法教育推進協議会傍聴録(第26回)

 2011年11月4日(金)10:00~12:00、第26回法教育推進協議会が法務省会議室において開かれました。今回は平成22年度「法教育懸賞論文」優秀賞受賞者である春田久美子弁護士と札埜和男教諭の報告と、来年度の岐阜法教育プロジェクトなどの説明がありました。春田弁護士は学校との連携に心を砕いているお話、札埜先生からは国語科における興味深い法教育実践例が紹介されました。協議会の後、2人の先生へ即席ミニインタビューの機会がありましたので、最後もお楽しみに。

1 「法教育への取り組みについて 
~世界一受けたい法教育の授業をめざして~

 

春田久美子 弁護士(福岡県弁護士会法教育委員会 委員)

〈はじめに〉

 福岡県弁護士会では今春、委員会の垣根を越えて全弁護士で法教育に当たるため、法教育センターをつくりました。また、学校の先生とともに法教育研究会を設けて、法教育推進の両輪としています。校長会・教頭会をまわって広報活動もしています。

〈学校現場からの声・見えてきたこと〉

①「法教育」という言葉のイメージのつかみにくさ
 消費者教育、司法教育との違い、単に知識を教える教育との違いがわかりにくいこと。
②法教育が「目指す子ども像」は何か、明らかにする必要
 どういう子ども達を育てたいのかが現場から問われている
③「対立・合意・効率・公正」「幸福・正義・公正」などの価値をどう伝えるか、伝えないとどうなるか、が難しいこと
④ 新学習指導要領及び教科書をおさえておく必要

〈実践例〉

① 模擬裁判
 50分でできる模擬裁判授業が得意です。「事実認定タイプ」、「考えるタイプ」など様々なバージョンがあります。「正解は一つではない」「立場や視点が異なれば意見も異なりうる」ことを伝えたいと思い、必ず「間違っているかどうかとかは気にしないで」と言います。
② ルールについて考える授業
校庭の使い方、係決め、席替え、遊びを通して、野良猫のエサやり
校則について(生徒指導主事研究会では“規範意識の醸成”テーマの授業オファーがありました。)
③ 契約について考える授業
 悪質商法、未成年者ゆえの消費者被害(ケータイ)、労働契約(憲法の授業として)
④ タイムリーな(法律)問題
 ネットがらみのいじめ、防犯カメラ、AKB48の総選挙から選挙の意義
⑤ 社会科見学的な授業とのミックス
 中・高校生ディベート選手権や高校生模擬裁判選手権のテーマに関連した施設などの見学

〈法教育の普及・推進のためのアイデア〉

① 法教育の定義、目標とする子ども像の確認
② 学校のカリキュラムにおける位置づけの提示ができる教材を準備すること
 言語能力・コミュニケーション能力の向上。シティズンシップ教育として。キャリア教育として。消費者教育として。憲法(人権等)の学習として。
③ 学校現場の仕組み等の利用
 学習指導要領改定の際の「教育課程説明会」で授業例等の紹介をする。国立教育政策研究所と各都道府県教育センターとの連携。教員免許更新時のカリキュラムとして。教科研究会などとの連携。教員養成大学のカリキュラムとして。
④ 学校現場の実態に即した方法 
 現場に普及している出版物の利用(「日本教育新聞」「内外教育」「週刊教育資料」)。文科省・教育委員会との連携。教科書会社との連携。教員向けイベント。学校現場のタイムリーな関心事(道徳教育、新しい公共、社会参画がキーワード)。都道府県のオリジナル企画との連携。
⑤ メディアの利用
 新聞(NIE組織とのコラボレーション)、テレビ、ラジオ等
⑥ 他の○○教育から学ぶための調査
⑦ 地元の学校現場とのつながりを強化

〈今、感じている課題〉

まずは実践。1年間に1コマ(50分)の壁を突破すること。マスコミにも法教育のファンをつくること。

〈質疑応答・意見など〉

意見:「「効率」とは、「誰かの満足を減らさずに誰かの満足を増やすことはいいこと」という意味ですので、子ども達に教えていっていただけるといいと思います。学校現場とのつながりということでは、「全国教育者連盟」というものもありますので、参加されるといいと思います。」

