法と教育学会 第7回学術大会 その1

 2016年9月4日(日)10:00~17:30、法と教育学会第7回学術大会が立教大学を会場に開催されました。今回のテーマは「主権者教育と法教育」です。2016年は18歳選挙権が実現するにあたり、年頭から主権者教育が注目されています。レポートその1では、分科会の発表から4つを取り上げ、お伝えします。(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉
10:00~11:30 分科会
11:40~12:10 会員総会
12:10~13:30 ポスターセッション、昼休憩
13:30~15:00 分科会
15:10~17:30 パネルディスカッション

〈第3分科会より〉                      (敬称略)
発表1 「アクティブ・ラーニングによる法教育の高等学校公民科授業実践」
長束倫夫 (千葉県立浦安南高等学校)
 法教育も広義の主権者教育と考え、アクティブ・ラーニングによる法教育実践に取り組んでいます。自分としては、アクティブ・ラーニングを「参加体験型学習により関心・意欲を高め、活動を周囲と共に振り返ることにより知識理解を得るだけでなく、能力や態度も自分のものとする学習形態」と考えます。本発表では、前任校である千葉県立東葛飾高等学校と現任校の千葉県立浦安南高等学校における授業実践の報告をします。

【実践A】「模擬裁判」で考える授業実践(東葛飾高校)
教科:公民科「現代社会」
単元:人権教育
時間:2時間展開の授業、模擬裁判を1時間で行う
<模擬裁判:強盗殺人事件>
 外国出身者の犯罪を題材とした模擬裁判員裁判(自作の台本)で評議をします。班に分かれ、班員ごとに色の違う付箋を使用します。模造紙の縦軸に争点となる証拠の内容、横軸にその証拠を有罪無罪どちらの証拠と見るか、付箋で示させ、各人の思考の可視化をしました。
<発表>
班ごとに、ボードに有罪・無罪、票数、判決の根拠を示し、発表させました。さらに各自、被告人へのメッセージを書くワークを行い、発表の最後に班員のメッセージから1つ選んで発表しました。
<偏見についてのアンケート・ワーク>
 自分が判決を下す際に偏見がなかったかを振り返るとともに、普段の自分の中にある偏見に気付かせます。ワークは、教員が「○さんは変人です。血液型は何型ですか。」と発問。血液型ごとに生徒に挙手させました。さらに「根拠は?」と問いかけました。評決の際の自分の判断はどうだったか、自分の書いたメッセージを振り返らせ、誰にでも偏見があることを気付かせました。

【実践B】「模擬裁判」で考える授業実践(浦安南高校)
 実践Aと同じ題材を用い、台本付き模擬裁判を実施。付箋を使って評議をする部分は、班活動ではなく各自に付箋を書かせ(有罪の根拠になりうることは赤色、無罪の根拠になりうることは青色の付箋)、教員が黒板上の模造紙に貼りました。模造紙をもとに、教員がファシリテーターとなって話し合いを行い、各自が判決を下しました。被告人へのメッセージも書かせ、振り返りを行いました。
 実践AとBを比較すると、メッセージに表われた偏見の種類が違うことがわかりました。

【実践E】「幸福・正義・公正」を考える授業実践(浦安南高校)
教科:公民科「現代社会」
単元:現代社会の諸課題
単元目標:幸福・正義・公正などの考え方について理解させるとともに、いかに生きるかを主体的に考察することの大切さを自覚させる。
時間:全5時間のうち本時は第5時
<ケーススタディ>
 あなたは医師です。近くの公園で5人が毒蛇に噛まれましたが、血清が1本しかありません。30分以内に血清を打たないと死んでしまう状況です。今のところ30分以内に追加の血清は届きません。あなたはどうしますか。
<考える課題1>
 「誰に打つのかを、どのように決定しますか。」各自、5つの選択肢(自分で決める。当事者の話し合い、くじ、上司に決めてもらう、全員分届くまで待つ)から選び、ワークシートに理由とともに記入。全体でそれぞれ理由とともに発表。結果は、意外にも「上司に決めてもらう」が多くなりました。自分では決めたくない、という生徒の特徴が現れたといえます。その他すべての選択肢に選択者がありました。
<考える課題2>
 「医師である自分が決めることになったとして、5人の誰に打ちますか。」患者情報(小学生、妊娠中の女性、自分の妻、扶養家族の多い市職員、寄付の約束をした元会社社長)をもとに、各自選択肢から選び、ワークシートに理由とともに記入。全体で理由とともに発表後、意見交換。結果は、救える命の数から「妊娠中の女性」が最多でしたが、選択肢すべてに選択者がありました。
<工夫>
 考える題材を段階別に分けることと選択肢をつくることで、考えることが苦手な生徒も参加しやすくしました。
<振り返り>
自分の選択が幸福なのか、正義なのか、公正なのか、第1時で学習した視点で振り返り、自分の意見をまとめました。

