教科書別高等学校「現代社会」授業比較 その2― 千葉市立稲毛高等学校

 高等学校「現代社会」の教科書の違いにより、同一テーマの授業が法教育の観点からどのように変わるかを比較しようという取組みの第2弾をお届けします。今回は、2015年10月20日(火)に行われた千葉市立稲毛高等学校の授業についてお伝えします。

〈千葉市立稲毛高等学校のプロフィール〉
 1979(昭和54)年、千葉市立の2番目の高等学校として開校しました。1990(平成2)年、県内初となる国際教養科を設置し、以降、毎年海外語学研修を実施しています。また、文部科学省の英語教育等の研究指定校になるなど、国際人養成に力を入れています。2007(平成19)年4月には附属中学校を併設しました。周囲を大規模団地に囲まれ、また、稲毛海浜公園に隣接し、いなげの浜もほど近い、落ち着いた環境の学校です。JR総武線稲毛駅から千葉海浜交通バスまたはJR京葉線稲毛海岸駅から徒歩10分です。
普通科    各学年 7学級280名
国際教養科 各学年 1学級40名
(稲毛高校ホームページより)

〈授業〉
国際教養科3年I組 39名(男子9名、女子30名(うち1名留学中))
時間:2限(9:45~10:35)
場所:教室
教科:政治・経済
単元:法の意義と役割、契約について(特別授業のため単発)
教科書:清水書院の「現代社会」(p.86~87「法の意義と役割」、p.90~91「日本人の契約観」)
授業者:特別授業として藤井剛先生(明治大学文学部)(通常担当:新木将司先生)
教材:特別授業プリント(問が10問書いてあるもの)、教科書のコピー
cf.10月19日(月)に普通科(理系)でも2クラス、同様の特別授業を行っています。
 3年F組41名(男子33名、女子8名〔教科書は東京書籍を使用〕)
 3年G組41名(男子31名、女子10名〔教科書は教育出版を使用〕)

〈社会規範と法〉(25分間)
先生:「今日は特別授業で、法教育というものを1時間行います。プリント2枚の他は机の中にしまってかまいません。少し自己紹介をしますと、14年前まで稲毛高校の先生をしていました。また、国際教養科は1期生から10年間政治・経済などを教えていました。では、特別授業プリントの問1から始めます。」(先生が問1音読。以下、問については同様。)

【問1】街を歩いていると、次のような人に出会うことがあります。このような人に出会ったとき、あなたは「迷惑」に感じますか?
〔1〕電車の中で大声で携帯で話している人。
〔2〕音楽プレイヤーを聞きながら自転車に乗っている人。
〔3〕電車の中で化粧をしている人。
〔4〕人混みの中で、携帯をいじりながら歩いている人。
〔5〕自動車を運転しながら、携帯でおしゃべりをしている人。

先生:「では、みんなの感覚を聞いてみましょう。挙手してください。
 〔1〕を迷惑だと感じる人?ほとんどの人の手が上がりましたね。『たくさん』と書いておきましょう(笑)。〔2〕は? 10名ですね。〔3〕は14名。〔4〕は? お、また『たくさん』ですね(笑)。〔5〕が16名ですか。
 この質問は他の学校でも行ったことがあるのですが、けっこう君たち、感覚がずれてますね(笑)。まあ、それが国際教養科のいいところか……。他の学校では、〔1〕と〔4〕は半分ぐらいで、〔5〕がたくさんでした。〔5〕が少ないのはいけないね。なぜですか?」
男子1:「法律違反だからじゃないですか?」
先生:「うん、なかなかいいですよ。道路交通法という法律があって、たとえばスピード違反などをすると反則切符が切られます。その時支払うお金は『罰金』ではなく、『反則金』というんです。さて、反則金と罰金とは、どこが違いますか?(間)漢字を見て。どっちが悪そうですか? 女子1さん。」
女子1:「罰金の方。」
先生:「まさしくそうです。罰金は刑法上の罰で、刑法の殺人罪とかと同じレベルの刑罰の話です。もし刑罰を受けたら、履歴書に書かないといけません。それに対して、反則金は『ペナルティ』には間違いないのですが、刑罰ではなく行政上のペナルティなんです。ですから、履歴書に書かなくていいんです。大学進学のためにもらう調査書にも書かなくて済みます(笑)。」
男子2:「〔5〕で、自動車を運転しながら携帯で喋るのはだめといったけれど、ハンズフリーで喋るのも反則ですか?」
先生:「すごくいい質問です! 以前から『どうなのかなあ……』と思っていましたが、今度、弁護士に聞いてみます。」
新木先生(参観中):「警察としては、『やってはいけません』という行為です。以前、警察官に聞く機会がありましたが、極力やめてくださいと言われました。」

