法教育推進協議会傍聴録(第35回)

 2014年3月25日(火)13:00~15:00、第35回法教育推進協議会が東京高等検察庁で開かれました。協議に先立ち、2013年度法教育懸賞論文コンクール受賞者の表彰式が行われました。協議会には受賞者の学校から生徒代表1名ずつも参加し、論文で紹介された取組みについての報告が和やかな雰囲気のうちに行われました。
(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

1 法教育懸賞論文コンクール表彰式における受賞者感想

日本司法支援センター賞受賞
河村新吾 広島市立基町高等学校教諭
コンクールに応募した理由は、生徒に小論文を指導する身として、自分も書かねばならないと思ったからです。新学習指導要領の目玉は法教育なので、テーマにしました。広島には広島司法書士会の親子法律教室や広島弁護士会のジュニアロースクールなどの、法教育の土壌があります。雇用と労働問題については、ワークルールは皆が学ばねばならないものなので対象にしました。

公益社団法人商事法務研究会賞受賞
藤井健太郎 大垣市立上石津中学校教諭
 昨年度早稲田大学大学院で研修を受け、社会科教育や規範意識、生徒指導などの研究を通じ、今後法律の役割がますます大きくなるのではないかと感じました。これまでは道徳的価値観をもとに社会が成り立っていましたが、これからは法律の役割が大きくなると思います。法律をどう生徒に教えるか、思案しながら授業づくりに取り組みました。論文に取り上げた授業では、立法過程を体験しながら、法の意義を学び、主体的に社会参画する態度を身に付けてほしいと考えました。

奨励賞受賞
藤井 剛 千葉県立千葉工業高等学校教諭
 2006年から模擬裁判に取り組み、本格的に法教育を始めました。検察庁や弁護士会のご協力を受けるようになり、いろいろな法教育に取り組んでいます。論文では、京都大学の土井先生との往復書簡で構想した授業の実践(前任校の県立千葉高等学校における授業)について取り上げました。

笠井座長より
 今年度の論文は、応募数は少なかったのですがどれも充実した内容でした。その中で受賞された先生方は、法教育実践のために十分に準備されたことがうかがわれ、生徒が主体的に授業を受けていることがよく伝わる論文だったといえます。

 

2 法教育に関する取り組み状況報告

藤井健太郎先生(大垣市立上石津中学校)
 「主体的な社会参画の意識を高める法教育のあり方―中学社会科(公民的分野)を通して―」
 自分は社会科教員で、本年度は中学3年生を担任しましたので、3年生公民的分野の実践を紹介します。新学習指導要領の基となる考え方は、平成20年の中央教育審議会答申であり、その中には「よりよい社会の形成に参画する資質や能力を育成する」という目的が示されています。この力を生徒に付けさせたいという思いで、「国の政治のしくみ」の単元の実践をました。東京書籍株式会社の指導計画をもとに、「国会の働き」を4時間に膨らませ、段階を踏んで立法について学ばせることにしました。1コマ目は「日常生活と法をつなぐ時間」で、なぜ給食に毎日牛乳が出るのかを題材に学校給食法を取り上げました。栄養士の先生にも参加してもらい、専門的見地から話してもらいました。第2コマは「立法過程を知る時間」で立法過程を調べ、第3コマ目に「立法過程を体験する時間」として模擬国会を行いました。第4コマは「法の意義を振り返る時間」として、模擬国会の振り返りを各自新聞にまとめました。
生徒代表の感想は、1コマ目について、「毎日給食に牛乳が出るのは当たり前と思っていました。授業を聞いて、栄養士も法律に基づいて給食を作っていることがわかり、法律を身近に感じることができました。」ということでした。模擬国会では、国会の立法過程と同じ流れで授業を行いました。校内の係活動に関係する一番近い係で委員会審議をすることにし、法案を作成して委員会を開き、その後本会議にかけるという流れでした。模擬国会の振り返りを通し、主体的に法を考えようという意識が高まったと思います。授業後アンケートでは、「法をとても身近に感じている」生徒が増えています。法は自分たちの生活を縛るものという意識から、法に対する敬意へと変わったと感じました。それが将来の社会参画の態度につながるのではないかと思います。

