教科書別高等学校「現代社会」授業比較 その1― 千葉県立白井高等学校

 千葉県法教育研究会は千葉県の教員グループによる法教育研究会です。同研究会により、教科書別の同一テーマ授業を比較検討するという画期的な取組みが行われました。その第1弾として、2015年10月6日(火)に行われた千葉県立白井高等学校注1の「現代社会」授業をお伝えします。

〈千葉県法教育研究会とは〉

 千葉県高等学校教員による教科研究会には、政治・経済と倫理の先生による社会部会があります。2013年に、社会部会の中に藤井剛先生(当時、県立千葉高等学校)が発起人となって作られたのが千葉県法教育研究会です。活動には、千葉県弁護士会法教育委員会も協力しています。研究会では、2014年に法教育教材作成プロジェクト(当レポートhttp://www.houkyouiku.jp/14100201にて紹介)に取り組むなど、精力的な活動を行っています。

〈教科書別「現代社会」授業比較について〉

 千葉県法教育研究会では、高等学校「現代社会」の教科書について、各出版社の教科書の法教育部分が法教育の目的に合致するものかどうか比較する研究を行いました。その成果は、2015年度の法と教育学会第6回学術大会で発表されました。この研究を実践によって検証しようというのが、この教科書別「現代社会」授業比較です。実践研究には、同研究会に所属する教諭の協力により千葉県立白井高等学校、同津田沼高等学校、千葉市立稲毛高等学校が参加しています。

〈授業〉

1年B組 40名(男子22名、女子18名)
13:25~14:15 場所:教室
教科:「現代社会」 
単元:個人の尊重と法の支配、現代の経済と国民福祉(特別授業のため単発)
教科書:東京書籍(p.94~97「市民生活と法」「司法と人権」、p.130~131「自立した消費者への道」)
授業者:特別授業として藤井 剛先生(明治大学文学部)
教材:特別授業プリント、教科書コピー
cf:同日、1年A組=教育出版、1年C組=帝国書院の教科書で、藤井先生が特別授業を行いました。

〈人の一生と法律〉(20分間)
先生:「『特別授業プリント』と書いてあるプリントに沿っていきます。では問1から。」

【問1】人の一生と法律は密接な関係にあります。次のようなとき、私たちはどのような法律に関係するでしょうか?
(1)生まれた時
先生:「『わかりません。』は許しませんよ。教科書のコピーを見てくださいね。生徒1さん。」
生徒1:「戸籍法。」
先生:「はい、戸籍法です。(「戸籍法」と板書。以下、同様に法律名を板書していく。)戸籍というのは日本特有の制度なのを知っていますか? たとえば、アメリカにはないんですよ。だから、アメリカでは重婚が起こることがあるのです。」

(2)6歳を過ぎた4月→同様に指名、回答(「教育基本法」、「学校教育法」)
先生:「はい、その通り。さっきの戸籍法に、いつ生まれた誰の子と書いてあるから、必ず6歳の4月に入学するよう通知が来ます。」

(3)14歳になった時→指名、回答(「刑法」)
先生:「そうです。でも少年法っていうのもあるんじゃなかったっけ?基本的には、未成年者は少年法で処分されます。だけど、すごく悪いことをしてしまうと、お世話になるのが刑法です。刑法と少年法はどう違いますか? 刑法は、犯罪を犯した人を立ち直らせようという目的もありますが、どちらかというと処罰が目的です。それに対して、少年法は保護と教育を目的として、少年を立ち直らせようという発想です。その根本にある考え方には、若い人は更生しやすい、つまり立ち直りやすいはずだ、というものがあります。少年院や鑑別所というと、刑務所みたいに思っていませんか? でも違います。立ち直らせるために教育したりするところなんです。」

