教科書を見るシリーズ 高等学校編「家庭基礎」(1)

 小学校から高等学校まで、家庭科の内容には家族・家庭や消費生活が含まれています。家族や消費生活は、民法に深く関わっています。ですから、家庭科で法教育を行うことは十分に考えられることです。
法教育は社会科ばかりでなく、様々な教科で実践されることが想定されています。そこで、今回は高等学校の家庭科教科書の1つを見てみたいと思います。まず学習指導要領を見て、それから「家庭基礎」の教科書について法教育の視点から検討していきます。

1 高等学校学習指導要領より

 高等学校学習指導要領は2009年3月に改定され、2012年から年次進行で実施されます。高等学校普通科の家庭科では、「家庭基礎」(2単位)「家庭総合」「生活デザイン」(いずれも4単位)の3科目からいずれか1科目が必修とされます。このうち単位数の最も少ない「家庭基礎」は、学習すべき内容が最も厳選されていると思われますので、その学習指導要領における目標と内容を見てみましょう。

〈学習指導要領 第2章 第9節 家庭より 第1「家庭基礎」〉

【目標】
人の一生と家族・家庭及び福祉、衣食住、消費生活などに関する基礎的・基本的な知識と技能を習得させ、家庭や地域の生活課題を主体的に解決するとともに、生活の充実向上を図る能力と実践的な態度を育てる。


家族や消費生活について、基礎的・基本的知識の習得のみならず、生活課題の主体的な解決者となる能力や、生活の充実向上を図る能力と態度を育てることは、法やルールにのっとって課題の解決を図り、能動的に参加していく態度を重視する法教育のめざすものと同じ方向であると言えましょう。

【内容】
(1)人の一生と家族・家庭及び福祉
ア 青年期の自立と家族・家庭
 生涯発達の視点で青年期の課題を理解させ、男女が協力して、家族の一員としての役割を果たし家庭を築くことの重要性について考えさせるとともに、家庭や地域の生活を創造するために自己の意思決定に基づき、責任をもって行動することが重要であることを認識させる。


 家族とは何か、その役割や結婚の意義、親子関係など、民法に深く関わる内容です。教科書にはどのように書かれるでしょうか。

イ 子どもの発達と保育
 乳幼児の心身の発達と生活、親の役割と保育、子どもの育つ環境について理解させ、子どもを生み育てることの意義を考えさせるとともに、子どもの発達のために親や家族及び地域社会の果たす役割について認識させる。


 子どもを生み育てることの意義を深く考えることは、人間の根源を考える重要な機会だと思います。親は子どもの人格形成や人間関係づくりの基礎として大きな役割を果たし、子どもの将来の公民的資質にも関わってきます。法教育の出発点ともいえる大事な内容ではないかと思われ、教科書を見る興味も増します。

(2)生活の自立及び消費と環境
エ 消費生活と生涯を見通した経済の計画
 消費生活の現状と課題や消費者の権利と責任について理解させ、適切な意思決定に基づいて行動できるようにするとともに、生涯を見通した生活における経済の管理や計画について考えることができるようにする。


 消費生活を考える際の基本となる契約の意義を理解し、適切な意思決定ができる能力を身につけることは、法教育のめざすところでしょう。

2 教育図書『家庭基礎―出会う・かかわる・行動する』を見る

 小学校の「社会」の教科書については、春田久美子弁護士とともに見ていきました。高等学校「家庭基礎」を見る今回は、法教育のために書かれた民法教材である『市民社会と〈私〉と法』(大村敦志著 商事法務 Ⅰ:2008年Ⅱ:2010年)を参考として見ていきたいと思います。教科書は法的観点だけから書かれているのではありませんが、「高校生のための民法入門」という副題をもつこの本を参考に、法教育の観点を意識した授業を行うこともできるでしょう。そのための留意点やヒントを求めたいと思います。教科書は教育図書の『家庭基礎―出会う・かかわる・行動する』を取り上げます。

(1)人の一生と家族・家庭及び福祉について

〈家族とは〉

教科書―Ⅱ人と出会う、かかわる 第1章家族とともに】
 第1章は、次のように構成されています。
1 家族に出会う:学習の意義、家族のとらえ方
2 暮らしと家族:家族形態などの移り変わり、家族問題、これからの家族
3 家族を支える仕組み:家族に関する法律、支援の仕組み
4 家族のかかわり:家族という関係の意義、他者とのかかわり
 第1・2節(p.92~105)が、家族について学習する意義から始まって、実にさまざまな視点から「家族とは何か」を深く考えさせる構成になっています。第1節では、「あなたにとっての家族」、「異文化の中の家族の一例(ヘヤー・インディアン)」、世帯構成、ルームシェアリングやコレクティブハウス、グループホーム、という事柄をたどった後、「自分の家族観」を問います。第2節では、歴史的な家族・家庭の暮らしの移り変わりを見て、家族の機能の変化と変わらないものを示しています。p.100の「わくわくワーク」では、自分の家族固有のルールがあるか、あるならどんな意味が込められているか考える提案がされています。そして、少子化と高齢化、育児不安、DV、その他の家族問題や、男女共同参画社会の実現に向けた生き方に言及しています。

