法教育推進協議会傍聴録(第29回)

 2012年6月20日(水)16:00~18:20、第29回法教育推進協議会が法務省第一会議室で開かれました。今回は、2010年度の法務省法教育懸賞論文コンクールで最優秀賞を受賞された武藤立樹教諭(島根県立隠岐高等学校)の授業実践と、今井秀智弁護士(一般社団法人リーガルパーク)による法教育実情調査結果、小学校における法教育の実践状況に関する調査項目、今年度の法教育懸賞論文コンクールのテーマが報告されました。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

1 武藤立樹教諭 実践報告

「高校現場での8年間を通じて考えた「法教育」の過去・現在・未来」

〈法教育とは〉

①自ら考え(選択肢を集める:可能性を集める)知識が必要
②自ら判断(選択肢を捨てる:可能性を捨てる)勇気が必要
③他者へ発信(選択肢のPR:可能性の提示)コミュニケーション能力が必要
④他者との調整(選択肢の客観化:可能性の検討)自己を俯瞰する能力が必要
⑤ルールの策定(最終的な価値判断)
既成の概念や枠組みが通用しない現代社会における、創造性を育む新しい教育ツールだと考えます。

〈法教育が注目される背景とそれにまつわる誤解〉

 
 法教育が注目されるに至った背景としては、裁判員裁判の導入が大きく、さらに新学習指導要領に「法に関する教育の充実」が盛り込まれたことがあると思います。それにまつわり、新聞の論調などでは「法教育」とは裁判員を養成する教育であり、模擬裁判や法解釈が重要という誤解が生まれているように思います。制度学習や専門的視点が偏重されていると感じています。

〈自分の法教育実践〉

 2006年度から、松江地方検察庁と連携した模擬裁判を2年生文系で始めました。3年間実践して感じた課題は、「シナリオにモラルジレンマをもたせたい。生徒にシナリオを作らせたい。生徒(裁判員)は主観で評決しているのではないか。」ということでした。
 裁判形式を追うだけでなく、根本的なところに取り組みたいと考えていたところ、2009年度に、携帯電話を学校に持ち込んでいいかという「法教育」授業に出会い、「これだ」と思いました。翌年、系統的法教育実践(全10時間)をめざして、事前アンケートや2年生に小学校用・中学校用・高校用教材を1つずつ実践した後、模擬裁判を全校+地域住民で行いました。島根県弁護士会との連携も進みました。2011年度には、一般社団法人リーガルパークとの初のコラボレーションで2年生に模擬裁判(5時間)、卒業生の法科大学院生を活用した1年生「現代社会」授業におけるいわゆる入口教材の実践(7時間)をしました。
アンケート結果によれば、いずれの年度の実践も生徒の約9割から支持されています。
「法教育授業を継続してほしい」が94名中84名。「模擬裁判を継続してほしい」は2年生のみですが、42名中40名でした。

〈2012年度の実践予定〉

・実践の系統化
 1年次:「現代社会」で入口教材の実施。2年次:「総合的な学習の時間」で模擬裁判。島根大学法科大学院との恒常的連携を模索。
・「夢チャレンジ注1」 での実践
 県内文系選抜合宿で、時事問題を扱った実践
・山口県立下関南高等学校での実践
 自分の取組みがリクルートのキャリアガイダンスで取り上げられたことがきっかけとなり、下関南高校の文化祭で授業をすることになりました。初の県を越えた実践であり、島根県の素晴らしい英断だと思います。山口県弁護士会、文部科学省、法務省の協力をいただけるといいと思っています。

〈法教育の普及を目指して〉

・教材開発の必要(学校に合わせたカスタマイズも必要)
・教材の系統化は急務
 現段階で私の考える系統化は、
  ① ルールの必要性(小学校)
  ② どのようなルールがよいルールなのか(小学校)
  ③ 架空の世界におけるルールづくり(中学校)
  ④ 現実世界が抱える問題と解決方法の模索(高校)
  ⑤ 模擬裁判(尋問の場面、モラルジレンマ)(高校)
・高校現場については、公民科教員採用の問題
・「法教育」と「法に関する教育」という名称や方向性が混在している点
・教育現場の閉鎖性
・法曹の縄張り意識 
これらの問題解決が図られるといいと思います。

