千葉県立松戸六実高等学校 現代社会授業
2010年4月27日(火)、千葉県立松戸六実高等学校3年生の現代社会の授業を見せていただきました。松戸六実高校では毎年ゴールデンウィーク前に、就職活動をする生徒のため、そして将来は必要に応じて全ての生徒が考えてくれるように、労働関係の法律に関する授業を行なっており、その模様をお伝えします。
千葉県立松戸六実高等学校のプロフィール
1978年創立。全日制普通科。
東武野田線高柳駅から徒歩12分、同六実駅から徒歩15分に位置します。周囲の環境は、20年ほど前までは住宅地に梨畑などが点在しましたが、急速に宅地化が進み現在は住宅街に囲まれています。
在籍生徒 平成21年4月現在(平成21年度学校要覧より)
学級 | 男 | 女 | 計 | |
1年 | 8 | 163 | 164 | 327 |
2年 | 8 | 152 | 174 | 326 |
3年 | 8 | 151 | 166 | 317 |
合計 | 24 | 466 | 504 | 970 |
卒業生の進路状況 平成20年度(平成21年度学校要覧より)
進学 | 就職 | その他 | 合計 | |||||
大学 | 短大 | 専門 | 公務員 | 民間 | 自営 | 未定 | ||
男 | 97 | 0 | 22 | 0 | 4 | 2 | 21 | 146 |
女 | 66 | 20 | 64 | 0 | 10 | 0 | 9 | 169 |
合計 | 163 | 20 | 86 | 0 | 14 | 2 | 30 | 315 |
経緯
松戸六実高校では、現代社会は3年生文系理系共通の必修科目になっています。1学期は資料の使い方を学んでテーマ学習をする構成になっており、テーマの一つとして労働法関係が取り上げられています。
担当の本村 節教諭は校務で進路指導もされており、卒業生から仕事やアルバイト先でのことについて相談をされることがあります。その内容は現代社会の授業で指導した労働法関係のことも多く、「授業で教えたのに。」と感じることが少なくないそうです。やはり言葉や法律の名前を暗記するだけの学習になりがちなことが問題と考え、どうしたら生徒が近い将来自分達に身近なこととして学んでくれるか、数年前から工夫を重ねておられます。高校卒業後すぐに就職するのは10数名ですが、むしろ進学する生徒達が必要に応じて思い出すようにしてほしいと考えています。「法律は生き物でどんどん変わりますから、とにかく今インパクトを与えて印象付けておきたい」ということでした。
授業
3年5組 11:50~12:40 教科:現代社会
導入―前回の復習
先生:「前回渡した宿題のワークシートを見てください。これは先輩達が仕事やアルバイト中に悩んだり、相談してきてくれた内容で、全部本当にあったことです。ワークシートを書いてきてくれた人ほど、今日の授業で「そうだったのか」と思えるはずです。労働者の問題は法律の条文を穴埋め式で書くのでは意味がないので、去年からこの形式にしました。今日は「法律を知っていればこんなことがわかる」という説明をします。暗記ではなく、法律が実際にどう自分に関わるか、役に立つか気づいてほしいと思います。前回の授業では、今の日本の労働環境が1990年代に大きく変化したことをやりました。どのように?女子1さん。」
女子1:「年功序列型雇用と終身雇用が崩れました。」
先生:「成果主義や能力給に変わり、正規労働者と非正規労働者の差も大きくなりました。その結果社員同士の団結力が弱まりました。労働組合にも問題が生まれましたね、女子2さん?」
女子2:「組織率。」
先生:「低いですね。理由は?」→女子2:「労働組合は企業別だから、その会社にないと入れないし、正社員しか加入できないから。」
先生:「中小企業は労働組合がない所もあり、労働者が組合に入りたくても入れない。そして正社員でないと入れないということで組織率が低下し、労働者の権利、特に労働条件が悪化しました。」
労働条件の保障
先生:「労働条件とは労働時間・給料・休みなどのことです。バブル景気の崩壊後、労働条件が悪化し、労働組合もないという状況で、弱い立場の労働者を保護するため労働者の権利保障を目的とする法律が3つありました。労働条件の保障を決めているのは何の法律ですか、女子3さん?」
女子3:「労働基準法です。」
先生:「これ以外の労働条件保障のための法律として、男女雇用機会均等法・最低賃金法・労働者派遣法・改正パートタイム労働法・介護育児休業法があります。細かいのを加えるともっとあります。資料集を見てください。このページを見るだけでうんざりしませんか?以前はこれを穴埋め問題にしてテストをしていました。ところが、君達の先輩達が実際に仕事中に怪我をしたとか、残業は何時からかとか質問に来ました。それで法律の条文を覚えてもダメだ、実際にワークシートにあるような問いに答えながら条文を見ないと身につかないと考えました。では、ワークシートを見ていきましょう。」
