2017年度法と教育学会「教材作成ワークショップ」

 2017年9月2日(土)10:30~18:00、法と教育学会第8回学術大会のプレイベント「教材作成ワークショップ」が商事法務研究会会議室で開かれました。「高校教諭と労働法学者の往復書簡」シリーズにご登場いただいた労働法の荒木尚志先生(東京大学)をお招きし、話題提供をしていただいた後、教員や弁護士の先生方が教材作成に取り組みました。荒木先生のお話のあらましをお伝えします。(当日のレジュメより適宜引用させていただきます。)

〈教材作成ワークショップのタイムテーブル〉

10:30~10:35 開会・趣旨説明
10:35~12:20 荒木尚志先生による話題提供、質疑応答
13:10~15:40 個人による教材作成
15:50~17:50 作成された教材についての意見交換・協議

〈話題提供〉

「労働法を素材とした法教育のために」
荒木尚志先生(東京大学教授)
1 はじめに―労働法と法教育
 戦後、市民に対する労働法教育は大きな課題でした。今も毎年、東京と大阪で、一般労働者・労働組合関係者・人事担当者を対象とした労働大学を開催しています。東京での会場は東京大学ですが、毎年参加者で一杯になります。学生時代のアルバイト経験により、労働法なんてないも同然と感じて社会に出ていくのは不幸なことです。生徒に対する法教育の素材として労働法を取り上げていただくことは、素晴らしいことだと思います。
 2013年に、高校教諭の河村新吾先生と労働法教育についての往復書簡をさせていただいた折、労働法の法教育を次の3つに分類してみました。
0)労働法を知る:法知識(実践知)を伝達するための法教育
 労働者が自分の権利を守るために知識を得ることは大事です。注意すべき点は、知識を問う教育になってしまうと、法とは何かを考えることがなくなることです。
1)労働法で考える:社会の中の契約・合意を考えさせるための法教育
 労働法的に契約や世の中について考えることも大事です。契約とは、二人の市民同士が合意することであり、「合意・約束をした以上、その約束を守ること」が市民法の大原則です。この大原則を破るのが労働法で、「労働法的に考える」とは、「なぜ労働法があるのかを考える」ことです。
2)労働法を考える:社会変化の中で、今後の法の役割を考えさせるための法教育
 労働者が多様化している今日の社会で、労働基準の最低基準をどう決めたらいいのか考えることは、立法論を考えねばならないということです。
 この3つの法教育へのアプローチはいずれも重要ですが、具体的な問いかけなどの場面では、そのいずれを目指した教育をしようとしているのかを認識することが有益だと思います。

2 憲法と労働法の体系
 労働法は、A:「個別的労働関係法」、B:「集団的労働関係法」、C:「労働市場法」の3分野に分けて把握されています注1。Aは労働保護法と広義の労働契約法(例:労働契約法、労働契約承継法等)に分けられ、労働保護法はさらに労働人権法(例:労働基準法の総則等、男女雇用機会均等法等)と労働条件規制法(例:労働基準法)に分けられます。労働人権法は、憲法の各種の人権規定に対応していると考えられます。労働条件規制法は憲法27条2項注2・3項注3に基づいて定められたものです。労働契約法は2007年に制定されましたが、もともとは明治以来の民法の「雇用」の節(民法623条~631条)に規定されていた雇用に関するルールに関するもので、そうしたルールは今の憲法ができる以前から存在していました。これが、戦後、裁判例が蓄積する中で解雇権濫用禁止といった判例法理が形成され、それらを条文の形で立法化したものです。このように、「個別的労働関係法」はどんどん発展しています。Bの例は労働組合法、労働関係調整法で、憲法28条注4に根拠を持つ立法です。Cの例は、職業安定法、雇用保険法、労働者派遣法などで、憲法27条1項注5の労働権の保障に対応したものです。仕事を見つけたい人と労働者を見つけたい人をマッチングさせるためのシステムを整える法です。
(2のレジュメの冒頭には、憲法25条が掲載されていました。)
 労働関係の特色の【1】は、労働者は使用者に比して交渉力が弱いという交渉力不均衡です。【2】は人的関係であること。生身の人間と労働力の提供は切り離せない関係であるということです。そこから、使用者に安全配慮義務などが生じます。労働力の価値が人間関係で変わってくることもあるので、人事部が存在し志気を低下させないようにします。【3】は他人決定性(契約の白地(しらじ)性)。「他人」とは使用者のことです。労働の内容は細々と契約に書くことはできないので、使用者が指揮命令権を行使することにより具体的に特定されるのが「白地性」という意味です。【1】~【3】は、労働関係において労働者は弱い立場に置かれていることを示しています。そういう弱者たる労働者を保護するために労働法という新たな法領域が要請されたということになります。
 労働者保護では説明できない労働関係の特色に対応した法理も存在します。【4】継続的債権関係(就業規則法理)、【5】集団的・組織的就労関係(懲戒)という特色に関する法です。労働契約法10条は、就業規則の不利益変更について、「合理的であれば労働者が合意していなくても拘束力がある」としています。なぜでしょうか?労働関係には継続的、集団的特色があり、民法の1回限りの売買契約のように一度合意したら相手方が合意しない限り変更を認めないというルールとは異なり、社会経済情勢の変化に応じて労働条件も合理的に変更するためのルールが要請されます。
 さらに、独特の集団法理もあります。【6】多当事者関係という特色に関わるもので、労働者と使用者の間に、労働組合や労働者の過半数代表という集団的なアクターが存在し、これらの多当事者の複雑な関係を規律するルールがあります。
このように、現代の労働法は労働者保護から出発しつつも、労働関係の特色に対応して広範な任務を担うに至っています。

