教科書を見るシリーズ 小学校編「道徳」(学習指導要領)その2

教科書を見るシリーズ 小学校編「道徳」(学習指導要領)その1からのつづき)

――それでは、いよいよ道徳教育の内容に入っていきましょうか。

〈同学習指導要領 第3章 特別の教科 道徳の内容について〉
【第2 内容】
A 主として自分自身に関すること
B 主として人との関わりに関すること
C 主として集団や社会との関わりに関すること
D 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること

――この4つの項目について扱うとされ、項目毎に内容が示されていますが、どの内容に注目されますか?

塩川先生:これは教育的配慮かなと思います。まず、自身のこと、次に近くにいる人のこと、そしてもう少し広い集団や社会のこと、さらに人間社会に限られない生命等の崇高なものを相互につながっているものとして取り扱おうという意図によるものと思います。これらが、相互に深く関わっているということは、学習指導要領解説でも触れられています。

 

――それでは、個別のサブカテゴリーをみていきましょう。「A 主として自分自身に関すること」は、以下のサブカテゴリーがあります。

【善悪の判断、自律、自由と責任】
【正直、誠実】
【節度、節制】
【個性の伸長】
【希望と勇気、努力と強い意志】
【真理の探究】
※真理の探究は、第5学年以降のみ
塩川先生:たとえば、善悪の判断の項については、学習指導要領解説は、「人として行ってよいこと、社会通念として行ってはならないことをしっかり区別」し、「過信や自分勝手ではなく、よいと思ったり正しいと判断したりすることができる力を伴った自信や自律的な態度でなくてはならない」と概略しています。これは、上でご紹介した「日常生活の中で人権上問題のあるような出来事に接した際に、直感的にその出来事はおかしいと思う感性」や、「日常生活において人権への配慮がその態度や行動に現れるような人権感覚」という言葉を思い出させます。直感的におかしいと思う感性を研ぎ澄ますことが重要であり、それは感性ではあるのですが、自分勝手なものであってはならないと注意を喚起しているわけですね。
 そのほかの正直・誠実、節度・節制、希望と勇気・努力と強い意志などは、この善悪の判断や人権感覚を実行に移せるための基礎となる力といえます。
 また、個性の伸長も、他者を尊重する前提としての自尊心を育てるために必須でしょう。
 真理の探究も、ここにカテゴライズされているのは、非常に興味深いですね。弁護士としては、人権を主張している事案でも、事実に争いがある場合を多く経験しますから、本当に守られるべきかということを落ち着いて考えるために、真理を探究するという発想をもつのも、重要だと思います。学習指導要領では、「真理」という表現を使用していて、「真理」とは、学習指導要領解説によれば「誰も否定することのできない普遍的で妥当性のある物事の筋道、道理」を意味しているとのことですから、「事実」だけではなく、もっと広い問題意識を提起しています。壮大なテーマではありますが、真理を大切にし、物事を探究しようとする「心」をもつこととされていて、受け身の姿勢ではなく、探究心を持ち続けること自体が内容とされています。

 

――続いて「B 主として人との関わりに関すること」は、以下のサブカテゴリーがあります。

【親切、思いやり】
【感謝】
【礼儀】
【友情、信頼】
【相互理解、寛容】
※相互理解、寛容は、第3学年以降
塩川先生:ここに並んでいる単語をみると、人権よりも広く、積極的に人への優しさを表すものが含まれていて、道徳としてとても大切ですね。ただ、これらも、最低限守られなければならない人権感覚がベースにあってこその行為だと思います。
 また、相互理解や寛容というのは、人の考えや意見が多様であることを前提としており、民主主義社会の担い手として、こどもから大人まで理解していなければいけない点だと思います。
 これらは、他の項目とも深く関わりますので、具体的な内容は、他の項目でお話しましょう。

 

――「C 主として集団や社会との関わりに関すること」は、以下のサブカテゴリーがあります。

【規則の尊重】
【公正、公平、社会正義】
【勤労、公共の精神】
【家族愛、家庭生活の充実】
【よりよい学校生活、集団生活の充実】
【伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度】
【国際理解、国際親善】
塩川先生:社会との関係というのは、法教育と最も交錯する領域ですから、コメントすべきポイントがてんこ盛りですね。

