第4回法教育祭 ―法科大学院生による法教育

 2018年3月2日(金)10:45~15:00、第4回法教育祭が昨年の第3回同様、渋谷区立の鉢山中学校と松濤中学校で開催されました。中央大学法科大学院生・早稲田大学生合同、一橋大学法科大学院生、慶應義塾大学法科大学院生、早稲田大学法科大学院生がそれぞれ工夫を凝らした授業実践を行いました。その中から、「刑法と共犯」をテーマにした授業の様子をお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈授業〉

2年A組 33名(男子14名、女子19名)
14:10~15:00 場所:教室
テーマ:「ぼくはやってないのに犯罪者?」
授業者:早稲田大学大学院法務研究科Street Law(サークル)、大内弘全 主幹教諭

【導入―わるいことと犯罪の違い】(3分間)
司会(学生):(黒板に掲示した「わるいことと犯罪」の図を示しながら。図入りのワークシートが生徒に配布されています。)「わるいこと、犯罪とは何でしょうか? 私たちは小さい頃から、してはいけないこと・正しくないことを教えられてきました。それら、してはいけないとか正しくないと教えられてきたことが「わるいこと」といえますので、その境界線は曖昧で、ぼやけています。それら悪いことの中で、法律で決められているものが「犯罪」です。刑法という法で線が引かれているので、実線でくっきりしています。この線について、今日は学びます。」

【刑法の定義と役割】(12分間)
司会:「(ワークシートを使いながら)刑法とは、罪と罰に関する法律です。刑法では、罪と罰を犯罪と刑罰と呼んでいます。『あなたの刑法の任務』は2つあります。『あなたの』という言葉がついている意味は、あとで説明します。任務その1は、みんなのかけがえのない利益をまもることです。利益とは、生命・身体・自由・財産です。刑法は、誰に対してもまもってといえる大事な利益を傷つける行為を「犯罪」として禁止し、違反した人に「刑罰」を用意しています。こう宣言して実行することで、皆のかけがいのない利益をまもっています。これを法益保護機能といいます。
 例として、刑法第204条(傷害の罪)を見ましょう。「人の身体を傷害した者は、」の下線部分が犯罪、「15年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。」の下線部分が刑罰です。「人の身体を傷害してはいけない」とは書いていませんが、刑罰が科されることを前提として、当然してはいけないとされます。その人の行為が204条に当てはまるかどうかは、3ステップで考えます。「まさしくその人のしたこと」により、相手に「怪我」を負わせ、それは「わざと」したことだった、というステップです。
 刑法の任務のその2は、「何が犯罪かをはっきりさせて、みんなの行動の自由をまもる」ことです。「法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし、加えて、行為の時点でその法律が有効でなければ処罰されない。」これは、刑法の自由保障機能と呼ばれます。歴史的に、王様の考え次第で人の財産や命が奪われたことがありました。それを防ぐため、国会で決めた法律により定められなければ、行為が犯罪にならないとされました。そうでないと、犯罪になることを恐れて自由な行動ができなくなるからです。刑法にのっとって、自信をもって「犯罪でない」といえるのです。また、あとから決められた法律によって、過去の行動が犯罪とされたら困りますね。
 では、ストーリーを使って考えてみましょう。」

【獅子男さん傷害事件】(35分間)
司会:「虎次さんと熊代さんは、2018年○月×日21時頃、渋谷の宮下公園において、獅子男さん(21歳)に対して殴る蹴るの暴行を加えました。獅子男さんは、全治3週間の怪我を負いました。これから、獅子男さん以外の6人の関係者の言い分を聞いてみましょう。」
(事件と6人の主張を書いたワークシートが配布されました。学生6名が登場人物のお面を頭につけて各自主張をしました。生徒は、6人の主張を聞きながら、その行為が犯罪か犯罪ではないか、各自ワークシートの該当項目に○を付けました。)

<ワークシートと登場人物の主張より>
虎次さん(21歳)
 獅子男さんを直接暴行して、怪我をさせた。猫美さんから、獅子男さんが自分を弱い奴とバカにしていると聞かされ、強いところを見せようという気になったから。
熊代さん(21歳)
 虎次さんとともに、獅子男さんを直接暴行して、怪我をさせた。タイキックが得意。
猫美さん(21歳)
 獅子男が虎次さんを弱い奴といってバカにしていると言い、虎次さんに対して、獅子男をボコボコにすればいいと勧めた。その場で虎次はその気になり、「獅子男をボコボコにしてやる」といったのを、猫美も聞いた。
猿吉さん(20歳)
 高校の先輩である虎次さんから、獅子男さんを暴行する計画だから見張りをするよう頼まれ、当日の21時前後、公園の見張りをしていた。誰も来なかったので、1時間ほど立っていただけで、帰宅した。
コアラさん(20歳)
 獅子男さんと顔見知り。公園のトイレに行った帰りにたまたま現場を通りかかり暴行の現場を見たが、見たいドラマがあったので、見て見ぬふりをして帰宅した。
鶴子さん(20歳)
 事情を知らず、頼まれるまま虎次さんにバットをあげた。家には野球部に入っている兄がいて、余っているバットがたくさんあったので、あげていいと思った。そのバットが暴行に使われた。

