3)道徳と法教育からの提案を融合させた授業案作成
【授業の目標】
・約束や社会のきまりの意義を理解し、守ること。
・自分たちでルールを作ってみよう。
・ルールを作るときに大切な視点について学ぼう。
・できあがったルールを検証しよう。
・(時間があれば)他のルールについて考えよう。

【授業案】

主な発問・学習活動、児童から予想される発言 指導上の留意点

資料を「まだ、心配です。」まで読む。
発問:「これを読んで心に響いたところはどこですか?」

発問:「恵さんの気持ちを考えてみましょう。」
発問:「校長先生はどんな気持ちですか?」
まだ心配なことをふまえ、発問「柵だけでいいですか?どうしたらいいですか?」
発問:「ルールは誰が決めるのですか?」児童の回答として「先生だけ」も予想される。教員は理不尽なルールを用意しておき、児童自身が考える方向に導く。「先生がいなくても安全にできるルールが必要。」
恵さんの心情「ぶらんこで楽しく遊びたい」を確認する。
校長先生の心情「安全に遊ばせたい」を確認する。
「ルールの必要性」に気づかせたい。

「手続の公正さ」は高次元なので、時間により導入程度にする。
理不尽なルールの例:「先生がぶらんこの所にいる時だけ使える」

資料後半を読む。
発問:「けがをしないで楽しく遊ぶには、どういうルールがいいですか?」
自分たちでルールを作ろう。
ルール案ができたら、守れるかどうかを問う。
発問:「みんなでルールを作りましたね。本当に守れるかな?」
ルールの目的を押さえる。
罰則規定が出ることが予想されるが、その場合はルールの目的に戻り、罰則の方向へ進まないように配慮する。
ルールの検証:目的と手段の相当性、明確性、平等性


「ルールを守る。」ことを確認する。 教材のルールを読んでもよい。

 第2時間目がある場合、児童が作ったルールを1週間運用したとして、「ルールで決まっていない問題が出たら、どうしますか?」と発問する。ルールの不足な点や変えた方がいいことについて、さらに展開する。

3 講評より

橋本康弘先生
 小学校第2班では、道徳と法教育をどう結びつけるかを検討しました。道徳の目標を前提にし、道徳と法教育のアプローチを融合しました。目標は「きまりの意義の理解」でした。法教育としての「ルールの評価」を通して、目標につなげました。恵さんの気持ちがしっかり児童の腑に落ちていないと、ルールにつながらないことが大事です。道徳的発達段階が重要な要素といえます。道徳と法教育をうまく結びつけると、新しい道徳授業になると考えられます。

〈取材を終えて〉

 小学校班の道徳模擬授業を見て、道徳授業の特徴は、人物の心情をしっかり把握することにあると実感しました。道徳的な態度を育成するためには、子どもの心に響くことが必要ということだと理解しました。法教育では、法的な視点や理論が重視される一方で、子どもの心の動きには目が向きにくいことがあります。今回の道徳と法教育の融合を目指す取組みでは、その法教育の課題点が、道徳の心情重視という手法によって補われる様子を感じることができました。そして、道徳授業にとっても、感情論だけでない問題解決が法教育のルール作りによって実現されるメリットがあったと思います。道徳と法教育の融合は、ウィン・ウィンの関係になると感じました。
 教員と弁護士の議論からは、お伝えした以外にもさまざまな論点が出され、小学生向けの教材も実は奥深い題材だったと感じさせられました。参加された方々は尽きない話題に興味深かった様子で、今後もこの取組みが続くといいと思います。

 

注1:
全国社会科教育学会「社会科研究」48(1998年)

 

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