【質疑応答より】
意見:「模擬裁判の評議を、偏見に気付かせる目的で使うのは新鮮な発想だと思います。」

〈第2分科会より〉
発表2「小学生が実社会を踏まえて法を判断していく思考のプロセス
―社会科4年「救急車は有料化すべきか」の実践を通して」

                    三浦昌宏(千葉市立横戸小学校)
 授業は法を意識して話し合うだけではなく、子どもの生活経験をもとに進めていきます。子どもの思考が「法やきまり」から離れて終始している場合は立ち返らせますが、きまりに立ち返っても、自分の経験の方を強く意識して思考している子もいました。社会問題に対しどんなことを考えるか、資料や自らの経験を踏まえた社会的思考・判断が、社会科としての力につながると考えます。
【授業実践】(2016年度)
教科:社会科
単元:安全な暮らしを守る(警察、消防)
時間:単元の最後の2時間(消防署見学済み)
<導入>「救急車を呼ぶのは、どんなとき?」
 自分たちの生活経験をもとに、救急車を呼ぶのは緊急事態が生じた時であると意見が一致しました。次に、「救急車を呼ぶと、いくらかかるのか?」と尋ねると、「無料」という回答は実際に乗ったことのある子だけでした。
<展開>「救急車の有料化について、賛成か反対か?」
〔1〕意見表明―賛成:43%、反対:57%
 理由は、どちらの立場も確かにそうだ思われる理由でした。
〔2〕資料提示1)平成27年度千葉市の救急車出動状況
  10分に1回の割合で出動という状況に、子どもは驚きました。
 資料提示2)救急車の適正利用を呼び掛ける千葉市のポスター
  ポスター中の依頼内容を見て、子どもは「こんな理由で呼ぶなんて」などの声が多数上がりました。
 資料提示3)消防法第2条9項を4年生向けにわかりやすくしたもの
  「救急車は、病気やけがをした人のうち、すぐに病院へ行く必要がある人を乗せて運びます。」→「どの程度なら呼んでもいいの?」と子どもからの声が上がりました。
 資料提示4)千葉市の救急要請の実態(NHK2016/5/11)
  緊急性が低くても繰り返し呼ぶ人がいること、そういう人がこれからたくさん出てくる危惧があることが紹介されていました。
〔3〕判断のプロセス―話し合い1)「有料化すればいいだろう。」→「お金がなかったら?」
  子どもにとって、お金は大事でした。
 話し合い2)「病気やけがの程度が重ければ無料。」→「人によって違うから、どのくらいまでが大丈夫か難しい。」「傷とかによって料金を変える。」「軽傷用の救急車を新しく作る。」
  子どもの生活経験を踏まえた意見や、新しいアイデアが出ました。
 話し合い3)「新しく作るのもお金がかかる。軽症の人は電話の段階で断る。命に関わる人を助ける方が優先。」→「救急車のきまりがあるから、そう簡単に断れない。」「タクシーを紹介すればいい。」「お金がないと言われたら?」
 話し合い4)救急車を利用する際の金額検討。
 資料提示5)海外の救急車出動料金
  アメリカやドイツなどの料金が数万円であることに驚き、日本の制度の良さを再認識しました。しかし問題は残ったままです。
 話し合い5)「重症の人は無料、軽症の人はお金を払う。」「電話で断れるようなきまりにしてしまう。」「テレビやポスターで呼びかける。」「お金が関係するから、難しい。」「でも、命を助けることを優先したい。そうでないと、救急車の意味がない。」
<まとめ>
最終的な個人の考え(調査人数28人)
・有料化賛成(4人)―命に関わることなので全員払うべき。救急車の費用もある。
・有料化条件付き賛成(14人)―軽症の場合に対応するよう、きまりを変える。
・有料化反対(10人)―きまりを厳しくすれば出動件数が減るので、有料化しなくてよい。/今まで通りでよい(混乱を避けるため)。お金は払いたくない。
 
