平成23年度法教育シンポジウムin山梨 その1

 2012年2月19日(日)13:00~16:30、法テラス等が主催する法教育シンポジウムが山梨英和大学グリンバンクホールを会場に開催されました。好天に恵まれ、厳しい冷え込みにもかかわらず、大学生や人権擁護関係者など多くの参加者が来場されました。
 まず、親しみやすい教材例とトゥ-ルミン図式の解説が会場の反響をよんだ橋本康弘先生の基調講演の模様からお伝えします。

プログラム

2012052400113:00  開会
13:10  基調講演「新学習指導要領における法教育」
14:10  特別講演「子どもたちにルールを教える大切さ」
             休憩
14:55  パネルディスカッション「法教育の普及に向けて」
14:25  閉会

1 基調講演

「新学習指導要領における法教育」
  橋本康弘 福井大学教育地域科学部准教授

〈3つの授業例から〉

 テーマが非常に硬いので、まず3つの教材を考えていただくところから始めます。

【例1 福井県の最近のニュースから】
 大学の門の前の県道は、車道は除雪されていますが、歩道には雪が積もっています。新聞によれば、雪でふさがった歩道から車道におりて歩く人が交通事故にあうケースが増えているそうです。一般の県道は積雪10cmになると除雪を始めるきまりがありますが、歩道は別です。一般の人の判断によるそうです。付近には小学校もあり、除雪が急務ですが、歩道の除雪に対する様々な人の言い分は次のようなものです。

店の従業員…「店の駐車場は除雪しているが、歩道までは手が回らない。」
近くに住む人…「有志で町内の雪かきをしているが、手が回らない。」
近くに住む研究者の男性…「夜型の生活で、朝の除雪は無理。」

 ちなみに、福井のバス停にはスコップが置いてあり、「緑のスコップひとかき運動」をしています。バスを待っている間にひとかき雪かきをすることを促すというものですが、誰もしているのを見たことがありません。福井市は、天候が回復した日曜日を一斉雪かきデーにしました。主に学校の先生や公務員が中心にしていますが、雪が続いていたらできません。
 この問題は、対応策に従う人と従わない人の不公平の問題です。どのような解決策があるでしょうか?このような問題は地域によりいろいろあると思います。「私助」という解決策でいいのか。地方自治体がする「公助」がいいのか。財政が逼迫している状況で、「公助」が可能なのか。むしろ「共助」が求められているのではないか。地域の人が議論をして問題の対応策を考える、「共助」の精神が市民に求められているのではないか、と考えられます。

【例2 ある小学生の不満】
 学校ではなぜいつも背の順に並ばないといけないのか、不満に思っている小学生がいます。背の順だといつも一番前になり、ストレスを感じているというのです。先生は何と応答しますか?このような学校のきまり、ルールを子どもたちにどう納得させたらいいのか。
法教育では、「公平」「公正」とはどのようなものかを共に考えることが1つの柱です。この場合は、「目的の合理性と手段の相当性」ということで考えることを提案します。
① まず、背の順に並ぶというルールの目的は何か?
 後ろの子が前を見やすい、先生の目が届きやすいように、ということかもしれません。
② その目的は合理的か?
③ 常に背の順に並ぶことが適切か?
 アイウエオ順に並ぶことがあってもいいのではないか?
この手順で考えて、子どもが納得すればよいのです。実践してみたら、先生を真ん中にしてその周りを取り囲む、という提案も出ました。

【例3 ある中学生と母親の対立】
母:「この間のテストの点数、下がったのね。彼女がいることも隠していたの。日記を読んだわよ。」
中学生:「僕にもプライバシーがある。勝手に日記を読まないでほしい。」
 この問題の解決策を考えましょう。考え方として、「トゥールミン図式」があります。イギリスの政治哲学者トゥ-ルミンが使った図式です。(図中、一部省略)
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この図式に事例を当てはめて考えます。母親が子どもの部屋を掃除しようとして、出しっぱなしだった日記を偶然に見てしまったのか、隠してあった日記を故意に読んだのかといった事情で、考え方が変わってくるでしょう。

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賛成・反対2つの考え方の間で、さらに問題を「親の監護権がある中で子どものプライバシーをどこまで認められるか」ととらえ、「制約目的の正当性」と「制約手段の相当性」を使って考えます。

〈法教育とは?―4つの特徴―〉

① 法の背景にある価値や原則の理解を重視する教育
法教育とは、「法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるための教育」(法教育研究会)と定義されています。制度は時代の要請に従って変わっていくので、公民授業では制度を覚えるのではなく、変わることのない価値や原則を学ぶことが有益だと考えられます。

② 法的な思考方法を身につけさせる教育
【授業例2】の「目的の合理性と手段の正当性」、【授業例3】のトゥールミン図式などのように、法的な思考方法を身に付けることは、これからのグローバル化する社会を生きる上で、様々な衝突を解決するための共通の土台として必要と考えられます。

