「こどもの日」記念企画いじめ問題出張授業(その2)

 2010年6月18日(金)18:00~19:40、同月30日に八王子市立椚田中学校でいじめ出張授業を担当する弁護士のチーム会議が、霞ヶ関の弁護士会館で開かれました。子どもの権利委員会に所属する男性5名、女性7名の弁護士が参加しました。
 授業を担当する各弁護士間で授業内容の大筋を相互に確認するとともに、今回初めて授業をする弁護士に経験者が説明をしながら、それぞれの授業案について意見交換を行います。

授業のスタンス

橋詰 穣弁護士より説明
 平尾先生の著書『いじめで誰かが死ぬ前に』をベースに、各々工夫を凝らして頂きたいと思います。題材としては鹿川君と大河内君の事例を扱うことになっています。鹿川君の葬式ごっこ事件をメインに、余裕が有れば大河内君の事例も扱ってください。さらに、個別の経験や自分の扱った事件を抽象化して話す例もあります。スタンスとして、「いじめはいけない」という大前提ですが、いじめる側への非難に終始するのではなく、いじめる側も傷つくし、いじめをする人には何かしらサポートが必要という話をします。
 「学校の先生が弁護士を呼んでいじめる側を非難した」、といった誤解を招かないように努めなければなりません。また、この授業はあくまで個別のいじめケースへの対応ではなく、一般的な「予防」として行うものです。

留意事項

・授業時間は50分なので、オーバーしないよう時間配分に留意しましょう。
・レジュメの類は原則として配布しません。手もとに配布物があると、生徒がそればかり見てしまうので、「子どもの人権110番」や「子どもの悩み事相談」のチラシも、最後に配ってください。
・報道されたとおり、先日、川崎で「いじめを止められなかった」ことを後悔して、中学生が自殺するという事件がありました。この授業によって、いじめの「傍観者」に「いじめを止められなかったこと」の過度の責任を感じさせないよう、留意する必要があります。
・葬式ごっこ事件の色紙に教師も加担してしまった点は、生徒の意識がその点に向いてしまい、授業の本来の趣旨が伝わらなくなるおそれがあるので、授業では触れないよう留意してください。

授業案の例

①弁護士の仕事の話
②導入は「いじめをされたことのない人、いじめを見かけたことのない人」挙手をしてもらう。
③「いじめとは」へ。どんなものがあるか。大人がやったらどうなるか?
④いじめられる側も悪いか?
⑤なぜ、いじめはいけないのか。→自殺に至るぐらい、危険なこと。
 事例―葬式ごっこ事件(色紙と遺書のコピー配布、授業終了時に回収)
 当事者の気持ちになって考えてみる。
⑥今、皆さんにできることは?
 いじめの4層構造、「コップの水」 の最後の一滴の話
⑦いじめが加害者に残す傷
⑧「いじめている人へ」「いじめられている人へ」「いじめを見ている人へ」のメッセージを読む。

*いじめを苦にする人は、コップの水があふれるようにして死を選ぶという。嫌なことをされるとコップに水がたまる。些細な悪口や無視、嫌がらせなど、最初は大丈夫でも、だんだんとたまってコップが一杯になると、最後の一滴で水があふれる。その一滴は、あなたの些細な一言かもしれない、ということ。(授業案より)

意見交換

角南和子弁護士より経験談
 授業内容は上記の例とほとんど同じです。弁護士に知り合いがいる中学生はあまりいないので、弁護士が来ると珍しがって聞いてくれます。テレビドラマの弁護士役なども引き合いにしながら、もっといろいろなことをしていると話します。弁護士会の電話相談である「子ども人権110番」も担当していることなどから話していきます。
 鹿川君、大河内君の事例になると、生徒は絶対こちらを注目してくれます。自分達の年齢の子どもに実際に起こった話なので、真剣に聞いてくます。人権侵害のことまでもっていければいいと思うのですが、「人権」をどう分かりやすく説明するか難しいです。「人権」について、皆さんのご意見も伺いたいと思います。
 「その人がどうすることもできないこと」(身体的状況など)を言うことは、それがいじめかどうかは別として、言われた方は傷つくと話します。「自分がそういうことを言われたら、どうですか?」と。教科書的ないじめの定義よりわかりやすいですし、そういうことに気づいてほしいと思います。

その他の意見
・「いじめられている人へ」の部分は、口語体がいいと思うので、自分なりに書き換えています。
・金子みすずの「みんなちがって みんないい」の詩で、締めくくろうと考えています。
・「いじめを見ている人」には、「友達と一緒に」解決を考えようと話すことにしています。「コップの水」については、コップの大きさが一人ずつ違うことも話します。
・黒板に絵を描くといいですね。コップの絵も。コップの大きさが違うというのはいい着眼点だと思います。
・体験談の中で、具体的な学校名は出さない方がいいです。生徒は時間を飛び越えて、今のことだと誤解する怖れがあるので。葬式ごっこ事件でも、学校名を出さないようにと言われたこともあります。
・自分の体験として、「いじめを見ていた」事を後悔しているので、そういう人は誰にでもいいから相談してほしいと伝えたいです。
・自分の子どもの話をしたいと考えています。今いじめられていない人も、役割が簡単に変わってしまうこと、いついじめられる側になるかもしれないことを話したいと思います。「自分はいじめられている」と話すことは、恥ずかしいことではないということも言ってあげたいです。
・「価値観の押し付け」が人権侵害になることをいじめにつなげようと思いますが、「人権侵害」という言葉を使うかは難しいです。
・生徒の反応が薄いときには、指名して発言してもらい、注意を引きたいと考えます。意見を挙手で表明させる方法もあります。

ここまでの取材から

 いじめを止められなかったことに責任を感じて、横浜の中学生が自殺してしまった痛ましい事件はつい最近のことですし、授業をする先生方には細かい配慮を要求されるデリケートなテーマです。難しいテーマに取り組まれるのは、いじめで悩む子どもを少しでも助けたいという思いからであることが伝わってきます。授業案のどの項目一つでも、それだけで道徳や特別活動の授業になるのではないかと思われるぐらい、内容が濃く、初めて授業をされる先生方からも様々な意見が出て、意義深い会議でした。

ページトップへ