ワークシート 問1
次の求人募集には、2つの法律違反があります。その内容を答えなさい。
先生:「誰かわかる人?」
男子1:「性別を限定していることと、時給が最低賃金より下になっていることです。」
先生:「いくらならいいですか?」
男子1:「730円ぐらいかな。」→先生:「正解です。」
先生:「性別規定はなぜダメですか?資料集を見てください。2006年の改正ポイントで、性別による差別の禁止、間接差別の禁止、一定の身長・体重・体力を要件とすることも禁止です。最低賃金は年1回、自治体毎に見直すことになっていて、10月頃改正されます。千葉県は現在723円ですね。本当にあった話なんだけど、時給680円という例がありました。そういう時は2年前まで遡って差額を請求できます。だます方も悪いけれど、自分の権利を主張しないとだまされ続けてしまいます。」
ワークシート 問2
3ヶ月働いたら正社員にしてくれると面接のとき言われたのに、半年経ってもアルバイトのままです。仕事の内容も言われていたことと違います。これって仕方がないんですか。
先生:「アルバイトを口約束でしている人はいませんか?書類を貰っていますか?資料集を見てください。労働基準法第15条、労働条件を明示しなければならない、とあります。そこに線を引いてください。「明示」とは文書にしなければならないということです。第2条、労働条件の決定は労働者と使用者が対等の立場で決定する。文書にしなければならないのは労働協約、就業規則、労働契約です。ここも線を引いて。労働契約が最も多くて、もっと細かいことまできちんと決めているのが就業規則。以前はパート・アルバイトの人は文書の必要なかったんです。2008年の改正パートタイム労働法で労働条件を明示した文書の交付が義務付けられました。非正規社員が増えて、言った言わないのトラブルが多くなったので改正されました。このプリントを見てください。」
(先生はある会社の準社員雇用契約書のコピーを配りました。)
先生:「このように、仕事をするときは必ず書類を貰うこと。おかしいことがあったら言うか、言わないか、法律を自分の味方にするかどうかは(法律を)知ることによります。法律は暗記するものではなく、使うものです。法律を味方につけようとする気持ちが大切ですよ。」
ワークシート 問3
先輩にアルバイトを紹介してもらいましたが、紹介料としてアルバイト代の10%よこせと言われました。払わなきゃダメですか。
先生:「これは払わなくていいと何となくわかるだろうけど、なぜ?資料集を見てください。労働基準法第6条、中間搾取の排除。他人の給料から金を取ってはいけないということです。派遣労働とは、仕事を紹介してもらって仕事先へ行くことです。以前は、派遣労働は労働基準法第6条に抵触すると思われていたので、特殊な職種に限られていましたが、2000年頃から派遣労働者数が増えてきました。そこで2003年に労働者派遣法が改正され、対象職種が広がりました。特に製造業への派遣が解禁されたので、派遣労働者数がぐんと増えたのです。派遣労働が認められるのは最長3年で、それを超えた人が希望したら、雇用者側は正社員にする義務があります。派遣社員はどこの会社員か、だれと契約を結んでいるのかなどが曖昧だったので、結構トラブルになっていた経緯もあります。労働者は法律を読んで、よく中身を知って、自分がだまされないように気をつけたいですね。」
授業は以上です。以下には、ワークシートの全文と、本村先生の作られた模範解答を掲載します。
ワークシートとその模範解答
Q1:「女子販売員募集 時給700円 18才以上高校生不可」この求人広告で,法律に違反している点を答えなさい。
Q2:時給1000円10時~19時の契約で働いています。休日の前日19時から午前2時まで7時間の残業をしました。この日の残業代はいくらになりますか。
Q3:給料が全額払われず,半分は店で販売している商品などで支給されます。これは仕方ないのですか。
Q4:アルバイトには年次有給休暇はないのですか。
Q5:仕事中にけがをした場合はどうしたらよいのですか。
Q6:先輩にアルバイトを紹介してもらいましたが、紹介料として10%よこせといわれました。
Q7:遅刻1回につき1000円の罰金があります。これは仕方ないのですか。
Q8:3ヶ月働いたら正社員にしてくれる面接の時に言われたのに半年経ってもアルバイトのままです。仕事の内容もしょっちゅう変わります。これは仕方がないのですか。
Q9:1年以上働いていてたアルバイト先から今週で辞めてくれと言われました。これって仕方ないのですか。
Q10:労働条件が法律に違反している場合,どこに相談すればよいのですか。
A1 :第1は「女子」に限定した募集をしていることで,これは「男女雇用機会均等法」第5条(募集および採用)で「事業主は労働者の募集および採用について,女性に対して男性と均等な機会を与えなければならない」に違反している。