2 「国語科における法教育~模擬裁判を中心にして~」

 札埜和男 京都教育大学附属高等学校教諭(国語科)

〈実践例〉

 前任校の京都府立八幡高等学校在任中の2002年から、国語科において様々な法教育実践を行っています。
・裁判傍聴(ゲスト講師:弁護士、裁判官)
・模擬裁判(法曹三者、様々な社会人。シナリオ即興型・改変型・創作型)、裁判の判決文授業(法曹三者)
・司法書士と共に「契約の文章」、
・社会保険労務士と共に「労働条件契約書」、
・弁護士と読み解く『ホームレス中学生』、
・法律学研究者による「桃太郎」のもう1つの読み方
・ルールづくり
・国語科における憲法授業(留学生、司法書士)
・マニフェスト授業(弁護士)
・ディベート授業、漢文でのディベート授業
・文学作品での発展授業(古典や芥川龍之介『羅生門』を題材)
 

〈模擬裁判授業の魅力〉

模擬裁判授業の魅力は、学力に関係なく生徒が夢中になることです。普遍性があり、教材として魅力があると思います。八幡高校と京都教育大学附属高校の経験から、様々な背景をもつ生徒がいる高校では、裁判傍聴について非常にリアルに受け止めている子どもがいることがわかりました。「人が裁かれている場を本当に見に行っていいの?」というのです。そういう生徒が授業を通してだんだんに学校知を身につけていきます。
京都教育大学附属高校では、生徒は裁判を別世界のこととして興味関心を示します。アルバイト経験なども少なく世間知がないので、「本屋のレジから3万円を盗んだ」といった状況を聞いて、下町の本屋のレジの中には千円札ばかりなのではないかと疑ったりしません。彼らが模擬裁判授業を通して、世間知を身につけていきます。
両方の高校に共通して、生徒が架空の事件をどれだけリアルに考えるか工夫するのが教師の仕事です。犯罪被害者の会の人をゲスト講師に招いたりし、現実に起きていることと結び付けて捉えられるよう配慮しています。生徒は人間が見えてくるようになり、社会を見る目に奥行きが出てきます。言葉に命を吹き込む醍醐味と社会的想像力を豊かにすることが、教材としての模擬裁判の魅力です。

〈模擬裁判授業の意義〉

 模擬裁判授業を続けてきて、自分自身も変わってきました。最初は裁判員になるための教育で満足していましたが、3年ぐらい経ったとき、授業を受けた生徒の半分ぐらいが「将来、絶対裁判員をやりたくない」と言いました。「模擬でさえこれだけ大変なのだから、本物はもっと大変だろう」と。しかし、逆説的ですが、裁判員制度を発展させるためには、裁判員制度はおかしいと発言するような子どもを育てることが大事であると思いました。プロの裁判官に対してノーと言える人、迎合しないで主張できる人を育てることが大事です。「被告人と被害者両方の側の人間の哀しさが見えてきました。つまり表面に見えないものを見ようとすることがとても大事なんだと考えるようになりました。」「いろいろなものの見方を広く知る、見えないものを見ていく、そうした上で自分なりの意見を作っていく、一つの判断を下していく、その繰り返しが自分の頭で考えられる人間、周囲に流されない人間、自立した人間をつくっていくのではないでしょうか。」という生徒の感想を紹介します。

〈授業後の生徒の自主活動〉

 今年の高校生模擬裁判選手権に出場した生徒達が、9月以降放課後に教室でずっと勉強会をしています。なぜ日本の憲法には「無罪推定の原則」が書かれていないのか、冤罪発生の原因は代用監獄制にあるのではないかなどについて、賛成と反対の意見を両方聞いて、自分たちの意見を作らねばいけないというのです。さらに、法務大臣に会いたい、手紙を渡したい、どうしたらいいかと言っています。このように、行動に移そうという生徒が出てきたことを嬉しく思っています。

〈質疑応答・意見など〉

質問:「国語の枠の中では、模擬裁判授業に何時間ぐらい割けますか?」
回答:「自分はもともと社会科が専門だったので、国語科と社会科の両方の事情がわかります。国語は融通が利き、1か月かけることもできます。週3コマなので15時間ぐらいになります。現代文は今、週2コマしかないので、工夫が必要です。法教育とは言わずに、1作品8時間とすれば、できると考えています。」