3 労働法誕生の背景
1)身分から契約へ
 歴史的に人々が身分から解放され、自由な契約ができる市民の社会がつくられました。まず、この契約自由の法理の重要性を確認することが大事です。
2)市民法(民法)の世界
市民革命後は、しかし、産業革命時代のように契約自由の結果、交渉力格差による悲惨な現実がありました。
3)社会法(労働法)の登場
 契約自由の世界における弱者たる労働者を保護するために、市民法の修正原理としての労働法が登場しました。
A:労働条件の最低基準の法定(労働基準法等の労働保護法)
 UCLAの故ベンジャミン・アーロン先生(1915年生まれ)に話を伺ったことがありますが、世界大恐慌の時、工場の前に集まった大量の失業者を前に、使用者がその日に雇う労働者数名をセリの様なかたち募集したそうです。すると、その日の賃金を得るために失業者達はどんどん低い賃金を申し出ることになり、労働条件が低下していきました。このとき先生は、契約自由・市場原理に委ねてはこういう悲惨なことが起こる、労働条件の最低基準は法律で規律する必要があると考えたそうです。
B:労働者側の交渉力を使用者と対等化するための労働組合の法認(労働組合法等の集団的労働法)
 使用者優位の状況の下では、労働者が個々バラバラに労働条件改善を要求しても効果はありません。労働者全員が団結して「いくら以下の賃金では働かない。」という行動を取れば、使用者は操業できずに困りますので、交渉力が対等化されます。最低基準以上の労働条件を使用者と対等の立場に立って交渉できるようにするために、労働組合を法認する集団的労働法が登場しました。
C:働く権利の保障(雇用保険法等の労働市場法)
 失業した場合などに、職業紹介制度を用意する職業安定法、失業中の生活を保障し、自分に適した仕事をじっくり探すことができるための雇用保険法などが整備されました。

4 労働条件の最低基準の法定
 教材作成には、市民法の原則を修正する労働法の特色が端的に現れる労働条件の最低基準の法による規制をテーマにするのがいいかと思います。
1)最低労働条件を法律が定める必要
 歴史的経験
2)最低労働条件規制の是非
a) 他の憲法上の価値との対立
 使用者からすると、契約自由の侵害ではないかと考えられます。憲法22条「職業選択の自由」により営業の自由があるはずという論理です。例えば、アメリカでは19世紀後半から、労働時間の上限規制が州法により導入されました。ところが、そうした州法は、連邦憲法裁判所から法の適正な手続きによらずに自由、財産を奪ってはならないという憲法上の規定によって保障された契約自由を侵害するものとして、違憲判決を受けました。最低賃金規制についても同様に違憲判断が下されました。この状況は1930年代まで続きましたが、ルーズベルト大統領が連邦最高裁判所の裁判官を入れ替える等の提案をしたことにより、連邦最高裁が立場を変え最低賃金等の社会立法を合憲とするに至りました。
 日本では憲法27条2項が、労働条件の最低基準を法律で定めることを憲法上要請しており、そうした労働立法は違憲でないという根拠になります。
b) 国民経済への影響
  経済のグローバル化により、日本の最低賃金が時給1500円で東南アジアが300円だったら、工場がみんな海外へ流出して、国内から雇用がなくならないか、そうした事態にどう対処すべきかも検討すべきでしょう。
3)多様化する労働者と労働条件規制
 労働者が多様化すると、それぞれの労働者が必要とする保護も多様化します。その場合に、労働条件を法律でどう規制すべきか、様々な角度から考えるべきテーマです。