【質疑応答より】
意見:「4年生では、きまりは守るものとされる段階なので、自分自身はきまりについてどう行動するかを考えるといいと思います。」
三浦先生:「4年生でも、そのきまりはもしかしたら不備があるかもしれないということに着目してほしいと考えています。その点から、きまりは変えられるという授業を心掛けています。」

〈第3分科会より〉

発表4「中・高等学校における労働法カリキュラムの検討」
                      鈴木隆弘(高千穂大学人間科学部)
 先行研究によれば、「高校における労働法教育の効果は「権利理解」の側面では一定程度確認されたものの「権利行使」の側面では確認されなかった。」注1という課題が明らかにされています。本発表では、この課題を受け、高校生の多くがアルバイトをしながら学校に通っている現実を踏まえ、労働法の「何が教えられていて、何が教えられていないのか」を示します。

【高等学校学習指導要領及び解説などの検討から】
〔1〕公民科
 「現代社会」では、労働・労働法に関する内容が青年期の生き方、労働基本権、雇用問題・社会保障の3単元に分裂しており、生徒の頭の中で内容を統合する必要があります。「政治・経済」でも、政治分野と経済分野の2つに分裂しています。特徴として、網羅的知識が獲得できるようになっていますが、労働法・労働問題が有機的に結合していません。社会的な視点が強く、労働者側がどのように対抗できるかが不十分といえます。
〔2〕保健体育科
 保健の“社会生活と健康”において取り扱われます。特徴として、労働安全基本法などについて具体的に触れられています。しかし、よく場における「労働者の安全・健康管理」の視点で書かれており、労働者側がどのように対抗できるのかについては触れられていません。
〔3〕家庭科
 「家庭基礎」「家庭総合」「生活デザイン」3科目とも共通に、「人の一生と家族・家庭」で取り扱われます。「固定的な性別役割分業」の打破、「ワーク・ライフ・バランス」の実現が共通内容となっています。特徴は、男女雇用機会均等法・育児介護休業法について具体的に触れられています。課題は、生涯の視点から書かれているため、ワーク・ライフ・バランスを個人が実現するための方策の側面が強く、労働の問題が個人の責任に還元されやすいといえます。

【中学校学習指導要領及び解説などの検討から】
 社会科公民的分野では、雇用問題と労働組合、憲法27条・28条が説明される。特徴として、雇用問題・労働組合の役割・労働者保護法制については詳述され、憲法に関しては条文として触れる程度となっています。労働者側がどのように対抗できるかが不十分であるといえます。
 技術・家庭科では、家事労働については触れられていますが、労働一般、労働法の内容については触れられていません。保健体育科では、社会と個人の健康には密接な関わりがあることが示されますが、職場での保健活動として「健康診断」等に触れるのみで、労働法の内容としては極めて不十分といえます。

【まとめと残された課題】
 高等学校カリキュラム上の問題点として、社会科・公民科においては網羅的で個人が出てきにくいといえます。家庭科、保健体育科では、職場の現実への対抗策が見えにくくなっています。生徒個人がどうしたらよいのかという観点を、教師が導入する必要があるといえます。中学校と高等学校の接続の問題点として、教科内・教科間の連携が不十分であり、教師が教科内・他教科との連携と関連を示す必要があるといえます。
 中学校社会科歴史的分野や高等学校地理歴史科において、労働法関連の記述が不十分な状態です。公民科新科目「公共」では、他教科・領域との連携などが方法として示されている点から、各教科で不十分な「権利行使」方法について、具体的に教える場として機能させる必要があります。労働法の知識は、中学校卒業までに教えられないといけないと考えます。