<質問タイム>
生徒1:「猫美さんはあとのこと(暴行)には関わっていないんですか?」
猫美:「いません。虎次さんが、獅子男の言動によってすごく落ち込んでいるように見えたので、解決方法を教えただけです。」
生徒2:「虎次さんに暴行するよう勧めたのはいつですか?」
猫美:「暴行の2~3日前です。」
生徒3:「鶴子さんは虎次さんにバットを渡すとき、何に使うか聞きましたか?」
鶴子:「何も考えていませんでした。」
大内先生:「虎次さんが野球をすると思いましたか?」
鶴子:「何も考えていませんでした。」
司会:「鶴子は、ぼうっとした子で、欲しいといわれると何でもあげてしまうような子です。」

<6人の行為が犯罪か、犯罪でないか、グループで考える>
司会:「ではグループになり、これら6人の行為が犯罪か、犯罪ではないが悪いことか、どちらでもないか考え、自分の班のシートにシールを貼ってください。」
(生徒は5~6名ずつ6つの班になって、相談しながら6人の行為を検討しました。各班には、法科大学院生が1名ずつ入って、議論の交通整理をしました。)

<結果発表>
(各班の代表が、できたシートを黒板に貼りました。)
司会:「では、他の班と違う結果になったところに、理由を聞いてみましょう。4班は、猿吉さんの行為が犯罪でない理由は?」
4班:「虎次さんに直接暴行を加えていないからです。」
司会:「1班が猿吉さんの行為を犯罪だと思うのはなぜですか?」
1班:「考えを変えます。怪我をさせていないので、犯罪ではないと思います。」
司会:「2班は、犯罪だと思うのですね?」
2班:「犯罪だと思いました。猿吉さんは共犯に当たり、同じ罰を受けるべきだと思います。獅子男さんをボコボコにすることを知っていたからです。」
司会:「6班は、犯罪ではないけれど悪いことだと考えた理由は?」
6班:「猿吉さんは誰も来なかったと言っていて、よくわからなかったから。」
司会:「猫美さんの行為が犯罪だと思うのはなぜですか?」
6班:「計画した人は悪いので、共犯だと思います。」
2班:「ニュースで地下鉄サリン事件の計画や指示をした人も全部逮捕されたといっていたから、猫美さんは共犯だと考えます。」
司会:「具体例を挙げるのは、説得力がありますね。3班と4班は、猫美さんの行為を悪いにしたのはなぜですか?」
3班:「直接危害を加えていないけれど、虎次さんの意識を駆り立てたからです。」
4班:「虎次さんがまさか本当にやるとは思っていなかったけれど、ボコボコにしたらといったから、一応悪いと考えました。」

<登場人物総反省会>
司会:「では、まとめをします。」
大内先生:「まとめを聞いて、さらにどうかなと考えてください。」
司会:「虎次さんと熊代さんの行為は、まさにその人がしたことにより、獅子男さんが怪我をしました。怪我をさせようと思っていたからわざとになり、犯罪です。では、獅子男さんに触っていない4人はどうでしょうか? 傷害罪規定とセットで使うのは、共犯の規定です。共犯に当たるかどうかの判断にあたっては、「獅子男さんの怪我につながることを、わざとしたか」を検討します。
 猫美さんは、虎次さんをそそのかし、犯罪をする気持ちを起こさせました。虎次さんが暴行を決意したところまで確認しているので、わざとに当たり、共犯になります。
 猿吉さんは、2日前に見張りを計画し、見張りをすることが虎次さんの犯行を楽にするので、獅子男さんの怪我につながったといえます。虎次さんが獅子男さんをボコボコにすると確信していたので、わざとで共犯に当たります。
 コアラさんは、現場を見た時はすでに獅子男さんの怪我が発生していました。獅子男さんを見捨てたけれど、結果につながっていないので、共犯とは言えません。虎次さんと熊代さんはコアラさんに気づいていなかったし。」
生徒:「コアラさんが獅子男さんを見捨てなければ、怪我がひどくならなかったかもしれません。」
司会:「コアラさんは暴行の始まる前から公園のトイレに入っていたので、見張りにも見つかりませんでした。コアラさんの行為は、悪いことに当たります。
 鶴子さんは、悪くないとした班が多くなりました。わざとバットをあげたのではないし、虎次さんがボコボコにしようとしているのも知りませんでした。」

【本日のまとめ】(3分間)
司会:「今日は、刑法は犯罪と刑罰に関する法律だということを学びました。刑法が「あなたの」という意味は、みんなのかけがえのない法益を保護し、みんなの行動の自由をまもっているからです。加えて、行為の時点で有効でなかった法律によっては、処罰されません。」

〈取材を終えて〉

 刑法の学習を、「悪いこと」と「犯罪」の違いの検討から始めたのは、中学生にとってわかりやすく、大事なことだと思いました。その大事なことが、共犯になる行為はどんなことか検討するストーリーにより、一層具体的に感じられました。生徒の皆さんは、最初は意見を言うのを控えていた雰囲気でしたが、1人が意見を言うと次々にいろいろな意見が出され、活発な議論ができました。
 授業の後には例年通り、参加した法科大学院生と日本法教育学生連合会(USLE)理事の今井秀智先生(國學院大學法科大学院教授・弁護士)による意見交換会が松濤中学校で行われました。今井先生によれば、今回の授業は、金沢大学・成城大学・東京大学の学部生も参観したとのことで、USLEができたことにより授業づくりのノウハウが継承されていると感じられるそうです。中学生から法科大学院生までつながる法教育のループができることが期待されています。

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