市川学園市川中学校 公民アクティブ・ラーニング「損害の公平な分担から正義・公正の視点を学ぶ」授業

 2017年6月24日(土)10:35~16:00、社会科授業研究会が市川学園市川中学校・市川高等学校で開催されました。その中から、中学校3年公民の「損害の公平な分担から正義・公正の視点を学ぶ」アクティブ・ラーニング授業と授業後研究会の模様をお伝えします。(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈市川学園市川中学校のプロフィール〉

 1937(昭和12)年、古賀米吉氏が創立者となり、千葉県市川市に市川中学校開校。1947年、新制市川中学校設置認可。2003(平成15)年、現在地に新校舎を新築移転し、中学校男女共学化。2010年、学校週6日制に移行。JR本八幡駅・市川駅、京成線などよりバス。

生徒数(各学年8クラス)     (2017年5月1日現在 本校ホームページより)
学年 男子 女子 合計
1年 205 119 324
2年 199 140 339
3年 201 126 327
合計 605 385 990

〈授業〉

3年6組 40名(男子25名、女子15名)
10:35~11:25 場所:メインルームB(特別教室:電子プロジェクター、ホワイトボード設備)
教科:公民AL(アクティブ・ラーニング)
単元:対立と合意/効率と公正
テーマ:「損害の公平な分担から正義・公正の視点を学ぶ」(全2時間、本時は第2時)
教材:「ゲーム機が壊れちゃった」(参考教材:法教育フォーラム教材倉庫 中学生向け「わたしたちと社会生活~バイオリンが壊れちゃった!~」)
授業者:笹尾弘之 教諭、反町義昭 弁護士

〈前時の授業内容〉

〔1〕「正義」と聞いてどんなイメージを思い浮かべるか、生徒の個人用iPadに書き込み、他の生徒と意見を共有。(以降、同様の方法で意見を共有。)
〔2〕事例「ゲーム機が壊れちゃった」を読み、登場人物A・B・Cの立場になるグループを作って言い分を考えました。グループごとに意見をまとめ、他のグループと意見を共有。
〔3〕それぞれのグループで、問題の解決のためにA・B・Cの負担金を考え、その理由を第2時に発表する予定が伝えられました。

【「ゲーム機が壊れちゃった」のあらすじ】
 ある日の昼休み、Aさんは発売されたばかりの最新型ゲーム機(3万円)を学校に持ってきて、教室でクラスメイトに自慢していました。クラスメイトのBさんもそれが欲しかったのですが、大人気商品のため売り切れで買うことができませんでした。
学校にゲーム機を持ってくるのは、校則違反でした。そこでBさんは、放課後、教室に誰もいなくなったすきを見て、Aさんのロッカーを開け、ゲーム機を取り出して自分のポケットに隠しました。教室からゲーム機を持ち出してしばらく自分でゲームを楽しんでから、担任の先生に、Aさんが校則違反の物を持ってきていたといって提出するつもりでした。
 Bさんが走って教室から廊下へ出ようとしたとき、左方向からすごい勢いでCさんが走ってきました。BさんはCさんと衝突し、衝撃でゲーム機がポケットから飛び出して、壊れてしまいました。Cさんはバスケットボール部の練習に参加していたのですが、プレー中に怪我をした部員のために、急いで保健室に先生を呼びに行こうとしていたのです。校則では、廊下は左側を歩くとし、走ってはいけないと決められていました。
 この日、Aさんは担任の先生からゲーム機を持ってきたことについて厳しく注意を受けました。ゲーム機は破損が激しく、修理は不能でした。そこでAさんは、壊れたゲーム機の弁償として、新品の代金3万円をB・Cの2人で払ってもらいたいと考えました。

〈本時の授業〉

 生徒は、前時に分けたA・B・Cの立場を1名ずつ混ぜた3名1グループになっています。生徒の個人用iPadの内容は、先生の電子プロジェクターに反映されます。
【導入】(5分間)
先生:「前回は、正義について考えるため、事例のA・B・Cそれぞれが負担する金額を考えました。自分の意見を確認してください。」
→Bの払う金額が一番多く、AはBより少なめ、Cはごく少額とする生徒が多くみられました。
【ワーク1―A・B・Cが負担すべきと考える金額の理由を説明する】(10分間)
先生:「では、自分がそう考える理由をiPadに書いてください。それから、自分がなぜその金額にしたか、理由をグループの人に説明してください。」
→あるグループで真っ先に発言したのは、Cさんの立場の生徒で、払うべき金額は0円としていました。理由は、「Cの罪は走っただけだから。Bがゲーム機を持ち出さなければよかった。」それに対し、Aの立場の生徒は、「Cさんも申し訳程度に払ったら?」