第2は第28条に違反している。最低賃金は各県の「最低賃金法」で定められている。
千葉県の最低賃金は728円(2009年10月現在)
A2: 労働基準法第36条で「時間外・休日労働」が,第37条で「割増賃金」が定められている。
この場合時間外労働・深夜さらに休日の割り増しが加算される。
①通常の時間外労働の割り増し・・・25%
②深夜の割り増し・・①+25%=50%
午後7時~午後10時 1000円×(1.25)×3時間=3750円
③休日の割り増し・・35%
午後10時~午前0時 1000円×(1.50)×2時間=3000円
④休日深夜の割り増し・・③+25%=60%
午前0時~午前 2時 1000円×(1.60)×2時間=3200円
合計 9950円
A3:第24条に違反している。賃金支払いの5原則がある。
A4:第39条に規定されている。有給休暇は正社員のだけのものではなく,アルバイトで
あっても,週1日6ヶ月 以上8 割出勤していれば権利は発生する。
週労働 日数 |
年間 労働日数 |
勤続年数 | ||||||
6ヶ月 | 1年 6ヶ月 |
2年 6ヶ月 |
3年 6ヶ月 |
4年 6ヶ月 |
5年 6ヶ月 |
6年 6ヶ月 |
||
4日 | 169~216日 | 7日 | 8日 | 9日 | 10日 | 12日 | 13日 | 16日 |
3日 | 121~168日 | 5日 | 6日 | 6日 | 8日 | 9日 | 10日 | 11日 |
2日 | 73~120日 | 3日 | 4日 | 4日 | 5日 | 6日 | 6日 | 7日 |
1日 | 48~72日 | 1日 | 2日 | 2日 | 2日 | 3日 | 3日 | 3日 |
A5:第75条の「療養補償」にあたる。労災保険は1人でも労働者を雇っている事業所(個人商店も含む)はすべて適用となり,パート・アルバイトも含むすべての労働者が対象になる。
A6:第6条の「中間搾取の禁止」に違反する。他人の就職を食い物にしてピンハネをすることは許されない。違反した場合は1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられる。
A7:第16条に違反する。違約金を定めたり,損害賠償の金額をあらかじめ定める約束をしてはならない。
A8:第15条・第89条に違反する可能性がある。「使用者は労働契約の締結時に労働条件を書面により明示しなければならない。」「常時10人以上の労働者を使用する場合は,就業規則を作成しなければならない。」
書面で明示しなければならないこと。
①就業の場所および従事すべき業務に関する事項
②始業および終業の時間,休憩時間,休日,休暇
③賃金
④退職に関する事項
A9:第20条・第21条に違反する。2ヶ月以上働いている場合には,1ヶ月前に予告するか1ヶ月分の賃金を支払いが必要。
A10:
柏労働基準監督署 | 柏市柏255-31 | 04-7163-0245 |
船橋労働基準監督署 | 船橋市海神2-2-3 | 047-431-0181 |
ハローワーク松戸 | 松戸市松戸1307 松戸ビルディング3F | 047-367-8609 |
ハローワーク船橋 | 船橋市湊町2-10-17 | 047-431-8287 |
東京労働相談センター | 豊島区南大塚2-33-10 東京労働会館6F | 03-5395-3241 |
労政事務所亀戸 | 江東区亀戸2-19-1 カメリアプラザ7F | 03-3637-6110 |
生徒の感想
・最低賃金があるなんて知らなかった。今の時給は基準以下でした・・・
・休憩時間をきちんともらえていなかった。
・もっと早くこの法律があることを知りたかった。
・内容をもっと詳しく知りたい。
本村先生のコメント
生徒達は、働く現場で労働基準法を知らなければ不利益を被ることがあることを実感したようである。生徒達が、普段の生活の中で法律を意識する場面は少ないが、労働基準法の知識・技能を習得しておくことは、働く現場で自分の権利を守る時に必要であると気付き、内容をもっと知りたいと感じてくれた生徒がでてきた。また、家族と話し合ったなかで、実際に労働基準法に違反する労働問題が起こっており、保護者に説明したという事例もあった。
取材を終えて
授業中に先生と問答をした生徒数は限られていますが、このワークシートの中にある問いかけは卒業した先輩達の声であるということが、彼らの存在を感じさせてくれます。授業後には、自分のアルバイト雇用契約書を資料に使ってほしいと、実物を先生に見せてくれる生徒もいました。先生の工夫が生徒の関心を高めていることを感じます。
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