先生:「なるほど、勉強になりましたね。では、問2へいきます。空欄を埋めて下さい。」

【問2】上であげた人たちに対して私たちの社会はどうしたらよいのでしょうか?
→社会にはそれぞれ、人々がどのような価値観を持って、どのように行動すべきかについて、共通して受け入れられたきまりや考え方がある。これを(   )と呼び、私たちが安全で自由に生活するためには必要だと考えられている。

先生:「(間)うーーん。みんな鉛筆が進まないねえ……。答えがどこかにありそうな気がしない?」(机間巡視)「女子2さん?」
女子2:「ルール。」
先生:「そうですね、あるいは、社会規範ともいわれています。(教科書に沿って説明。)ルールは、一人しかいないところでは必要ありませんね。無人島に自分一人しかいないならば、何をしてもいいでしょう。赤信号で道を渡っても良いし(笑)。でも、2人以上になったら、安全で自由に生活するためにルールが必要になるわけです。ロビンソン・クルーソーの話を思い出してください。さて次に、問3です。この問は難しいよ、頑張ってね。」

〈ルールの分類〉(10分間)
【問3】下であげた「ルール」を、内容で分類してみましょう。
(A)高齢者に電車で席を譲る。
(B)ご飯を食べるときは茶碗を持つ。
(C)人を殺してはいけない。
(D)お金を借りたら返す。
(E)イスラム教徒は豚を食べてはいけない。
(F)18歳になったら選挙に行ける。
(G)人の物を盗んではいけない。
(H)法隆寺の壁に落書きをしてはいけない。
(I)ユダヤ教徒は、金曜日の日没から土曜日の日没までは、絶対に働いてはいけない。

(1)習慣は (2)道徳は (3)宗教は (4)法律は

先生:(2分後)「では、結果を隣の人と見せ合いっこして、自分の答えと違うときは、なぜ違うか話し合ってください。」
→一斉に2人組、あるいは4人ぐらいで話し始める。
先生:(2分後)「さて、(1)は?男子3君。」
男子3:「(A)と(B)。」
先生:「そうですか。次、(3)を先にしよう。男子4君?」
男子4:「(E)と(I)。」
先生:「(2)は? 女子3さん。」
女子3:「(A)。」
先生:「ここは答えが違う人がいるでしょう?(間)(4)は? 同じく女子3さん。」
女子3:「(C)、(D)、(F)、(G)、(H)。」
先生:「さあ、この5つと違う答えの人、絶対いるでしょう?(間)女子4さん。」
女子4:「(D)は道徳にして、法律は(C)、(F)、(G)、(H)にしました。でも、(C)と(G)は道徳にも入るかなって、迷っていて。」
先生:「いいですね。ちなみに、(A)は習慣なんですかね?(笑) ちょっと辞書を引いて『習慣』を調べてください。(間)習慣は、社会生活で普通にすることです。電車で高齢者に席を譲るのは、必ずしも普通にみんなするわけではないですよね。だから(A)は道徳だと思います。難しいのは(C)や(D)です。男子5君、先ほど周りの友だちと話していたことをみんなに解説してください。」
男子5:「『借りたお金は返す』というのは、社会生活の中で当たり前のことなので道徳だと思うのですが、それだと返さない人が出てくるじゃないですか。ですから、当たり前のことを守らすために法律にしたのではないかと思います。」
先生:「お金を借りて返すのは、根本は道徳なんですね?」
男子5:「そうだと思います。」
先生:「なるほど。(C)の『人を殺すな』、(D)の『お金を借りたら返せ』、(G)の『人のものを盗むな』などは、たしかに道徳的な教えですよね。でもあえて、絶対やってはだめ、と法律で決めているんだね。だから、『法は必要最小限度の道徳である。』と言われています。この言葉の意味は、ここまでの説明で分かると思います。問5にも書いてあるけれど、法と道徳の違いは、何かがあるかないかですね。」
女子5:「罰。」
先生:「そうです。お年寄りに電車で席を譲らなくても、白い目で見られるだけです。でも、そういう道徳の中でも、これだけは絶対に守らないといけないというものが法律になります。分かりましたか? ただし、法律は道徳に関連するものだけではありません。道徳に関係のない法律もあります。そのような法律をあげてください。(間)ヒント、『青信号』」
女子6:
「進め」(みんな爆笑)
先生:「『赤が進め』でもいいじゃないですか。でも、とりあえず『青は進め、赤は止まれ』と決めたんですね。なぜでしょうか?」
男子6:「とりあえず決めておかないと危ないからです。」
先生:「その通りですね。ということは、法律はすべて道徳と関連しているのではなく、なかには、社会の安全や合理的に生活するためのルールも含まれているんですね。さて、問4はとばして、問7へ行きます。」