【生徒代表による「模擬国会」の感想】
 自分は「家庭学習改善法」の審議に参加し、国会で法律をつくることは本当に難しいことだと感じました。少人数でもたくさんの考えや意見が出され、根拠もそれぞれ違うので、1つにまとめるのが大変でした。テレビの映像などから国会にはいい印象をもっていませんでしたが、授業を受けて、国民のために法律をつくっている議員に感謝と尊敬の念をもちました。「家庭学習改善法」はプライバシーの侵害の恐れがあるという意見も出ましたが、多数決で決まりました。その後「自主勉強ノート」の提案を全校にしたときは、プライバシーの侵害についての意見を取り入れて、名前を匿名にする配慮をしました。少人数意見の尊重も大切なのだということを感じました。

【委員より質疑応答・意見】
意見:「授業時間の捻出の苦労があったかと思います。身近な例から法について考える取り組みは、生徒にわかりやすいと思います。法案審議の大変さに理解を深めたことはなるほどと感じます。授業の成果を、社会科の枠を超えて学校生活全体に広め、少数意見をどのような形で尊重するか学んだ意義は大きいと考えます。今後、特別活動などを含めて法教育を展開されたら、より深い意義があると感じました。」

質問:「栄養士や他の先生とのコラボレーションは、今までにもあったのですか?」
回答:「今までは、あまりありませんでした。生徒がより興味をもち、納得すると思い、お願いしました。生徒は、教員以外の人の話を聞くのを新鮮に感じるようでした。」

質問:「1時間で模擬国会をすることについては、時間的に苦労されたと思います。8分間で法案作成するのは、難しくありませんでしたか?」
回答:「全体に時間は不足すると予想していました。法案は、前の時間にグループで考えておくように話しておいたので、スムーズにできたと思います。それでも授業は時間内で終わらず、少し延長しました。」

 

藤井 剛先生(千葉県立千葉工業高等学校)
 法学部出身なので、早くからマンション内のルールづくりや刑事訴訟法入門などの授業に取り組んできましたが、それらは今思い返してみれば、やはり法律を教えていたと感じています。それが変わったきっかけは、2006年から始めた模擬裁判授業でした。裁判員制度導入が授業づくりの契機となりました。
法教育の目標は、法の原理原則を学び、自分たちの問題として考えることができるようになること、法的リテラシーを身に付けることだと思います。論文では、これまで取り組んできた中から「民主主義を考える」の授業を取り上げました。高校2年生(8クラス)の必修「政治・経済」で、事前に出席番号により4名1班のグループ分けをしておき、教員の質問についてグループ内で数分話し合った後、班の代表が答える形式で行いました。質問は7問で、問1「民主主義とは?」、問2「教室のクーラーの設定温度をなぜみんなで決めるのか?」、問3「文化祭のクラスの出し物をなぜクラスで話し合うのか?」、問4「「三人寄れば文殊の知恵」に反論する。」などでした。
授業終了後に生徒にアンケートしたところ、「あなたはこれまで『民主主義』や『代表民主制』に課題があると考えていましたか?」という問いに対し、「考えたことがなかった」や「あまり」「ほとんど」課題がないと思っていた生徒が、合わせて63.7%で、生徒の民主主義への信頼は厚かったといえます。授業の結果についての自由記述を分類すると、「今まで民主主義に対して何も疑問をもってこなかったが、課題があったり改善すべき点があったりすることが理解できた」「民主主義の失敗を防ぐものが憲法だとわかった」など、民主主義や立憲主義の意義を理解し、自分達の問題として考えるようになったことが読み取れました。
今後は、教材を豊富にすることと広報が大事だと思います。千葉法教育研究会を立ち上げましたので、普及に貢献できるといいと思います。教員同士が先進事例を見ながら切磋琢磨することが大事だと考えます。