5 労働時間規制
(1)労働時間規制の原則
 1日8時間・週40時間が原則(労働基準法32条1項、2項)。
【Q1:労働時間規制は何のためにあるのか?】
・グラフ「一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)」1980~2015年のグラフ(右の表)参照
・労働者の健康確保
・公正な競争原理:ソーシャル・ダンピング防止のため。戦前に労働者を搾取し、労働条件を切り下げてコスト・ダウンを図り、利益を上げるのは、公正な競争ではない、と日本が世界から非難されました。そのため、日本は戦後、国際労働基準だった週48時間労働に合わせました。労働条件切り下げ競争をさせない、「社会的に公正なルールを」という目的もあるということです。
・ワーク・ライフバランスのため。労働者には、市民・家庭人としての責任もあるということです。
【Q2:「私は1日8時間労働など気にせずに会社のためにバリバリ働きます」と約束して入社した労働者には、1日8時間を超えて働かせてもよいか?】
・労働基準法(以下、労基法)13条注6は、契約自由の原則を破る強行規定(強行規範)であることを教えることが大事です。

(2)例外:時間外労働(例外的に法定労働時間を超えて労働してもよい場合)
・労基法36条の協定(36協定):事業場の過半数代表(過半数労働組合または労働者の過半数を代表する者)と労使協定を結べば、その協定で定めるところにより労働時間を延長し、休日に労働させることができる。
・ただし、時間外労働には割増賃金(25%増)の支払い義務あり
【Q3:なぜ1日8時間、週40時間を超える労働(例外)を許容するのか?】
・社会的に合理性のある時間外労働は、社会のためになるだろうということです。臨時の業務増大への対応、10時間働かないと意味のある製品ができない場合、など。割増賃金が、労働者にとって時間外労働のインセンティブになることもあります。
【Q4:なぜ、個人が同意してもダメなのに、過半数代表との協定があればよいのか?】
・個人は使用者と交渉力が違うが、過半数代表は集団なのでチェック機能が働き、労働者保護の観点から、許容してもよいと考えたものです。
【Q5:過半数代表との合意があれば、何時間でも時間外労働が許容されるのか?】
・過半数代表といっても労働組合がない場合、労働者の代表である個人が36協定を締結します。個人とほとんど変わらないので、36協定が濫用されがちとなります。学界では、従業員代表制を導入すべきという議論があります。
・時間外労働の最大限度は月100時間、罰則付きの規制が作られる予定です。ワーク・ライフ・バランスを取りながらしか働けない人が出世できないなどの不利益を受けない雇用システムを目指しています。一律硬直の規制はやりにくいかもしれませんが、柔軟化にも限度があるということです。
【Q6:なぜ割増賃金支払いが義務付けられているのか?】
・従来の見解は、法定時間を超えた重い労働に見合うだけの報酬を支払うべきこと、そして使用者に重い負担を課すことにより、長時間労働を防ぐこと。労働がブルーカラー中心だった頃は、この2つがありました。
・ホワイトカラーが多くなった今日、自分の裁量で時間の割り振りを決めるホワイトカラーにとっては、割増賃金は労働者のインセンティブになりかねません。割増賃金の引き上げは、長時間労働の抑制になるとは限りません。時間外労働については賃金割増ではなく、労働解放時間の付与で報いるべきとする発想があります。私はこれが日本のとるべき政策だと思います。