質問:「(国語における法教育の)意義を多くの先生に感じてもらえるようにするには、どのようなアプローチがあると思いますか?」
回答:「現場には○○教育が一杯なので、「法教育」と声高に叫ばないほうがいいと思います。普通の授業で普通にやる方法があります。「羅生門」から「しかたなくする悪」、さらに死刑制度へ、「高瀬舟」から安楽死へと入っていけます。文芸作品を法教育の視点で見て読み解いていくと、使える教材はたくさんあることを「法と言語学会」で発表しました。2012年には拙著『法と言語』が出版されますので、よろしくお願いします。」

3 その他

(1)平成23年度法教育懸賞論文について
 10月末で締め切られ、応募は60通ありました。今後、審査に入る予定です。

(2)京都法教育プロジェクトについて
京都法教育プロジェクトは今年度で終了となりますが、この取組みを今後どう活かしていくかまとめの協議会を開き、冊子により広報していくことになりました。法教育継続の仕組みをどう作るかということ、各機関の連携が不十分なことが課題でした。今後の情報をホームページに掲載し、連携の更なる強化を図りたいと思います。平成24年1月27日には京都市教育委員会が京都市立紫竹小学校において、全学年で法教育の公開授業をするという画期的な取組みをする予定ですので、広報していきます。

(3)岐阜法教育プロジェクトについて
 平成24年度から岐阜県でも京都と同様のプロジェクトを行いたく、ご協力をお願いしています。自治体の規模から考えて、日本の多くの自治体の参考にしてもらえる事例にしたいと思います。

【大杉昭英 岐阜大学教育学部教授のコメント】
 「普通」というキーワードでできればいいと思います。教員にとって、知らないことを教えるのは負担感があることを考え、岐阜大学では、教員養成課程の大学1年生と3年生に法教育を取り入れています。模擬裁判の評議を取り入れ、教育実習で実践した学生が1人いました。そのような側面で協力したいと思います。

〈高校生からの手紙が関係者へ〉

 協議会の後、京都教育大学附属高等学校の生徒からの手紙が札埜先生を通して関係者へ手渡されました。

〈即席インタビュー〉

 協議会の後、短い時間ですがお二人の先生の対話などをお聞きする機会がありましたので、ご紹介します。

春田弁護士:「現場での実践授業の経験から、弁護士が学習指導要領と教科書をもっと研究する必要を痛感しています。そこで、学校の先生方との研究会活動を大事にしたいと思っています。」
札埜先生:「私的な研究会をまわられるといいと思います。大阪では現場の教師と法律専門家が隔てなく研究会をしています。一度いらしてください。」
質問:「高校の他の国語の先生に、法教育は難しいと言われませんか?」
札埜先生:「私は法学部政治学科出身なので先入観がありませんでした。実際に現場の先生が私の国語の授業を見学されたら、面白いと言われます。現場では、学習指導要領よりも目の前の子どもをどうしようということがあります。高校生は就職してからのこと、労働法の学習を欲していると思います。高校生がアルバイト先から労働契約書を貰う体験の授業例を聞きましたが、よかったと思います。」

〈取材を終えて〉

弁護士と学校の協働による新たな教材づくりに期待が膨らみます。教材が一覧して見られ、自由にダウンロードできるようなサイトがあればいいというご注文もうかがいました。法教育フォーラムの「教材倉庫」のより一層の拡充を目指したいと思います。
 京都教育大学附属高等学校は高校生模擬裁判選手権関西大会で5連覇を達成しており、札埜先生がその指導に当たられています。法教育普及の秘訣について札埜先生は、「法教育と言わずに」国語で実践するのがいいと思うと言われています。「法教育」というからハードルが高い印象を与えるという指摘は、春田弁護士も報告の冒頭で指摘されました。札埜先生のつくられる教材が国語の教科書にさりげなく掲載されていたら、国語の先生方にとって法教育を実践するのに負担が少なくなると考えられます。国語における法教育の可能性を広げる、そのような教科書があるといいと思いました。
 第1回の法教育懸賞論文により、このような素晴らしい実践を積み重ねておられる先生方について広報する機会を得られたことは、喜ばしいことでした。懸賞論文の取組みが意義あるものと確認され、今年度の取組みの成果も楽しみです。

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