公開シンポジウム「現代の高校生はどのような法知識・法意見を持っているのか(2)―『2000人調査』を踏まえた質的調査の結果を受けて」

 2018年3月21日(水・祝)13:30~16:30、法に関する教育教材開発研究会主催の公開シンポジウム「現代の高校生はどのような法知識・法意見を持っているのか(2)―『2000人調査』を踏まえた質的調査の結果を受けて」が筑波大学文京キャンパスで開催されました。昨年の中間報告からさらに分析件数を積み増した調査結果を受け、同研究会が実験授業を開発しました。その実践結果を含めた興味深い報告です。(当日の資料より、差し支えない範囲で引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:30~13:40 研究の目的と研究の方法
13:40~14:20 研究成果報告(1)「2000人調査」の最終結果について
14:20~15:20 研究成果報告(2)実験授業「自白強要の禁止」「黙秘権」の授業の実際と調査分析の結果について
15:35~15:50 コメンテーターによる意見陳述
15:50~16:20 質疑応答・討論
16:20~16:25 全体総括

1 研究の目的と研究の方法

橋本 康弘 福井大学教授

 

 本研究の目的は、昨年度の中間報告でもお伝えしましたように、子どもの法知識・法意見を踏まえた法教育の方向を見定めること、アメリカではなく日本の子どもの研究をする必要から実証的なデータを集めることです。今まで高校生を対象とした調査は、政治分野のものはありましたが、法の分野はありませんでした。来年度は、さらに教師の法教育観などを調査したいと考えています。
 方法は高校生に対する質問紙調査です。昨年度は1000名分のデータを分析して中間報告としましたが、今回はさらに分析件数を積み増し2000人調査としました。その結果、中間報告でもお伝えしましたように、高校生の法知識と法意見が一見、矛盾する結果となる場合があることがわかり、その原因は何か検討し、原因を克服するための教育を探りたいと考えました。
 今回は、法知識と法意見が大きく食い違った「黙秘権」と「自白強要の禁止」を取り上げ、実験授業を開発しました。法知識と法意見が食い違う「原因」として、黙秘権については、正直に話すことは当然という日常感覚と憲法の人権意識との乖離があるのではないか。自白強要については、最大多数の最大幸福を基調とした判断基準が、高校生の間では人権意識よりも優越しているのではないか。裁判は証拠主義に立つといった本質が理解できていないのではないか、といった仮説が考えられるので、その仮説を検証できればと考えました。ご参加の皆様には、お願いがございます。憲法の知識と憲法の権利についての意見の齟齬が生じている原因は何か?クラスの生徒の実態を踏まえて、その齟齬についてどのように解釈できるか?また、私たちが開発した授業の課題は何か?について、ご意見をいただければと思います。

2 研究成果報告(1)「2000人調査」の最終結果について

(※ 本報告については、暫定的な分析に基づく中間的な報告であるとの断りがありました。)
小山  治 京都産業大学准教授
小澤 昌之 東京学芸大学研究員
佐伯 昌彦 千葉大学准教授
橋場 典子 日本学術振興会特別研究員PD

 

 

