教科書を見るシリーズ 小学校編(1)平成20年度学習指導要領「総則、社会」から

 2011年度、小学校の教科書が新しい学習指導要領に沿って改訂されました。来年度は中学校、再来年度は高等学校教科書が順次改訂されます。新しい学習指導要領では、「法教育」が重視されることになったそうですが、この機会に実際に学習指導要領を見てみたいと思います。さらに次回(2)からは、学習指導要領に基づいて「法教育」が教科書にどのように書かれているか、教科毎にいろいろな教科書を見ていきます。

1 法教育とは

 「法教育」とは何かというときよく使われる定義は、「法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し,法的なものの考え方を身に付けるための教育」というものです。「法やルールの背景にある価値観や司法制度の機能、意義を考える思考型の教育であること、社会に参加することの重要性を意識付ける社会参加型の教育であることに大きな特色がある」とされます。
 法教育は、21世紀に入って進んだ司法制度改革と教育改革の観点からも必要とされています。司法制度改革が実りあるものとなるためには、「国民一人ひとりが、自らの権利と責任を自覚し、国民の自律的な活動を支える法や司法の役割を十分に認識しなければならない。(中略)仮に紛争に巻き込まれた場合には、法やルールにのっとった適正な解決を図るよう心がけるとともに、自ら司法に能動的に参加していく心構えを身に付ける必要がある。」といわれています。他方、「知識を覚えることにとどまらず、実生活で生きて働く力として、思考力、判断力、表現力などを高めることを重視する法教育の考え方」は、「生きる力」の育成を目指す教育改革の流れにも沿うものとされています。法教育は、「国民一人ひとりが、自由で公正な社会の担い手となるために欠くことのできない資質の育成を目指すものにほかならない」とされます。(以上、『はじめての法教育 我が国における法教育の普及・発展を目指して』法教育研究会著より)

2 学習指導要領における法教育の位置づけ

 このような「法教育」の理念は、実際に教育の現場でどのように実現されようとしているでしょうか。現場の指針となる学習指導要領をまず見てみましょう。平成20年3月に告示された小学校および中学校の学習指導要領においては、「法やきまり、司法」に関わる指導内容が新たに示されたといわれています。これにより、法教育がさらに普及・発展することが期待されていますが、具体的にはどのような教育が求められているでしょうか。平成20年小学校学習指導要領(ここでは新学習指導要領とよびます)を概観し、前節で掲げた「法教育」の定義に対応すると思われる個所はどこかを検討してみたいと思います。

〈新学習指導要領のもくじと性質〉

学習指導要領が現場の指針となるという理由はどこに示されているか、改めて確認しておきましょう。

第1章 総則
 第1 教育課程編成の一般方針
 第2 内容等の取扱いに関する共通的事項
  1 第2章以下に示す各教科、道徳、外国語活動及び特別活動の内容に関する事項は、特に示す場合を除き、いずれの学校においても取り扱わなければならない。

 [2~5 省略] 

 ↓
このことから、学習指導要領に示されている教育内容に関する事項は、学校で必ず取り扱われなければならないことや、各教科の内容を定める第2章以下が重要な意味をもっていることがわかります。

 第3 授業時数等の取扱い
 第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項 
第2章 各教科
 第1節~第9節(国語、社会、算数、理科、生活、音楽、図画工作、家庭、体育)
 第1 目標
 第2 各学年の目標及び内容
 第3 指導計画の作成と内容の取扱い
第3章 道徳
第4章 外国語活動
第5章 総合的な学習の時間
第6章 特別活動

 

〈新学習指導要領総則における法教育に関すると思われる文言〉

第1章 総則 第1 教育課程編成の一般方針

 一般方針の1には、教育の目指すところは「児童の人間として調和のとれた育成」であり、「児童に生きる力をはぐくむこと」としています。
 2では道徳教育、3で体育・健康に関する指導について取り上げられていますが、道徳教育について、「特に児童が基本的な生活習慣、社会生活上のきまりを身に付け、善悪を判断し、人間としてしてはならないことをしないようにすることなどに配慮しなければならない。」とされている部分が、新たに「法やきまり、司法」に関わることと考えられています(東京都教育委員会『「法」に関するカリキュラム』2011年7頁)。なるほど、「社会生活上のきまりとは何か、それを身に付けるためにはどうしたらよいか、善悪とはどういうことか、人間としてしてはならないこととは何か、などを考え、判断し、表現する」力を育成することは、自由で公正な社会の担い手を育成する「法教育」の趣旨にかなうのではないかと考えられます。しかし、一般方針として配慮しなければならないとしても、各教科の内容として取り上げられるかどうかが重要になると思います。そこで次に各教科の中から、まず法教育が最も期待されている「社会」(第3学年~第6学年。第1・2学年は「生活科」になります。)の記載を見てみます。
 

〈第2章 各教科 第2節「社会」より〉

 

第1 目標
社会生活についての理解を図り、我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て、国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。

 ↓
この「社会」全体の目標は、「公民的資質の基礎」が「自由で公正な社会の担い手」に必要なものとすれば、そのまま「法教育」の目標とも言えるのではないでしょうか。

第2 各学年の目標及び内容
〔第3学年及び第4学年〕

1 目標[省略]
2 内容
[(1)、(2) 省略]
(3)地域の人々の生活にとって必要な飲料水、電気、ガスの確保や廃棄物の処理について、次のことを見学、調査したり資料を活用したりして調べ、これらの対策や事業は地域の人々の健康な生活や良好な生活環境の維持と向上に役立っていることを考えるようにする。
[ア、イ 省略]
(4)地域社会における災害及び事故の防止について、次のことを見学、調査したり資料を活用したりして調べ、人々の安全を守るための関係機関の働きとそこに従事している人々や地域の人々の工夫や努力を考えるようにする。
[ア、イ および(5)、(6) 省略]
3 内容の取扱い
[(1)~(4) 省略]
(5)内容の(3)および(4)にかかわって、地域の社会生活を営む上で大切な法やきまりについて扱うものとする。