 自分の「家族のルール」について考えてみようという提案は、身近な法教育の素材として面白いと思いました。例えば、『はじめての法教育』(法教育研究会著 2005年 ぎょうせい p.48)の「ルールが適正となる4つの視点(目的と手段の相当性など)」を参考に家族のルールを自己分析するレポートを書いてもらい、他の生徒の家のルールと比べたりしたら、楽しくルールの学習ができるのではないでしょうか。
 家族は少子化、高齢化という社会問題を考える際の出発点にもなると思います。少子化の原因は何なのかについて、教科書はp.102~103で比較的詳しく解説していました。このように、原因は何なのかを多角的に深く考えることを通じて、男女の平等と自由という、法的な価値につながる学習ができるのではないかと思います。育児不安やDV、男女共同参画も含め、高齢化社会、年金や介護の問題まで発展するように、教科書は問題提起しています。具体的な法的対策や制度は第3節で取り上げられているので、第2節でしっかり考えることが次の学習につながると思いました。

【『市民社会と〈私〉と法Ⅰ』―第2章 私[じぶん]をはぐくむ ルール編その2】
 この本では、テーマごとにまずケース編で高校生に身近な話題を、ルール編で民法の条文を考えるという構成がとられています。ルール編その2「助けあい協力しあう人々」のⅠ「家族とは何か」(p.159~162)でも、「家族をどう見るかは、人によって、立場によって、また、考え方によって同じではありません。」として、家族の範囲もあまりはっきりしていないといいます。「民法は「家族」の範囲を定めていません。」(p.162)ということです。

 家族とは何か、もっと身近な例で考えたい場合は、ケース編その2「私[じぶん]をつくること」も参考になると思います。p.129には原ひろ子先生の本から「ヘヤー・インディアン」の家族の例が紹介されていますが、教科書p.95にも原ひろ子先生の別の本から引用がされており、様々な家族の形態についての視点を育みたいという意図が偶然にも一致しているようです。

〈民法とは何か〉

【教科書―Ⅱ第1章 第3節 家族を支える仕組み】
 この節(p.106~109)では家族に関する法律と制度が4ページの中に多数登場します。p.106の「民法とは」を見ると、「家族・家庭に関する制度はおもに民法に規定されているが、現行民法制定から半世紀以上が経過し、社会・経済情勢が著しく変動しており、民法の見直しが検討されてきた。」とあり、明治民法と現行民法の比較表が掲載されています。そして、「法は絶対的な存在ではなく、これまでにも民法は数回にわたって改正されている。わたしたちの生き方、考え方、主張は、社会を変える原動力となる。必要だと思われるときに必要な主張をすることが大切である。」と、結ばれています。

「民法とは」何なのか、明治民法と現行民法の比較表をきちんと読み込む作業があると、学習が深まると思いました。比較表中の現行民法の理念として「個人の尊厳と両性の本質的平等が基本」と書かれていますが、その意味を考えるについては、『市民社会~』が参考になると思います。『市民社会と〈私〉と法Ⅰ』の序章「日常生活[わたしたちのくらし]と法―民法とは何か①」、第1章「私[じぶん]をまもる」、『同書Ⅱ』の結章「[ひととひとのつながり]の基本法―民法とは何か②」には、民法において大事なことがまとめられています。そのうちから、第1章と結章「民法とは何か②」を見てみましょう。

【『市民社会と〈私〉と法Ⅰ』―第1章 私[じぶん]をまもる】
 ルール編その1「自分に対する権利・所有物に対する権利」には、「民法の出発点」は人間は「誰の所有物でもなく、自らが所有者となりうる。」ことだと書かれています。「誰でもが権利の対象となるのではなく、権利の主体となる資格を平等に持っている」とのことです。(p.56)ルール編その2「他人の権利を侵害しない、社会の利益に配慮する」(p.75~95)では、「権利の濫用」が許されないことについて説明されています。「個人の自由の発現を、誰についても最大限に認める」ことは、「必ずしも各個人が望むことをすべて許容するということには直結しません。人間の尊厳や平等を損なうような自由の行使に対しては、制限を設けることがかえって個人の尊重につながるからです。」と述べられ、「個人の権利・自由という要素と社会の秩序という要素のバランスをとること」(p.92~93)が重要であることがわかります。