③ 暗記型でない「思考型」の教育
【授業例1】のように、様々な言い分をどう調整するか学ぶには、暗記型の教育ではなく、「聞く・主張する」教育が大事です。

④ 法的な参加を促進する教育
将来、裁判員になる子どもを育てる教育、裁判員に必要な知見を身につけさせる教育です。

〈新学習指導要領の趣旨と法教育〉

 OECDの唱える知識基盤社会とは、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤となる社会のことです。知識基盤社会を支えるために必要なものが、キー・コンピテンシーと言われます。キー・コンピテンシーは、法教育で育成すべき能力と重なりますが、特に「他者と関わる力」「異質な集団で交流する力」が法教育に関わります。トゥールミン図式の方法がまた例として挙げられますが、そのような趣旨で新学習指導要領に法教育が取り入れられました。
 小学校3・4年生では、これまで法律は難しいとされていましたが、道路交通法などストーリーで学べるようにして、取り入れられました。中学校では、「対立と合意」「効率と公正」という新しい概念が入りました。福井の事例1を思い出してください。様々な価値観の違いを利害の対立としてとらえると、お互いの利益のために何らかの合意を得る努力を必要とする事例です。このような状況について、「効率と公正」という視点から問題解決しようというものです。

【回転寿司屋の場合でみる「効率」】
回転寿司屋に1個だけ空席があります。グループ客が3名ずつ、1時間ほど空席を待っていますが、そこへ1人客が来たら1個だけの空席に座れるでしょうか?「効率」という考えからは座ればいいように思えますが、それは「公平・公正」という点ではどうでしょうか?

【中学校の駐輪場の場合】
 ある中学校では、通学に自転車を使用してよい目安は自宅が学校から1.5km以上離れている生徒のみとされています。しかし、学校の駐輪場スペースが余っているので、無駄をなくすという点から配分するとしたら、誰に配分するのが公平ですか?どのようなルールにすれば公平・公正か考えましょう。

【高校では幸福・正義・公正を教材に】
 A県からB市へ、B市在住の3人に新型インフルエンザ感染の疑いがあるという連絡がきたとします。この情報を開示することに賛成か反対か、トゥールミン図式で考えましょう。この場合、個人の幸福と社会全体の幸福とが対立しています。「個人の利益」と「社会全体の利益」を吟味します。すると、個人のプライバシーに配慮しつつ、必要な情報だけ開示するといった解決策が考えられます。

【小学校できまりの意義を学ぶ場合―ルールの評価】
 小学校では道徳や特別活動の時間を活用することが考えられます。きまりの意義(大切さ)を学ぶ教材例として、たとえば次のような学校のきまりがあるとします。
 ① 叩いたり蹴ったりしない
 ② 人の悪口を言わない
 ③ 給食を残さない
 ④ 廊下を走らない
この4つのきまりを、大切な順に序列づけしましょう。その理由も考えましょう。
 考え方としては、まずルールの目的を考えます。①は身体を守るため。②は人格を守るため、などです。ルールによって保護されるべき利益(法益)があるのです。法益には序列があります。高い順に生命・身体、人格、財産、本人の利益となるでしょう。縦軸に生命・身体などを序列の高いものから低いものへと位置付け、横軸には右へ行くほど現実に法益侵害が発生する危険性を位置付けます。①~④の4つのきまりをこの枠組みに当てはめて考えると、序列化ができます。

〈法教育を展開してく上での課題〉

① 中学・高校の現場教員の事情 
 歴史・地理好きの教員が圧倒的に多く、法が好きで教員になった人は少ないので、教材が作成しづらいという事情があります。
② 教員は議論型の授業が苦手?
 議論をさせ、まとめることが得意な先生でないと、議論型の授業は難しい面があります。学校段階が上がるほど、受験を考えて知識型の授業になりがちです。
③ 生徒も議論が苦手?
 生徒も議論に慣れていなかったり、苦手なことが多いのではないでしょうか。

〈課題についての提案〉

現場教員と法曹関係者の協働により、授業をつくっていくことをお勧めします。それにより、①~③の苦手を解消することが期待されます。
 授業づくりに必要な要素は大学教員が授業の提案をすること。現場教員は教材を提案し、大学と現場の教員が指導案化をすること。そして、現場教員が授業実施と反省をし、法曹関係者はアドバイスするという役割がいいのではないでしょうか。

ここまでの取材から

 豊富な教材例により、法教育になじみのない人から現場に携わっている先生方まで、法教育とはどういうものか理解が深まったのではないでしょうか。
 「トゥールミン図式」は時々お伝えしてきた理論でしたが、今回は具体的事例に当てはめて解説されており、レポーターも勉強になりました。回転寿司屋の教材はパネラーもわかりやすいとコメントするなど、「効率」の意味をつかみやすかったと思います。小学校から高校までの様々な場面における提案がされ、大変有意義な講演でした。
 ひきつづき、特別講演とパネルディスカッションについては、その2でお伝えします。

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