〈契約について〉(15分間)
【問7】法律はたくさんありますが、そのなかに「民法」という法律があります。主に「契約」や「家族の問題」「誰の物か」などを規定していますが、次のうち「契約」であるものをあげて下さい。
〔1〕コンビニで飲み物を買った。
〔2〕駅の自動販売機で目的地までの切符を買った。
〔3〕お父さんに「父の日」のプレゼントをあげた。
〔4〕友だちとポケモンカードを交換した。 
〔5〕お母さんからお小遣いの前借りをした。
〔6〕バス停で待ち、来たバスに乗った。

先生:「〔1〕は?」→ほぼ全員挙手。
先生:「〔2〕は?」→かなり挙手。
先生:「〔3〕は契約とは違いますね。お父さんに、毎年『父の日には必ずプレゼントをあげる』と約束している人はいますか(笑)? では〔4〕は?」→過半数挙手。
先生:「少ないね。『交換の約束をした。』だったらどうですか?」
女子7:「契約です。」
先生:(〔5〕は全員契約に挙手。)「〔6〕は?」→挙手少数。
先生:「〔6〕は契約です。」
一同:(「意外」を表す声)
先生:「なるほど、そこに驚きますか……。今までの6問から、契約を易しく定義すると何でしょう?(間)どこかに書いてあるよ。あ、定義は書いてないか。」
女子8:「約束を交わすこと。」
先生:「はい、約束をすることです。〔1〕は、飲み物をレジへ持っていったら『売ってください。』という意味で、店員さんが受け取ったら『はい、いいですよ。』で、契約成立です。〔2〕は自動販売機だから、それがお金を入れてボタンを押すことで自動的になっているだけです。〔3〕は、プレゼントをあげる約束をしたら契約だけれど、1回あげただけだから違いますね。〔6〕は、バス停で待っているというのが、『バスに乗りたい。』という意思表示で、バスが止まってドアが開くのが『乗っていいよ。』という意思表示です。この説明で納得できたかな? 次はみんなの常識を問いましょう。問8です。」

【問8】携帯電話を買う場合、いつ「契約」が成立したといえるのでしょうか?
〔1〕お店の人に「これ下さい」と言い、お店の人が「はい」と言った時。
〔2〕契約書に印鑑を押した時。
〔3〕お金を払った時。
〔4〕携帯電話を初めて使った時。

先生:「この問題は、本来は迷うはずです。ただし、先ほど説明しちゃったからね。〔1〕だと思う人は?」→かなり手が挙がる。
先生:「先ほどの説明を聞くまでは、多くの人は〔2〕か〔3〕だと思ったでしょ?契約は『意思主義』といって、買い手と売り手の意思が一致すれば成立するんです。ですから、お金や印鑑は必要ないんです。とすると、今まで自分たちが普通にやっていることのなかに、結構危ないことがあるんです。たとえばレジで『この筆箱ください。』といって、お店の人に渡してから、やっぱりレジの隣にあった筆箱の方がよくなって『こちらの筆箱にします。』といったことありませんか?(笑)ほんとはだめだということは、今の説明でわかったよね。いいですよと言ってくれるのは、お店の人の善意なんです。(生徒、うなずく。)ですから本当は、最初の筆箱を買う義務があるんです(笑)。ここからわかることは、『契約する』、『物を買う』ときは、絶対慎重にしないといけないということです。では、問9。」

【問9】「契約」を結ぶとき、私たちが意識しておかなければならない原則をあげましょう。
→「契約」は、誰とするか、どのような内容にするか、もちろん契約するかしないかも自由である。これを(  )の原則と呼んでいる。契約は、信頼関係が損なわれない限り、一方的に(  )ことはできないことになっている。

女子9:「『契約自由』と『打ち切る』。」
先生:「その通りです。確認ですが、これは近代法の大原則です。近代市民革命って、勉強したでしょ? 市民革命以来の大原則です。(この部分の説明は省略)注1問10へいきます。」

【問10】中学校で学習した「クーリングオフ」は、なぜ行ってよいのでしょうか?