【『市民社会と〈私〉と法Ⅱ』―結章 [ひととひとのつながり]の基本法―民法とは何か②】
 従来の民法は、資本主義経済における取引の基礎を支えるものとしてとらえられてきたそうです(p.157~158)。本書では、「個人の価値を出発点に据え」て民法をとらえています。「人の(人身を含む広義の)人格とその財産の尊重」が出発点であり、「人が人として生き、その人間性を開花させる」ために不可欠な他者との関係のあり方として、家族、契約、団体を考えます。民法は、「家族の保護」、「契約・結社の自由」についてルールを用意しているということです(p.159)。
個人(私)から見てきた民法というルールを、p.160では社会の観点から見直してくれています。「まず、出発点となるのは、個人の領分の確保、すなわち「自由の確保」である。」として、「人格・財産においては私生活の尊重・所有権の絶対という形で、契約や団体においては契約の自由・結社の自由という形で現れる。」「家族に関しても「婚姻(家族形成)の自由」が前提になっている。」と述べられています。
それだけではなく、「個人の自由な権利や自由な関係は、個人の平等を前提とする。しかも、ここでの平等は形式的なものから実質的なものへと変化しつつある。」そうです。「さらに、人は、縁あって家族を形成するものとして、また同じ目的の下に団体を形成するものとして、相互に助け合わなければならない。」ことも織り込まれているようです。

 自由と平等、助け合いが民法の前提と言われると、憲法の基本的人権や幸福権の考え方が民法でも大事にされていることに改めて気づかされます。「契約の自由」や「婚姻の自由」とはどういう意味なのか、この本の該当する章が学習の参考になると思います。「契約」については教科書を見るシリーズ高等学校編の(2)で紹介することにして、ここでは「結婚、離婚」や「親子」について、教科書と合わせて見ていきましょう。

〈結婚・離婚、親子、扶養、相続〉

【教科書―Ⅱ第1章 第3節 家族を支える仕組み】
 p.107では、「結婚にはさまざまなルールがある。」として民法の条文が8つほど紹介されています。親子については、「親には子どもが成年になるまで、その子の利益を守る権利と義務(親権)がある。親権は、親が子どもを一方的に管理・監督するという性質のものではなく、親に子どもの保護と養育の義務を命じたものである。」という点がおさえられ、4つの条文が紹介されています。1ページにこれらが盛り込まれているので、要点だけに絞られているといえるでしょう。「扶養」と「相続」についても、p.108の半分だけに要点がまとめられています。

第1・2節で家族について、特に家族関係の中で起きる問題についてしっかり学習していれば、ここで紹介されている法律や制度を身近なものとして受け止めることができると思います。もう少し深く考えるために、結婚や親子関係の意義について『市民社会と〈私〉と法Ⅰ』を見てみましょう。

【『市民社会と〈私〉と法Ⅰ』―第2章 ルール編】
 ルール編その2「助けあい協力しあう人々」のⅡ「小さな家族―夫婦」では、「婚姻の効果」、「婚姻の成立」についてわかりやすく解説されています(p.163~174)。「結婚した夫婦の間には、大きく言って二種類の法的な関係が生じます。一つは人格的な関係、もう一つは財産的な関係です。」ということから始まって、法的な関係ということは違反すると離婚の原因になると続きます。選択的夫婦別姓や婚姻費用の分担、配偶者の相続権にも言及されます。

随所で問いに答える形式になっており、近い将来の自分のこととして高校生にも考えやすいと思います。民法第752条「夫婦の同居、協力及び扶助の義務」は教科書の表にも載っていますが、この本では「この規定は結婚から生ずる義務を示す大事な規定です。」として、その意味が解説されています(p.164)。「違反したら離婚の原因になる」ということがわかると、高校生も結婚から生ずる義務の意味について、真剣に考えるきっかけになるのではないかと思います。「なぜ、結婚から義務が生ずるのか?」を議論する授業も考えられます。「法律にあるから。」ではなく、なぜそれが法律で義務にされるのか、結婚が法的な約束であることを踏まえて考えを深める機会だと思います。「法的な約束」については、『市民社会と〈私〉と法Ⅱ』の第3章ルール編その2「契約は当事者をつなぐ・契約は社会をささえる」(p.55~78)に詳しいほか、教科書を見るシリーズ高等学校編(2)で取り上げますので、どうぞご覧ください。
他の教科で結婚の法的な意味を考える機会はほとんどないのではないでしょうか。家族形成の出発点である結婚について、家庭科でその意義をしっかり考えることは重要な学習であると感じられます。「婚姻の自由」については直接には書かれていませんが、この本を参考に「婚姻の自由とは何か」を考えることも、法教育にふさわしいテーマかもしれないと思いました。