(3)一日8時間労働というとき、どのような時間が労働時間となるのか(労働時間性の判断)
【Q7:次の時間は労働時間か?】
1】始業時間前に必要な材料を用意する時間
・業務に不可欠な準備作業であれば、労働時間になるという判例があります。
2】休日の社長命令で全員参加を命じられている社内運動会
・運動会自体は労働ではないように見えるが、会社内のコミュニケーションの円滑化など業務との関連性が認められ、かつ、使用者から参加を命じられていれば労働時間となりうる。
・上司が部下に、日曜に個人宅の引っ越しの手伝いをさせるような場合、引っ越し作業は労働契約上の労働とはいえないので、労働時間になりません。
3】ノー残業デーの終業時刻が来て、上司から仕事をやめて全員帰宅せよと命じられたにもかかわらず、上司に知られないように居残って仕事をした時間
・使用者が、労働「させ」たとはいえないので、労働時間とは認められません。
4】休憩時間に電話番を頼まれて会社に居残っていたが、結局電話は一本もかかってこなかった時間
・「手待ち時間」といい、典型的に労働時間になる例です。休憩とは、労働からの解放が保障された時間のことであり、この場合は労働からの解放が保障されていないからです。
5】医師が自宅にいて何をしていてもよいけれど、病院からの呼び出しがあればすぐに出勤しなければならない「呼び出し待機」の時間
・国際的に、労働時間に当たらないとされています。労働解放の保障はないけれど、自宅にいて何をしてもいいなら労働性が薄いと考えられます。ただし、賃金時間には該当すると考えるべきです。
【Q8:疑義が生じないように、なぜ法律に具体的に明記しないのか?】
・個別具体的な事象について法律に全て明記することは不可能。法規範はあらゆる事態に適用されるよう、抽象化して書かれざるをえません。その結果、実際の事案に適用するためには法解釈が必要となります。そのために裁判官がいて、抽象的な法律の文言を解釈することが必要なのです。たとえば、判例は労基法上の労働時間は、「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間」と解釈しています。法律の解釈にあたっては、その規定の趣旨・目的を考えつつ解釈することが重要です。
(学説の1つ「相補的二要件説」は教材には向かないとのことなので、割愛します。)

(4)労働時間にとらわれない働き方を認めるべき?(労働者の多様化と法規制)
・適用除外(労基法41条、アメリカのホワイトカラー・エグゼンプション)
  一般規制の適用が妥当でない場合、適用除外という制度が作られました。労基法では、「農業、畜産・水産業」「管理監督者」「監視断続労働で行政官庁の許可を受けた者」等が適用除外とされています。この場合、労働時間規制・休日規制は原則、すべて不適用となります。
・特別規制
  一般規制が適切でない場合、一般的規制を単に適用除外(不適用)とするだけではなく、代わりに特別な規制を適用するという考え方もあります。例えば、最長労働時間規制(1日8時間)を適用しない代わりに、勤務間インターバルの特別規制、年間104日の休日付与の特別規制をするのは、単なる適用除外ではなく特別規制と位置付けられます。労基法改正法案の高度プロフェッショナル制度は、単なる適用除外ではなく特別規制に属すると考えられます。
・裁量労働制(労基法38条の3[専門業務型裁量労働]、38条の4[企画業務型裁量労働])
・高度プロフェッショナル制度(労基法改正法案)

 小学校から高校までの勉強では正解が一つに決まっていますが、法律の世界は、正解が1つとは限らないということを伝えることも重要だと思います。一審から最高裁まで法律のプロが解釈をしても答えが異なることがあるのはそれ故です。それだけに広い視野で問題を捉えて議論することが重要となります。

〈取材を終えて〉

 この後、昼休憩をはさんで、いよいよ参加者が授業案を作成します。ある小学校の先生は、「小学生には労働のイメージが難しいので、身近なことに置き換え、時間を考えさせてみようかと思う。」と言われていました。高校の先生方は、「Q2の労基法13条に関し、自分たちでルールを考えてはどうか。」「高校3年生を対象に、小学校から中学校の労働に関する学習において、自分たちが読み違えをしてきたことはないか考えさせたい。」「奇をてらわず、同一労働同一賃金について考えさせたい。」と、めいめいが様々な授業案をお考えの様子でした。作成後には、有意義な意見交換がされたことと思いました。
 今回は、労働法の基本、特に労働時間規制の話が中心だったと思いますが、このように基礎的なことをしっかりと講義していただくと、教材を作る際に自信を持って取り組めるように感じられました。

 

注1:
荒木尚志著『労働法(第3版)』有斐閣(2016年)p.21
注2:
「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」
注3:
「児童は、これを酷使してはならない。」
注4:
「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」
注5:
「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」
注6:
「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。」
ページトップへ