2017年度レポートを振り返って インタビュー 笹尾 弘之先生

 2017年度まとめインタビューは、市川学園市川中学高等学校の笹尾弘之先生にお話を伺いました。中学生対象の法教育実践例は例年、多くありませんが、その中で6月に行われた市川中学校の授業は、弁護士との協働による意欲的な取組みでした。笹尾先生の2018年度に向けてのアイデアなども含め、お伝えします。

〈2017年度に掲載された中学生対象のレポート〉

2017/5/18 静岡大学附属島田中学校第62回教育研究発表会
6/15 第3回法教育祭「昔話法廷」
9/21 市川学園市川中学校「公民アクティブ・ラーニング」
12/21 第二東京弁護士会夏季ジュニアロースクール中学生の部
2018/3/1 静岡大学附属島田中学校第63回教育研究発表会

〈法教育フォーラムの利用について〉

――中学生対象の授業レポートは上記のとおりですが、ご感想はいかがでしょうか?
笹尾先生:「法教育フォーラムは、授業の題材探しに使っています。教科書だけでは法教育の題材はなかなか見つかりません。法教育フォーラムの教材倉庫や法教育レポートには、小中高という学校段階にかかわらず面白いものがありますし、授業の実践例を読むとアレンジするアイデアも浮かびます。題材だけあれば、小学生と中学生で目標は違っても、やることは同じです。市川学園の中学校社会科では、『根拠を持って自分の意見を述べ、議論する力』『論理的な思考力』『多面的に物事を見る力』『相手を説得する力』を養うことを目指しています。目標設定は学年やレベルに合わせ、そのためにどんな教材を使おうかと考えます。
 例えば、第二東京弁護士会夏季ジュニアロースクールの小学生の部の『うさぎ当番のルールを考える』でも、ルールをつくるときに、何を基にするか、ルールづくりの考え方は小学生も中学生も同じです。小学生は意見を言い合って終わりかもしれません。中学1~2年生でも、相互に意見を言い合って、合意形成に至るのは難しいし、やむを得ず多数決で決めても、多数決の結果に納得できないこともあります。合意形成をするには経験値が必要で、高校生ならそれをゴールにできると考えます。
 そういう法教育の授業を、イベントではなく通常授業のカリキュラムの中で実践したいと考えています。1回きりのイベントでは、生徒の中に何も残らないし、楽しかった、で終わってしまうおそれもあると思います。法教育は公民だけでなく地理・歴史、家庭科や道徳などのカリキュラムにも入れられると思いますが、既存のカリキュラムのどこに入れるかが重要です。」

〈笹尾先生ご自身の取組み〉

――笹尾先生は中1・2の地理、中3公民、高3東大地理をご担当されています。レポートでご紹介した授業は、中3公民週3コマのうちの1コマをあてた『公民AL(アクティブ・ラーニング)』でした。
笹尾先生:
「この授業に関連した発表を、2017年の法と教育学会の分科会と千葉県社会部会(同年11月)注1で行いました。市川中学校の公民科授業は、基礎知識のインプットを行う『公民』2単位と、発表・議論などのアウトプットを行う『公民AL』1単位からなります。6月の授業は、中3公民ALの年間カリキュラムの中の1コマです。
 ALの1年間のスケジュールは、1・2学期が模擬裁判の事前指導にあたる内容、3学期にテーマ小論文作成となっています。本校では、中1から意見を述べるときの書き方を練習していますが、中3ALの小論文作成で様々な力の総合的な集大成をすることを目指します。模擬裁判授業は以前から行われていましたが、当時は残念ながらイベント的なものでした。ゴールの小論文作成に向けて、公民の授業を変えようと、2年前から今の公民AL授業に取り組んでいます。法教育で養われる力は、先ほどご紹介した本校の目指す力と合致していますので、様々な法教育教材をALに取り入れました。
 1学期は、正解が複数ある問題に対して、根拠を持って自分の意見を述べ、他者と意見を交換する学習を行いました。例えば、生徒を校長先生役と生徒役に分け、生徒役から出された学校ルールの改善案に対し、校長役が回答を考える学習。また、今後日本では、開発と自然保護のどちらを進めるべきかを考える学習。そして、教材『ゲーム機が壊れちゃった』を使い、損害の公平な分担から正義・公正の視点を学ぶ学習を実践しました。2学期は、NHK『昔話法廷』を使用し、結論に至った理由や意見を生徒間で共有する学習。プリントとDVD『12人の怒れる男(1957年)』を使用した『証拠に基づく事実認定』のプロセス学習。そして模擬裁判本番を行いました。
 模擬裁判は、アクティブ・ラーニングとして授業に取り入れようとする学校も多いかと思いますが、『法的なものの見方や考え方』を身に付けさせるためには事前指導が必要ですし、イベントに終わらせないための『評価』も重要です。反町義昭弁護士と開発したこの授業が、アクティブ・ラーニング型授業の実践例になってほしいと考えました。また、地理教員という法律の専門家でない立場でも、法教育ができることもお伝えしたいと思いました。」

――反町弁護士とは最初、どのように出会われましたか?
笹尾先生:
「先ほどお話ししました千葉県社会部会に所属していますので、部会の藤井剛先生注2から千葉法教育研究会が立ち上がることをお聞きし、2012年の終わりにその立ち上げ会に参加しました。千葉県弁護士会法教育委員会も同会に参加しており、法教育委員だった反町弁護士にお会いしました。反町弁護士は本校のご出身なので、以来ずっと授業づくりにご協力いただいています。
 弁護士からは、新しい視点をいただいています。中学校公民の教科書では、『対立と合意』『効率と公正』の考え方が最初に置かれているのですが、授業時間数の関係でほとんど扱っていない状態でした。というのも、これらの抽象的な概念を具体化するときに教材が必要なのに、適当なものがないからです。教材はパッケージになっていないと、使いにくいのです。弁護士からは、ここは必要な学習だからぜひやったほうがいいと勧められましたが、その教材開発に弁護士の協力が得られることは重要です。」