【生徒代表(県立千葉高等学校)の感想】
 民主主義は君主制などと比較して、完璧な制度だと思っていましたが、この授業を受けて完璧ではないと感じました。さらに班活動を通し、いろいろな意見をまとめるための調整力や多面的に考える力がついたと思います。思い込みでない正しい知識を備え、問題の全体を把握し、正面から向き合う姿勢が大事だと学びました。話し合いをするときは、自分の意見をもち、他人の意見を尊重しながら進めることが大事だと感じ、民主主義や憲法の理解が深まりました。

【委員より質疑応答・意見】
質問:「法曹専門家はどのような場面で必要でしたか?」
回答:「模擬裁判のシナリオ選定に苦労したときにアドバイスが欲しかったのですが、どのような場面にも専門家がいるといいと思います。大学の先生にも入っていただけたらと思います。」

質問:「みんなで考えを出し合い、合意形成することは社会科の枠内だけでなく、学活・部活・集団内で日頃から行えます。先生の授業が日常の活動に生かされた事例はありますか?」
生徒回答:「先生の授業ではディベートなどもしますが、そのときは班で20時間以上かけて準備をします。多面的に考える力と情報収集能力、原資料を当たり、意見を組み立てる力がついたので、他の場面でも応用しています。
先生回答:「ディベートをすると、物理や化学のレポートのレベルが上がると理科の先生から言われます。」

意見:「クーラーの温度設定の問題は、「三人寄れば文殊の知恵」型なのか、「ウィン・ウィン」型なのか、「自己統治」型なのか、それとも「最大多数の最大幸福」型なのかわからないので、あまりモデル化しないほうがいいかと思います。生徒が考えればいいことという気はしますが。」

 

