日本公民教育学会春季公開シンポジウム  ―新科目「公共」に何を期待するか―

 2017年4月2日(日)13:00~16:30、日本公民教育学会春季公開シンポジウム「新科目『公共』に何を期待するか―」が東洋大学を会場に開催されました。2017年4月現在、高等学校学習指導要領の改訂に向け検討が進んでいますが、公民科の科目構成を見直し、共通必履修科目としての「公共」を設置し、その上に選択履修科目「倫理」および「政治・経済」を置く方向になっています。新科目「公共」と法教育の関係はどうなるでしょうか。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉
13:00~13:15 挨拶、趣旨説明
13:15~13:35 「公民教育の一層の充実に向けて―新科目「公共」の方向性―」
13:35~15:10 「新科目「公共」に何を期待するか」~「政治的主体」「経済的主体」
        「法的主体」「様々な情報の発信・受信主体」各側面から
15:20~16:30 質疑応答

1 趣旨説明

栗原 久 先生(東洋大学)
 本日は、「政治的主体、経済的主体、法的主体、様々な情報の発信・受信主体」の育成をそれぞれ目指している団体で研究している方に発言をしていただき、新科目「公共(仮称)」の構成案から大項目(2)を中心に「公共」の可能性と課題について検討したいと思います。(日本公民教育学会の本シンポジウム案内より)

2 「公民教育の一層の充実に向けて―新科目「公共」の方向性―」

樋口 雅夫 先生(文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官)
〈現行の学習指導要領と次期学習指導要領の相違点〉
 現行の学習指導要領は、言語活動の導入に伴う思考力等の育成に一定の成果は得られつつあるものの、全体としてはなお、各教科等において「教員が何を教えるか」を中心とした構造だったといえます。そのため、学習を通じて「何ができるようになるか」よりも、「何を知っているか」が重視されがちとなりました。文部科学省の検討会では、次期学習指導要領について、学習する子供の視点に立ち、育成を目指す資質・能力を起点とした構造にすべく、見直しを図りました。「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」の平成26年3月31日取りまとめはホームページに掲載されていますので、ご覧ください。このような流れを受け、公民科の目標を達成するために、高等学校教育において「主体的に社会参画するための力を育てる新たな科目等」として新科目「公共」を設置するとの答申が出されました。

〈これからの学習指導要領改訂の方向性〉
 「何ができるようになるか」「何を学ぶか」「どのように学ぶか」「子供一人一人の発達をどのように支援するか」「何が身に付いたか」「実施するために何が必要か」の6点に沿って学習指導要領の要「総則」を抜本的に改善し、必要な事項を分かりやすく整理します。よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を共有し、社会と連携・協働しながら、未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む「社会に開かれた教育課程」の実現を目指します。「何を学ぶか」については、各教科等で育む資質・能力を明確化し、目標や内容を構造的に示します。「どのように学ぶか」については、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて、「アクティブ・ラーニング」の視点からの授業改善が目指されます。

〈高等学校新科目「公共」の構造〉
 新必履修科目「公共」では、「グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者」を育成することが目指されます。育成を目指す資質・能力等の詳細は文部科学省ホームページをご覧ください。学習指導要領における内容は、(1)「「公共」の扉」、(2)「自立した主体として国家・社会の形成に参画し、他者と協働するために」、(3)「持続可能な社会づくりの主体となるために」の3つの大項目で構成されます。このうちの(2)では、「ア 政治的主体となる私たち」「イ 経済的主体となる私たち」「ウ 法的主体となる私たち」「エ 様々な情報の発信・受信主体となる私たち」の4つの主体が挙げられています。

3 「新科目「公共」に何を期待するか」~4つの主体の側面から

(1)政治的主体
蓮見 二郎 先生(九州大学)

 
 「政治」とは社会問題について公共の利益を目指したルール形成であり、政治学においては、政治問題を議論をする領域においては、全ての人に受容可能な理由である「公共的理性」に基づくべきである、とされてきました。政策、政治制度、政治参加の3つのレベル全てで公共的理性が求められます。政治的主体にとって、「公共」において期待される「論拠に基づく議論」の第一の論拠、「選択・判断の基準」の第一の基準に当たるのが公共的理性です。
 熟議民主主義に親和的な公共的理性論は、私的な利益を追求する集団が跋扈する現状では魅力的な方向性といえます。しかし世俗的市民に有利な一方、宗教的市民には(自己変容を求めるものであれば尚更)、不利になります。したがって、公共的理性能力の格差への敏感性も重要といえます。