――2学期の模擬裁判事前指導にも、反町弁護士が協力されたのですね?
笹尾先生:
「反町弁護士のみならず、約11人の卒業生の弁護士にご協力いただいています。2学期は、10月に『市川駅ホーム強盗事件』の事例を読み、『証拠に基づく事実認定』のプロセスを確認しました。プロセス確認にはプリントを使い、ステップ1から4まで段階を踏んで記入しながら、確認させるようにしました。反町弁護士にはプリント作成にもご協力いただいています。その後、弁護士8名による解説授業をしてもらいました。」

模擬裁判に向けて―証拠に基づく事実認定のステップ
<ステップ1>関係のある証拠と関係のない証拠を区別しよう。(理由も重要)
<ステップ2>それぞれの証拠からどのようなことが言えるかを考えよう。
 ・証拠には、被告人に不利な証拠と有利な証拠がある。
 ・証拠には、証明力が強い証拠と弱い証拠がある。
 ・証明力を判断するための証拠もある。
<ステップ3>犯行目撃供述の信用性を判断しよう。
 ・判断の視点は、「供述者の利害関係」「目撃した際の条件」「他の証拠・事実と符合するか」「供述の経過」「供述内容が具体的か」「供述態度」など
<ステップ4>全ての証拠を総合的に判断して有罪か無罪かを認定しよう。
 有罪:犯罪の存在が証明されたこと
 無罪:犯罪の存在が証明されなかったこと「無罪推定の原則」
                             (授業資料より)

笹尾先生:「11月にはDVD『12人の怒れる男』を使った授業を行いました。視聴しながらメモを取って、事実や出演者の主張をプリントに記入させました。次に、模擬裁判本番の配役を決めてあったので、自分の配役に従って質問を考えたり議論を行ったりしました。2学期末考査には、『事実認定のプロセス』を問う問題を出しました。生徒にとって、アクティブ・ラーニング型授業をイベントではなく意味を持つものにするには、評価が必要です。評価は平常点と期末考査がありますが、期末考査は公民100点のうち、法教育に20点を当てました。論述式問題が2問です。評価に公平なジャッジを保証するため、評価基準も反町弁護士と作りました。問1は、授業とは違う刑事事件の事例を読み、自分が裁判員だと仮定してどんな質問をするか指定の枠内に書くもの。問2は、その事件の裁判について書かれていることを読み、自分が裁判員だった場合どんな判決を下すか、判決とその理由を述べるものです。記述が3行以下の場合は、採点の対象にしないという注意書き付きでした。問1の配点は5点で、採点基準は、『被告人への質問として整合性があり、質問の意図が明確であること』でした。問2は15点満点で、『被告人にとって不利な証拠と有利な証拠につき、プロセスを踏まえて説明すること。』さらに『証拠と主張を区別したうえで、証拠の内容を具体的に述べること』を求めました。
 反町弁護士には答案をPDFファイルにして送り、評価を確認していただいて、教員だけの判断で評価を間違えないようにしました。」

――弁護士が期末試験の採点基準作りから評価まで関わってくださるのは、素晴らしいことだと思います。
笹尾先生:
「他の卒業生の弁護士も、模擬裁判本番に生徒のグループにファシリテーターとして入ってくれました。弁護士とじかに話ができることで、生徒は弁護士の仕事が裁判だけでないことや、社会的な立ち位置といったことも学べています。」

〈これからの取組みについて〉

笹尾先生:「公民ALは点数が取れないから難しい、という生徒がいます。受け身な生徒にとっては、正解が1つではない授業は考えるプロセスが難しいと感じます。社会科は覚えるだけの教科ではないことを低学年から理解させることが必要だと考えます。また、内容のあるよりよい議論をするために、広い視野を持たせることも重要だと思います。生徒の変容を具体的に読み取るため、今年度はアンケートを実施しました。アンケートは藤井先生の監修で、9月、11月、12月(模擬裁判本番後)の3回、全く同じ用紙を使い、1年間のAL授業を通して、『根拠を持って自分の意見を述べ、議論する力』『論理的思考力』『多面的に物事を見る力』がどのように変化していったか、検証します。
 2018年度の公民ALでも、1学期は『根拠を持つ、自分の意見を述べる』『多様な意見を聞き合意形成する』『違った視点で物事を見ながら、相手を説得する』『裁判で必要な視点を学ぶ』という目的で、NHKの『昔話法廷』『ココロ部』や、『損害の公平な分担から正義・公正の視点を学ぶ』を行う予定です。今回レポートされた『損害の公平な分担から正義・公正の視点を学ぶ』授業の際は、弁護士の回答に納得がいかないという生徒がいましたので、新年度は『納得できるルールづくり』までやってみようと考えています。刑事裁判は有罪・無罪の判断になりますが、民事の事案は『いくら』という割合を考えることになるので、違った面白さがあります。弁護士は、道徳的に良い悪いという基準では価値判断できないので、世間の基準で壊した人に責任があることにしましたが、生徒には学校の中の価値観があります。世間のルールとは違う学校の中のルールを考えることができるか、楽しみにしています。」

 

注1:
部会での発表資料から適宜引用させていただきます。

注2:
現在は明治大学特任教授
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