〈法教育の課題・可能性〉

・客観的な評価方法の確立
 講義型授業と法教育授業の評価方法を、数値で見えるように統一し、特に既存の教科・科目と比較すると、普及効果があると思います。
・「五方よし」の発想(教師・生徒・法曹・マスコミ・受験産業)
 例えば、2012年度一橋大学前期入学試験(法・経・商・社会学部)の問題を見ると、法教育の成果が活用される内容だと思います。受験産業やマスコミへの視点が必要だと思います。
・喫緊の課題
① 法科大学院(生)または弁護士の活用
 司法試験合格者を公務員に採用する枠がある自治体が多いので、教育へも当てて、法曹の仕事として法教育を定常化してほしいと思います。
② 学校の枠や県を越えた連携
③ 対象の拡大:小学生から大人まで。ジュニアロースクールの拡充。
④ 次世代の育成:プレーヤーからプロデューサーへの視点の切り替え
・シティズンシップ教育への発展
 新学習指導要領「道徳教育の充実」とマッチしているので、相乗りしてシティズンシップ教育へと発展したらいいと望んでいます。
「大人が変われば子どもが変わる、子どもが変われば未来が変わる」という言葉を結びにしたいと思います。

〈質疑応答〉

質問1:「公民科以外への先生への普及方法を教えてください。」
回答:「各県の教育センターで、指導主事が法教育を研修として実践例とともにやってくれるといいと思います。ルールのところが一番大事だと思います。」

質問2:「プレーヤーからプロデューサーへは大事だと思います。他の教員との共有の仕方を教えてください。」
回答:「校内では、地歴科と公民科の教員は手伝ってくれますが、他教科への広がりは難しいです。人と人のつながりも大事だと思います。システムとしては、自分が在任した学校には教材・弁護士会や地検との連絡システムを残しました。勤務校以外では難しいです。土地柄にもよりますが、都市部の方が難しいと感じます。」

質問3:「どうやって教えるかについての共有の仕方はありますか?」
回答:「〈法教育とは〉に掲げた5点を育むことが共有されてほしいと思います。「夢チャレンジ」で教員を目指す大学生への課題として、スティーブ・ジョブズの演説をもとに90分間の授業をつくるというものがありますが、それが教員としての力がつくと思います。」

2 今井秀智 弁護士(國學院大學法科大学院教授・

  一般社団法人リーガルパーク代表理事) 学校アンケート結果報告

「小中学校における法教育活動について~活動の指導と現状~」

〈リーガルパーク設立のいきさつ〉

 以前から法に関する教育の必要性を感じており、法教育のことは知らないまま独自に学校へ出前授業を実践していました。3年ほど前に東京弁護士会に法教育委員会があることを知り、委員会に参加しましたが、セクショナリズムを越えた活動がしたいという思いで、2009年、一般社団法人リーガルパークを設立しました。賛同してくれたメンバーとともに出前授業を実施しており、今後は大人の法教育も考えています。

〈学校アンケート結果報告〉

実施:2011年3月30日送付
対象:東京23区内の公立小・中学校1237校、東京都内全域の私立小・中学校237校、
   計1274校(返信用封筒に切手を貼らずにお願いしました。)
回答数:公立小学校17校、公立中学校21校、私立小・中学校23校、計61校
   (回収率4.1%)

(1)法教育実施について
 回答を寄せられた61校のうち、「法教育実施の対策を講じている」のは17校、「講じていない」が44校でした。「講じていない」学校について、理由を複数回答で尋ねたところ、「通常の授業の中で足りているので、対策を講じる必要がない。」が最多の20校でした。今後、「法教育の対策を講じることを検討する」のは、「関連各機関の指導に従う」が25校、「予定はない」が11校、「検討する」が8校でした。現在は法教育を実施していない学校でも、今後の関係機関の働きかけによっては実施される可能性があると思います。

(2)法曹関係者との連携について
 「法曹関係者と連携ないし協力依頼をしている」のは11校でした。連携内容は複数選択で、模擬裁判8校、法曹関係者の派遣授業7校、裁判傍聴4校が主なものです。法教育授業の実施について、「法曹関係者が主体となって授業を担ってほしい」「主体は教員だが、法曹関係者の協力が必要とする」または「協力を望ましいと考える」学校は合わせて55校にのぼりました。しかし、「費用が発生するならば、連携・協力を求めることはできない」は41校でした。