河村新吾先生(広島市立基町高等学校)
 1年生(9クラス)必修の現代社会の経済単元で授業を実践しました。今回受賞した3名に共通しているのは、正規カリキュラムに基づく普通の授業で実践したことです。まず「雇用と労働問題」について生徒の問題意識を知るためにアンケートを実施した結果、「自分の将来の職業をイメージできていない」生徒が多かったのですが、どのような労働問題があるか事実の知識を問うと、過労や正規雇用の減少など的確に知っていることがわかりました。自身の働き方は「低収入だが安定的でやりがいもある」を選択した生徒が最も多く、全体的にも「安定的」な働き方が重要視されていることがわかりました。そこで、「就職面接」と生徒を不安にさせる「解雇」に焦点化した2時間の授業づくりに取り組みました。今の労働者は団体ではなく個別の働き方をしているので、「個別労働者の自己選択」をキーワードとする授業が必要と考えました。
 第1時の目標は、求職活動を模擬体験することにより、契約自由の原則を体験させ、なぜ契約を守らなくてはならないのか考察させるとともに、法律専門家のコメントを参考に契約自由の原則の修正を学習します。6人班を6つ作り、4名は司会者としてグループ討論する生徒の声に耳を傾けながら意見を黒板に板書し、それらを全員で確認しました。班内は求職側と求人側3名ずつに分かれ、それぞれのミッション(求職者は「都合の良いところに就職する」、求人側は「自社に都合のよい人を雇う」。それぞれ3通りの設定がされている。)に基づいて就職・雇用活動をします。弁護士にはグループ討論のサポート役と、雇用契約の労働基準法違反について指摘と解説をする役割をお願いしました。第2時は、「工場閉鎖による突然のリストラ」を例に、使用者側には解雇理由を補強する根拠、労働者側はその対応策を自由に創造し発表しました。弁護士からは整理解雇の観点からコメントを貰い、今度は使用者と労働者を交えた班で「もし解雇するならどんなルールがあったらいいか」という解雇ルールを考察させ発表させました。「法は社会の変化とともに柔軟に変化し、自由で公正な社会を形成する重要なツールである」ことを理解することを目指しました。ここで「解雇」という表現が雇う側から雇われる側に対するメッセージという言質をもっているので、「離職ルール」ぐらいにした方がよかったかもしれないと感じています。
弁護士には、実務家として現実社会を指摘する役割と、専門家として生徒の意見を評価する役割をお願いしました。教員は教科担任としての指導と、生徒と弁護士の橋渡しや調整者として支援する役割をしました。「考えさせる」授業をするには、日頃から考えさせないと駄目ですが、それは教師の仕事です。教材は1か月前より弁護士と隔週で会合を行い、現実社会に近いものを考えました。
「突然のリストラ」に対して生徒が考える対応策としては、事前に「労働組合に相談する」「労働組合がなければ結成する」「労働基準監督署に相談する」「裁判に訴える」を想定していましたが、全く裏切られました。弁護士を驚かせた発想は、「再就職先を紹介する」というルールができたことでした。法律の細かな点は知らなくても、創造力を発揮し論理的に説明する力がついたと感じました。
教科書では、労働法「を」教えるのですが、問題があれば法律を制定し、それで問題は解決したという勘違いを招きかねません。そこで私は労働法「で」教えないといけないと考えたのです。労働法の本質は「法に介入してでも労働者を保護する」ことだと考えました。労働基準法第13条は大事な条文ですが、知った上、生徒が「ああそうか」とわかることが大事で、さらにその次に「本当ですか?」ともう一遍思考をひっくり返すことが必要と考えます。
生徒の感想文の中には、「ルールを作るときにはどんな立場の人も公平になるように考えなければいけないと強く感じた」などがあり、多くの法制を列挙して学ぶよりも、主体的に関わった解雇ルールづくりが生徒に変化を与えたように思います。「生徒の生徒による生徒のための」教育が法教育といえるのではないかと考えます。法教育とは、まず法に関連付けてみて、法そのものの価値に着目することだと思います。授業の終わりが、生徒の法学習の始まりです。私自身は、法自体が何か教育的な効果をもっているのではないかという予感をしたことが、収穫でした。

【生徒代表の感想】
 私は司会者役をしていろいろな班の意見を聞きましたが、皆が納得いく条件で合意をすることは難しいと思いました。その中で納得のできる条件をつくるために、いろいろなルールや法律などをつくることが重要ではないかと考えました。

【委員より質疑応答・意見】
質問:「司会役に立候補したのはなぜですか?法にもともと関心があったからか、あらゆる学校行事に積極的だからなのですか?」
生徒回答:「学校行事に積極的なことと、将来、社会科の教師になりたいので、法律に関心もあります。夏休みの司法書士会見学(夏休みの宿題。3名参加)や裁判所見学でいろいろ学び、関心をもちました。」

質問:「テーマを設定するに当たっては、憲法や消費者問題という切り口もあるかと思いますが、テーマ設定のプロセスがあれば紹介していただけますか?」
回答:「正課の授業として行うので、弁護士の都合と2月9日の広島法教育セミナーに間に合う日程から逆算したら、たまたま雇用と労働になっただけです。その学習内容で法に関連付けたら、このような授業になりました。」

〈取材を終えて〉

 法務省の会議で中学生や高校生が発表するというのは、めったにない機会ではないかと思われます。学校の先生と生徒が並んで参加し、今回の懸賞論文コンクールのテーマだった「私とみんなの法教育」にふさわしい光景であると感じました。
 受賞された3名の先生方は、報告の中で河村先生も述べられたように、正規カリキュラムに基づく普通の授業で法教育を実践されたことがわかります。入賞作品は法務省ホームページで読むことができますので、この3つの実践が他の学校の実践に活かされるようになるといいと思います。

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