 ↓
 この「内容の取扱い」(5)から、2の「内容」のうち「地域の飲料水、電気、ガス、廃棄物」「地域社会における災害及び事故の防止」を扱う際に、地域の社会生活を営む上で大切な法やきまりについて学習することが導かれます。これが「法教育」とどう結びつくでしょうか。それについては、教科書にどう記述されるかがポイントになると思われます。

〔第5学年〕
1 目標
 [省略]
2 内容
(1)我が国の国土の自然などの様子について、次のことを地図や地球儀、資料などを活用して調べ、国土の環境が人々の生活や産業と密接な関連をもっていることを考えるようにする。

[ア、イ 省略]
ウ 公害から国民の健康や生活環境を守ることの大切さ
[エ および(2)、(3) 省略]
(4)我が国の情報産業や情報化した社会の様子について、次のことを調査したり資料を活用したりして調べ、情報化の進展は国民の生活に大きな影響を及ぼしていることや情報の有効な活用が大切であることを考えるようにする。
[ア、イ 省略]


公害や情報化社会は広く一般の人々にかかわる事柄です。それについての身近な事例は様々なものが考えられるでしょう。関係する条例やルールも身近なものではないでしょうか。3・4年生で扱われた「地域の飲料水、電気、ガス、廃棄物」などに共通する事柄として、法やきまりについても取り扱うことができると考えられます。この点も、教科書にどう書かれるか、次回以降見てみたいと思います。

〔第6学年〕
1 目標
 [省略]
2 内容
(1)我が国の歴史上の主な事象について、人物の働きや代表的な文化遺産を中心に遺跡や文化財、資料などを活用して調べ、歴史を学ぶ意味を考えるようにするとともに、自分たちの生活の歴史的背景、我が国の歴史や先人の働きについて理解と関心を深めるようにする。

[ア~キ 省略]
 ク 大日本帝国憲法の発布、日清・日露の戦争、条約改正、科学の発展などについて調べ、我が国の国力が充実し国際的地位が向上したことが分かること。
 ケ 日華事変、我が国がかかわる第二次世界大戦、日本国憲法の制定、オリンピックの開催などについて調べ、戦後我が国は民主的な国家として出発し、国民生活が向上し国際社会の中で重要な働きをしてきたことが分かること。

 ↓
 歴史の学習においても、大日本国憲法と日本国憲法の違いや、民主主義の発展、国際的地位とはどのようなことかなど、「自由で公正な社会の担い手の基礎」となるという観点から学ぶことができるでしょう。

⑤ 

2 内容
[(1) 省略]
(2)我が国の政治の働きについて、次のことを調査したり資料を活用したりして調べ、国民主権と関連付けて政治は国民生活の安定と向上を図るために大切な働きをしていること、現在の我が国の民主政治は日本国憲法の基本的な考え方に基づいていることを考えるようにする。
[ア、イおよび(3) 省略]
3 内容の取扱い
[(1) 省略]
(2)内容の(2)については、次のとおり取り扱うものとする。
[ア 省略]
 イ 国会などの議会政治や選挙の意味、国会と内閣と裁判所の三権相互の関連、国民の司法参加、租税の役割などについても扱うようにすること。
[ウ、エおよび(3) 省略]

 ↓
 この部分はまさに「公民的資質」の基礎として、法教育と関わる重要な個所でしょう。基礎であるだけに知識も重要なので、教科書も知識をカバーするだけで紙数が尽きるということが考えられます。それは④についても同様と思われますが、見てみなければならないと思います。

第3 指導計画の作成と内容の取扱い
1 指導計画の作成に当たっては、次の事項に配慮するものとする。

[(1)~(3) 省略]
(4)第1章総則の第1の2及び第3章道徳の第1に示す道徳教育の目標に基き、道徳の時間などとの関連を考慮しながら、第3章道徳の第2に示す内容について、社会科の特質に応じて適切な指導をすること。


 総則の第1の2「法やきまり」に関する方針が再び取り上げられています。この方針に基づいて、道徳の内容を社会科でも適切に指導するようにとされています。道徳については、また別の機会に検討したいと思います。

ここまでを概観して

 新学習指導要領の総則と「社会」を大雑把に見てきましたが、印象としては指導をすることについて比較的自由度があるのではないかと感じました。例えば「公民的資質の基礎」という言葉は定義せずに使われています。指導方法も配慮が求められているだけです。内容については、社会科だけでも各学年に、「法教育」に関連する様々な内容があるように感じます。けれど学習指導要領に内容が載っていても、「法教育」が知識指向型の教育ではなく、「思考型・社会参加型」の教育といわれることを考えるならば、それらが「法教育」に結びついてゆくと一概には言えないと思います。教科書は1つのきっかけになるものとしてとらえた上で、次回以降さまざまな教科書を見ていきたいと思います。社会科について検討した後は、その他の教科について新学習指導要領→教科書というように、学習指導要領と教科書を交互に見ていきます。

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