 

――まず、規則の尊重は、いかがでしょうか。

塩川先生:規則の尊重というと、従順さがイメージされやすいですが、ここでも主体性が求められています。学習指導要領解説では、「法やきまりは自分たちを拘束するものとして自分勝手に反発」することや、「自分の権利は強く主張するものの、自分の果たさなければならない義務をなおざりに」することを悪い例として挙げています。これに対して、「法やきまりが、個人や集団が安全にかつ安心して生活できるようにするためにあることを理解し、それを進んで守り、自他の権利を尊重するとともに義務を果たす」ということを指導すべきとしています。法やきまりの根底にある原理・原則を理解するということは、法教育が進めてきたことでもあり、規則を守ることも主体的に考えるというのは、重要な指摘だと考えます。

 

――法やきまりを「進んで守」るという表現や、「義務を果たす」という表現などがありますが、法教育では、市民は、法やきまりを守るだけの従順な客体ではないということを強調してきたのではありませんか?

塩川先生:そのとおりです。道徳教育の充実に関する懇親会の第7回議事でも、道徳の中には、①社会全体で受け入れられている道徳観やエチケットをしっかり身に付けさせる「実定道徳」だけではなく、②現在ある道徳を吟味するという視点を最終的に身に付けさせる「批判道徳」という視点があるという指摘が出ていました。
 ②は、応用的内容ですから、小学生ではそういった視点までは出しにくいかと思いますが、そもそも法やきまりが何のためにあるのかということを考える習慣をつくることが、批判的視点をもつ第一歩でもあります。何のためにあるかということを考えなくては、建設的批判をしようがありませんから。世の中にある法やきまりには、たいていの場合、ちゃんとした理由と合理性があるので、初等教育段階では、これを理解し、主体的に法やきまりを守っていくよう指導するということでいいのではないでしょうか。
 きちんと法やきまりが何のためにあるのかを考えた結果、周りの大人が本当に合理的な説明をすることができない問題を児童が発見した場合は、応用問題にたどりついたことを褒めてあげるべきだと思います。

 

――なるほど。きまりを守るという行動でも、主体的に行うのが大切だということですね。続いて、社会正義の項目も、法教育と密接に関わりそうに思いますが、いかがでしょうか?

塩川先生:そうですね。学習指導要領解説でも「民主主義社会の基本である社会正義の実現に努め、公正、公平に振る舞うことに関する内容項目」だと紹介されています。解説では、この社会正義の実現を妨げるものとして、差別や偏見を挙げています。いじめの問題にもつながる点ですが、差別と偏見は、積極的に行う人だけの問題ではなく、傍観者の問題でもあります。これは、残念ながら、日々の生活に追われる大人こそ忘れがちな側面がありますが、指導の要点として、解説では、第5~6年段階では、傍観者に対しても自分自身の問題であるという意識をもたせるということの大切さが指摘されています。また、第5~6学年では、社会的な差別や不公正さなどの問題は、現在も多く存在することを指摘し、現実の出来事について考えを巡らせることも指導の要点に挙げられています。
 上でご紹介した「人権教育の指導方法等の在り方について」第3次とりまとめでは、人権課題直接関わって働く人や当事者の話を聞くことなども、児童に深く考えさせることのできる効果的な教材だとしています。

 

――国や郷土を愛する態度については、いかがでしょうか?これは、いわゆる愛国心のことだと思うのですが、いろんな立場から関心をもっている方がいるかと思います。

塩川先生:そうでしょうね。道徳という教科で教える内容とされている愛国心の意味をきちんと確認する必要があるでしょう。
 身近な人や環境への愛着は、心のよりどころになるなど、人格形成に大きな役割を果たすものだと思います。国や郷土を愛するということは、そういうことです。学習指導要領解説で、「国」とは、「政府や内閣などの統治機構を意味するものではなく、歴史的に形成されてきた国民、国土、伝統、文化などからなる歴史的・文化的な共同体としての国を意味する」という注釈がついています。つまり、愛国心というのは、現在、または一定の時期の政府や内閣への忠誠心とはまったく関係がない概念です。
 また、国を愛するということは、「偏狭で排他的な自国賛美ではなく」「国際社会と向き合うことが求められている我が国の一員としての自覚と責任をもって、国際親善に勤めようとする態度につながっている点に留意」するようにとも述べています。
 さらに、愛国心については、評価に関して、文科省が、特別にQ&A をアップしています。入試で愛国心が評価されるというのは本当かという問いに対して、文科省は全面否定しています。このQ&Aでは、道徳という教科が目指すところについて、「道徳的な価値を自分のこととしてとらえ、よく考え、議論する道徳へと転換し、特定の考え方に無批判で従うような子供ではなく、主体的に考え未来を切り拓く子供」を育てることだという説明を添えて、特定の考えを押し付ける可能性を否定しています。 また、道徳に関しては、数値などによる評価を行わないという方針も示しています。これは、実際に学習指導要領に反映されています。