(4)女性の16歳、男性の18歳になった時→指名、回答(「民法」)
先生:「はい、民法です。なぜ男18歳で女16歳か、考えたことありますか? 一般論としては、女性の方が発達が早いからということです。戦前の民法には、男17歳、女15歳と書いてあったんですよ。戦後、学制改革によって15歳では中学生もいるので、1歳引き上げました。ではなぜ戦前は17歳と15歳だったかというと、民法草案を作る人たちがお医者さんの意見を聞いて、そうなりました。みんなはいくつがいいと思うかな?」

(5)18歳になった時→指名、回答(「公職選挙法」)
先生:「これは法律が変わったばかりですね。大学1~2年生に聞くと、投票に行かない理由は、まだ社会のことがわからないから、政党の言っていることがわからないから、というんです。でも、全部わからないと選挙へ行ってはいけないと思ってはいけません。自分の関心のある政策を比べて投票するくらいの気持ちでいいんです。卒業生に言われたのですが、初めての選挙に行くと、次も行かなくちゃという気持ちになりやすい。その逆に初めての選挙に行かないと、次の選挙の時も「まあいいか」という気持ちになることが多いのだそうです。ですから、皆さんは、18歳になってからの初めての選挙には必ず投票に行ってください。」

(6)25歳または30歳になった時
(7)自分に子どもが生まれた時→指名、回答(1)に同じ。
(8)65歳になった時→指名、回答(「国民年金法」)

〈法律から契約へ〉(15分間)
先生:「自分の一生には、こんなにたくさんの法律が関わってくるのがわかりました。でも、本当はもっとたくさんあります。たとえば、バスに乗るのは契約だから民法です。バス停に立って待っているのが、乗りたいという意思表示。バス停にバスが止まってドアが開くのが乗って下さいという意思表示です。乗りたい人と乗せたいバス会社、お互いの意思の合致があります。バスの衛生やバス停の位置についても、みんな法律できまりがあります。さて、世の中には全部でいくつ法律があると思いますか? 生徒2君。」
生徒2:「200ぐらい?」
先生:「全然足りないです。」
生徒2:「では300。(先生は、さらにヒントを連発しました。)3000。」
先生:「そうです。六法全書ぐらいの厚さの本なら本棚3~4本分ぐらいになります。では次に問4へ行きましょう。契約とは何かな? プリントから見つけてください。」

【問4】「契約」を定義してください。
→社会で暮らしていくには、お互いある事柄を(  )することがある。こうした相互の(  )を契約と呼ぶ。

先生:「はい、『約束』です。A君とB君の間の約束を契約といいます。問1の(1)から(8)までの法律の中で、契約であるものはどれですか?」

【問2】上の解答の中で「契約」であるものはどれでしょうか?
生徒3:「民法。」
先生:「そうですね。物を売った、貸した、働いた、いろいろな契約があります。1つだけですか?」
生徒4:「国民年金法。」
先生:「そう。なぜかな? 契約っぽくないけれど、あえて言うと、お金を積み立てると65歳になるとくれるという約束とも考えられます。」

【問5】「契約」の前提として、必要な条件はどのようなことがあるでしょうか?
〔1〕物の持ち主には、その持ち物を自由に扱うことができる(  )絶対の原則がある。
〔2〕ある事柄について、当事者は自由に約束ができる(  )の原則がある。

→指名、回答(〔1〕「所有権」、〔2〕「契約自由」)
先生:「なぜこの2つが大事かというと、売買するとき、オレの物がオレの物でないと、売れないからです。王様のいる頃は、物の売り買いが自由にできなかった。みんな王様の物だからですね。そして王様を倒してから、契約自由の原則で、お互いの納得ずくなら売買できるようになったわけです。この2つは近代市民革命以来できた原則です。近代市民革命って、これから歴史でやるけれど、イギリスの清教徒革命と名誉革命、アメリカ独立革命、フランス革命ですね。市民革命で王様を倒したから、王様の物が自分たちの物になって、契約が自由に結べるようになりました。では問6へ。」