 我々のチームは、今回の調査プロジェクトの統計的分析を担当しました。
今回の法知識の調査は、憲法と司法・刑事の諸原則に関する文章を読み、正誤を記入させる方法でした。憲法、司法・刑事の諸原則のそれぞれについて11問ずつの問いがありました。法知識の問いでは、「政治が誤った意見に基づいて行われることのないように、政治にかかわる意見を言う自由は、他の表現と比べて厳しく規制されている」(正解×)、「被疑者を警察官が逮捕する前に、原則として、警察官は警察署長から逮捕令状を発行してもらう必要がある」(正解×)、「日本国憲法では拷問は禁止されているが、拷問によって得た自白が真実であるなら、その自白を有罪の証拠としてもかまわない」(正解×)という3つの問いの結果に着目しました。
 法意見の調査は、法に対する意見を読んで、自分はどう思うか、「とてもあてはまる」「まああてはまる」「あまりあてはまらない」「まったくあてはまらない」の4つの選択肢から1つ選び、○をつける方法でした。分析において着目した意見は、「政治に関することについて他人の考え方や行為を批判することは、相手を傷つけるので、できる限り慎むべきだと思う」「安全・安心な社会を守るためには、警察が、厳格なルールにしばられずに、犯罪を行う危険のある人物を監視し、取り締まるようにすべきであると思う」「多くの人命にかかわる重大な犯罪が発生しようとしている場合、共犯者と考えられる人に自白を強要してもいいと思う」でした。
 調査結果の分析では、正しい法知識を持っているにもかかわらず、知識に一致する法意見を持っていない生徒の比率が高い場合があることがわかりました。知識を得ることが、それと一致すると考えられる意見を常に引き出すわけではないことからすると、一定の考え方を有することまで法教育の目的とした場合には、知識を与えることだけではその目的は達せられないかもしれず、何が法意見を規定しているのかをさらに調べることで、法教育の実践に資する知見が提供できるのではないかと考えています。

3 研究成果報告(2)実験授業「自白強要の禁止」「黙秘権」の授業の実際と調査分析の結果について

根本 信義 筑波大学教授
中原 朋生 川崎医療短期大学教授
渡部 竜也 東京学芸大学准教授
三浦 朋子 亜細亜大学講師
吉村功太郎 宮崎大学教授

 

 

【実験授業の概要】
目的:黙秘権につき、法知識と法意見の乖離を埋めること
対象者:高校2年生 実施時期:2018年2月
単元名:「刑事手続について理解し考える」(全4時間)
1時間目 刑事法の全体像と刑事手続の基本原則について理解する。
2時間目 刑事手続の中でも重要な黙秘権について考える。
3時間目 黙秘権と自白の強要について考える。
4時間目 自白強要の背景にあるものと取り調べの可視化について考える。

 我々のチームは、分析チームの結果を踏まえ、高校公民科の改革の方向性について法教育を視点として探るべく、高校生の意識と知識の矛盾が生じているテーマのうち、「自白強要の禁止」「黙秘権」を取り上げ、いかに授業展開していくかの研究を担当しました。そのために根本信義教授が作成したのが、上記の2・3時間目の授業案です。実験授業の1・4時間目は、協力した高校の教諭が独自に実施したものです。実験授業には京都と東京の高校が協力し、先行して行われた京都の実践状況を鑑みて、手直ししたものが今回の東京版の授業案です。
 授業では、2時間目に質問紙を使い、「Q1 犯罪の取調べにおいて、被疑者が黙秘することを法律上の権利として認めることは適切だと思う。」「Q2 犯罪の取調べにおいて、被疑者は、真実を明らかにするために知っていることを正直に話すべきだと思う。」(以下質問紙にはQ9までありましたが、ここでは省略)という意見について、自分の意見を「とてもあてはまる」「まああてはまる」「あまりあてはまらない」「まったくあてはまらない」という4つの選択肢から選ばせました。4名程度のグループに分かれ、Q1とQ2の回答について、個々のグループに参加した弁護士に理由を尋ねてもらい、生徒の意見を吸い上げて授業を進めました。そして、立証責任、黙秘権が認められた理由、自白の強要について展開しました。3時間目は、自由な意思によらない自白についてグループで検討した後、「捜査を可視化すれば黙秘権は必要なくなるか」問いかけました。その問いについて教授から解説し、3時間目の終わりに2時間目と同じ質問紙に回答させました。