 

――Cのサブカテゴリーについて、これらの点以外に留意する点はあるでしょうか。

塩川先生:いずれも非常に重要な示唆が含まれていると思いますが、家族愛、家庭生活の充実について、一点だけコメントしておきたいと思います。
 家族は、たいていの場合、最も児童にとって身近な存在です。身近な存在に対して愛着形成が健全に育まれることは、人格形成の上で重要であり、高学年になるにつれて、敬愛の念へと成長させていくことが大切なのは、異論のないところだろうと思います。
 ただ、学習指導要領解説でも指摘されているとおり、多様な家族構成や家族状況があることに対する配慮というのもまた、重要だろうと思います。解説上、たったの一文ではありますが、多様な背景をもった人が社会に存在するということを理解するというのは、そもそもの道徳という教科の項目でも挙げられていることであり、こういったところで態度に矛盾があっては説得力がありません。「たいていの場合」と言いましたが、数として少ない場合こそ、多数派がすべてではないことを理解していないと、少数派は心の行き場を失ってしまいます。
 そして、これは、ありとあらゆるダイバーシティに関わる論点についていえることだと思います。

 

――それでは、最後のDにいきましょう。「D 主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること」は、以下のサブカテゴリーがあります。

【生命の尊さ】
【自然愛護】
【感動、畏敬の念】
【よりよく生きる喜び】
※よりよく生きる喜びは、第5学年以降
塩川先生:これは、非常に根源的なことですね。生命や自然など、崇高なものとの関わりは、自分自身を見つめるうえでも、他者との関わりを大切にするうえでもベースになりますし、社会との関わりを考えるうえでも重要な視点になるでしょう。サブカテゴリーに挙げられているものの中でも、最も基礎的な生命の尊さについて考えてみたいと思います。
 「人権教育の指導方法等の在り方について」第3次とりまとめでは、「個々の権利には固有の価値があり、どれもが大切であって優劣や軽重の差はありえない」としつつも、「人間の生命はまさにかけがえのないものであり、これを尊重することは何よりも大切なことであることについて、改めて強調しておきたい」と述べています。
 道徳の内容として挙げられている「生命」という表現は、学習指導要領解説によると、「連続性や有限性を有する生物的・身体的生命」「人間の力を超えた畏怖されるべき生命」を意味するとされています。自明なことのように思えますが、技術の発達とともに、これら基礎的なことが感覚的に当たり前のこととして受け止められるとは限らない世の中になってきています。そもそも、今回の学習指導要領改訂前夜の中教審答申では、人工知能が人類の知能を超える時点を意味するシンギュラリティなどの技術の発展状況が言及されるなど、平たくいえば、児童たちが成人する頃の社会を教育者側が予測できないという危機感のもとに改訂されています。そのような状況下で、生命の大切さを児童が理解するには、第1~2学年の指導の要点に記載されているように、「体にはぬくもりがあり、心臓の鼓動が規則的に続いている」などの感覚から始めることが非常に重要なのではないでしょうか。
 法教育では、死刑制度、尊厳死、代理母など、生命に関わる現代的議論を扱うこともありますが、生命の大切さについて、共通理解が育まれていることが議論の前提にないと、宙に浮いた議論になりかねません。

 

――確かにそのとおりですね。道徳がいろんなものの基礎になっていることがよくわかりました。
 さて、ここまで、新たに特別な教科となった道徳の学習指導要領をみてきました。次回は、東京書籍の教科書を読んでいきたいと思います。

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