【ワーク2―ワーク1を踏まえ、妥協案を作る】(5分間)
先生:「A・B・Cそれぞれの意見を踏まえ、3名が妥協できるような案をグループで作ってください。」

【妥協案発表】(5分間)
 3つほどのグループが理由とともに妥協案を発表しました。
・1班
 A:1万5千円…校則に規定されている、壊れたり盗まれたりしたら困るような高価な物を持ってきたから。
 B:1万5千円…Aに無断でゲーム機で遊ぼうとしたのがよくなかったから。
 C:0円…部活動で怪我をした仲間のために走ったから。
・2班
 A:1万2千円…校則違反の物を持ってきたから。
 B:1万5千円…Aの物を勝手に持ち出して、隠れて遊ぼうとしたから壊れたと考えられるから。
 C:3千円…廊下を走ったのは校則違反だが、事情を考慮すると罪の程度は軽いから。
先生:「AさんやCさんの負担金を一番多くするグループはありませんね。」
【弁護士の分析】(15分間)
先生:「弁護士ならこの事案をどう考えるか、分析してもらいます。この学校の卒業生で、皆さんの先輩の弁護士です。」
 ホワイトボードには、事前に次のような空欄だらけの模式図が書いてありました。

1 ___の責任は?
 __の不注意 →__損害(3万円)
2 ___の責任の割合は?
 損害の原因=___      
       ↓        
       ___の原因は?=    目的:
                    手段:
3 ___の責任は?
 →___の原因ではない。

弁護士は、空欄を埋めながら解説していきました。
弁護士:「法律にはいろいろな考え方があります。ですから、私の出す結論よりも、考え方のプロセスを重視して聞いてください。
 まず、正義・公正とはどういうことか考えます。今日の事例では、3人の当事者の負担する金額をいくらにするのが正義・公正といえるかということです。喧嘩両成敗というように、全員1万円ずつと考えるのは、形式的正義といいます。事情に関わらず機械的に一律に払う、という考え方です。日本社会にも例がありますね。ヒントは、買い物の時です。」
生徒:「消費税。」
弁護士:「そう、消費税です。形式的正義のメリットは、いつどこで誰が判断しても同じ結論が出ることです。これ自体は公正なことです。誰が判断しても取り扱いが同じになるからです。
 しかし、今日、皆さんは3人とも同じにすることが公正とは考えませんでしたね。個別の事情、それぞれの責任の大きさに従って考えました。それを実質的正義といいます。
 では、具体的に考えましょう。まず被害者は誰ですか?Aさんですね。ゲーム機を壊されてしまった。では、BさんとCさんは弁償しなければならないでしょうか?不注意で他人に損害を与えたら、弁償しないといけないということが民法という法律で決められています。Bさんは教室から無断でゲーム機を持ち出していますし、Cさんは勢いよく廊下を走っていました。2人とも不注意なところがあったといえるので、BさんとCさんはゲーム機を弁償しなければなりません。」

1 B・Cの責任は?
 B・Cの不注意 → A損害(3万円)

弁護士:「では、BさんとCさんの責任の大きさは同じでしょうか。それぞれの責任の大きさに応じた割合で負担するのが実質的正義の考え方です。そこで、ゲーム機が壊れた原因は何でしょうか?BさんとCさんの衝突ですね。では、この衝突の直接の原因は何でしょうか?それはCさんが廊下を走っていたことです。Bさんがゲーム機を持ち出しただけでは衝突は起こりませんが、Cさんが廊下を走ったことは、まさしく人と衝突するかもしれない危険な行為だからです。ですから、損害の原因を作ったCさんの責任の方が大きいと考えられます。
たしかに、Cさんは怪我人のために保健室に先生を呼びに行こうとしていました。これは正しい目的です。しかし、Cさんの行為は校則違反でした。他の方法で先生を呼ぶなど、他の手段もあり得たと考えると、手段は正当化できません。目的と手段の両方が正当でないといけません。」

2 B・Cの責任の割合は?
 損害の原因=B・C衝突 
        ↓        
衝突の原因は?= C  目的:正当
            手段:校則違反

弁護士:「最後に被害者であるAさんの責任を考えます。民法のルールでは、被害者側にも落ち度があった場合、実質的正義の観点から、その落ち度の割合に応じて弁償する金額を減額することができます。Aさんには、ゲーム機を学校へ持って来たという落ち度がありました。では、この落ち度をどの程度考慮するべきでしょうか?たしかに、そもそもAさんがゲーム機など学校へ持って来なければ良かったわけですが、でもそれは、ゲーム機が壊れた直接の原因、つまりBさんとCさんの衝突の原因であったとはいえません。もちろんAさんには校則に違反した責任があるので、それについては先生に厳しく注意されました。しかし、この校則違反の責任は、損害を弁償する責任とは別の責任であると考えられます。あくまで損害を弁償する責任について実質的正義を考えるにあたっては、Aさんの落ち度は大きいとはいえないのです。」

3 Aの責任は?
 → B・C衝突 の原因ではない。
弁護士:「このように考えてくると、次のことがいえます。

1 B・Cには責任がある。
2 Bの責任よりCの責任の方が大きい。
3 Aの責任は小さい。
その結果、A:B:C=1:4:5=3千円:1万2千円:1万5千円となります。」
弁護士:「この結論に納得した人は?」→3名ぐらい挙手。
弁護士:「納得しない人は?」→約5名挙手。
弁護士:「それでいいんです。自分の出した結論について、筋道を立てて理由を説明できることが重要です。そのときに取り入れてほしいのは、形式的正義と実質的正義という視点です。」
【振り返り】(10分間)
先生:「こういう考え方の段取りを組んでいくと、筋道を立てて回答できます。弁護士の考え方の順序が大事です。では、自分の感想をiPadに書いてください。」