親子関係について
親子関係については、ルール編その1「親子であるには・親子であるなら」に詳しく書かれています(p.131~158)。Ⅰ「親子であるなら?―親子関係の効果」では、子どもが成年になるまでの養育・財産管理・親権者、子どもが成年になってからの通常の場合と精神障害のある場合の親子関係について述べられています。親子間の相続や扶養義務もここで話題になります(p.143)。Ⅱ「親子であるには?―親子関係の成立」は、血縁にもとづく親子関係、血縁にもとづかない親子関係について。Ⅲ「親子の縁は切れるか?―親子関係の終了」となっています。

 教科書の親権の説明の中にあった「子どもの利益」とは何でしょうか?親の義務は教科書で強調されていましたが、「親の権利」の意味は?これらのことを考えるについては、この本のp.133から140が役に立つでしょう。「居所の指定」の権利は子どもが誘拐された場合や、宗教団体の共同生活の例が挙げられたりして、興味深いと思います。「財産管理」は未成年の売買契約にも関わる権利で、消費生活の学習の予備知識にもなると思います。「親子関係の成立」では、法的に父親をどう決めるか、という問い(p.148)が生徒の関心を高めそうだと思います。条文だけではわからない民法の身近さと奥深さを感じてもらえるのではないでしょうか。

〈家族のかかわりと自尊感情〉

【教科書―Ⅱ第1章 第4節 家族のかかわり】
 p.111「他者とのかかわり」に、「自分は生きる価値のある人間なのだと思えるとき、自分のかけがえのなさに気づき、力づけられるのである。この自分の大切さや価値を認める感情を自尊感情といい、」と、「自尊感情」が紹介されています。「人間は、自分が愛され、大切に育てられているという経験の積み重ねがあって、他者も大切にし、他者の痛みがわかる心が育つのである。」と続きます。この教科書の注目すべき点はそこで終わらせず、「しかし、現実の家族関係はさまざまである。」「知っておきたいのは、自分をありのままに認めてくれる人は、家族だけではないということである。理解ある家族の存在は尊いが、心の底から信頼できる友人や、理解あるおとなに出会うことでも自己を認め、高めていくことができる。」と、他者とのかかわりに希望を見出すところです。

 ここは家族の役割、特に子どもを育てる親の役割の重要さが考えさせられる内容だと思います。「親の役割」は、教科書のⅡ第2章「育つ・育てる」p.131~132にもありますが、「自尊感情」についてはここの記述しかありません。「自尊感情」は法教育に関する重要な概念であり、しっかり考えてもらいたい内容です。
憲法の土井真一先生は、『法教育のめざすもの』(大村敦志・土井真一編著 商事法務2009年)の中で、「少年問題に詳しい専門家にお聞きしますと、他者に対する共感の低い子は自尊感情が著しく低いと指摘されます。自分が生きていても仕方がない、あるいはどうなってもいいと思う子に対して、人を殺してはいけない、あるいは他人を大切にしなさいということを教えるのは、とても難しいことなのです。」と言われています。自尊感情を安定して持つ子を育てることが、「法教育の大前提」ということです。(自尊感情と親の役割の重要性については、2010年12月9日掲載「少年非行から子育てを考える」で、千葉家庭裁判所の原 啓裁判官も述べておられます。)親に大切に育てられることの重要性を、しっかり考える授業が工夫されるとよいと思います。
 教科書では、親や家族が子どもの自尊感情を育てる役割を十分に果たさなかった場合も、子どもとしてそれを乗り越えて自尊感情をもつ方法があることを示唆しています。高校生という、子どもでもあり、近い将来に親になる可能性もある若者にとって、両方の立場から自尊感情と親の役割の重要性について考える、大切な機会だと思います。
 前述の〈民法とは〉において見ましたように、『市民社会と〈私〉と法Ⅰ』の第1章にも「人間の尊厳や平等を損なうような自由は制限されることが個人の尊重につながる」という趣旨(p.93)が述べられていました。これは、親の子育ての姿勢についてもあてはまることでしょう。民法も「自尊感情」の育成を支えるものだとわかります。

〈ここまでを概観して〉

 上述しましたように、教科書は第1~2節で家族・家庭について多面的に考察するように記述されており、民法その他の法律や制度とつながる授業ができるのではないかと思います。「こういう条文がある。」だけで終わらせずに、なぜ?どうしたらいい?という話し合いをするなど、考えを深める授業が工夫されるといいと思いました。
 (2)「生活の自立及び消費と環境」については、教科書を見るシリーズ高等学校編(2)に続きます。どうぞそちらをご覧下さい。

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