発表5「国語教育(臨床こくご学)での主権者教育
     ―丸山真男の評論を使った外部講師との協同授業」

                    札埜和男(京都教育大学附属高等学校)
 臨床こくご学とは、国語の教材の内容に関わる様々な現場の人をゲストとして教室に招き、高校生と一緒にテーマについて語ってもらったり、スキルを披露してもらいながら、教材の内容を深める授業を追究する学問です。

【実践A前半】(2015年11月)
教科:第2学年 国語
教材:丸山真男「『である』ことと『する』こと」
ゲスト:i-vote関西(若者の政治参画の促進、特に投票率の向上を目指す大学生組織)
目標:丸山の「『である』ことと『する』こと」(自由と民主主義について書かれた政治思想の難解な評論)の内容をリアルに理解させること。
<授業の流れ>
i-vote関西の活動紹介→活動内容の批判(グループで議論)→i-vote関西のメンバーとの質疑応答
<結果>
政治の活動に関わる大学生の姿を通じ、生徒は評論をリアルに感じ取ったといえます。

【実践A後半】(2016年2月)
教科:第2学年 国語
教材:憲法や公職選挙法の条文、実施された京都市長選挙に関わる資料
ゲスト:i-vote関西、京都弁護士会法教育委員会所属弁護士
目標:実際の京都市長選挙を想定し、京都市民になり切って投票行動(ウェブ投票)を行い、将来の主権者になる当事者意識を育むこと。
<授業の流れ>
京都市の課題をグループで考え、発表
→i-vote関西の方から選挙の争点を聴く
→弁護士より未成年者の選挙運動の禁止についての説明
→弁護士から出された公職選挙法に関する問いをグループで議論、発表
→ウェブ投票を行うための選挙管理委員を募り、i-vote関西の方と放課後に打ち合わせ
<投票前の課題提出>
京都市長選挙公開討論会ムービーを各自見て、課題を提出。
<ウェブ投票>
i-vote関西が投票準備。各自5日間に投票。(投票しない権利あり。)
<授業の流れ>
i-vote関西から、本校での投票結果発表。
→実際の選挙との結果を比較、分析。お互いに意見をシェアして課題としてまとめる。
→ウェブ投票の課題も考える。
<投票率>
106%以上(パソコンの誤操作も含む)

【授業実践B】(2016年6~7月、第2学年)
授業の流れは実践A前半と同じで、参議院選挙を対象としました。投票時期が期末試験期間で、かつ修学旅行前であったこと、事前学習は見にくい政策まとめ表(8枚)を渡しただけだったこと、ウェブ投票を行うための選挙管理委員を募ることも周知活動もしなかったこともあり(要は実践A後半をしない状態であったので)、投票率は18%に止まりました。

【まとめ】
 たとえ実際の選挙を対象とした模擬投票であっても、事前学習や事後学習がおろそかになった主権者教育は本当に形だけに終わってしまうといえます。

〈ここまでの取材を終えて〉
 模擬裁判を自分の中の偏見に気付かせるために使う授業というのは、初めて聞きました。模擬裁判の意義は多くのところで語られていますが、更なる模擬裁判の機能を示す、画期的な実践だと思いました。
 小学4年生の救急車有料化についての議論は、生活感覚があふれていて興味深く感じました。公立小学校の4年生でこれだけの検討ができることは、子どもの素晴らしい能力を示していると思います。きまりについての考えも深まったのではないかと思いました。
 中高校生への労働法教育は重要なテーマの1つだと思います。労働法を単発授業でなく、カリキュラムとして検討する取組みの意義は大きいと感じました。
 「国語で法教育」でおなじみの札埜先生は、「国語で主権者教育」のアイデアを示されました。実際に政治活動をしている大学生団体を招き、丸山真男の評論について生徒に深く考えさせました。この授業を受けた生徒が、3学期に模擬投票授業を受け、高い投票率になったということです。次の年の授業結果との比較も興味深く、「形だけの主権者教育」への警鐘と実感しました。

〈その2では、パネルディスカッションについてお伝えします〉

 

注1:
前田圭介「高校における労働法教育の効果検証」法と教育Vol.6(2016年)38頁
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