先生:「クーリングオフって何ですか?」
女子10:「一度契約したものを解除できること。」
先生:「そうですね。なぜできるのか、プリントに書いてください。」(間)「女子11さん。」
女子11:「悪徳商法から消費者を守るためです。」
先生:「そうです。でも、なぜ守られなくてはならないですか?」
男子7:「契約するときに、買い手が売り手と平等に物を買う権利があるから。」
先生:「つまり消費者には、ちゃんとしたものを買う権利があるということですね?どのような『ちゃんとしていない』例がありますか?」
女子12:「(そのものの価値よりも)高額なものを売りつけられる場合。」
先生:「そうですね。だから、さっきの意思主義からいうと?」
女子13:「買う側の意思が尊重されていません。」
先生:「そうです。『甘いスイカ』だと八百屋の親父さんの太鼓判をもらったから買ったのに、甘くなかったら約束と違いますね。中古車を買う場合がいい例です。以前、事故を起こして修理をしたことがある車かどうか、売る側は知っているけれど、買い手は知らないということがあります。事故車だったら、普通買いたくないでしょう。つまり、お互いの持っている情報が平等でないといけない。平等でない場合、買い手が間違った意思表示をしてしまいます。このように情報が平等でないということを、『情報格差がある』とか『情報の非対称性がある』といいます。
 普通に生活していたら、圧倒的に私たちには情報格差がありますよね。スーパーで売っている商品の表示は、本当かな? 携帯で履歴が読み取れるとかいうけど、それも本当なのかな? 日本は嘘の表示がないと割と信じられるから、表示を信じて買い物をするんですね。もし売る側が嘘をつくようになったらどうしますか?(間)国や地方自治体がチェックせざるを得ないでしょう? つまり生産者や販売者が信用できないと、それをチェックする公務員を増やさないといけないんです。そのため、みんなの常識と違うと思うのですが、先進5か国で人口1万人当たりの公務員の数が一番少ないのは、日本なんです。
 では、今日のまとめです。社会にはルールがあります。その中で、罰則付きで守ってほしいとされているルールが法律です。また、契約は守らなくてはいけないというルールは、近代法の大原則ですが、情報の非対称性がある場合など、例外としてクーリングオフができることになっています。」

〈授業後検討会より〉
・社会規範と法について
 「人を殺してはいけない」「お金を借りたら返す」「人の物を盗んではいけない」については、道徳という回答も期待されていたそうです。「高齢者に電車で席を譲る」ことが習慣という回答は、回答した生徒の留学経験からでた可能性があるかもしれません。特にヨーロッパではすぐ立ちますから。授業を行った国際教養科は帰国子女など海外生活が長い生徒もいます。習慣は社会によって違うというフォローをしてほしいと、通常授業を行っている担当者へ話されていました。

・情報の非対称性と消費者被害対策について
 本日の授業は、清水書院の「現代社会」教科書を使用しています。本日使用した教科書のページには「情報の非対称性」の記述がありませんし、消費生活センターと国民生活センターの記述もありません。しかし、清水書院の教科書では、経済の「市場の失敗」のところで扱っているとのことでした。どこに記述があるにせよ、消費生活センターと国民生活センターについては、これから社会に出る生徒にぜひ知っておいてほしいそうです。

・授業者による授業の同一性について
 レポートその1でお伝えした千葉県立白井高等学校における特別授業後の検討会でも言われていましたが、違う教科書を使用してその教科書に沿った授業展開をしても、授業者が同じ場合、教科書の記述がなくても、どうしても「これは知っておいてほしい」ことを補足してしまうとのことでした。また、学級の特性により、同じ教科書で授業をしても、生徒の反応が違うために同じような授業展開にならないこともあるそうです。比較と一口に言っても、難しいという感想でした。

〈取材を終えて〉
 一連の企画では、4社の教科書が使用されました。すなわち、同一テーマによる4種類の授業が実践されたわけですが、その中から2種類の授業を2回にわたってご紹介しました。前例を見ない画期的な取組みにより、法と契約というテーマについて、法教育の視点から教科書の使い勝手が細かく検討された様子でした。授業者による補正、生徒たちの個性による相違という、社会科学研究ならではの条件統一の難しさが感じられる一方、教科書の特色に応じた授業方法の工夫など、研究成果も期待されると思います。
 この研究については、2015年11月7日、8日に行われた日本社会科教育学会で発表されました。

 

注1:
教科書別高等学校「現代社会」授業比較その1のp.4【問5】の先生の解説に同じ。
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