【問6】「契約」を結んだら、どのような義務が発生するでしょうか?
→契約が成立すると当事者はこれに拘束され、契約を(  )義務が生じる。

→指名、回答(「守る」)
先生:「はい、だから契約は絶対に守らないといけません。」

〈契約の例外〉(15分間)
先生:「中学校でクーリングオフって習ったでしょう? どんな内容でしたか?」
生徒5:「買った物を返す。」
先生:「半分以上あってます。なぜ返せるのですか?」
生徒5:「いらないから。」
先生:「いらないから返していいの?」
生徒5:「売る方は嫌です。」(中略)「不良品だから。」
先生:「なぜ契約破棄できるか。いらないからではなく?」
生徒6:「悪質商法があります。」
先生:「悪質商法をよく覚えていましたね。アンケートに答えてくださいとか、着払いで高価な物を送り付けるとか、あるでしょう。ああいうのはクーリングオフできます。なぜ悪質商法だとクーリングオフできるのですか?」

【問8】中学校で学習した「クーリングオフ」は、なぜ行ってよいのでしょうか?
生徒7:「だまされたから。」
先生:「やった! それ以外には?」

【問9】「クーリングオフ」以外に、消費者を保護する制度や法律をあげて下さい。
先生:「典型的なのは、中古車販売です。買おうと思う中古車が以前に事故に遭って修理した物だと、嫌ですよね? でも、私たちには事故車かどうかわからない。売る側と消費者の情報量がまったく違うときは、クーリングオフなどができるんです。これを『情報の非対称性がある』といいます。他にもないですか? たくさん例がありますよ。スーパーで高そうな国産黒毛和牛って書いてあるの、本当かな? 有名選手サイン入りボールとか、本当? 私たちの周りには、情報の非対称性でだまされそうな商品がたくさんあります。売る方も良心を持っていて、きちんと本当のことを表示しているから売買は成立しているけれど、消費者が表示などを信じられなくなったら、どこかがチェックしなくてはいけなくなります。
 このほかにも消費者を保護する制度には、製造物責任法があります。テレビが火を噴いたりしたとき、消費者に原因を証明する責任はなく、メーカーの責任とします。さて、変な物をつかまされて、文句を言いたいときは、どこへ相談に行ったらよいのでしょうか?」

【問10】もし、企業が「クーリングオフ」などの申し出に従わないときは、私たちはどこに相談に行ったらよいでしょうか?
生徒8:「保険会社。」
先生:「『警察』とか言ってほしいところでしたけれど。警察は、民事不介入の原則で、間に入ってくれません。プリントで探してみて。」
生徒8:「『消費生活センター』と『国民生活センター』。」
先生:「はい、トラブルになったときはそこに相談に行きます。この2つは絶対覚えておいて下さい。困った時にどこに駆け込めばいいか覚えておけば、人生は安心です。さて今日の授業のまとめです。契約は誰でも自由に結べる。しかし、結んだら守らないといけない。でも例外として、情報の非対称性があるときなどには解約できるということです。つまり、クーリングオフなどは例外であって、契約を守ることが大原則だということを理解して下さい。」

〈取材を終えて〉

 「特別授業プリント」には10の問いが書かれ、教科書の該当部分はB5版で6ページありました。教科書の中から、解答を見つければ答えられます。先生はあの手この手を使って、初対面の生徒から解答を引き出しては、解説をしていました。
 白井高校における3つのクラスの授業は、基本的に同じスタイルでしたが、それぞれ使用した教科書が違いました。授業後に、普段白井高校で「現代社会」を担当している先生を含めた協議会が行われ、藤井先生の感触が話されました。次回、千葉市立稲毛高等学校のレポートで、一連の取組みについての先生のご感想をお伝えしたいと思います。

 

注1:
以前に、消費者教育の授業をレポートしました。高校のプロフィールはそちらをご参照ください。
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