(2)経済的主体
水野 英雄 先生(椙山女学園大学)

 
 これまでの公民や政治・経済の教科書では、近代経済学とマルクス経済学といった対立軸を挙げて混在した記述がされてきました。しかし、大学では現在の主流となっている近代経済学を中心に教えており、「公共」も近代経済学に基づいたものになります。経済学は、「合理的な選択を行うことで個人も社会もよいことになる」「(市場における)私的利益の追求が社会的利益となる」ことでよい公共的な空間が形成されると考えます。
 「公共」における経済は、【1】「経済と○○」として教えます。経済問題を解くための政治であり、経済問題をルール化するための法律です。【2】「使う順番」に、社会人になって必要なことから教えます。【3】大学への接続を考え、近代経済学の内容を教えます。【4】アクティブラーニングによって、経験的に学ぶことが効果的です。

(3)法的主体
橋本 康弘 先生(福井大学)
 樋口調査官から紹介いただいた高等学校学習指導要領における「公共」の方向性からは、大項目の(2)の「ウ 法的主体となる私たち」の題材として、「裁判制度と司法参加…」、「ウ 法的主体となる私たち」と「エ 様々な情報の発信・受信主体となる私たち」に関連し合う題材として「消費者の権利や責任、契約…」が挙げられています。それだけにとどまらず、「法的主体となる私たち」では、全ての題材は法に係わると考えると、幅広く現代社会の諸課題を捉え考察し、選択・判断する「基軸」ための選択原理を題材とすると考えるといいのではないかと思います。大項目(1)「公共の扉」の「ウ 公共的な空間における基本原理」では、法に関わるような制度の在り方を考えていく必要があると考えます。

 2016年に実施された高校生調査の紹介をさせていただきますと、「法の支配」を正しく理解している生徒の割合は非常に低くなりました。また、「政治に関する議論をする際に相手を傷つけないよう、批判することは慎むべき」とする意見が多い、「多くの人命にかかわる重大な犯罪が発生しようとしている場合、自白を強要してもいいと思う」意見が多いという結果になりました。どういう教育をするべきか、問われると考えます。
 「法的主体」となる子どもはどのような判断基準に依拠しやすいかといえば、「日常知」に引っ張られるといえます。その点を踏まえ、判断をさせるプロセスにおいて子どもの自由にさせてはいけないといえます。子どもが日常では依拠しないような法的な判断基準をどう授業に入れ込むかが大事です。「公共」の科目案を見る限りでは、「法的主体」に関しては司法中心になるように見受けられますが、広領域の内容、生徒自身が興味関心を持てる内容、憲法上の価値が対立する問題など、広く法に関する論争問題を扱うことが望ましいと考えます。

(4)様々な情報の発信・受信主体
鴛原 進 先生(愛媛大学)

 
 様々な情報の発信・受信主体として「国家・社会の形成に参加し、他者と協働」できるような生徒を育てるためには、【1】「公共」で多くの情報を得て整理することを学習してほしいと考えます。【2】「倫理」「政治・経済」の内容に加え、アクティブ・ラーニングを通して実社会を学ぶことが大切です。実社会に直結する学習が、様々な情報の発信・受信主体としての子ども達に必要です。【3】教科書は格好の題材です。テキストの中身がいかに真実になっていったかというプロセスを学ぶことが必要です。いわばサイド・ストーリーを知ることにより、世の中は固定されているものではなく、自分たちで変えられるものと捉えるようになります。社会の見方が変わることで、自らも発信主体として捉えることができるようになるのです。

〈取材を終えて〉
 質疑応答では、「答申に示された「高等学校学習指導要領における「公共」の改訂の方向性」に憲法学習・人権・日本国憲法といった文言がないように見えるが?」という質問が多く寄せられたと報告されました。調査官からは、これから学習指導要領の改訂が進む予定であり、さらに学習指導要領解説ができれば詳細が明らかになるとの説明がありました。あくまで公民科の目標を達成する科目であることが強調されました。
 新科目「公共」は、まだ学習指導要領案が公表されていない段階であり、本レポートも大筋を取り上げるにとどめさせていただきました。今後、「公共」における法教育がどのような授業として実現するようになるか、注目していきたいと思います。

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