【実験授業前後での質問紙調査について】
 Q1は黙秘権についての理解を深めることにつながると考えられ、授業後には「とてもそう思う」が増えました。一方で、Q2の結果は授業前後でほとんど変わらず、意見の変容はなかったといえます。「Q4 説得と自白」「Q5取調べにおける拷問や暴力と自白」「Q8 長期間にわたる抑留・拘禁と自白」に関する問いについての分析も行っています。
 授業により、「被疑者の供述を重んじる傾向が自白の強制を生む可能性があるので、黙秘権が必要である」という論理は理解できているようでした。しかし「捜査が可視化されて自白の強制をほぼ防ぐことができるようになったとしても、説得などによって被疑者の供述をとろうとすることで、あたかも被疑者側に無罪の立証をする責任があるかのような構図が作られていってしまう可能性があり、そのことは刑事裁判の原則に反するので、やはり黙秘権は必要である」という論理は理解が深まったとはいいがたいと考えられました。
また、京都と東京の2校を比較すると、思考や理解の深まりに差が見られました。

【本授業の議論部分について】
 第3時間目の授業内の生徒への聞取りからは、生徒が「強制」や「自由意思」という言葉の定義を確認しようとしているのがわかりました。生徒の思考の中で、提示された事象と概念(規範)の往復が行われていたと考えられます。生徒には大きく2つの思考チャンネルが見られました。1つは、「法規範と社会事象」(対象化・外的視点)、もう1つは「道徳規範と自己の行動」(内在化・内的視点)です。これらが混ざる思考を求められると、論理的にも心理的にも矛盾する判断が見られることになるようです。
 反省点として、3時間目の問いかけとしては、「被疑者に何か喋らないといけないという負担を負わせると、どういう問題が起きるか?」と問えばよかったのではないかと考えられます。

【まとめにかえて 分析上の課題と今後の方針】
 本調査のデータは、調査を実施できる学校でしか取れなかったため、ランダム性が担保できていないことに注意が必要です。法意見の規範的望ましさについては、知識と意見との一致・不一致は便宜上のラベルであり、別途の議論が必要だといえます。今後の分析上の課題は、分析モデルを統合し、法教育実践の参考となる知見を提供できるようにすることです。

4 コメンテーターによる意見陳述

池野範男 日本体育大学教授
 教育学は、教育目標と内容、方法の研究をする学問です。内容と方法があって目標が達成される構図がありますが、本研究のテーマは法教育の内容を検討するものでした。本研究の特性を4つにまとめてみました。「正知識一致型」が研究の前提、実施、構成、結果のリードになっており、理想型とされていること。実験授業の構成も、知識量が多く、能力の高い生徒が理想形になりやすいこと。法学の研究成果を高校生にわかりやすく教えることで、理想型の学習を達成することができると理解されていること。授業の結果、学習の効果はそれほど高くないこと、です。今後は法による社会づくりに重点化するといった方向も考えられると思います。法的な理念の問題と、教室の中の問題はどう絡むのか、絡まないのかが問題だと考えます。身近な教室の中の暴力やいじめなどや生徒が持っている価値観・信念などをどうするのか。それらを扱わないと、法に関連した学習が生きてこないと思います。

5 全体総括

桑原敏典 岡山大学教授
 今回の研究プロジェクトは、異分野の研究者の協働作業で更に現場教員の協力も得て行うことができました。これはひとえに橋本先生の幅広い人的ネットワークによるところが大きいです。子どものトータルな変容を捉えることは難しく、こういった異分野間での協働がいかに重要かということは、本研究でも明らかです。
 一方で、従来の研究は、事象の一部を切り取った考察に留まるものも多く、教育のすべてを語りうるものではないことは否めません。教育の改善という面からは、トータルな捉えが必要だと考えています。
 今回の研究では、いくつかの大きな発見がありましたが、その理論的意味づけや改善方法についてはまだ課題が残っていますので、今後も更にこのプロジェクトが発展的に続けられていくことと思います。

〈取材を終えて〉
 調査結果の分析はまだ暫定的なものとのことで、学術的な成果はお待ち頂ければと思います。実験授業に関する報告では、様々な課題が指摘されました。実験授業の意義の1つは、各方面から議論していただいくことであり、この公開シンポジウムが法教育の知見の一層の充実につながるといいと思いました。

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