(3)法教育授業に対する不安点・問題点などについて自由記述から
 「授業時間数確保が難しい」、「どの時間で何コマ実施するかが課題」という回答が多くみられました。「法曹関係者との相互連絡が取りづらい」という回答には考えさせられます。弁護士会への電話は6時までなのに、学校ではメールが使いにくいといった不都合があるそうです。

〈法教育に関する弁護士会へのアンケート〉

実施:2010年12月24日送付
対象:55弁護士会(返信用封筒に切手を貼りました。)
回答数:20弁護士会(回収率36%)

〈連携授業を通して感じるロースクール生の可能性〉

 これまでの実践から、法教育の担い手の養成と財政的基盤の確立の必要性を感じています。法曹関係者と現場の教員の、真の意味での連携形成も必要だと思います。学習指導要領についての認識の差は大きいものがあると感じますが、現場の先生にとって弁護士には言いづらい面があります。ところが、一緒にロースクール生を連れていくと、彼らは先生にとって教育実習生にしか見えないそうで、指導しやすいそうです。ロースクール生は法律的立場と教育的立場の両方を習得できる位置にあり、可能性を感じます。法教育が、ロースクールの臨床法学教育の単位に認定されないものかと思っています。ロースクールに法教育教習課程をつくりたいというのが最終的野望です。

〈質疑応答〉

質問1:「法律専門家はどういうところに注意して学校と関わればいいですか?」
回答:「学校の先生はとても忙しいというところです。法律専門家は現場のことを理解しないといけないと思います。」

意見1:「法教育は学校の先生が担い、法律専門家はそれを支援することが必要ということですが、その仕組みをどうつくるかですね。」
意見2:「プロボノという仕組みは、専門家が(組織の)外で自分の価値を知る機会になります。お金を払ってもするという法律家を集めることも考えられると思いました。お金をもらうにはやり方があり、直接でなく、共感する人から集めるという方法があります。お金をもらわないと、目的がうやむやになるということはあります。」
意見3:「模擬裁判授業の案内を県内40数校に出し、4校しか回答がなかったということがありました。」

質問2:「学校に案内などが来ると、ふつうどういう対応をされるのでしょうか?」
武藤先生:「校長などから、各教科の主任の方へまわされて、先生方の希望を聞くということになります。夏季休暇中も勤務があるので、かえって忙しいことはあります。県ごとに教科の研究会があるので、その事務局に相談して企画したらいいのではないかと思います。県教委の悉皆研修にしてもらうのが一番効果があると思います。」

意見4:「弁護士会でも各地の学校に文書を出しますが、反応がないことがあります。原因はどこかで止まっているパターンや、○○教育が多いので関心をひかないといったパターンです。個々の先生や校長先生とのパイプを築かないと、難しいと感じます。」
意見5:「NPO法人のソーシャル・ベンチャー・パートナーズには200名ぐらい参加していますが、法教育には反応します。企業のCSR担当者に問い合わせたら、可能性が高まると思います。」

3 小学校における法教育の実践状況に関する調査について

 小学校における法教育の実践状況が今年度に調査される予定で、普及検討部会により検討された調査項目のプリントが配布されました。

4 法教育に関する懸賞論文コンクールについて

 平成24年度の法教育に関する懸賞論文応募要領案が示されました。昨年度は「普及させるための方策」がテーマでしたが、今回は「発展させるための方策」となりました。
具体的な授業例をふまえる点は同じです。

取材を終えて

 武藤教諭からは、現場での経験を踏まえた多くの提案があり、系統だった教材開発と、各学校に合わせたカスタマイズの必要を強調されていました。委員からは、普及方法についての具体的な提案を求められ、県の研修が大切ということでした。リーガルパークの今井弁護士の報告からは、学校の状況を理解する大切さが伝わってきました。現場の教員にとって、法科大学院生は教育実習生のように感じられて指導しやすいということは発見だと思います。現場の先生と法曹関係者の連携の新たな可能性になるのではないかと指摘されていました。
 今回から新たに委員として加わった委員からは、法教育への参加者や費用の集め方について提案があるなど、法教育の更なる発展に向けて充実した会議だったと思います。

注1:
キャリア教育に関して、多様な産業や大学・研究機関との連携を図り、児童生徒が様々な体験を通して将来の職業に対する夢を育むことを目的とした教育事業。県ごとにさまざまな名称、事業があります。
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