<生徒の感想から>
・自分と弁護士の判断が全く違い、思考のプロセスは難しいと感じた。
・自分達の分析は主観的で感情的になってしまうが、損害の直接的原因や衝突の原因は何かと考えることを理解した。
・考え方のプロセスを立てることで、負担額が決めやすくなることが分かった。
弁護士:「負担額を考えることは、誰が悪いかという問題とは違います。損害の賠償ということは、悪い人は誰かということと少し視点が違うのです。もちろん感情は大事です。一般の感情を裁判に取り入れるために、裁判員裁判制度ができました。ただ、生の感情を感情として伝えるだけでは、問題の解決にはなりません。説明するプロセスを考えてほしい、というのが今日の授業でした。」

〈授業後研究会より〉

【市川中学校・高等学校の今年度の社会科方針について】
「論理的思考をし、表現できる力を育成する」という方針のもと、特に書く力を重視しています。中学3年生は、「根拠をもって自分の意見を述べること」「多面的な見方」も培います。
【中学3年公民ALについて】
・笹尾弘之先生より
 公民は週3単位あり、2単位は普通の授業、1単位がアクティブ・ラーニング(AL)で具体的実践をする授業となっています。今日の授業では、自分の意見を形成すること、結論に至るまでの法的なプロセスを理解すること、法的なプロセスに沿って出した結論は、自分にとっての正解となることを理解することを目指しました。先ほどの授業後には、弁護士の結論に納得がいかないという生徒が、弁護士に自分の意見を伝えに行っていました。試験にも事例問題を出し、生徒が書いた論理のプロセスを評価したいと考えています。
 反町弁護士とは、今日のアドバイザーの藤井剛先生が立ち上げられた千葉法教育研究会で出会い、お世話になっています。

・アドバイザーより
「アクティブ・ラーニングを取り入れた授業」
藤井 剛先生(明治大学特任教授)


(Dale, Edgar(1946)
「The“Cone of Experience”(経験の円錐)」)

 アクティブ・ラーニングがどうして提唱されたのかといいますと、「ラーニング・ピラミッド」の図で示されていますように、例えば知識の定着率は「他の人に教えること」など「生徒が動いた」方が、座学などと比較してはるかに高いからです。アクティブ・ラーニングの方法は、文部科学省の定義にありますように、グループ・ディスカッション他いろいろあります。しかし、生徒を動かせばアクティブ・ラーニングというわけではありません。授業の目標や教材を活かすために、どのような教育手法(メソッド)が一番効果的かを考えて、その手法が「動かす」ことならばアクティブ・ラーニングを用いるのです。ただ「生徒を動かす」ことだけを目的をする授業が見受けられますが、そのような授業を悪口で「アクション・ラーニング」と呼んでいます。またアクティブ・ラーニングというと、「50分動かす」必要があると思い込んでいる方も多いと思いますが、そんなことはありません。私が実践している一番短いアクティブ・ラーニングは、授業の終わりの5分で行うものです。「さて、『今日の授業のエッセンスをとなりの人に1分間で説明する』ための準備時間を2分あげます」といって、今日の授業をまとめさせ、お互いが1分ずつ説明し合うというものです。非常に効果的ですので、是非実践してみて下さい。
今日の授業では、「最初に考え方のアプローチを示し、このアプローチで議論しなさい」という手法も考えられたと思います。また、時間に余裕があれば、「弁護士に対し生徒に反論させる」というやり方もありえます。
 また今日の授業は、生徒の常識をどんでん返しする衝撃がありました。そこから思考のプロセスの重要性を伝えたといえます。参加された他校の先生方は、自分の学校に持ち帰って、カスタマイズしていただければと思います。

〈取材を終えて〉

 ゲーム機の弁償はどういう分担になるのか、生徒は弁護士の回答のプロセスに引き込まれていたようでした。弁護士の結論に納得がいかないと挙手した生徒は少なかったですが、Cさんの負担はごくわずかとする意見が多かった様子から、納得がいかなかった生徒は多かったと思われます。そうすると、何とか自分の意見の正当性を強化しようと考えることになるでしょう。生徒にモヤモヤ感を残せたら、授業の意図は達成されたと思いました。実際、授業後に弁護士に反論しに行った生徒がいたことは素晴らしいと思います。
 今回の市川中学校の授業については、2017年度の法と教育学会学術大会でも研究発表がされます 。
 本日の教材「ゲーム機が壊れちゃった」の元となった教材「バイオリンが壊れちゃった!」は、お茶の水女子大学附属中学校で作成され、同校3年生の模擬調停の授業実践がされています。そのレポート(http://www.houkyouiku.jp/10121601)もご参照ください。

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